β043 天への飛翔
僕は咄嗟に綾織さんを抱かかえていた。
その綾織さんの小指にきらめく白いエーデルワイスが熱くなり、虹色が、放射線状に光り輝き出して、辺りを包み込んだ。
「うぶ! ふぐお! ま、眩しい……」
丸山喜一が光りをのけぞって避けようとしたが、遅かった。
「ぐああああ……」
闇医者、自らが起こした爆風によって、迎賓館から、放り出されて行った。
「私、鐘をつきます」
綾織さんは、姿勢を低くし、爆風にも負けず、大きく舞を始めた。
両手を開いて天を仰ぐ。
右足をつんと床につけると、左足も追う。
綾織さんの白い服が巫女衣装のようになって、ウェアラブルコンピュータとして働く。
CMAβが上から降りて来て、同じ舞をシンクロして行う。
この美しさは、先程のつがいの朱鷺のように見える。
この舞もお父上の綾織時空元国王陛下から指南を受けたのだろうな。
遠くから、小さな音が、寄せる波のように聞こえて来る。
空中都市βの中央にある清浄の鐘がゴーゴーとなり響くのが、ここまで伝わるのだ。
やはり、巫女の綾織さんは、遠く離れていても鐘を打てるのだな。
「浄化なさい。丸山喜一! 利用された者の辛さを身にしみるがいい」
CMAβに綾織さんが続く。
「天上へ行きし者、地に帰るべからず」
舞いは静かに終わった。
「グハアー!」
丸山喜一が遠くで吠えている。
「これで、何とか変わるのではないかな」
あの丸山喜一をポリスとマルクウへ突き出してやる。
「労働改革の首謀者は丸山喜一で、その配下で働いていた空中庭園国中のCMAがAIとしての権利を剥奪されていたようだな」
僕は、外へ行き、丸山喜一容疑者を体を伏せて捕らえた。
彼の手は、冷たくて驚く。
「それに代わり、人の働く場所が減っており、葛葉ひなのような、不当な解雇もあったと認めるんだな」
僕は、けわしい顔をしていた。
「さあな」
しらを切ってもダメだ。
更にくってかかる。
「セトフードサービスの健康診断後、瀬戸社長に働きかけ、ひなと僕のヤン父さんとかや乃母さんが本惑星アースに惑星流しにあったと脅しただろう。哀しい思いにさせただろう」
真実の心を探っていた。
「僕の妹は、いたって普通かも知れない。巫女の力もなければ、女王陛下でもない。どんなに美味しくてあたたかいご飯でもカフェでも猫舌で、いつまでもふーふーと冷ましているんだ。子猫のように悪意のない存在だよ」
僕は、妹の話となると、悔しさと愛おしさが混ざり合い、複雑な気持ちになる。
「何の話だ、葛葉創め」
僕は、パーソナルフォンのネココちゃんを持ち主の声紋認証だけで起動して通報できるマイクのボタンを長押しした。
「労働改革の首謀者を捕縛! 労働改革の首謀者を捕縛! 迎賓館より。僕は、葛葉創」
バーバー。
迎賓館をポリスとマルクウの車が、所狭しと囲む。
サーチライトが交差する。
僕は、綾織さんと話し込んだ後、まばゆい中を闇医者に近付く。
「丸山喜一。クシハーザ女王陛下の綾織さんに聞けば、そのような国策を認めた覚えはなく、前ネイガスティハーゼ国王陛下も関わりもないそうだ。マッドサイエンティストの思い込みとのことだ」
暴力を嫌う僕なりの最大限の抗議だ。
「覚えていろよ……。ふふは。世の中、頭のいい奴が支配する日が来る」
ポリスに後ろで手に枷をはめられて、歩かされる。
どっと、護送車に詰め込まれ、それでも、僕らを睨みつける余裕があるようだ。
マルクウは、CMAなのだろうか?
リーダーだと名乗る検査服に青いラインのついたマルクウに訊いてみた。
「僕は、葛葉創です。マルクウは、現在、全員CMAなのですか?」
「二人が人間で、九人がCMAです。必ず人とCMAのタッグで、日夜、表層部から深層部から、本惑星アースや宇宙からのサイバーセキュリティを様々にしております。葛葉創殿がお持ちになった本惑星アースの飛行物体を解析しまして、古の六角形のパネルについても解析を進めております」
平凡な僕に対して、帽子を取り、胸に当てて、敬礼する。
「私も清浄の鐘でお仕事をさせてください」
きりっとして、仕事モードの綾織さんだ。
素敵だな。
「綾織さんは、どこの国を守るのかな……? 空中庭園国か本惑星アースか分からないのだが」
恥ずかしがり屋の僕でも尋ねてみた。
これで、お別れになるとは考えたくないし。
「私は、愛する人のいる国を守ります。本惑星アースと空中庭園国は、本来、ばらばらではありません。大チューブを労働改革以前のように、再び自由に行き来できるようにすれば、両国民は、手に手を取るでしょう」
摩天楼から見た、あの空中庭園国を支える柱か。
「幸福が待っていると。全ての祖国に思っていただきたい。その為に、私は、鐘をつきます。しかし、殺生はいたしません。それが、信条です」
綾織さんは、やはり、立派だね。
僕は、しっかり者に弱いな。
◇◇◇
「後は、ひなにさえ会えたなら、僕は何も問題がないのだが」
「では、探す旅に出ますか?」
くるりと回る綾織さんって、愛らしいな。
「ええ? 摩天楼で宇宙ランデブーなどは、危険極まりないと思うのだけれども。いや、僕は、守るんだな。ご身分も何もかも忘れていい位に」
「大気圏を出る時に葛葉ひな様の声を聞いたのなら、もう一度、飛んでみるのもいいかも知れません」
僕は、こんなに心をさいてくれる綾織さんに、何とも言えない気持ちになった。
「それしかないのなら。やろう!」
「空中庭園国の外は、汚染されていると言うのはデマです。汚染から身を守りながら生活しているのが、むしろ、空中庭園国のドームの方です。本惑星アースは、一度は核エネルギーが暴走しましたが、今は、コロニーを選べば、暮らせます。心配なら、ガイガーカウンターを身につけたまま飛翔すればいいでしょう」
いつものおすましさんに戻った綾織さんに、少しほっとした。
「それは、構わないけれども、飛翔! CMAβか?」
「早く、ワタシに一か零をお言い」
CMAβが、手招きして、今にも飛ばそうという風だ。
「はい。一です。結構です」
ひなに……。
僕は、再び会うんだ……!
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