第3話 魔人

男の服はズタズタで、幾つかの小さな布切れが、かろうじて体に纏わりついているのみ。

虚ろな目は焦点を結んでおらず、半開きの口からは涎がこぼれていた。


まともな人間ではない。


誰が見てもそれがわかるほど、男は全身から異様な雰囲気を醸し出していた。

慌てふためいた村人達は逃げ場を求めて右往左往するが、背後は切り立った崖である。

逃げられるとすれば、先程、通ってきた村に続く道だけなのだが、それはこの不気味な男の背後にある。


「何なの、この男!?」


思わず叫んだタミナの言葉に答えたのはダンだった。

否、タミナに答えたというより、カナに話しかけたと言った方が正しい。


「魔人だ、カナ。気を付けろ」


落ち着いた声である。

この場にいる人間の誰よりも彼は落ち着いていた。

魔術師は常に冷静であれという父の教えが、彼の子供らしくない冷静沈着な性格を作り上げていた。


どうやら、父達に加勢に行くには、まずこの男を倒さねばならないようだ。

ダンは集中し、魔法力を高めた。


「魔人!?魔人って、なんだ!?」

ダンほど冷静ではないカナは動揺した声でダンに訊きかえした。

それでも抜剣し、素早く身構えるあたりは流石である。


「魔獣化した人間の事だ。人間だって、魔獣化する事はあるんだ。ごく稀にな!」

ダンは空気の流れを掴み、それをコントロールするように魔法力をこめた。

すると、風は刃となって魔人に襲い掛かった。

鎌鼬の魔法である。


ダンの作り出した鎌鼬は魔人の皮膚に無数の裂傷を与えた。

だが、大したダメージではない。

魔人の全身からは血が滴り、一見すると派手に見えるが、ひとつひとつの傷は浅い。

魔人がその攻撃に一言の声も漏らさなかったのは、魔獣化によって恐怖を感じる神経が麻痺していたせいなのだが、そうでなかったとしても、悲鳴は起こらなかったかもしれない。


しかし、次の瞬間、カナが大地を蹴って魔人に飛び掛かった。

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