β010 ゲート次元

「……ワタシよ。CMAβよ」


 まどろみの中で、僕は、CMAβにぴしゃりと頬を叩かれた。

 これは、CMAβもどきではない。

 ホログラムではなく、掌の実像がある。

 それに、ただ、従順なAIのCMAではなくて、塩対応のCMAβだと感じた。


「いい加減、起きた? ここは、更に地下へ通じるチューブの前よ」


 見れば、目の前に五角形のゲートが見える。

 後ろは、壊れたようなCMA達九人が墓標のように道を作る。

 今、この白い山が動いたら怖いな。


「はは……。歯茎から血が出ましたよ。起きました」


 CMAβ、怪力だったんだな。

 人工知能と一括りにできない、ある意味、ハイスペックを感じるよ。


「ふぬけが。これからの戦いに備えることは多々ある。出遅れるな」


 CMAβが、僕をいざなう。


「分かりました」


 僕もいつまでも転がっていないで起きる。

 てっきりCMA達に踏みつけられたりしたのかと思えば、CMAβのビンタが一番痛いところを鑑みるに、僕は、殆ど、戦っていなかったと分かる。


「CMA達の反乱に、僕は驚くばかりだったが、策を練らないといけない」


「意外と思考するタイプなのね」


 CMAβの前のせいか、素直にひなを取り戻したい気持ちがしっかりして来た。


「沖悠飛くんの父と名乗るCMA157は、確かに他のCMA達と違って、より人に近く感じられる。マルクウを創成から携わったらしい。何とかこの反乱を止めなければ!」


 CMAβと一緒なら、鬼に金棒だ。


「誰が反乱を起こしているの?」


 そうだな。

 厳密に考えなければならない。

 往々にして、トップから叩かないとならないだろう。


「ここの九人のAIだけか。マルクウ内のCMA全体か。たった一人のワガママでまかり通っているのか」


 これは、誰でも推察できる範囲だ。


「初老のCMAは、サイバーセキュリティに食い込んで来た。仕事をしていた重要なCMA達が正常に機能できなくなったのだ。止めなければ、空中庭園国のサイバーセキュリティは保てない」


 僕は、勘が働いて、この地下も何かあると思う。

 どうにか五角形のゲートが開かないかとタップしてみたが、エラーすら起こらない。


「ワタシが、更に深層部へ連れて行く」


 CMAβに気合いが入ったのか、金色のオーラが見えだした。

 すうー、シャンと、何も持っていないのに、無音と涼やかな音が聞こえ、丸く腕をかざしながら、一足をしのぶようにさす。

 すうー、シャンと、今度は、腕を抱えるように下ろし、もう一足もつま先を伸ばす。 

 シャラランラン、シャラランランと、美しい鈴の音を振りまいて踊り出す。

 すると、ゲートの向こう側には何もなかったのに、ゲートのフレームが金色に光り輝き出した。


「輝かしい……。CMAβ、本当に巫女のようだ……!」


 僕が見とれていると、声で背中を押された。


「今よ!」


「は?」


 どうみても金色のゲートで火傷はしなそうだけれども。

 一緒に行かないの?


「ゲートをくぐって」


「CMAβは?」


 少し怖かったので、腕を差し入れると、ずむりと飲み込まれて行く。


「いいから……」


 CMAβは、シャラランラン、シャラランランと舞い踊っている。


「うあっ。ゲル状のゲートなんて初めてだ」


 ずむりずむりと入らざるを得ない。

 僕は嫌な予感を吐き出してしまった。


「CMAβ! ここで、別れたくない。僕は、僕は、CMAβとライブでであっ――」


『うわあああ』


 暗闇を暗闇をひたすら落ちて行った。

 暗闇の中を暗闇の中を――。


 ◇◇◇


 ――白い。


 この世界をたった一言で表すと、白い。

 神秘的な赤と純潔の白の巫女装束のCMAβも白いが、マルクウのCMA達も白い。

 ここは、どんな世界なのか。

 僕だけが、色があるように感じる。

 他は、ホワイトアウトしてしまい、眩しくて、見えにくい。


「CMA157、沖悠飛くんの父親を捜せと? そうなのか? CMAβ」


 僕は、上と思しき方向へ向かって吐いた。

 じっとしていてもしかたがない。

 そろりと歩き出した。

 足元は不安定だが、どこか秩序を感じる。

 右足を出すと、一歩進むが、左足は、右足の側に来る。

 こんな歩みでは、遅々として、進まないではないか。

 しかし、でき得ることはしなければ、誰も幸福にできない。

 一歩進むと止まるの繰り返しに飽きるなんて、根性なしのすることだ。

 どれ程歩いたのか分からないが、まだ、根性はある。


「沖悠飛くん。そして、CMA157。いたら返事をしてくれないか」


 無駄だとは思ったが、声に出してみた。

 すると、返事が霞の中からこだまして来た。


『兄さん……。創兄さん……』


「え?」


 こんなに可愛い声は、ひなしかいない。

 しかし、ひなは本惑星アースに惑星流しされたのではなかったか?

 偽物かも知れない。


『私よ。……ひなよ』


 偽物だとしたら哀しいが、それでも探すのが、兄よの。

 かなり遠くからだな。


「ど、どこだ?」


『こっち……』


「そっちか。今、行くよ」


 今まで、一歩ずつ歩いていたのを急いだら、顎から転んでしまった。

 見れば、足元は、ぎっちぎちの箱状のものでできている。

 一つの箱に入れられるのは、一つの足だけって、ちょっと二進法に似ている。

 でも、三次元感覚はあるのだよな。

 そして、眩しさも足元から来ていると分かった。


 ここは、おそらく、マルクウの中枢だ。

 コンピュータの中に入り込んでいるのだろう。

 上手く、沖悠飛くんかCMA157を捕まえるのに好適だ。

 CMA157の起こした反乱を止めれば、愛しいひなにだって逢える!


 突然、ゴーゴーと清浄の鐘が鳴る。


「こんな所まで、清浄の鐘が……?」


 僕が不思議がっていると、僕の後ろで、崩れ落ちる音がした。


「うぐほはあ!」



 だ、誰だろうか。

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