ナカマ
七戸寧子 / 栗饅頭
本編
二匹の鳥が居た。
木の枝の上で、微妙な距離感の中お互いの様子を探りあっている。
やがて、片方がもう片方の上に乗ったかと思うと、すぐに離れてどこかに飛び去った。
「・・・おアツいな」
自然と言葉が出た。私はさっきの鳥達が何をしたのか知っている。
交尾だ。
鳥と言う生物の交尾は哺乳類からしたら独特で、様々な特徴がある。まぁ、私もそんな詳しいわけではないが・・・とにかく、一秒にも満たない一瞬で終える。不思議だと思うのは、その一瞬で終えるにも関わらず子孫が残せることだ。そうして、「種」としての数を増やしていく。
「はぁ、一瞬か」
自分で脳内に浮かべておいて、ため息が出る。私はよく知っている。長い、その「種」の歴史で見て、数は徐々に増えていく。しかし、悲しいことにその逆に数が減るのは一瞬だ。
皮肉なものだ。
一瞬で子孫を増やす種もあれば、その一方で、一瞬でこの世界から消える種も存在する。ゼロにはならずとも、数が激減してしまうこともある。
私は思う。世界的には、ゼロでは無い方が良しとされるだろう。でも、その動物たち自身のとっては、仲間がいないなんて寂しいことだ。いっそ、一人なら友や親の逝ってしまった世界に行きたいと思うのではないか。
「でも、死ぬわけにもいかないからな」
私もそうだ、本当は死んでしまいたい。仲間がいないこの世界、生きる価値を見いだせないのだ。でも、周りのフレンズからは頼りにされているし、何よりここで折れてしまっては死んでいった仲間に合わせる顔が無い。
「バリーさーん!セルリアンがぁ!」
「む・・・?わかった、今行こう。先に逃げててくれ」
パッカーン!
「こんなところか・・・セルリアン、感謝するぞ。私はこの闘いから学び、また強くなる」
セルリアンの残骸に一礼し、その場を後にする。
私はバーバリライオン。
皆からはバリーと呼ばれている。ハッキリ言おう、私・・・と言うより、バーバリライオンという種は絶滅の危機に瀕している。少なくとも私は仲間を見たことがない。
「仲間、な。一度でいいから会ってみたいものだ」
呟いてみても現実は変わらない。この切実な願いは叶わない。悲しいものだ。日々、そう思う。
一人でジャパリまんを食べていた。時々誰かと食べることもあるが、今日は一人だ。一人、というフレーズからどうしても仲間のことを思い出して悲しくなるので、普段そんなことは気にしないようにしている・・・が、今日は無理だった。
「仲間・・・仲間がいない・・・」
ジャパリまんは少し湿った塩気のある味になった。こんな姿、他のフレンズには見せられない。悲しくなった私は、少し空想の世界に浸ることにした。
「もし仲間がいたら・・・こう、隣で一緒に食事して・・・」
思ったより楽しいもので、そのうち悲しさも薄れてきた。これから寂しくなったらこうしよう。そう決めた。
しばらくして。私は、あの二匹の鳥を見てからどうも孤独を感じることが多くなった。別に、友人がいない訳では無い。バーバリライオンの種として孤独ということだ。
「アトラがいたら、一緒に己を高め合って・・・」
いつの間にか、空想上の仲間に名前が付いていた。
アトラ。彼女の名前だ。バーバリライオンの別名、アトラスライオンからとっている。
「それで、その後はジャパリまんを二人で食べて・・・」
アトラは、私にとってかけがえのないものになった。自分の頭の中で生まれた彼女は、私の唯一の仲間だった。
いつの間にか、何をするのもアトラと一緒だった。もちろん、隣にいる訳では無い。だが、彼女と一緒に居る想像の中で食べるジャパリまんはとても美味だったし、そのほかの日常がより良いものになった。
私は、彼女との食事を楽しみにし、彼女との睡眠を楽しみにし、気が向いた時にする散歩も彼女とすることを考えれば楽しみでわざわざ前日から予定を立てたりする程になった。
「なぁバリー。久々に手合わせしないか?」
そう言ったのは私の親友でありライバル、少々気に入らない部分もあるが・・・とにかく、良い関係のケープライオンのフレンズだ。でも、今日は受けるわけにはいかない。なぜなら・・・
「すまない、今日はアトラとの約束が・・・」
「アトラ?知らねー奴だな、まあいいや。じゃな!また来る!」
そう言ってスタスタと歩いて行った。つい、アトラのことを他人に話してしまった。が、大丈夫だろう。彼女のことだ、きっと深く謎の存在について詮索したりはしない。
そんなことを考えながら、アトラと二人で散歩した。
その後も、アトラと私は仲良く楽しく生活した。もう、アトラというのは一人のバーバリライオンであり私の友達・・・いや、家族だった。いつしか、彼女が妄想ということも忘れてしまった。時々、アトラのために時間も作ることもあった。ケープライオンとの手合わせもしたが、一度きりでその後はアトラとの予定とどうしても被り、出来ずにいた。
「よっ!今日なら出来るか?」
彼女がまた訪ねてきた。
「わ、悪い今日もちょっと・・・」
「なんだ、またアトラか?」
「そう、ちょっと約束しててな」
「なぁ、それ誰なんだ?最近、ちょっとお前そのアトラってヤツに病的になってるぞ?」
私はこの言葉に自分でも思いがけないとてつもない怒りを覚えた。少し強く言葉を返す。
「アトラはアトラだ!私の仲間で、家族だ!」
「家族ぅ?お前それ、本当か?」
「ほ、本当だ!今も寝床の方に・・・」
「どれどれ?」
そう言って、彼女は私の寝床を覗き込んだ。私はそこにいるアトラを見て、納得して貰おうと思った。しかし、その思惑は外れた。
「おい、誰もいないぞ?お前、大丈夫かよ?」
「え?う、嘘だ・・・アトラが居ないなんて!おーい、アトラ!?」
寝床の方で、アトラが返事をする声が聞こえた。私の鼓膜は微塵も震わさずに。
「ほら、今返事が聞こえたろう?」
「いやバリー、お前何言って・・・なんも聞こえねぇぞ?」
「いや今確かに・・・」
パァンッ!
唐突に、その音が高らかに響く。私は頬に激痛を覚え、その場に倒れ込んだ。
正面には険しい顔をしたケープライオンの彼女が立っていた。
「しっかりしろ!お前、何かに取り憑かれてるみたいだ!少し、頭冷やしとけ!」
そう言って彼女は帰ってしまった。私はその場で、蹲ったままだった。そんな時はアトラがいつも励ましてくれた。はずだった。
「アトラ・・・アトラ?なぁ、アトラ・・・おい、返事してくれよ・・・」
返事は返ってこなかった。急に、頭の中で何かが崩れ落ちる。私は思い出してしまったのだ。
「アトラは・・・私の妄想、現実にはいない、頭の中の存在・・・ウソだ、そんなはず・・・」
涙が溢れてきた。私は、その現実が受け止められず声を上げて泣いた。
アトラのいない生活は辛く寂しいものだった。ケープライオンは時々訪れてくれたが、手合わせにも身が入らずその度彼女に怒鳴られた。
「まだ引きずってんのかよ!いい加減目を覚ませ!それが百獣の王たるバーバリライオンか!」
「だが・・・アトラは、アトラは・・・」
「あーもう!勝手にしろ!」
毎回、別れ際はそんなだった。
ケープライオン。彼女だって、私の大切な友だ。こんな関係でいたくない。どうにかしなければ・・・
「で、俺の噂を聞いて頼りに来たと。」
私は、なんとかアトラをこの世に呼び出す方法を探した。行き着いた先はセルリアン。彼らの「輝きを再現する」というところに注目し、それを利用できないかと考えた。
「そうだ、可能か?」
私が今話しているのは、濃い緑と黒のセーラー服を着た、イルカのフレンズ・・・に、一見見えるがそうではない。彼女はフレンズ型のセルリアンだ。マリアンという名らしい。もう事のあらすじは話した。
「どうして俺に頼むの?」
「会話が出来るセルリアンなんて他に居ないからな。マリアンじゃなくてもいい、別のセルリアンに頼むのに仲介してもらうとかできないか?」
「無理だね。俺は確かにセルリアンだ。だからといってセルリアンと会話なんて無理。そもそも、俺が話しかけてもセルリアンは理解する頭を持ち合わせていないからね。」
「そんな・・・」
「まぁ、バリーのしたいようにするといいよ。特別に見逃してあげる、本来フレンズは俺達の獲物だけど。」
「そうか・・・悪いことをした、無理な頼みをして。すまない、私は行かせてもらう」
そう言って、彼女と別れた。
絶望した。ありとあらゆる方法を試した。でも、私はアトラと暮らす願いは叶わない。怒りと悲しみにまかせ、丁寧に手入れしていた髭、今は髪だが。それをぐしゃぐしゃにし、引き抜いた。
もうどうすることもできない。ただただ、泣いて自分を傷つけて過ごした。
「うぁぁ・・・アトラぁ・・・ぅ、うぇぇ」
まともな言葉なんて出ない。バーバリライオンというフレンズの世間的イメージから外れ、思い切り涙を流す。こんなところを他のフレンズが見たらびっくりするだろう。
その時、遠くで爆発するような音が聞こえた。
「火山の・・・噴火?」
サンドスター火山が噴火し、キラキラと輝きを放っている。放心しきった状態でそれを眺めていたら、足元にすごい勢いで何かが落ちてきた。
「っ!?・・・サンドスター?」
落ちたものが砕け、その細かな破片のきらめく中で浮き上がるものがあった。
自分の引き抜いた毛。だんだん、サンドスターがそれにまとわりつき、形になっていく。
「あ、あ・・・!」
やがて、その形は人型になり姿を露にした。
視界に居たのは、紛れもない自分と同じ姿のフレンズ。彼女はむくりと立ち上がり、キョロキョロと周りを見渡す。そして、自分のそれとは似つかない素っ頓狂な声で私に問いかけた。
「ここはどこ?わたしはなにもの?あなた、しってる?」
私はその質問に答えた。ついでに自分も同じバーバリライオンであることを説明する。彼女はニッコリと笑って、こう言った。
「じゃあ、わたしとあなたがちゃんと区別できるようにしなきゃね?なにか、良い方法ある?」
「私はバリーと呼ばれている。お前は・・・アトラ。そう、アトラって呼ばせてもらうよ」
「アトラ・・・?素敵!ありがとうバリー!わたし達、仲間だね!」
彼女は、私の中にいたアトラとそっくりな笑顔でそう言い放った。
終わり
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