第13話 王女誘拐事件
騎士団を見送ってから約半日、2日目も夜を迎えようとしていた。
昨日よりは慣れた手つきで、ジルも野営の準備をしている。火をおこし、食事の準備をする。野営のこととて贅沢なものはできないが、カレッジから持ってきた食材があるので作りようによっては美味いものもできる。
今日の食事当番はレミアで、羊肉を使ったシチューを作った。このシチューに固いパンをひたして食べると中々に美味い。火を囲みつつ、4人は軽く話をしながら食事を終えた。
焚き火の火がパチっ、パチっと音をたてる。火はジルの横顔を赤く染める。レミアはなにとはなしにジルの顔を見つめていた。そんなレミアを正面に座ったサイファーが見つめる。するとジルもレミアに視線を向け、2人の視線が交錯した。
「レミアさん、聞いても良いですか?」
「なにをだ? こんな時だ、気軽に聞いてくれ」
「レミアさんは魔法の方が得意ですよね? 魔術師になろうとは思わなかったのですか?」
サイファーやガストンも2人の話に静かに聞いている。
「思ったさ。剣も嫌いじゃないが、戦士として過ごすうち、自分の力では並み程度の戦士にしかなれないと感じることが多いんだ」
「そんなことは……」
「事実さ。戦士としてはサイファーに逆立ちしても敵わない」
「俺と比較するのは無謀だぞ? お前はそんなに悪い戦士じゃない」
自分の力量に自信のあるサイファーらしい言だ。
「いや、自分で分かっているさ。ただ、私の得意な魔法と組み合わせれば、魔法戦士としてはいいところまでいける自信はあるけどな。ジルの言いたいことは分かるよ、魔法に専念すれば魔術師としては高みを望めたのではないかということだろ?」
「ええ、レミアさんの魔力と技術は、カレッジの中でもかなりのものだと思いますから」
ジルの言ったことは本心である。レミアからはかなり強い潜在的な魔力を感じる。ただ戦士としての訓練に時間を費やしたせいで、充分にそれが磨かれていない状態だ。
「ありがとう……。魔法戦士になったのは父の影響なんだ。私の父は帝国の将軍だ。それも”帝国軍を支える一柱”と称されるほどの軍人だ」
「その話は噂に聞いたことがあります」
「私には5つ上の兄がいたんだ。小さな頃から一緒によく遊んで、私に優しくしてくれた兄様が……」
レミアは遠くを懐かしむような目をしている。
「兄は剣術が得意だった。貴族の嗜みというレベルではなく、実践でも使える強い剣士だった。そんな兄に父は期待していたし、私も誇りに思っていた……。私の家は兄が継ぐことになっていた。当然だ、長男であり最年長だからな。日に日に戦士として立派になっていく兄を、父と私は深く愛していた。ところが、ある時、帝国の北方の村に魔獣が出没して人を襲うという報告が入った。その村は、『魔獣の森』の近くにあった」
「かなり危険な魔獣が生息するといわれる森ですね?」
「そう、帝国の治安の上でやっかいな存在だ。兄は魔獣討伐のために編成された討伐隊に配属され、村に派遣されたんだ。そして村は全滅、討伐隊は1人も行きて帰ることはなかった……」
「…………」
つぶやくようなレミアの話は、深刻なものだった。
「父は酷く落胆したさ。もちろん私も……。そして家は私が継ぐことになった。それまで私は剣の訓練などしたことがなかった。魔術を学ぶつもりだったからな。しかし父は私に戦士となることを望んだ。兄の代わりにしたかったのだろう。父の落ち込みようを見ていた私は、その希望を拒否する気にはなれなかった。そして私は2年戦士として訓練を積んだ後、カレッジに入ったんだ」
ジル、サイファー、ガストンは何も言えなかった。サイファーの様子からすると、彼も初めて聞いた話のようである。
レミアの告白の後、重い沈黙が森を支配する。
しばらくして、ガストンはなにやら荷物を取り出すと、中からウードを取り出した。
「そんなものを持ってきていたのか。非常識な奴だ」
気を取り直したサイファーが、呆れたように言う。軍事演習は遊びではない。荷物は極力必要なものだけにするのが当然だ。
サイファーを無視し、ガストンがウードを弾き始める。夜の森に囲まれたなかで、これはなかなかに心地よい
「上手いじゃないか、ガストンにこんな特技があったとはな。ジルは知っていたのか?」
「ええ、同じ部屋だからたまに弾いていましたよ。この任務に持ってくるとは思いませんでしたが……」
ガストンのウードは続く。意外にも弾いている間は軽口もなく真剣な様子だ。
ジル、サイファー、レミアはガストンのウードを聞きながら、目を閉じて思い思いに考えをめぐらせる。
ジルは今日あったことを思い出していた。あの馬車は一体なんだったのか、本当に王家の馬車であれば、最初に出会った御者の冒険者は誰だったのか。そしてその馬車には一体誰が乗っていたのか……。そしてレミアの独白もまだ心の中に残っていた。
ザザっ
その人影は夜の森から突然に姿を現した。焚き火の明かりの外から現れたのである。
ジルたちは突然のことに驚き、対応が遅れる。
若い女性だった。そしてその女性が発した次の言葉に、彼らは更に驚くことになる。
「ご、ご助勢願います。私はシュバルツバルト第一王女のアルネラ。
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