第3話

「……阿呆あほう、が」


 手紙を読み終えた俺は、独りになった部室でそれだけをようやく捻り出した。


 ――知ってました? じゃねぇよ。

 知らなかったのはお前の方こそ、じゃないか。

 新入部員なんて、別に入らなくてもいいんだよ。

 ここが同好会になろうが、俺は好きなように文章が書ければ――そしてそれを、お前が読んでくれれば。

 それで。それだけで。


 手紙を持った手に、思わず力が入る。

 ひらり、と。

 先程まで読んでいた手紙の束とは別の、一枚の紙が宙を舞った。

 どうやら最後の一枚の裏にくっついていたらしい。


『追伸。

 先輩のキャラクターは表情豊かで、私は好きです。

 でも、物語の終わり方がいつも悲しいので、たまにはハッピーエンドも書いてあげて下さい。

 現実は、そんなに甘くはないんですから。

 ならせめて、小説の中くらいは。

 幸せなのが……いいと思います』


 やはり自分で書くだけの事はあり、ゆきは不出来な後輩だ。


 ――どうせなら追伸の方に『好きでした』と書いた方が物語としては盛り上がるだろうに。


 そんな事を思い、しかし、それを批評する相手はもう居ない事を改めて気付かされる。


 まったく、本当に。不出来な後輩だ。




 入学式を終え。

 特に勧誘に力を入れたわけでもなかったが、何故か新入部員は五人も居た。

 これで同好会に格下げされる事もなく、文芸部は少なくとも向こう二年は安泰となった。


 俺が無愛想なのは相変わらずだったが。

 少しずつ、俺はハッピーエンドの小説を書くようになっていた。




 そして、時は流れ。

 大学進学も決まり、もうじき俺は高校を卒業する。


 ――あれから、約一年。

 あの時二人しか居なかった椅子の主は、今は六人に増えた。

 じきに俺も居なくなるが、それでも五人の主は残る。

 新入部員が二人以上入れば、パイプ椅子を増やさなければならないだろう。


 受験勉強の息抜きがてら、俺は部室に立ち寄っては小説を書くことを続けていた。

 受験を終えた今でも、暇を見つけては書いている。

 先日も一つ作品を書き上げたところだ。

 そして、次の作品へ。

 今のところ、冒頭だけは出来上がっていた。

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