第三章 白い友人7
村を出てしばらく行ったところで、三人はようやく馬を止めた。
「ここまで来れば、あの男も追ってはこられないでしょう」
ユヒトは荒く息をつきながらそう言った。
「おい。ユヒト。どういうことだ。あの獣のことはどうなったんだ。これではここまで来た意味がないじゃないか」
「そうだ。それに、さっきの家の中の様子は尋常じゃなかった。いったいなにが起きたというんだ?」
ギムレとエディールの疑問に、ユヒトはこくりとうなずいた。
「あれは、ルーフェンの力ですよ。ルーフェンがあの突風を起こしたんです」
「ルーフェンが?」
ユヒトはなおもわけがわからないといった様子の二人に、説明した。
「実は、あのとき僕は、ルーフェンの指示に従って行動していたんです」
それは、こういうことだった。
ルーフェンの言葉は、あの場ではユヒトしか聞くことができなかった。それを利用して、ユヒトとルーフェンはある計画を実行していたのだった。
ユヒトはあのとき、ルーフェンの指示した台詞を発していた。それが本当にうまくいくのかどうか不安はあったものの、ユヒトはルーフェンの言うことを信じることにした。
とにかく、あの場で一番重要だったのは、ハルゲンに鎖にかけてある術を解かせることだった。それがなされれば、あとはなんとかなるとルーフェンは言っていた。そしてユヒトはその言葉を信じ、取引を成立させた。実は取引で持ち出したアダル石うんぬんのことは、ルーフェンの指示で言ったことであり、まるきりでたらめだったのである。
嘘をつくことに多少の罪悪感は感じたが、それでもあの場では、あそこからルーフェンを解放させることが最優先事項だった。
ルーフェンはこう言っていた。
――男が術を解いたあとは、全速力でこの場から逃げろ、と。
ユヒトはその言葉を信じ、こうして一目散に村から離れたのだった。
ユヒトの話を聞いたギムレとエディールは一応は納得したものの、その表情にはいまだ不審の色は消えていなかった。
いくらルーフェンがそう言っていたとはいっても、あの後ルーフェンがどうなったかは今の状況からはわからない。再び男に術をかけなおされてしまっているかもしれないのだ。
三人はなんとなく村の方向を眺めたまま、しばらくその場に佇んでいた。
ふいに、ユヒトは風の声をかすかに感じた。
それから彼方になにか点のようなものが見え、それがすごい勢いでこちらへと近づいてくるのが見えた。
「風だ。風がやってくる!」
「え?」
ユヒトが言うのと同時に、それはごうっと辺りに吹きつけてきた。
そして目の前に、それは姿を現した。
「ルーフェン!」
純白の毛を持つ美しい獣は、大きく翼を広げてユヒトたちの前へと降り立った。
彼がわさわさと翼を動かすと、そこから力強い風が生まれていくのがわかる。
「これは……」
「なんという……」
ギムレとエディールは続く言葉を失ったまま、その光景を呆然と見つめていた。
ユヒトは喜びを胸一杯に感じながら、ルーフェンに駆け寄った。
「よかった。無事に逃げてこられたんだね」
『ありがとう。ユヒト。きみのおかげであの鎖を断ち切って自由になることができたよ』
ルーフェンの言葉通り、彼の首にはもう鎖はついていない。
「ルーフェン。ところでこの翼は? この風はきみが起こしているものなんだよね?」
『うん。翼はしまってあったんだ。術が解かれたことで、それも自由になった。そしてこの風もオレの力だ。もちろんさっきの男の家で起こしたものもね』
「きみはもしかして、風の竜となにか関係があるのかい? きみのことは夢のお告げで風の竜から聞いた。この力といい、そのことといい、きみは風の竜となにか深い関係があるんじゃないのか?」
ユヒトが問うと、ルーフェンは頭をさげてうなずいた。
『そう。オレは風の竜の分身。傷ついた風の竜が最後の力を振り絞って、オレを遠くへと逃がしたんだ』
ユヒトはそれを聞いて得心した。ルーフェンの声がとてもなつかしく思えたこと。ルーフェンをひと目見たときから、自分の深い部分でなにかが響いていたことを。
『オレはきみに会うために地上へと降りてきた。しかし、弱っていたせいで、あの男に捕らわれてしまうという失態を演じてしまった。まだ、オレも失われた力を完全に取り戻すことはできないが、多少なりともきみたちの力になれると思う。オレの本体である風の竜を復活させるために、オレもきみたちとともに行かせてもらいたい』
ルーフェンの言葉に、ユヒトは胸が熱くなった。風の竜が最後の力で生み出したルーフェンという存在。その存在が今、他でもないユヒトに会いにきたというのだ。
風の竜の復活のために、使者として選ばれたことはやはり運命だったのだ。
風に愛されしもの。
それがなぜ、自分という存在であるのかはわからない。けれど、これは自分にあたえられた大きな運命なのだ。世界は崩壊の危機を迎えている。風が止まってしまったこの世界。
それを救えるのはきっと自分しかいない。
それはとてつもないことだ。そんな大それた仕事を、こんな未熟でちっぽけな自分にできるとはとても思えない。
――けれど。
大きくて、重すぎるそんな宿命を背負えるという自信は少しもないけれど。
だけど、目の前のルーフェンはそんな自分に会いにきたのだ。
ユヒトはただ、彼を救いたい。そう思った。自分にできることはただそれだけ。
世界を救うなんて、難しくて大それたことはできるとは思えない。けれど、目の前のこの存在を救うこと。そうすることがきっと今の自分に科せられた使命なのだろう。
ユヒトはルーフェンの体をそっと抱き寄せ、その毛に顔をうずめた。
「一緒に行こう。きみを救うために」
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