大神の実

乙無 良何

第1話 序

 古代。まだ一国としての形を為さぬ『』と呼ばれていた東の島群には、大小の部族が国をつくり小競り合いを繰り返していた。

 中でも筑紫つくし島(九州)一帯を支配していた強大な阿毎あま一族は、いく度か秋津あきつ島(本州)に向けて武力遠征を試みたが、完全な掌握には至らずにいた。

 そんな折、秋津島の一角出雲の穴牟遅なむち一族に慈愛に満ち、智に長けた一人の王子が頭角を現した。その名を色許男しこおという。

 色許男は若くして中原(中国)へ渡り、戦に逃げ惑う大陸の技術者や知恵者を連れ帰った。新しい農法や便利な道具作りを広め、他の部族にも惜しみなく伝授し、信頼を得た。やがて秋津島の西部を治める王として諸国を従えた。

 それまで多くの犠牲を払いながら、秋津島を手に入れられなかった阿毎一族の瓊瓊にに王はそれを良く思わず、一計を案じた。出雲の隣国、地形に通じている吉備国の豪族を取り込んでおいて、かたや紀国から大和に侵攻して拠点とした。

 そうしておいて穴牟遅王となった色許男に使者を送り、秋津島の東部を制圧する協力を申し出た。東部は気候が厳しく農耕が難しい。いずれはこちらの技術を伝えたかったが、文化の違いから交流は難しかった。自分を慕ってこない国々だからといって色許男に武力で侵略する気は無かったが、大国の使者を無下に返すわけにもいかず手厚くもてなした。ところが、一夜のうちに色許男は使者にさらわれてしまった。

 瓊瓊杵王は出雲と手を結ぶと見せかけ、色許男を大和に連れ去り人質にして支配権を奪い、大和の地に一族から新たな王として孫の伊波いわを据えた。

 当然穴牟遅王を慕っていた各部族は、反発し戦乱となる。戦いはあちこちで起こり、多くの命が奪われていった。三輪山に囚われていた色許男は、その様子に心を痛め伊波礼に進言した。

『わたしをこの三輪山に据え国の生き神として穴牟遅の血を継がせよ。女子が生まれたら貴公に嫁がせ和平を図ろう。出雲には決して手を下さず大社を建て穴牟遅一族に守らせれば、人心は安まろう。秋津島の民は信心深い。阿毎王のもとに日(ひ)巫女(みこ)を置き神託を得て国を治めるがよい。』

 伊波礼は他になすすべもなく、言葉に従い、色許男の娘余理媛(よりひめ)を正妻にして出雲に山ほどに高い大社を建てた。日巫女には筑紫島から霊力の強い日孁(ひるめ)を呼び寄せて据えた。すると間もなく戦乱は収まり、平穏が訪れた。

 三輪山の穴牟遅王は生き神として代々出雲から妻を迎え、細々と子孫を残していった。

 やがて地方の国々も徐々に従い大和の大王おおきみを中心にした朝廷が出来上がる。阿毎一族によって倭は一つの国へ――日本国へと統一の道を辿り始める。

 しかしそれから幾代、穴牟遅一族は阿毎一族への恨みを忘れはしなかった。いつの日か、大和から血筋正しい王を取り戻し、新たな王朝を起こす悲願を秘めて、機を待っていた。

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