其の七十三 皇の機兵

 リガルドは言葉にならなかった。


 目の前でギガース級スティマータの腹が裂かれ、巨大な魔力結晶石が取り出される光景を目の当たりにして、このような悍ましい所業が行われていることに戦慄した。


「お怒りですか? リガルド陛下」


 アルフレッドからはもう、媚びへつらうような表情は失せていた。

 淡々とした態度で、まるで感情が失せたようにリガルドにそう問いかける。


「帝国領土内でこんな邪道を、きさまは許されると考えているのか?」

「許されますとも。これから訪れる新時代を思えば、この程度の邪道など些末な事」

「なにを企んでいる?」


 本来であれば、すぐにでも帝都へ戻りこのことを皇帝へ報告するべき事案である。

 そして、オルターガは爵位剥奪の上処刑、領土は接収されてもおかしくないものであった。

 しかし、リガルドは葛藤していた。

 この、目の前の悍ましい光景に、嫌悪感と共に昂揚する感情が湧き上がっていることに気が付いていた。


「企みですか……なるほど。陛下は、これを使って我々が何をしようとしているか、どうお考えになられますか?」

「帝国への反乱か?」

「はっはっは、スティマータの大軍で帝国と戦争を起こしますか」

「なにがおかしい? 現に巷にはスティマータが出没し、きさまはそのスティマータを作っているのは自分達であると言ったのだぞ」


 それを聞いてアルフレッドは堪えきれないと言った様子で失笑を漏らす。

 欄干に手を掛けると下を覗き込み、生産途中のスティマータ達を見下ろして歪な笑みを浮かべた。


「あれが、我々の放ったものだと、陛下はそう仰りたいのですか?」

「違うと言うのか? きさま、いい加減にしろよ。さっきから勿体ぶった言い回しばかり、この俺を愚弄しているのか?」


 最早、我慢の限界に達していた。

 リガルドは、アルフレッドの人を食った態度に怒り心頭と言った様子で、腰の剣に手を掛けるのだが、それを見てシャドリナが再び間に割って入った。

 今度はそれを止める様子もないアルフレッド。

 そのまま戦闘が始まるかと思ったその時、アルフレッドの頭上から黒い影が舞い降りると、左手を背中に捩じり上げて首筋にナイフを当てた。

 黒い影の正体は分からない。まるで忍び装束の様な真っ黒な衣装に、灰色の髑髏の様な面を付けていた。その男……、いや、性別もわからない何者かは、刃をアルフレッドの喉元に立てながらも、動こうとはしない。

 しばらくすると、アルフレッドは小さな笑い声を漏らす。


「さあ、次の手はどうします? お互いこれでは身動きも取れませんね?」


 対面には、リガルドの肩に跨り喉元に短刀を突き付けるシャドリナの姿があった。

 一瞬の出来事に、リガルドの護衛達は剣を抜くこともできずに立ち尽くしていた。


「まさか、暗殺者を忍ばせていたとは。シャドリナにも気取られないとは、かなりの手練れのようですね」

「随分と余裕だな? 数ではこちらの方が多いのだぞ?」

「くっくっく、相討ちを狙いますか? さて、陛下がそれで良くても、他の方達はどうでしょう。皇帝の血を直接引く第五皇子のあなたとこの私。到底、釣りあう命ではございません」

「舐めるなよ! 俺は新たな時代の王になる男だ! こんな所で死ぬことなど有り得はしない、剣を突き立てられる前にこんな娘など叩き落としてやるわっ!」


 リガルドが動こうとした瞬間、アルフレッドはシャドリナに止めるように指示を出す。

 シャドリナが剣を納めてリガルドの肩から降りると、アルフレッドは両手を上げたままゆっくりと両膝を突き、そして両手を突いた。


「これまでの非礼をお許しくださいリガルド陛下」

「どういうつもりだ貴様……」

「今のでわかりました。陛下が、敵を屠る為ならば自らの命さえも厭わない覚悟であるということを。死しても、敵の喉元に喰らいつき、絶命するまで決して離さない。そんな獣の様な気迫を感じました」


 手を突き、頭を下げながらそういうアルフレッドのことを見下ろしながら、リガルドが下がるように合図をすると。黒装束の暗殺者は天井の闇の中へと姿を消した。


「おまえは、なにをしようとしている? いや、この俺になにを望んでいるのだ?」

「リガルド陛下の築きあげる新帝国で、オルターガ家の復興を。その為に、あの魔力結晶石を、陛下が新造されている次世代の機兵に。あの魔晶石と、そして、我がオルターガ家が密かに受け継いできた技術があれば、必ずや聖機兵を超える機兵を、“皇の機兵”を作ることも可能でございましょう」


 皇の機兵、その言葉に偽りはないとリガルドは直感する。


 スティマータを作り出す技術と、そして巨大な魔晶石を作り出す技術。

 この男が信用に値する男かどうか、それを量る時間が惜しいと思えるほどに、今目の前にあるこの状況は、リガルドが己の野望を成す為に不可欠なものであると考えた。


「成せるのか?」

「成せます。オルターガの技術と、陛下のお力があれば。必ずや、聖機兵パラディヌスティタナギアを超える、皇機兵エンペラスティタナギアの製造も」


 その言葉にリガルドは笑みを浮かべると、剣を抜いてアルフレッドの肩に置く。



「違うっ! 俺がこの帝国の……。いやっ! 新たな帝国、リガルド帝国を築きあげるのだ!」




 続く。

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