Ⅳ 秘密のβコード

β037 かりそめならず

 そうこうしている内に、航行の時は過ぎ行く。

 小惑星に不時着したのは、一度きりだった。

 後は、パネル左上のNEO印をタップすれば、障害となる小惑星等の動きも分かるので、上手く避けられた。

 航路は、目標を空中庭園国に合わせて、最も適切になっている。

 リュウグウノツカイから見えたらしい我が空中庭園国へは、さほど遠くないと思ったが、僕に焦燥感があるのか、遠く感じた。


「綾織さん、疲れたら、眠っていても大丈夫だよ」


 綾織さんが、すっと右を向いて首を振る。 


「いえ、葛葉様が摩天楼を動かしているのに、眠れません」


 くうー。

 気を遣うことないんだよ。


「宇宙をドライブするなんて、普通、考えられないよな」


 僕は、心をはずませていた。

 素敵な綾織さんが隣にいるのだもの。


「しかし、コロニー・エーデルワイスには、その技術があったのです」


 綾織さん、真面目なのはいいことだが、ムードってどう盛り上げたらいいのだろうか?

 何か声を掛けよう。


「僕が磨いた、クシハーザ女王陛下の玉はなんだったのだろう? 航行中だが、サーチしてみるか」


 僕は、摩天楼のマップを手に入れている。

 これがあれば、百人力だ。

 マップを全画面にオープンする。

 外部にある球体をサーチするように指示し、結果までコンマ九秒掛かった。


「むむ。どうやら、シークレットらしいな。危険なものではなければいいが……」


 ムードは盛り上がらなかったな。

 失敗した。

 それより、危機を感じるよ。


「沖悠飛くん、乗り心地は悪くないかい?」


「ああ。それより、空中庭園国へ行けるのか?」


 疲れた声が届く。


「そこは、行けるのかではなく、行くしかないかな。いつまでも漂流していたら、危険だ。がんばろう」


 僕に綾織さんがエールをくれた。


「はい。がんばります」


 ゴゴゴゴゴゴゴ……。

 お腹も空かないし、外の音は聞こえない。

 時間なんて分からないけれども、僕には、大切な人達との旅だった。


 ◇◇◇


 どこかの惑星に近付いたな。

 沢山の人工衛星の抜け殻がある。


「葛葉様。惑星アースに近付きましたね」


 惑星アースだと……!

 意外だな。

 エレジーみたいに荒廃しているのかと思っていたよ。

 色彩の豊かな星だ。

 これが、空中庭園国とは、惑星流しの行き先であったり、サイバー攻撃防衛などの密接な関係にあるのだ。


「つまり、この近くに空中庭園国の惑星があるのか?」


 僕のつぶやきに、綾織さんは哀し気に語る。


「惑星とは、少々異なると思います」


 空中庭園国は、一つの惑星ではなくて、国家なのだろうか。


「もう、マップなしでもクローズアップでとらえられる距離です」


 綾織さんの言葉通りに、目視で空中庭園国を探した。


「ん? 惑星アースの一大陸が、空中庭園国なのかな? 見当たらないが」


「やはり、ご存知なかったのですね。もう少しで、空中庭園国に最接近します。新しく分かることがあるでしょう」


 ヒュゴゴゴゴゴゴゴ……。

 摩天楼が、宇宙空間に突き出た空中庭園国の上空に辿り着いた。

 周囲がブラックホールと言うのは、デマだったな。

 ただ、宇宙であるのは本当で、僕は近付けないよ。

 この空中庭園国は、特異な構造だと分かった。

 惑星アースから上方へ向かって、長いチューブが伸びている。

 その先に、まるいテーブルを土台として作り、全体が半球のドームに囲まれている。

 これが、リアルの空中庭園国のあり方か。


「あーあ。めったくそ、驚いた!」


「葛葉様に、驚きました!」


「俺は、目が覚めた!」


 僕の大声に、小声の綾織さんがびっくりするのは構わないが、眠っていたのか、沖悠飛くん。


 目に焼き付いた僕のふるさとのが、摩天楼を酔っぱらい運転にさせる。


「果たして、どこから入ろうか? 綾織さん」


 僕は、けろっとして訊いてしまった。

 恥ずかしいのは、後からじわりと来る。


「信号を送ったらいいのではないでしょうか?」


「うん。ごもっともだ」


 空中庭園国は、思ったよりも小さかった。

 その管制センターを探す為、マップに目星を付けて、起動させた通信アプリで信号で、呼応してくれるかを確かめる。

 一か所だけ、イエローに点滅した。


「僕らは、侵略目的ではない。悪意のない航行をして来た。この空中庭園国こそが、僕らの最終的な目的地なのだ。船は捨てても構わない。入国を

許可して欲しい」


 反応がない。

 何か足りないのだな。


「識別番号が必要なのか?」


「私は知っています」


 管制センターに識別番号を知らせればいいのかな。

 セキュリティなのだろうが、空中庭園国とのコンタクトは、そもそも、どこだろうか。

 分かっているのは、上空からも見出せる小さいながらもピラミッド型のあの施設だ。

 分かったぞ。

 もう一度、SOS信号を出して、送信してみよう。


『こちら、空中庭園国特殊国家保全対策推進室、マルクウのCMAシーマ748セブンフォーエイト。識別番号、貴船の乗員と航路図をデータとして、提出しなさい』


 それ位は覚悟していたよ。

 仕方がないよな。

 何か問題がある訳でもあるまい。

 素直に従うか。


「綾織さん、識別番号を打ち込んで。後は、僕ができるよ」


「分かりました」


 パパパと入力する。


「識別番号クシハーザ000。乗員、綾織志惟真、葛葉創、沖悠飛の三名。航路図」


 不思議な摩天楼だが、ナノムチップを差し込んでみたら、データをまとめてくれた。


「マルクウの管制センターへ。安全な通信方法を示してください」


 どんな特殊なデータでも取り扱えるからと、指示して来た方式で送信した。


『何! 惑星アースから?』


 マルクウでも驚くのかとびっくりしたのも僕だった。

 いや、マルクウだから慌てたのか?


『ゲートの番人が三人、入港に立ち会う。それを条件に閉鎖している空港

を開けよう』


 オオオオオオ……。

 食べてしまうのではないかと開いたのは、マルクウのピラミッド型の入り口だった。

 そこへ、ホバリングしながら、降りて行く。


『クシハーザ女王陛下万歳! クシハーザ女王陛下万歳!』


 ああ、玉のせいか、国家意識が高揚しているよ。


 ここから旅立ち、ここへ帰ることになるとは、思いもしない。

 僕らは、国に帰ったのだ。

 ゲートの番人に逆わずにいる。

 三人が各々の想いを込めてふるさとへと帰って来た。


 相変わらずミステリアスな綾織さんは、おすましさんで、空中庭園国へと降り立った。

 手配中の沖悠飛くんは、マルクウ及びポリスに御用となる。

 僕には不思議とおとがめなしだった。


 これは、かりそめではない。

 先ずは、帰ろう。

 僕のドームハウスへ帰ろう。



 カフェを飲んで、生きているのを味わいたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る