少女と色彩と隔離世界

白波ハクア

色彩眼

 堅く冷たいコンクリートの床と壁。


 たった一つの窓から、一筋の光が差し込み、鉄柵で隔離された部屋に明かりを灯す。


 その部屋――部屋と呼べるのか微妙な空間――の端っこに、一人の少女が横たわっていた。


「んっ……」


 少女、神無月かんなづきこころは小さく呻き、細く不健康そうな身体をゆっくりと起こす。


「ん……んんっ」


 大きく伸びをした後、まだ眠りから完全に復活していないのか、幼く可愛げのある顔が、ボーっと力の抜けただらしない表情になっていた。


「ふ……あぁ、よく寝たぁ」


 もちもちした肌に、美しい純白の髪色。

 彼女を一目見た者は、なんて可愛らしく可憐な少女なのだろうと見惚れてしまう。


 だが、次の瞬間には、皆揃って彼女に異質なものを見るような視線を向ける。


 その原因は、心の瞳にあった。


 七色に輝く瞳。美しいと思えるそれは、一億人に一人がなるとされている『色彩眼しきさいがん』という奇病だ。


 その病は目に映る全ての人が一色でしか表せない、というものだった。

 例えば、赤く映る人ならば、怒り。青ならば、体調が悪いか、何かに怯えている。

 それでしか人を見ることが出来ない。


 考え方を改めると、人の感情がわかるということになる。

 心情を読み取るそれを、周囲は「気味が悪い」と心から自然と離れていく。挙句には家族すらも気味悪がり、心を監獄のような場所に閉じ込めた。


 それから数年。心は親と会っていない。


 それでも心は、閉じ込められたことを何とも思っていない。むしろ、大人達に変な目で見られることがなくて、ありがたいと安心していた。


 ……少し、外に出てみたいという願望もあるが、それ以外のことなら、一日に一回やって来る見張り役の人に、お願いをすれば叶えてくれるので、不自由とは感じなかった。



「……まだ、眠い」


 七色に輝く目を擦る。


「今日も来てくれるかなぁ……」


 心はたった一つの窓を眺める。彼女はあるものを待っていた。


「あっ、来た!」


 パタパタという音が聞こえた時、心は年相応の明るい笑顔になり、窓に向かって歩く。


「今日も来てくれたんだね、小鳥さん!」


 心が待っていたのは、一羽の小鳥だった。


「小鳥さん、あのね、さっきね、とてもいい夢を見てたんだよ!」


 最近になって、心の元に遊びに来るようになった小鳥。それとお話をするのが、彼女の唯一の楽しみだった。


「……あれ、なにを見ていたのか忘れちゃった。ごめんね、小鳥さん」


 小鳥は首を左右に振る。心にはそれが「気にするな」と言っているように思えて、笑顔になる。


「小鳥さんは優しいね」


 撫でようとして手を伸ばすが、途中で止める。心と小鳥の間には、一枚の鏡が張られているからだ。


「小鳥さんは自由にお空を飛べるんでしょ? いいなぁ、正直、羨ましいや」


 首を傾げる動作をする小鳥。


「私はね、ここから出られないの。何年も暗い部屋ですごして、ずっと一人ぼっち。……けれど、もう慣れちゃった」


 チョン、と小鳥が前に飛ぶ。ほんの僅かだが、距離が縮まった。


「慰めてくれるの? ……ふふっ、ありがとう」


 それが嬉しくて、心は小鳥のことが更に大好きになる。


「……いつか、小鳥さんみたいな人が、私を迎えに来てくれるといいんだけどなぁ。でも、お父さんはそれを許してくれないよね」


 遠い記憶、物心ついて初めて父親と会った時のことを思い出す。


「私のお父さんはね、凄く怖い人なの。ううん、お父さんだけじゃない。お母さんも私と一切口を利いてくれなかった。それどころか、お前は神無月家にいらない、って……ねぇ、小鳥さん。私、どうすればいいのかな」


 十四の少女が抱える悩みではない。しかし、心には深刻な悩みであった。


「いっそのこと、小鳥さんがこれを壊してくれたらいいのに、ね」


 今度は鏡のことを忘れて、小鳥に手を伸ばす。


「――あっ」


 突然、小鳥は羽を広げて飛び立ってしまった。


「怒っちゃった? 私が小鳥さんにお願いしたから?」


 単に小鳥が別の場所に行っただけなのだが、心はそのように感じてしまった。


「……そうか、自分で飛び立てばいいんだよね。でも、怖いなぁ」


 外は未知の空間だ。何があるのか、心にはわからない。


 ふと、窓から空を見上げる。


 そこには、小鳥と同じように空を飛ぶ鳥の群れがあった。


「……うん、それでも私は」


 少女は何かを決意し、固く握った拳を振りかぶった。




 ――これは始まりの物語。


 一人の平凡な女性と、一人の異質な少女が出会う前の物語。

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少女と色彩と隔離世界 白波ハクア @siranami-siro

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