β035 生命体と生きるということ

 今更ながら、気が付いた。

 僕の目の前に、小さな小さな動くモノがある。

 僕の船外服のアプリの前にうごめくモノがある。

 これは、ゴミではない。

 自主的に動いている。


『九十ミー、八十九ミー、八十八ミー』


 カウントダウンをしているのは、このミーミー言っているモノどもらに違いない。

 僕は、ネココちゃんでは目立つので、アプリを瞼の動きで操作して、データを取得した。

 体長平均一ガノム。

 親指よりも小さいから、古典のおやゆび姫くらいかな。

 分かったからと言って、綾織さんらに伝えたり、声を荒げては、相手の短気を誘うかも知れない。

 ここは、内密に行動しよう。


『八十一ミー、八十ミー、七十九ミー』


 カウントダウンが遅いな。

 慎重なのか?

 このモノどもらを止めるのもありだが、発射台も小さいはずだ。

 潰せないだろうか?

 まさか、僕に乗っていないよな。

 ことは急ぐ。

 パーソナルフォンのネココちゃんで、船外服に安全点検としてサーチを行う。


『クズハツクルさま。オツカレサマです。センガイにまいりました』


「おお、ネココちゃんお疲れ。僕の船外服付近一ガノムに、異物を発見次第、報告してくれ」


『クズハツクルさま。サーチカンリョウまで、コンマサンビョウでした』


 ヒットした!

 それもそのはず。

 なんと、僕の船外服の顔面にあるのではないか。


『六十九ミー、六十八ミー、六十七ミー』


「も、もうどいて貰ってもいいのかも知れない……」


 腹黒くもそう思った。

 ダメだ。

 リュウグウノツカイのモノも生きているのだから、敬意を示さなければならない。

 僕は、葛葉の家で、誰に対しても優しくすることを教わって来た。

 意地悪ばかりするあの子へも、一緒に遊んでおいでとどこか変わった所へ行ったのだよな。

 あれは、暑い日で、僕も帽子を被ればよかった。

 その教えの方針を裏切ったら、僕からの返礼、両親や妹への愛は嘘になる。

 だからこそ、問いかけよう。

 成立しなくてもいい。

 話し合いだ。


「リュウグウノツカイ大惑星の現在の指揮官はどなたでしょうか? 僕は、空中庭園国の回し者ではないのです。たまたま不時着させていただいたことには、お詫びと感謝を申し上げます。できましたら、僕と話すことで、発射を止めていただきたいのですが」


 割と大きくでた返答が来た。


『もう、発射のカウントダウンは、五十を切りました。その間になら、聞きましょう』


 むっちゃくちゃ、時間がないではないか。


「僕は、妹の葛葉ひなを探しています。その為の旅なのです」


 それは、必死に嘘いつわりのない現状を話した。


『クズハヒナ……』


 少しうろたえた感じを受けたが、カウントダウンは続く。


『四十五ミー、四十四ミー、四十三ミー』


 ドダダッツ、ダダ!

 その時、後ろから、僕にタックルをかける者がいた。

 どたーっと前のめりになる。


『ミー、ミー、ミー!』


 突然のことに、リュウグウノツカイのモノどもは留まり、発射台は、クレーター内のどこかに放り出された。

 カウントダウンも止まった。


「誰だ? 僕にタックルとは」


 訳も分からず、息せききれるだけだ。


「葛葉創くん、後ろ、後ろ見て!」


 CMAβが飛びながら教えてくれるが、この船外服では、振り返られないのが難点だ。


「ヒューゴ」


 僕に分かる言葉でお願いしますね。

 次に、タックルからのー、バックドロップ!


「うおおおお! もう若くないんですよ、僕」


 情けない声を出してしまったが、バックドロップで、ミー、ミー言うリュウグウノツカイのモノまでも完璧に振り払えた。


「――沖悠飛くん!」


 一見、ぼろぼろになった船外服だが、少し伸びた髪と声質で分かった。


「はあ、はあ、父が来ただろう。沖宇治ノ清が」


 顔面がスターオーシャンの赤いリンゴのようになっている。


「いや、会えていないが。これから探して、皆で脱出だよ。沖悠飛くん」


 沖悠飛くんは、うなだれてしまった。

 ぼそりとこぼした。

 

「父は、ここへ落下した際に船外服を傷つけてしまったんだ。それで、もう、空気は要らないからと、僕に空気を分けてくれたよ。人工生命体でも、空気が必要なんだ」


 生物と非生物との境目だものな。

 コンピュータのソフトウェアと機械のハードウェアの融合から、古典に至るが、先人は、人間がアダムとエバを創造したように、人の領域を超えてしまった。

 哲学者のアルベルトさんの要旨をトキオインフォメーションカレッジで読んだが、うなずける所も多かった。


「では、CMA157は? 沖悠飛くんの『156』は再び意思伝達アプリに送信相手が示されたが……。その……」


 沖悠飛くんは、小さく首を横に振った。 


「もう……。いないと思ってくれていいよ」


 沖悠飛くんの意思伝達アプリからも父親へのアクセス、『157』は消えてしまったのだろうか?

 CMA157には、まだ、訊きたいことも沢山あったのだが。

 初老のCMAが、ここで幕を下ろすとは、僕にはあっけなかった。


「ご遺体は、どうされますか? 沖悠飛くん」


「仮に祖国に帰れても、ここで宇宙葬としてもいいよ。リュウグウノツカイと言う小惑星で安らかに眠ってくれるだろう」


「このミー、ミー言う小さな生命体は、どうしたらいいのだろうか」


 近くまで来たCMAβに声を掛ける。


「気を失っているなら、放って置いていい。連れて歩くと彼らがむしろ不幸になる」


 仰る通りですね。

 ピッピッ。

 『K』より『A』へ。


「綾織さん、空中庭園国へのミサイル発射は止まったようだ」


 この一報はしないと。

 そして、沖悠飛くんの父親を置いて行き、ここの国民は置いていくと決まったことも。


「そうですか。ほっといたしました」


 この頃の綾織さんは、感情が豊かになって来た。

 ですます調の堅苦しさが取れて来て、前にも増して、心遣いを感じられる、優しさと愛情にあふれる素敵な女性になった。

 僕は、惚れ直してもいいのだろうか……。



 生きるということは、愛という潤いがあるといいと思う……。

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