第109話 透明と花びら

わたしは透明になりたかったのだ

この穏やかな風が吹く

麗らかな春の日差しのその下で

ひっそりとこぼれ落ちる淡い桜の

揺れる花びらの儚さを

どうにかこの現実に留めたくて

今にも消えてしまいそうな存在を

妨げる色彩を消してしまいたくて

わたしは透明になりたかったのだ

流れる血も動く筋肉も

支える骨も何もかも透明にして

生きていることにさえ気付かれず

ひっそり朽ち果てていくような

そんな存在にただなりたくて

密やかに空へ手を差し伸べる

見えない指先に落ちてくるのは

ささやかに色づくかすかな花びら

ああわたしは透明になろう

花びらだけを胸に透明になろう

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