圧倒
激音が木霊し、三方向からの逃れられぬ魔法は、魅悪魔に直撃した……
はずだった。
「……いない」
オエイレットの姿がない。三人が必死に首を振るが、その姿を捉えることができない。
「さて、どこにおるかの?」
気づけば、アシュの頭上で、軽やかにつま先で立っていた。魅悪魔は、そのままフワリと降り、
ガッ。
強烈な胴蹴りを見舞う。
「ぐぁ……オリヴィエ!」
吹き飛ばされながら、脇腹を抑える。遊びの蹴りで肋が数本イカれた。激痛に顔を歪めながらも、指示をして烈悪魔を向かわせる。
「レサリヨン!」
同時にリアナが癒天使を向かわせ、挟撃する。烈悪魔との多彩なコンビネーションは、一瞬ではあるが魅悪魔の表情を曇らせる。
リアナの方はアシュに駆け寄って、脇腹に手を当てる。
「大丈夫……すぐに治療を……」
「必要ない。それよりチャンスだ……アレをやるぞ」
先ほどの一斉攻撃に対し、仮に喰らって無傷だったら、正直手の施しようがなかった。しかし、魅悪魔は避けるという選択をした。すなわち、ダメージの大きな魔法であれば致命傷を与えられるチャンスがあるということ。
「で、でも……アレは、まだ完成してなくて……」
「今やらなきゃいつやるんだ。普通の魔法では奴には通じない」
今の自分たちを超えなければ勝機はない。絶体絶命の危機にいながら、アシュの漆黒な瞳は爛々と輝いていた。
「……うん。わかった」
そうリアナが頷き、アシュもまた、低く笑って頷く。
<<聖獣よ
リアナが詠唱し、
<<闇獣よ
アシュが詠唱する。
聖闇魔法。ヘーゼン=ハイムが開発したその魔法は光と闇、相反する属性を一つにすることで、莫大な威力をもたらす
「ふむ……それは困るな」
そうつぶやきながら。
烈悪魔と癒天使の攻撃を軽くいなしていた魅悪魔は、回し蹴りで二体を吹き飛ばし、アシュとリアナに距離を取ろうとする。
……かまわない。
2人の想いは一致した。
数秒ではあるが、烈悪魔と癒天使は足止めできると証明した。聖闇魔法を放つと同時に、2体を向かわせれば直撃を喰らわせることは可能だ。
ーー双壁をなし 万物をーー
リアナとアシュは詠唱をやめない。1人では放てない聖闇魔法。2人でも何度も失敗してきた。しかし、その詠唱は過去何回も練習でやってきたどの時よりも集中し、シンクロしていた。
「フフ……なら、これはどうじゃ」
オエイレットは面白そうに笑い、またしても別の場所に飛んだ。
その場所は、
クリストの前だった。
「ひっ……」
怯えた表情を見せる少年に対し、魅悪魔は微笑み優しく抱いた。
瞬間、その姿は消えてその場にはクリスト1人だけになる。
「……くそっ!」
詠唱をやめ、アシュはつぶやく。
『フフフ……この少年はやはり嘘つきじゃな。我の言った通り、あの女を取られるくらいなら、殺したいと願っておるよ』
クリストの姿で、オエイレットは笑う。
「クリスト! 抗え! 抵抗しろ」
アシュが叫ぶが、クリストは表情すら崩さない。
『無駄じゃよ。我から自力で逃れることは不可能じゃ……しかし、なかなかいい身体じゃの』
「くっ……オリヴィエ」「レサリヨン!」
とにかく、クリストごとブチのめす。人間に入っている分には、その人間自身の能力しか発揮されない。逆に捕縛を試み、対応策を考える。
<<聖者の加護よ 我が身を包み 神速を纏わん>>ーー
クリストが詠唱したそれは、身体能力を一時的に向上させる魔法で、悪魔と天使の攻撃をヒラヒラと躱す。
<<漆黒よ 果てなき闇よ 深淵の魂よ 集いて死の絶望を示せ>>ーー
<<栄光よ 信じるべき道よ 浄化せしむ魂よ 天への果てなき希望を示せ>>ーー
その両手で、闇と光の魔法を放ち、一瞬にして烈悪魔と癒天使を消滅させる。
「……バカな」
アシュはつぶやく。
強すぎる。
光と闇の最強魔法を同時に放って消滅させるなど、アシュには決してできない芸当だ。
「フフフ……この少年の潜在能力はかなりあるな」
魅悪魔が対象の能力を最大に引き出すことは知っていた。しかし、クリスト自身の能力は完全に見誤った。今の光景を見る限り、天才であることは間違いない。
「くっ……リアーー」
そう声をかけようとした瞬間、クリストがアシュの横に現れて蹴りを喰らわせる。
「ぐぁ……」
その痛みに悶絶し、倒れこむアシュ。
<<光よ 愚者を 緊縛せよ>>ーー
「……っ!?」
クリストが同時に放った魔法は、リアナを光の縄でがんじがらめにする。
それから。
アシュの上にマウントになり、その顔面を殴り続ける。
弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾っーーーーーーー!
死なない程度に、弄ぶかのように、その拳に血が滴り落ちても、クリストはその行為をやめることはない。
「やめてぇーーーーーーー!」
リアナが涙ながらに叫ぶが、
『フフフフ……これは、クリストが望んでいること。この男を圧倒している光景を、好きな女の前で見せる。どうじゃ……嬉しいじゃろ? 嬉しいじゃろ? フフフフフフ、フフフフフフッーー』
クリストに入った魅悪魔は幸せそうに微笑む。
その時、
「悪魔よ……人間はそう単純にはできていないよ」
静かな声が響いた。
その先には、ヘーゼン=ハイムが立っていた。
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