提案

 時間に遅れたにもかかわらず、校長先生は私たちを快く室内へと招き入れてくれました。

「遅い時間に申し訳ありません。まず、どうぞ」

 案内されるままにソファに腰掛けると、校長先生は学年主任の先生と共に私たちの向かいに座りました。

「次女さんのことですが、一生懸命に学校に連れてきていただいていますが、やはり自分で歩いてくるのは難しそうなんですね」

 確か、このようなニュアンスのことをおっしゃったのだと思います。

「そうなんです。午前中は全く起きられず、昼過ぎに起きて、朝ご飯を昼頃に食べているようです。1人で動き回れるようになるのは夕方近くになってからですし、1人で歩いて行くのも、やはりフラフラして毎日は難しくて」

 私も、確かこんなふうに返したような記憶があります。

「ご両親とも働いてらっしゃって、おじいちゃんおばあちゃんなどに助けていただくことは」

「私の親は近くにいますが、農家で忙しく、介護もしていますし、夫の両親はこちらに住んでいないので、助けて貰うことは難しいです。私がもし仕事をしていないのであれば、付きっきりで起こして、ご飯を食べさせて、歩いて連れてくることも出来ると思うんですが、今のままではなかなか……」

 校長先生は私の話を頷きながら聞いてくださりました。

「仕事も2人とも遅いので、全部終わってから学校に連れてこようとすると、どうしても午後7時くらいになってしまいます。このままではダメだとは分かっていますが、どうにもならなくて」

 夫が付け足すと、全くそうですよねと、校長先生も相づちを打っていました。

 私の記憶では、校長先生が本題を切り出したのは、かなり早い段階だったと思います。時間も時間だし、うちの家族が多いということ、子どもだけで留守番をさせているということを事前に耳に入れていただいていたか、こちらでお話ししたんだったか。とにかく、急いで話を進めねばと思っていただいたようです。

「本来、こんなことはしないんですが」

 校長先生は前置きなさいました。

「次女さんのように、学校に来たくても来ることが出来ない生徒は確かにいます。例えばご両親だったり、おじいちゃんおばあちゃんだったりに助けられて、どうにか登校している子がいる一方で、日中誰も手助け出来ないからという理由で学校に来ることが出来ないのは、とても不幸なことだと思います」

 義務教育という名の通り、親には子どもに教育を受けさせる義務があります。

 私たちは子どもの学びたいという気持ち、学校に行きたいという気持ちに応えなければならないのですが、仕事をしなければ子どもを養うことが出来ない、仕事をしなければ生きていけないという葛藤から、何も出来ずにいたというのは、とても心苦しいところでした。

 ですから、校長先生のおっしゃったことは、全くその通りだと思いました。


「学校側で、次女さんをお迎えに上がる、という方法は如何ですか」


 ――度肝を、抜かれました。

 夫と顔を見合って、息を飲みました。

「学校で、迎えに、ですか?」


「そうです。ただ、次女さんにも次女さんの気持ちがあると思いますから、これは提案です。どうしても来て欲しくないというのを、無理やり実行することは出来ません。ですから、ご両親から次女さんに話していただきたいのです。今日は、そのためにお呼びしたんです」


 校長先生は真剣な顔で、私たちを見ていました。

 呼び出された理由も分からないまま学校に来た私たちにとって、それは全く思ってもいなかった展開でした。

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