忌引き

 残念ながら人間の生死は、天候によって多少左右されるものです。季節の変わり目、酷暑、急激な冷え込み……、過ごしにくいなと思ったとき、急にお迎えが来るということは、よくあります。

 葬儀の日程を決めるときに重要なのは暦ですが、その他にもう一つ重要なのは、施設が開いているかどうかということです。

 天候の悪い日が続いていたあの日、葬祭会社の方に聞いたのは、葬祭場も火葬場も満杯だということでした。順番待ち状態になっているらしく、通夜を27日土曜日、葬儀を28日日曜日にすることで調整が取れました。

 これは私たちにとって少し幸いでした。

 24日は次男の幼稚園一日入園、25~27日は長女が部活動の全国大会で不在だったのです。長女は通夜には出られませんが、葬儀には間に合います。また、日曜日までで全てが終わるので、忌引き三日間も上手い具合にその週で使い切ることが出来、仕事への影響も最小限で済みそうです。

 かなりタイトなスケジュールの中、本当にタイミングを計ったかのような日程でした。


 24日水曜日は午前中幼稚園での用事を済ませ、午後からは次女を学校に送り迎えし、その後猛吹雪の中、三女と次男を連れて実家へと向かいました。葬儀の打合せに参加し、終わったら長女を迎えに行くつもりでした。夫からも、悪天候のため帰宅指示が出たと定時前に連絡がありました。

 難しい話を大人同士でしている間、三女と次男で、祖母を拝んだり、ちょっと動き回ったりしていたようです。しかし、慣れない場所、慣れない雰囲気で緊張したのでしょう。珍しく三女がトイレに間に合わず粗相してしまいました。着替えは次男の分しか持ってきていなかった私は、片道20分弱で向かえる子供服専門店へ着替えを調達に出ることにしました。

 雪の降らない地域の方に何と説明したら良いか分からないくらい、信じられないような悪天候でした。車を出したのは良いのですが、道が見えません。風が弱まった僅かな時間に見える電信柱が、道を示しました。前に車があればテールランプを追いかけるのですが、住宅街を抜けると生憎の田舎道、前にも後ろにも車がなく、どこが道なのかわかりません。ライトを上向きにしても、吹き付ける雪に反射するだけで、側溝に落ちていないということは、自分が走っているのは恐らく道路なのだろうという感覚です。

 時速10キロ以下で真っ直ぐ走っているつもりだったのに、ふと気が付くと、目の前にガードレールがありました。対向車線に入り込んでしまっていました。慌ててハンドルを戻すと直ぐに向かい側から車がやって来ました。タイミングが悪ければ、正面衝突でした。

 死ぬような思いをして服や下着を買いそろえ、その足でまた悪路を戻りました。

 着替えさせたあとにまた同じ道を辿って、今度は長女の学校まで向かえに。その足で葬儀の日程を職場に提出し、帰宅しました。

 夫も長女の学校に向かったようだったのですが、ホワイトアウトして死にかけたらしく、大変な思いをしたようです。

 本当に容赦の無い雪でした。


 25日木曜日には長女が遠征に出発。行き先は静岡でした。

 特急は遅れたものの、どうにかこうにか電車は動いていました。

 少し天候は回復。しかし、寒いのと吹雪くのは相変わらず。

 26日金曜日は、朝起きると家が冷凍室の中に紛れ込んだような状態になっていました。壁一面が吹き付けられた雪で真っ白、ほんの僅かな隙間から雪が入り込んだらしく、家の中にも白い塊がありました。

「明日、昼から納棺あるから、それまで間に合うように次女を起こすんだぞ」

 と父に念を押されます。

 納棺は13時。片道夏は20分程度でつく道のりが、冬は30分以上かかります。家を出るのは……、支度するのは……、ご飯を食べるのは……と逆算すると、目眩がしそうでした。

 27日の日程は、納棺、自宅出棺、念仏から通夜まで。昼から始まって、解散は夜です。

 天候が悪いと具合の悪くなる次女。それでも、時間は待ってくれません。

 一体何時に起こせば良いのか。

 そしてそもそも、起きることは出来るのか。果たして、制服を着せて連れて行くことは出来るのか。

 普段ピンチのときに次女の着替えなどを手伝ってくれる長女は静岡です。

 完全に、詰みました。 

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