激闘
「お、お父さん」
リアナの前に立つヘーゼンからは、一切の感情が読み取れない。まるで仮面を被っているかのようなその表情は、普段の陽気な彼とは全く異なっていた。
<<光闇よ 聖魔よ 果てなき夜がないように 永遠の昼がないように 我に進む道を示せ>>ーー
聖と闇の相反する属性を一つにすることで、絶対的な不可侵領域を作り出すヘーゼンの
「ふぅ……これで、一番大事なものは守った」
ヘーゼンはそうつぶやき、クリストの方を向く。
『……特殊な魔法壁じゃな』
アシュを殴るのをやめ、立ち上がって構える。
「人間に取り憑いた状態では破れんさ。試してみるといい」
『……』
<<哀しき愚者に 裁きの業火を 下せ>>ーー
クリストの放った火・光の二属性魔法は、一瞬にしてかき消された。
『なるほど……存在の異なる
「
<<白の方陣よ 天界より 光の使者を 舞い降ろさん>>
瞬間、天空に光の魔法陣が描かれ、巨大な天使が降り立った。身体全体を覆うほどの大きな翼、その表情はまるで人間めいた感情を表さず、瞳までが全て純白で彩られている。
主天使(戦天使)リプラリュラン。後にも先にも召喚できるのは、ヘーゼン=ハイム一人。彼はこの戦天使と共に数万もの魔法使いを葬ってきた。
『ほぅ……』
しかし。
それでも、クリストは感嘆で唸る程度。
「どこまでも余裕だな?」
ヘーゼンが問う。
『人間とは、どこまでも不合理。自分たちによって作られる制約に対し、抗えぬもの。例えば、その戦天使でこの少年を殺せるかな?』
どこまで強い力を持ったとしても、所詮は人間。国家から課せられた法律、主義、思想、己の大切なもの、家族、仲間、友情、そんなしがらみから完全に自由になることなどできはしない。
ヘーゼンもまた例外ではない。魅悪魔は一瞬にして、彼の心を全て読んだ。彼の戦略、正義感、このクリストという少年をなんとか助けてやりたいと思っていること。アシュという少年を心底大事に思っていること。
「……」
<<邪悪なる魔よ 真なる恐怖と共に 亡者を 奈落に つかせ>>
ヘーゼンの言葉は、深く響き、指先で精製した五芒星の魔方陣は、美しい線を描いた。黒い光が地面から放たれ、巨大かつ不気味な道化が。漆黒の身体ながら、白塗りの顔に派手な服装。一見可愛らしい化粧を施した姿。それは、酷く禍々しく映る。
怪悪魔ロキエル。中位の悪魔で、その階位は主天使(別名戦天使)リアリュリブランと同様である。史上召喚に成功した者は数人。かつて単騎で小国を滅ぼしたと史実に残るほど、凶悪な悪魔である。
『フフフ、怪悪魔までも召喚できるとは。大した魔法使いじゃの。しかし、それでどうする? この少年を無残にも殺させるか?』
未だかつて、魅悪魔の読んだ心に抗った行動を起こせる魔法使いは存在していない。それは、彼らが人間だから。
たとえそれが、どんな人間でも。
「……単純だな」
ボソリとつぶやき、詠唱を始める。
『は? どういう意味じゃーー』
<<聖獣よ 闇獣よ
話など不要と、ヘーゼンは魅悪魔の言葉を無視して詠唱を続ける。
『お、おい……この少年だけじゃなく、こいつも死ぬぞ?』
クリストは気絶しているアシュの首を、持ち上げて示す。
「クエエエエエエエエッ、クエエエエエエエエエエエッ!」
その奇声に振り向くと、怪悪魔ロキエルがケタケタ笑っている。その表情はどこまでも禍々しく、不吉めいていた。
『くっ……人間に従えられた弱者がーー』
そう言いかけた時、ある言葉が魅悪魔によぎる。
ーー人間はそう単純にはできていないよ。
ヘーゼンは先ほどそうつぶやいた。しかし、この人間から読み取れたのはひどく平凡で単純な心……なぜ。
なぜ、戦天使はこの人間に付き従っている? なぜ、怪悪魔はこの人間に従えられている? なぜなら、この人間が強いから。信じられないほどに、異常なほどに……普通ではない……普通ではない……にもかかわらず、その心はひどく単純……単純……単純……
……では……ない。
双壁をなし 万物を滅せ>>ーー
『くっ……いかん』
魅悪魔は、クリストから急いで出て脱出を試みる。
が、そこには怪悪魔と戦天使がすでにおり、捕縛する。
『ば、バカな……』
ここまで迅速に捕縛されるなど、行動を読まれていない限りできはしない。しかし、奴はクリストに向かって聖闇魔法をーー
『ぎゃあああああああああああああああああ』
万物を消滅させるその魔法は、オエイレットに直撃し、消滅した。
「ふぅ……やはり単純な悪魔だったな」
ヘーゼンはそう笑顔を浮かべて、リアナの頭を優しく撫でた。
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