硫酸ピッチ撤去

 強制捜査の翌日、古森が自主的にドラム缶を撤去したいと申し出てきた。伊刈は産対課の面接コーナーで古森の話を聞いた。

 「海老原社長が実刑を免れるには撤去を約束するしかないと弁護士に言われてるんで、犬咬の倉庫にあるピッチは全部出しますよ」

 「どうやって出すんですか」

 「なに大丈夫ですよ。あそこに運び込んだ白浜運送にまた持って帰らせるだけですから、うちが金を出すわけじゃないんでね。社長が白浜のことしゃべってないから恩があるんだ」

 「白浜運送は運んだだけ」

 「いえまあここだけの話ですがうちの協力工場ですね。だけど本業は大きな運送屋なんだよね。トレーラーを何百台も持ってるんだ」

 「もしかして自社で使う軽油を作ってたんですか」

 「ええまあたぶんね。あ、警察にはこれ内緒ですよ」

 「警察だって当然それくらいのこと知ってるでしょう。挙げないってことは証拠がないんですよ」

 「なるほどねえ、それは道理だわな」

 「撤去してどこへ持っていくんですか。他の倉庫に移動するだけじゃだめですよ」

 「白浜運送は近畿の会社だからあっちに持って帰らせますよ。ちょうどいい処分場があるんだ。うちなんかは名前を勝手に借りることはあっても行ったこともないけどね」

 「名前は借りれるんですか」

 「まあねえ疑り深い客には契約書を見せるんですよ。もちろんその」

 「偽造ですか」

 「まあそうねえ」

 「近畿ケミカルですね」

 「うんそう。なんだ知ってんのか。ピッチはあそこしかまともに処理できないからね。最近はどこの県でもピッチの処理はあそこ頼んでんでしょう」

 「処理費がかなり高いと聞いてますよ」夏川が言った。

 「そうだよ、べらぼう高いわ。白浜が負担するんだからかまわないけどよ」

 「白浜運送が二千本全部全部片すんですか」喜多が言った。

 「いや五百本くらいだね」

 「一本十万円として五千万円ですね。大丈夫ですか」伊刈が言った。

 「大丈夫だよ。あの会社はそれくらいの金はありますよ。トラック三百台も持ってる会社だもの。五千万円ぽっちじゃトラック五台も買えないやね」

 「残りの千五百本はどうしますか」

 「大丈夫それもまた他の会社にやらせますよ」古森はあくまで楽観的だった。

 翌週から撤去が始まった。白浜運送は自社の車両を使いたくなかったのか、大型トラックをチャーターして倉庫に回送してきた。フォークリフトの積込作業は古森が自らやっていたが、手馴れたものだった。大型トラックにはドラム缶五十五本を積み込むことができたので、五百本の搬出は僅か十日で終わってしまった。金本が半年かかると言ったのと同じ量だ。金さえあれば早いものだと伊刈は思った。

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