第四章 洞窟の夢2

 ヒュインテ街道に入ると、道は格段によくなった。やはり国の主要街道だけあって、地方でもそれなりに整備が進んできているようだ。時折商人の馬車もすれ違うようになり、今までの閑散とした道行きとは少々変わってきていた。

 とはいえ、そこから見える景色はまだまだ未開拓の土地が広がるのどかなものだ。街道の周囲には草原が広がり、遠くには山々が連なっている。都会の匂いは、まだそこからは感じ取れなかった。

 ヒュインテ街道を北東の方角へとユヒトたち一行が進んでいくと、途中にあるワビテ町へとたどり着いた。小さな町だが、街道沿いにあるため、それなりの賑わいを見せている。農家も多いようだが、商人も多く行き来しているようだ。

「今日はこの町で宿をとることにしよう」

 ギムレの言うとおり、すでに陽は落ちかけていて、このまま進み続けるより、そこで旅の疲れを癒していったほうがよさそうだった。

「久しぶりにベッドで眠れるな」

 エディールは嬉しそうにそう言った。ユヒトにとってもこの町で宿をとるというその提案はとてもありがたかった。旅に出てからこれまで夜はずっと野宿で過ごしてきたのだ。布団で寝られることのありがたさが身に染みてわかっていた。

 ワビテ町には旅人用に二軒の宿があり、そのうちの一軒の宿が空いていた。ギムレが代表して宿の手配に向かい、その間に、ユヒトたちは馬を宿の脇にある馬小屋へと連れていった。

 ユヒトたちが馬から荷物を下ろして宿へ向かおうとしていると、そこに一人の男が通りかかった。

「おや? もしかして、お前はエディールじゃないか?」

 男はエディールの顔を見て、驚いたように話しかけてきた。

「おや、そういうきみはファラムじゃないか。こんなところで会うとは奇遇だな」

 エディールも、ファラムと呼んだ男を見て目を見開いていた。どうやら二人はかつてからの知り合いのようである。

「見ないうちに随分たくましくなったな、ファラム。弓の腕はなまってはいないだろうな」

 エディールの言うとおり、ファラムという男はなかなか鍛えられた体をしていて精悍だった。顔もよく日に焼けていて男らしい。

 ファラムはエディールの言葉にふっと笑みを浮かべて答えた。

「もちろん弓の腕を磨くことは忘れてないさ。それに、剣のほうも以前より上達したぞ。だいぶこの旅のために体を鍛えたからな」

「旅のために? 随分特別な思い入れがあって旅に出てきているようだな」

 すると、ファラムは少し胸を張ってこう言った。

「俺は故郷のマムロ村を代表して、セレイアへと向かう使者として旅に出ているんだ」

 ユヒトはそれを聞いて、どきりと胸が高鳴った。ファラムの誇らしげな様子に、なぜだか心がざわつく。

 驚いたのはエディールも同じのようだったが、エディールはすぐに冷静な態度に戻って言った。

「ほう。これは奇遇。奇縁というやつかもしれないな。実はわたしたちも故郷の村を代表してセレイアへと向かっているのだ。この世界を救う使者としての役目を担ってな」

 それを聞いたファラムは目を丸くしたが、すぐに口元に不敵な笑みを浮かべた。

「……そうか。まあ、確かにお前の弓の腕はそれなりに有名だったからな。しかし、お前たちの村は少々人材不足のようじゃないか。そんな子供が一緒とは。それともそっちは小間使いかなにかなのか?」

 それが自分のことだということに、ユヒトはすぐには思い至らなかった。けれど、そのことを理解すると、すぐに腹の奥に熱いものがたぎっていった。

「ファラム。それは彼に対して少々失礼な物言いじゃないか。彼は小間使いなどではなく、正真正銘わたしたちと同じ使者だ。それに、彼は人材不足のために選ばれた人数合わせのための使者などではない。この世界の運命を担うべく選ばれた、わたしたちの大切な仲間だ。この旅に彼はなくてはならない存在なのだ。きみにとやかく言われる筋合いはない」

 エディールがそう言い返すと、ファラムは大きく笑った。

「そうかそうか。悪かった。それぞれの村にはそれぞれの事情というやつがあるからな。だが、きっとお前たちトト村のやつらよりも、俺たちのほうが先にセレイアへとたどり着けるだろうよ。ではな」

 ファラムはそう言い残すと、笑いながらその場を去っていった。

 ユヒトは熱い怒りを腹にためたまま、ファラムの後ろ姿を睨みつけた。そんなユヒトの肩を、エディールはぽんぽんと叩いてなだめる。

「気にするな。あいつは以前シューレンで開かれた武術大会で、わたしとの勝負に敗れたんだ。それをいまだに根に持っているのさ。あいつもセレイアへと向かっているのには驚いたが、これは競争ではない。あいつの言うことを真に受けて、焦って旅をすることもあるまいよ」

「そうだ。あんないけすかない男の言葉など気にするものではない。だいたいこのオレがついているというのに、あんなやつに負けるわけがないではないか」

 ユヒトの後ろで座っていたルーフェンもそう言った。今は普通の犬のように、翼を体内にしまっている。彼らの言葉は頼もしかったが、ユヒトは胸に沸いた悔しさを、なかなかぬぐい去ることができなかった。

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