第133話 共同戦線
シュバルツバルトの都ロゴスでは、いま
処女王アルネラの所在する水晶宮では、一人の若い男が多くの人間に囲まれ、指示を飛ばしていた。服装は簡素ながらも品の良さを感じさせ、男が高い地位にあることをうかがわせる。
「それではジルフォニア殿下、私は部隊を率いて先発いたします」
ジルフォニアと呼ばれた男は温和な笑顔を浮かべつつ、もう一人の男に手を差し出した。
「お願いします、アレクセイ殿。本隊が到着するまで戦場を維持し、情報を収集してください」
アレクセイは差し出された手を強く握り返した。彼はこれから、旧第一方面軍の3000人を率いてフリギア方面へと先発する。王弟ジルフォニアは2万の本隊を率いて後に続く予定である。
今から半月前、先王ギョーム6世が崩御し、第一王女アルネラが即位したばかりである。王位継承争いは、第二王子ルヴィエがアルネラの王位を認めることで、円満に問題が解決された。
一方で王国はデビル・ガスパールを操る帝国に侵略され、旧シュライヒャー領と占領していたフリギアを落とされていた。帝国が王国領へと進攻して来るのは時間の問題と思われた。
此度の帝国への反攻作戦は、先手をうってフリギアを奪回する作戦だ。これは王国の存亡を賭けた戦いであり、第一王子ユリウス、第二王子ルヴィエの他、あらゆる貴族の協力を得て、挙国一致の体制で進められていた。
遠征軍の最高指揮官は王弟ジルフォニアが務め、アムネシアの第二方面軍が指揮下に入っている。ジル直属の部隊は、アレクセイが率いる旧第一方面軍の残存部隊約6000と、諸侯より派遣された部隊の約4000である。後者は悪く言えば寄せ集めの部隊である。それを有効に活用出来るかはジルの指揮官としての才覚にかかっているだろう。
「10000の軍を一つにまとめるのは、なかなかに骨ですな」
護衛の任を負うアルメイダの言葉に、ジルは苦笑してうなづいた。アルメイダはもともとレント泊クリスティーヌの側近だが、今回は軍とともにジルに協力している。クリスティーヌ自身は都に残り、遠征に赴くジルに変わってアルネラの相談役を務めることになる。権謀術数に優れたクリスティーヌなら安心して後を任せることが出来る、ジルはそう信じていた。
アルメイダは大陸最強の剣士とも謳われる人物であり、彼が護衛についてくれたことでジルは随分と安心することが出来た。率いる軍はただでさえ人数が多い上に、諸国から軍が集められたため、周囲には知らない者ばかりが並んでいる。もはやサイファー一人では手に負えなくなっていたのだ。
ジルはアルメイダとここ数日一緒に過ごし、彼が剣だけでなく判断力にも優れていることが分かった。相談役としても期待できる。クリスティーヌは、剣の腕だけで彼を側近にしていたわけではないのだろう。
「こうも人数が増えては見知らぬ人間がそこここにいますから。近づいて来る人間をいちいち調べるのも厄介です」
サイファーがアルメイダに言葉を返す。武人である彼にとって、剣聖アルメイダは幼き時からの憧れの存在であり、同じ任に当たることになって充実した毎日を送っていた。
「それはあの御仁も含まれているのかな」
アルメイダの視線の先には、書類を整理する美しい女性がいた。彼女の名はアルトリア。ルヴィエの秘書兼護衛を務めていた女性である。彼女もルヴィエから協力の証として派遣されてきたのだ。
だがアルネラの王位を承認したとはいえ、ルヴィエの心底には良く分からぬところがある。アルトリアが信用に値するかどうか彼らにとって疑問であった。
「いまのところ、ルヴィエ殿の協力は信用できるはずです。彼にとっても帝国の脅威を排除するのは利益となるでしょうから」
アルメイダとサイファーがうなづく。ルヴィエは次代の王位を譲られる約束になっている。だがそのためには、王国が存続していなかければならない。ガスパールを用いた帝国の進攻は、ルヴィエにとっても脅威であるはずだ。少なくとも、現在においてジルはルヴィエにとって利用価値のある存在である。
「いまのところは、か。帝国のことが一段落してからが問題ですな」
「その時は君に頼むよ、サイファー」
サイファーがニヤリと笑みを浮かべた。
「だが、今のところ彼女の事務処理能力は頼りになります。武人としても優れているようですが、大軍を率いる身としては雑務をこなしてくれるのが有り難い」
実際の所、ジルにとってアルトリアは役に立つ女性だった。今回の作戦が予定通り進んでいるのは、彼女が滞り無く事務を処理しているからであった。
彼女の真の目的が何なのか、真実ジルに協力する気があるのか、それをジルも思わないではなかった。
だが――
「それによく言うでしょう。警戒すべき人間は側に置く方が良い、と。こうしていれば自然に監視できるというもの」
「目の保養も兼ねているのではないか? 殿下」
サイファーが軽口を叩く。実際、軍内にあって男装したアルトリアの容姿は人目を引いた。兵士たちの視線が彼女に集まっているのは明らかだった。
アルトリアは、もともとブライスデイル侯の一族の端に連なる下級貴族の娘であり、ここ数年ルヴィエの側近を務め全幅を信頼を受けていた。ブライスデイル侯としても、擁立するルヴィエの周囲に彼女を配し、王子の身を守ると同時に監視も兼ねていたのかもしれない。
「目の保養はともかく、彼女一人御し得ないようでは一国を率いる資格はないだろうな」
ジルはアルネラが即位する上で非常に大きな功績があり、王弟でもある。大魔導師ユベールが健在とはいえ、シュバルツバルトの政治で重要な役割を果たしていた。今回の帝国への遠征では、最高指揮官として全権を与えられている。仮に帝国を征服すれば、広大な帝国領の統治者となるはずである。それも敵の悪魔を退け、フリギアで勝つことが出来ればのことだが……。
いま、その第一歩となるフリギアへの再進攻が始まるのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます