第11話 大聖堂の秘密を暴け
ティンクルバニア市長アストン・グレイの挨拶が終わると、春季園遊会は無事に終了した。撤収は社交クラブお抱えのスタッフによって速やかに行われ、中庭はあっという間に元通りだった。
一般生徒達も下校した放課後。
学園に残っているのは部活や委員会に参加している生徒と、密命を負ったセシュナだけ。
彼は庭園の中心――大聖堂の正門を前に、一人佇んでいた。建物は飾り付けを全て取り払われて、元の質素な外観となっていた。
昨日と同じように樫の扉を押しやると。
手応えは重々しく、蝶番が微かに軋みながらもゆっくりと開いた。
並ぶ礼拝用の長椅子と祭壇。奥には巨大な聖女像、そして彼女が身を捧げた磔台を模した聖印。天井近くの窓から差し込む光が、壁の色を綺麗に二分している。
その景色も昨日と何も変わらない――ただ一つを除いて。
セシュナは真っ直ぐに聖堂の中心へ歩いて行った。
(確か、この辺だったはず。あの……女の子の死体が寝かせられていたのは)
床の上に膝をついて、敷き詰められた石の一つ一つに触れていく。
石は完全に乾いていて、血の跡はもちろん残り香すら感じられない。拭き取るような当たり前の掃除方法ではないと思っていたが、こうも完全に痕が残らないというのは驚きだった。
(……
そうとしか考えられない。彼らが姿を消したのも、やはり同じだろう。
大図書館で見つけた
ただ、その痕跡は
(協力してくれる
ヒルデは、生徒会所属の
(
かつて
万が一裏切りにあっては元も子もない、とヒルデ。
(生徒会長さんも色々大変だなぁ……ま、仕方ないか)
セシュナは上着のポケットから一枚の紙を取り出した。
図書館で得たもう一つの収穫。
(聖堂の設計図。ここにヒントがあるはず)
正確にはその写しだが。
当時の記録を検めてみると、この建物が二つの役目を負わされていたことが分かる。
一つは祈りの場としての聖堂。
二つ目は荒野に巣食う鳥獣から死者を守り、安らかな眠りを約束する弔いの墓標。
(つまり)
この建物には
今はもう新しい死者を迎え入れていない、閉ざされた空間。
あの黒ずくめの集団――『ミリアの子供達』はそこへ向かったのではないか。
(根拠その一。死体を入れた棺を運ぶには絶好の場所)
市街の葬儀屋や街の外れにある墓所では、どうしても人目につく。だが、封印された地下墓地は違う。
(根拠その二。
入門書にもある。
一瞬で世界の反対側へ――あるいは市内のどこかへ移動するということは、その奇跡をイメージできても行き先が認識できない。壁の向こうや床下ならば、その音や温度を感じることが出来る。
(根拠その三。入り口は封印されていて、他の人間は入れない)
当事者以外は誰も憶えていない、出入りもできない密室。犯罪の証拠を隠すには最高の場所だ。
セシュナは長椅子の間を通り抜けて、祭壇を目の前にする。両手に少しだけ伸びているのが翼廊だ。
向かって左手の翼廊には、昨日忍び込んだ礼拝準備室に繋がる扉がある。
しかし右の翼廊に扉はない。
本来それがあるべき箇所には漆喰で固められた石壁だけがあった。
(設計図では扉の印が付いてる)
近づいてじっくりと観察してみるが、他の壁との違いはない。
昨日今日埋め立てられた訳ではないのだから当然か。
ヒルデによれば、『ミリアの子供達』の噂は学園の設立当初から囁かれてきたという。
(何百年も、学園で人殺しを?)
何の為にそんな真似をするのか。どうやって続けてきたのか。
壁を叩き、外側の壁と音に違いがないことを確認する。つまりそれは、
石の間に不自然な隙間がないか、あるいは石を動かす仕掛けのようなものがないか確認していく。見た目で鍵穴と分かるものやスイッチは見当たらない。
本当に、一切の人間を受け入れるつもりはないらしい。
セシュナは溜息をついた。
それは諦めや苛立ちではなく――むしろ歓喜に近いものだった。
重厚な石壁の向こうにどんな景色があるのか。どんな真実があるのか。
隠される程に、好奇心が疼く。
(見たい。知りたい――ここには、何が隠されている?)
上着のポケットから、最後の得物を取り出す。
ヒルデを通して考古学研究科から分けてもらった遺跡発掘用の道具である。
これだけの古跡を傷付けるのは、躊躇いがあった。
(でも、こうするしかない。本当のことを知るためには)
他の壁や基部に影響が無いよう、通路の中心と思われる場所に
マッチを擦り、手元の導火線へ近付ける。
火は音もなく編み上げられた導火線へと移り――
爆発までの時間は、思ったよりも長かった。
罠を仕掛けて獲物を待つ時のように、興奮と忍耐の鬩ぎ合いの中で。
衝撃は爆音となり、会堂に反響する。
あらかじめ耳栓を入れていても、耳朶は痛みを訴えた。窓ガラスが不吉な音を立てて震える。
恐る恐る、長椅子の影から首を出してみると。
石壁は見事に崩れ落ちて――その先にある螺旋階段の一部を覗かせていた。
「――よしっ」
我知らず快哉をあげ、拳を固める。
石壁に開いた大穴に手をかけると、まずは首を突っ込む。噎せ返るような埃と黴と、死の匂いが鼻先にちらついた。
荒野の片隅で眠っていた記憶と歴史の断片。
吹き付ける未知の気配に、セシュナは自分の背筋が震えるのを感じた。
(行こう。確かめるんだ)
よじ登るようにして穴を抜け、封印された空間に足を踏み入れる。階段の壁に設えられた燭台には蝋燭の欠片が残っていた。試しにマッチを近づけると、どうにか火が着く。
明かりを灯しながら、彼は慎重に階段を降りていった。
螺旋を六周もした所で階段は途切れる。設計図通りとはいえ驚嘆に値する深さだった。
またしても扉が行く手を阻むが、今度は簡単に開いてくれた。
樫材の隙間から噴き出す濃密な空気。
そして、暗がりに慣れた眼には眩しいほどの光。
(明かり! 誰かいるのか?)
セシュナは扉の影に身体を忍ばせた。耳を澄ましてみるが気配は掴み取れない。
奇妙な静けさだった。積もった新雪に全ての音が吸い込まれてしまったような。
「――ホンマに来よったんか。恐ろしい奴やのう」
声だ。少年の声。
しかも、こちらに向けて。
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