第77話 エルフたちとの別れ
魔法の訓練を終え、二人はオルドラスにその報告をしに行った。ジルがとくに危険な人間ではないことが分かったのだろう、護衛は一人に減っていた。
「オルドラスさま、インビジブルを習得することができました。許可いただいたこと、深く感謝いたします」
「なに? もう覚えたというのか?」
オルドラスは別の話だと思っていたのか、ひどく驚いていた。3日で一つの魔法が使えるというのは、普通はないことだからだ。
「まだ完璧に使いこなせるわけじゃないのよ。効果時間も短いしね。でもまあ、ジルの目的には役に立つでしょう」
ミリエルがそう補足した。ジルの魔法はまだまだミリエルのように素早く詠唱し、透明化を長く維持できるわけでもない。それはこれからの訓練しだいだろう。
「では、今日は別れの挨拶に来たということかな?」
オルドラスの言葉に、ミリエルとジルが顔を見合わせた。ミリエルがやや緊張した面持ちでオルドラスに話し始めた。
「お父さん、実は私、また森を出てジルに着いて行きたいの」
「なに!?」
ミリエルの突然の申し出に、オルドラスと護衛のエルフが同時に声を挙げた。
「ミリエル!! お前、人間と慣れ合い過ぎだろう! そんなにこの人間が良いのか!?」
黙りこむオルドラスの横で、護衛のエルフがミリエルを非難しジルを睨みつける。このエルフは初日に「この男は人間だ。簡単に信用などできない」とジルに突っかかってきた若い男だ。
「ティリオン、ジルに協力することがエルフの利益にもなるのよ。我々の情報収集の対象はシュバルツバルトでしょ? ジルの側にいれば、自然とその情報が集まってくるじゃない。それに言ったはずよ。ジルの地位が高まればエルフの利益にもなる。だから今回魔法を教えたんじゃない」
若いエルフは、ティリオンという名前らしい。ミリエルに注ぐ視線から、ティリオンがミリエルに好意を寄せていることが分かる。
ティリオンは現在126歳、魔法とともに弓の名手であり、戦士としての能力も高い。若いエルフの中でリーダー的な位置におり、将来的にエルフ社会を背負っていくことが期待されている。ティリオンはミリエルがまだ幼い頃から親しく付き合ってきた。彼女に戦闘訓練を施したのもティリオンである。ティリオンはミリエルを将来のパートナーにと、密かに考えていたのだ。
エルフには人間のように結婚という制度はない。子を産み、ともに育てるパートナーとして、異性とツガイにはなる。だがこの関係は自由に解消できるものであり、人間のように「愛」を持ち、特定の異性に執着することはあまりない。
それはエルフが人間より遥かに長い寿命を持つ一方で、一つのことへのこだわりが薄いからである。ティリオンがミリエルに寄せる好意も、エルフとしての好意であって人間の持つ「愛」ではない。ミリエルはあまりに人間と関わり過ぎ、考え方が一部人間に近くなっている。ミリエルはティリオンの気持ちに気づいていたが、刺激の無いエルフ的な関係に魅力を感じなくなっていたのである。
「ミリエル、お前は本当にそう考えているのか? エルフのためだからと?」
オルドラスはミリエルの眼をじっと見ながらたずねた。オルドラスはジルに協力し利用しようとしていたのだが、ミリエルがジルに着いて行くというのは、父親として即座に許せるものではない。
「ええ、本当よ。お父さんだって、前はジルに協力しろと言ったじゃない?」
オルドラスは痛いところをつかれた。もともとミリエルをジルのところに送ったのは自分なのだ。
「……仕方があるまい。だが危ないことはしてくれるなよ」
「分かってるわ!」
喜ぶミリエルを尻目に、オルドラスはジルに真剣な眼を向けた。
「ジルフォニア殿、娘を頼むぞ。絶対にミリエルを危険な目に合わせないように計らってくれ。もしミリエルに何かあれば、私は決して君を許さないだろう」
ジルはその強い口調に戸惑った。いまだ結婚しておらず、子もいないジルには分からない感情なのだろう。人とは異なるエルフだが、肉親の情はそう変わらないのかもしれない。
「分かりました。必ずまた無事にお返しすることを約束いたします」
ジルはそう強く答えた。
**
ギールへと帰還するため、オルドラスの家から出ようとした時、ティリオンがジルの腕をつかんでその歩みを止めた。
「おい! ミリエルに少しでも傷つけたら許さないからな」
「……」
「彼女に何かあれば、俺が必ずお前を殺しに行く。オルドラスさまはなぜかお前に好意的なようだが、エルフの全てがそうだと思うなよ? お前のことを疑っている者の方が多いのだからな」
「分かった。いつもお前の眼が光っていることを意識しておくよ」
「ちっ、なんでこんな奴を!」
ティリオンが乱暴にジルの腕を放した。エルフの人間に対する思いというのは、そう簡単に変わらないのだろう。恐らくミリエルの事が無かったとしても、ティリオンはジルのことを嫌ったはずだ。だがティリオンの強い感情は、愛する者に対してのものではなく、同胞の無事を心配するものだろう。
「飛ぶぞ」
ジルはミリエルにフライを使うよう呼びかけた。二人はフライを唱え、ともにエルフの森から飛び立つ。見送りに来たオルドラスらが、すぐに小さな点になっていった。
「あなた、大分フライを使いこなせるようになったわね」
「ああ、前はフリギアからロゴスまでも飛べなかったのにな」
エルフの森から第二方面軍の本部があるギールまでは、その倍は距離がある。無駄な魔力消費がなくなり、効率的に飛べるようになったのだろう。
「さっきティリオンと何を話していたの?」
「……お前のことを無事に守れと言われた」
「本当はもっと酷いこと言われたんでしょ?」
ミリエルが見透かしたように言い当てた。
「ティリオンは私にとって兄のようなものなのよ。私が幼い頃から色々と面倒見てくれたの。エルフではそうした関係からパートナーになることも多いのだけど、私は彼を兄としか見られない……」
ジルはミリエルの言葉を聞きながら、口に出しては何も言わなかった。エルフでないジルには、それ以上踏み込むことのできない領域だと考えたからだ。
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