第二章 闇の世界の住人1

 村の入り口から街道に出るためには、トト村の裾野に広がるアカエの森を抜けていかなければいけない。森を構成する多くの木々がアカエという種類の広葉樹のため、その森はそう呼ばれていた。ユヒトたちはアカエの森に作られた細い道を、愛馬に乗りながら列になって進んでいた。

 道を取り囲む森の木々たちは、青々と茂ってはいるが、やはり風が吹かなくなってしまったことで、本来の力強さを失ってしまったようだった。

 しかしそれでも、初夏のこの時期に旅立つことになったのは、いろいろな意味においてよいことだった。風の竜の加護が失われたために、自然の本来持つエネルギーも弱ってはいたが、時期的に考えると、今は森の草木や動物たちがもっとも活力を増すときである。それは、旅人にとっても山の果物や獲物が手に入り易いということを意味していた。

 森の道は人の通れるように先人たちが整備をしてくれてはいたが、やはりそこは山道ということもあり、起伏の激しい道は多くの体力を必要とした。

 山道にある途中の沢で休息を取ることになり、ユヒトたちは愛馬に水を飲ませたり、自分たちも軽く食事をしながら足を休ませていた。天に輝く太陽は、早くも中天を過ぎようとしている。

 そんなときにギムレが森にまた入っていき、すぐにまた戻ってきた。

「そこでパッチェの実がなっていたぞ。少し小ぶりだが、味見をしたらうまかった。お前たちも食べるといい」

 ギムレは、パッチェの実をユヒトとエディールにひとつずつ渡してきた。

「ありがとうございます」

「ありがとう。わたしもいただくよ」

 ユヒトは桃色に薄く色づいたパッチェの実を少しの間ながめると、さっそくそれにかぶりついた。すると、すぐに口の中に果実の甘みが広がっていった。

「おいしい! 生き返りますね」

 実は確かに小ぶりだったが、味はいつものように甘くて瑞々しかった。

「しかし、よく見つけたな。最近じゃ、村で栽培してるものも、なかなか収穫が少ないとみんな話していたのに」

「そこはやはり、この俺様の野性的勘というやつよ。来る途中で、ふっとパッチェの実の香りを嗅いだんだ。だから絶対に近くに自生しているはずだと思って、ちょっと探してみたんだ。そうしたらやっぱりそこに生えていた」

「野生の勘か。やはり獣じみたところが、本能的にそういうものを察知するのかもしれないな」と、またエディールが言わなくてもいいようなことをギムレに言う。

「獣? おい、エディール! また貴様俺のことを馬鹿にしたな!」

「え? いつ馬鹿になどしたかな? わたしは本当のことしか口にしていないのだが」

 またしても喧嘩が始まりそうになり、ユヒトは慌てて仲裁に入った。

「お二人ともっ。せっかく休憩を取っているんですから、言い争いはやめましょう。せっかくの実がおいしくなくなりますよ」

「まあ、それもそうだな」

「とりあえず、ここは休戦としようか」

 二人が喧嘩の矛をおさめたのを見て、ユヒトはほっと胸を撫でおろした。この二人の喧嘩の火種はいつ点火するかわからないので、ユヒトにはたまったものではない。基本、争い事を好まないユヒトには、少々気苦労の多い旅でもあった。

 しかしやはり、ギムレとエディールの存在は頼りになった。彼らは旅慣れていて、ギムレは自然のことや動物のことにくわしかったし、エディールは博学で、たくさんの知識を持っていた。

 それに比べてまだまだ未熟なところのあるユヒトにとって、彼らの存在は大きいものだった。

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