18

「狂ってる。そんなにこの世界が厭なら、おまえ一人で死んだらどうだ。ほかの人たちを巻き添えにするな。一人で自殺しろ!」

「この寺を継いだ者は、同じ夢を見る。自殺の夢です。過去に、さまざまなわたしが自殺する夢。わたしは前世で、この世が厭で自殺したのでしょう。そのたびに生まれ変わっては、幾度も自殺をくり返した。その夢を見て、わたしにはわかったのです。自殺したところで何度でもここへ連れ戻される。刑期なかばで脱走した囚人のように。本当に輪廻の罠から逃れるには、転生の因となるすべての執着、煩悩を捨て去り、運命にまかせて死を待つしかない。刑期を全うするのです」

 阿弥陀仏が、黒光りする顔に嗤いを貼り付けて、二人のやりとりを聞いている。密閉された地下室の空気は、冷たく、重い。

「いったい誰が、こんなものを造った……」正人は仏像を睨みつけて言った。

「どんなところにもレジスタンスはある。アウシュビッツにさえあった。計画は失敗し、みな処刑されたが……この世界にも、この世界のカラクリに気づき、囚人的民衆を解放しようとする組織がある。その一つ〈本山〉によって、ある未来に開発された。外見はただの仏像として。それがこの時代に送られ、隠されて、わたしやあなたのような工作員に伝えられてゆく」

「おれは工作員なんかじゃない!」

 青木は笑った。「光背の文字を見て、この像の正体を理解したではないか。工作員である証だ。あなたは来るべくしてここへ来た。わたしからこの像を受け継ぐために。あわてなくても、潜在意識のロックが徐々に解除され、ゆっくりと〈使命〉を思い出させてくれますよ。わたしもあなたも〈永い〉時を戦い続けてきたのです。いくつもの時代の中で。不条理に挑んできた戦士なのです」

 正人は呆然と青木の言葉を受けとめた。自分の凡庸な生涯に、そのような恐ろしいい要素が組み込まれていたとは。これまで過ごした日常が、土くれのように崩れ去ってゆく……

「AMI製作チームは、AMI完成間際に混乱した。反対者が出たのです。反対者はAMIの完成を阻止しようとした。争いになり、殺し合いになった。反対者は全員死亡したが、それ以前に、AMIにちょっとした仕掛をしていた。起動コードを書き換えるプログラムを秘かに導入していたのです。初期コードは無効化されていました。おまけにそのプログラムは、周期的に起動コードを自動更新する。完成したAMIは二度と開封できないから、そのプログラムは削除不能です」青木は、うんざりしたように口元を歪める。「更新を繰り返す起動コードは、すばしっこい魚のように指の間をすり抜ける。するりと永遠に逃げ続ける。とんだ〈さいの河原〉だ。何度石の塔を積み上げても、そのたびに鬼がやって来て崩してしまう。でもね、それが何だというのでしょう。確率が何百万分の一であろうと、起動する者にとっては、常に〈あたり〉か〈はずれ〉かのどちらかしかないのですよ。案外、逃げたつもりの魚が、むこうから手の中にとび込んでくるかもしれない」

 青木は、恐怖と向き合ってきた日々を回想したように、ぶるっ、と躰を震わせた。

「わたしは、たった一つの起動コードも試せず、一日中ここに座っていることがある。そうかといえば、狂ったように何十通りも試す日がある。次のコードが〈あたり〉かもしれないと思いながら。一つ試すたびに、わたしの中から、生命いのちが失われてゆく……」

 書院から出てくる青木が憔悴していたはずだ。次の試行が世界を消してしまうかもしれない。全宇宙のこめかみに銃口を当てたロシアンルーレット。彼はここで、毎日何度もを体験していたのだ。

 青木がふわりと寄って来た。

 正人は壁に背をすりつけたまま、階段の方へ退いた。

「……もう、わたしは限界です。ねえ、助けてくれるでしょう? わたしに代わって阿弥陀仏を管理してくれるでしょう? この寺の新しい住職に――」

 すがりつく亡者のような手が肩に触れようとした。正人はそれを振り払い、逃げるように階段を上った。

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