第12話 不穏な予兆

 ラプラスへの道程どうていの二日目、そろそろ周囲の森が深くなり、人通りも途絶えてくる。ようやく旅らしい雰囲気になってきた。道の両側から森の木々が飛び出し、ジルたちが通ると服や鎧に木々の葉が擦れて揺れる。


「そろそろ森が深くなってきたな。ラプラスへちょうど中間くらいの地点か」


 荷物袋から地図を取り出したサイファーがつぶやく。


「そうね、そろそろ周囲への警戒が必要かしら。サイファーが先頭、私が後方を歩くわ。ジルとガストンは真ん中を歩いてちょうだい」


「分かりました。魔術師は接近戦では無力ですからね。前と後ろはよろしくお願いします」


「でもまだフリギアから近いだろ。こんなところで何か出るのか?」


「ガストン、野盗は街道の至る所で出没する。とくに人目のないこんなところではな。交易商人たちも用心棒の冒険者を雇って行き来しているものさ」


 サイファーが無知なガストンに教える。軍人として治安を守ることも任務であるため、自然このようなことに詳しくなるのである。


 隊列を組んで暫く行くと、サイファーが足を止め、前方を警戒する様子で聞き耳を立てる。こんな状況でサイファーがすることに意味のないことはない、そのことをジルやガストンも良くわかっていたので邪魔をせずじっと見守る。


 すると、ようやく3人も前から近づいて来る馬車の振動と音に気がついた。森に囲まれた狭い街道である。すれ違うスペースなど殆ど無い。ジルたちは警戒しながら馬車を通すよう、道の片側に寄る。


「ガラガラガラガラガラ、ガタ! ガラガラ」


 道が悪いので、馬車の車輪が大きく弾んでいるようだ。

 

 相当な速さで馬車を走らせているのだろう。馬車が視界に入ったと思ったらすぐにジルの近くまで来ている。馬車はスピードを落とすこと無く4人の前を走り抜ける。その走り抜ける一瞬、ジルは馬車の様子をわずかに観察することが出来た。馬車はあっという間に後方へと見えなくなる。


「見たか?」サイファーが他の3人にたずねる。


「ええ、御者が武装した冒険者でしたね」


 ジルがそれに答える。ガストンは全くそんなことに気づかなかったようだ。


「なるほど。……それで冒険者だと何かおかしいのか?」


「ここはロゴスやフリギアにも近い街道沿いだぞ? 交易商人の馬車なら護衛の冒険者は後ろに乗っているか、御者の隣に居るかだろう。鎧に身を固めた冒険者が手綱を握ることはあるまい。冒険者が御者をしているということは、すぐにでも戦闘になりうる状況で警戒しているということだ。それはなぜだ?」


「……」


「その冒険者も、相当出来そうな奴だったな。商人の護衛をするような安い奴じゃなさそうだ。俺達のこともしっかりと警戒してたぞ」


 サイファーは身なりや鋭い眼光からそう判断したようだ。


「……それに、速くてよく分からなかったが、あれは相当高そうな馬車だった。高貴な貴族が乗るような」


「そうね、馬車には綺麗な装飾が施されていた。あれはシュバルツバルト王家の紋章のようだったわ」


「確かか? レミア」


「いえ……、あの速さだったから確信はないわ。でも、なんだかきな臭いわね」


「そうですね……」


 ジルがしばし考えこむ。


「ただ、さしあたり出来ることはなさそうです。我々には今軍事演習という任務があるわけですから、それを優先するしかありません」


「ま、そうなるわな」


 ガストンがうなづき、サイファー、レミアも異存はないようだった。


 しばらく行軍を続けて行くと、今度は騎馬隊の群れが前方からやってきた。数はおよそ20騎といったところだろうか。先頭の騎士は鎧に刻まれた装飾といい、身にまとった雰囲気といいかなりの手練とみえる。


 騎馬隊はジル達の前までくると馬を止めた。そのまま通り過ぎると思っていたジルたちは、軽く驚く。


「失礼、役儀やくぎより訊ねたいことがある。私はシュバルツバルト王国近衛騎士団副団長のゼノビアという者だ。貴君らの姓名、身分、旅の目的を教えてもらいたい」


 ゼノビアと名乗った女騎士は、見た目はロクサーヌと同じくらいの歳だろうか。金髪の髪に白銀のプレートメールを身に着けたなかなかの美人だ。ゼノビアはやや胡散臭そうな目つきでジルたちを見ている。まだ若い少年たちの一行なのだから、それも無理はないかもしれない。


「我々はルーンカレッジの学生で、これから軍事演習に参加するためラプラスへ向かうところです。私はジルフォニア=アンブローズ、ここに指令書がございます」


 ジルが代表してゼノビアに答える。相手は国家の正規の騎士であり、対応を間違えれば捕らえられることもありうる。うやうやしい態度をとっておいて損はない。続いてサイファーたちも名乗る。


「……確かに。君たちは我がシュバルツバルト軍で演習するようだな、失礼した。ところで……」


 ゼノビアはジルたちへの疑いを解いたようだが、何かを聞こうとして歯切れの悪い様子であった。


「何事でしょうか? 我々でよろしければ及ばずながらご協力いたします」


「うむ……、実は我々はあるものを追跡している。詳しいことは言えないのだが、貴君らはここまで来る間に何か怪しい物を見てないだろうか……」


「それはひょっとして見事な装飾のある馬車ではないですか?」


 ジルの言葉に対する反応は激しいものであった。


「馬車を見たのか!? いったいどちらへ向かったのだ??」


 ゼノビアの性急な問いに驚きつつも、ジルは正直に答える。


「我々が馬車とすれ違ったのはつい先ほどのことです。約30分くらい前でしょうか。皆様と同じく向こうから我々の後方へと走り去って行きました」


「……ううむ、やはりそれほど時間はたっていなかったのだな。今からならまだ追いつけるか」


 ゼノビアは部下の一人と小声でなにやら話し合っていて、ジルたちからはその内容は分からない。


 やがてゼノビアがこちらへと向かってくる。


「諸君、これは国家の大事だと考えてもらいたい。他言無用にお願いする」


 ゼノビアは険しい表情を作っている。もし断ればどうなるのか、想像に固くない。


「もちろんです、決して口外はいたしません。それよりも何か我々に出来ることはありますか?」


「……いや、君たちの実力を疑うわけではないが、軍事演習生をこのような大事に関わらせることはできない。君たちは自分の任務を果たしてくれ。情報提供には感謝している。後日恩賞が下されることもあろう」


 言外にお前たちなど使いものにならないぞ、という意思が示されている。ただそれは無理も無いことだろう。近衛騎士団の任務に、普通は学生がついていけるものではない。


「それではご武運をお祈りしております。お気をつけて」


 ジルたち4人は、ゼノビアを先頭とする騎士団が走り去るのを見送った。


「いったいどういうことなんだ? ジル、何か分かるか?」


 一向に事態が飲み込めていないガストンがたずねる。


「これはシュバルツバルト王家に関わる事件ということで、間違いないだろう。王家の紋章入りの馬車に、追ってきたのが近衛騎士団だからな。副団長の様子からしても、かなりの大事が起こったと考えられる。我々を関与させないというのは、ある意味当然の判断だろうな」


「近衛騎士団からすれば、私たちなんてヒヨッコみたいなものでしょうからね」


 レミアが冷めたことを言う。


「まあ、彼らに情報を提供したのだから、我々も最低限の貢献はできただろう。これでよしとしておくべきだな」


 サイファーが最後をしめる。まったく今の状態では、他にどうすることもできないのだ。

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