具体的に

 中間テスト、期末テストに限らず、各種実力テスト、検定等々。

 部紹介、保育園訪問活動、図書館でのイベントサポート、各種コンクールへの出品。

 学校を休んでいた半年以上の間に起きた様々な出来事に、次女は関わることが出来ていませんでした。

 夏の体育祭は、組み分けも知りませんでした。当日はカウンセリングの予約もあったため、終わってから家族皆で様子を見に行きました。私服姿でしたが、競技の様子を少し見て帰りました。

「残念だったね」

 少しでも参加出来ればと担任の先生は思ってくれていたようでしたが、炎天下での体育祭に堪えられるような体力が、次女にはありませんでした。


 正常であれば面倒で、やりたくない、行きたくないとぼやいていたかも知れないこれらのことが、体調の悪さから関わることも気に留めることも殆どなく過ぎてゆきます。

 学校は少しずつ次女の居場所ではなくなってきていました。

 相変わらず夜型の生活は続いています。夜中のLINEが気持ちを繋いでいたようです。


「学校に行きたくない、というわけではないんですね」

 校長先生から、確かそのような念押しがあったように記憶しています。

 行きたくないのか、行きたくても行けないのかで対応は変わる、ということなのでしょう。そこはきちんと説明します。

「行きたいけど、起きられないようなんです」

 校長先生は紙を取り出し、図を書きながら考えたことをお話になりました。

「例えば、毎日何時、と時間を指定して、迎えに行くという方法は如何ですか。今は夕方、お母さんが送っているようですが、これを日中、2時とか3時とか、時間を決めて我々が迎えに行く。そして、迎えの時間を少しずつ早めていく。できれば毎日が理想です」

「ま、毎日ですか? 今でさえ週2回が限界なんですけど……」

「初めは週何回とか、その辺から始めるのも良いかも知れません。どうでしょう」

 校長先生は本気でした。

 こんな提案をしていただけるとは思わず、面食らいました。

「迎えはどなたが……」

 夫が恐る恐る訪ねると、

「私と教頭、それからスクールカウンセラーなどが交替で行います。どうしても出張や会議で行けないこともありますから、そのときのことも考えて、3人以上で回そうと思っています」

 まさかの当番制まで考えていただいていました。

 しかも、校長先生自らがお迎えに。これは……、断りにくいことこの上ありません。

「実は、介護タクシー制度を使えないか、役場に尋ねたんです。自分で移動出来ないお年寄りのための制度だけれども、学校に自分の足で通えない生徒に使わせることはできるのかと。断られました。使えないそうです。そこで、この方法を考えました。こういったことは本来、学校ではやらないんです。ですが、次女さんのために、我々もできる限り協力したいと思っています。勿論、安全運転に努めます。責任の所在を明らかにするために、出来るだけ管理職が運転するようにします。どうでしょうか。次女さんに聞いてみて貰えませんか」

 自治体の高齢者外出支援事業として、障がいのある方や寝たきりの方、車椅子が必要な方などに使える制度ですが、おおむね65歳以上という規程がありました。福祉サービス利用のための送迎、医療機関への送迎のために補助券が支給されるものですが、学校は福祉施設でも医療機関でもありません。そのため断られたということなのでしょう。


 田舎に住んでいる私たちにとって、自治体などの公共サービスはさほど充実していません。

 いつだったか、小児科の先生に『S市にあるフリースクールに行けばいいんじゃない?』と言われたことがありました。しかし、そもそもそこへ向かう交通手段がないのです。

 家の近くのバス停まで向かうことが先ず、出来ません。バス停まで行ったところで、立って待ち続けることが出来ません。バスがダメならばタクシーですが、駅まで行ったところで、階段を上れるかどうか。電車に乗れたところで、フリースクールまで更にバスかタクシー、更に歩き……。直線距離でほんの十数㎞なのに、辿り着くまで何時間もかかるでしょう。体力もお金も、どう考えても間に合いません。

 仕事には毎日行かなければならない。専業主婦ではない。実家には頼れない。

 言うのは自由です。

 現実問題として出来るか出来ないか。

 絵空事を言うのは簡単ですし、他人のことですから、単純な提案なら誰にでも出来るでしょう。経済状況や家庭環境はそれぞれ違います。

 その中で出来る最善の方法が、今まで全く見つかっていなかったのです。


 学校に行こうにも、起きられたとしても、2㎞弱の距離が辛くて歩けない次女にとって、交通手段が出来るというのは喜ばしいことに違いありません。

 ただ、迎えに来るのは校長先生。――この重圧に、中学2年生が耐えられるのかどうか。

「直ぐに回答いただかなくても結構ですよ。まずはご本人の気持ちです」

 そうですね、と、私たちは頭を垂れるしかありませんでした。

「勉強の方も、少しずつやって行けたらと思っています。今、家ではどうでしょうか」

 学年主任の先生が言いました。

 ふと、家でゴロゴロとiPodを弄っている姿が目に浮かびます。

「夏休み中は頑張って宿題の分かるところをやっていたようですが、2年生になってから授業に出ていないので、分からないところがどんどん増えてきたみたいで。元々勉強は出来る子なので、体調が戻れば取り戻すのは容易だと思います。なので、勉強はさほど心配していません。まずは体調と生活リズムを直すごとが先かな、と」

 私は率直に伝えました。

 そう、まだ2年生。焦らなくてもいい。そんな気持ちがどこかにありました。

 元気だった頃の次女は、本当に何でもできる、自慢の娘でした。学年で3位の成績を取ったことがありました。合唱のパートリーダーもしましたし、絵画コンクールで入賞し、テレビにも映りました。年間230冊以上の本を読み、色が白くて、髪が長くて、モデルみたいだねと言われて。ちょっと運動は苦手だったけれど、身体を動かすのが極端に嫌いというわけでもなく。気配りが出来て、優しくて、頼りがいもあって。

 それが、病気になり、ガラッと変わってしまったのです。

 勉強に集中出来ないので授業にも出られず、通知表に数字の付けられない教科が沢山出てきました。絵画コンクールに出すどころか、絵筆も握れませんでした。本を読むことすら億劫になり、漫画さえ殆ど読まなくなりました。モデルというより、細長く平べったくなっていきました。半分引きこもりのようになって、学校でも殆ど友だちと会話を交わすことがなくなっていました。立ったり屈んだりすると目眩や立ちくらみをするので、家の手伝いも殆ど出来なくなりました。

「学校に途中からしか来られない子たちが通う教室がここにはありますから、最初はそこで少しずつ、出来ることからやることも可能ですよ。授業に追いつくまで、別メニューで対応することも出来ますから、まずは学校に来ることから始めましょう」

 1時間程度の話でしたが、学校側の並々ならぬ決意が伝わってきました。

 優等生だった次女の現状をどうにかしてやらなくてはと思っているのは、皆同じなんだと深く考えさせられました。

 

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