雪
やがて、空から雪が舞い降りてきた。
「……目、覚めた?」
優しい声が、アシュの脳内に響く。後頭部に柔らかい感触があり、その時、初めて膝枕されていることに気づく。思わず、起き上がろうとするが、「コラッ、ジッとしてて……頼む……から」と優しく後ろから抱きしめられる。潰れかけた瞼で、リアナの表情を見ると、明らかに泣いた跡があった。
「まだ、動ける状態まで回復してないから」
彼女の掌を見ると、白く光っており治療魔法をかけてくれているらしかった。アシュは観念して力を抜き、再び彼女の膝に後頭部を乗せる。
「……ヘーゼン先生は?」
「帰った。『あとは、頼む』って。本当に勝手な人」
「今に始まったことじゃないだろう。でも……助かった」
「……うん」
ヘーゼンがいなければ、2人はここに存在していない。彼に守られたという事実は、彼が正しいということの何よりの証明だった。
「すごい人だな、あの先生は……でも、いつか……」
「いつか?」
「……いや、なんでもない。それより、とんだ誕生日だったな」
「あっ! そう言えば、誕生日だった」
思い出したように素っ頓狂な声をあげるリアナ。
「なんだ、忘れてたのかい?」
「しょうがないでしょう? こんなことがあったんだから。ところで、今回はどんな本をくれるのかな?」
「……」
アシュはポケットから、ピンクの包装で包まれた小箱を取り出す。
「これは……本じゃないよね?」
「……本のサイズの訳がないだろう? 言っておくが、ジルとの共同プレゼントだからね。そこのところは間違えないように」
「フフッ……」
「……なんだい?」
「ジルからは、『照れて共同プレゼントって言い出すかもしれないけど、彼1人のプレゼントだから』って聞きましたけど」
「……」
リアナは嬉しそうに、包装を外した。そこに入っていたのは1通の手紙と、花の形で彩られたイヤリングだった。
「これ……ユーリーズ?」
「……ふん。やっぱり、偽物はダメだな。かつての天空都市オリヴィスに咲き誇っていたその荘厳さを表現しきれていない」
「ううん……」
リアナの瞳から、涙が一筋、流れ、
「私は、これがいい」
嬉しそうに、そうつぶやいた。
「……いや、ダメだな」
「もう! 本人がいいって言ってるのに。頑固。意地っ張り」
「偽物で誤魔化すのは僕の性似合わないんだ。だから……いつか……君に本物を見せるよ」
「……うん。楽しみにしてる」
リアナはギュッとアシュの掌を握る。
「ところで、この手紙は……」
「あっ! それは……ここで読んじゃーー」
「読めない……これ、何語?」
「クッ……君はもっと古代語の授業を頑張るべきだな!」
不機嫌そうに、アシュは口をへの字に結ぶ。
「ねえ、なんて書いてあるの?」
「……」
「ねえ、教えて。ねえ、ねえねえ。ねえーー」
「ああああああ、うるさいなあ! それぐらい、辞書をひいて自分で調べろよ」
「ちぇっ……今、知りたかったのに……」
「まぁ、辞書を引いたとしてもーー」
そう言いかけたアシュの口を、リアナは小さく整った唇で塞ぐ。
「……」
「……フフッ、お返し」
「き、き、君は! なにを突然!?」
林檎のように顔が真っ赤になる純情魔法使い。
「やだった?」
「い、い、嫌とかそう言う問題じゃ……」
「……ゴホッ、ゴホッ」
「そ、それにそのあと咳き込むとかそれじゃ僕の……その……僕が移したみたいで……」
「なんか、最近、咳が出るのよ」
「そ、そ、それもどうかと思うけどね!? その、風邪をひいた人が、その……他人に対して……」
「やだった?」
「だ、だから、嫌だというか……その……嫌ではない。嫌ではないけれど」
「けど?」
「……っ! もう、いい」
アシュはふてくされたように、ソッポを向く。
「あっ、雪がやんだね」
リアナが笑顔で夜空を見上げる。その表情をアシュはずっと見つめていた。
その一週間後、リアナが血を吐き、倒れた。
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