なんでもいい
その日は雪が瞬いていた。レッサーナ魔法学校の校舎に降り注ぐ雪を、特別クラスの窓から見つめながら、
「わぁ、綺麗」
リアナは、ただこの雪を美しく思い、
ジルは、この後の出来事に心を馳せ、
クリストにとっては、それが自分を祝福しているように思えた。
「……」
そして、アシュもまた、珍しくこの雪を眺めていた。
「……であるからして……おっと、チャイムか。今日の授業はここまでだな」
担任のジャスパーが、充実感満載の表情を浮かべながら、教科書を教壇に置く。今日は珍しくアシュの横槍が入らず、スムーズに授業を行えて大満足の新人教師。
彼が去っていくのを見計らって、
「アシュ、この後、暇かい?」
クリストが、陽気な様子で問いかける。
「……人生で暇な時間など1秒足りともあるわけがないだろう?」
「……」
バキッバキバキバキバキ……
本日1本目の鉛筆を、早くもクリストはバキバキにした。
アシュが席を立って教室を去ろうとした時、
「悪魔召喚……」
クリストのつぶやきに、足を止めた。
「君には無理だよ。あきらめるのをお勧めするよ」
「……ふっ、僕は君に負けるものなど、なに一つとしてない」
「冗談だろ? この前、魔法の実力においては決着がついただろう? 学力も僕の記憶が確かならば、一度として首位を譲ったことがないはずだがね。ルックスは言わずもがな……ああ、コメディアンとしての腕は評価に値するが」
「……」
バキッバキバキバキバキ……
本日2本目の鉛筆を、クリストはバキバキに折った。
「こらっ! また、イジワルなこと言って!」
隣でコツンとアシュの頭を叩くのは、聖母美少女のリアナである。
「い、意地悪じゃないだろう? 僕は客観的な事実を言っているだけなんだがね」
「もう! そんなことばっかり言ってるから……はぁ。ごめんね、クリスト。私たちはこれから、用事があるのよ。ごめんね」
「私……たち?」
「不本意ながら、リアナの誕生日を祝うという行為に及ばなくてはいけないんだよ。まったく……人が誕生した日を祝うという意味不明な習慣のせいで僕の貴重な時間が無駄になってしまう。君もそうは思わないかい?」
「……」
バキッバキバキバキバキ……
招待すらされていない片想い男は、3本目の鉛筆をバキバキにした。
「はぁ……コラ! アシュ=ダール!」
リアナが人差し指をおでこに当てて睨む。
「な、なんだよ」
「人は大切な日に、自分の大切な人と、美味しい料理を食べて、一緒に笑いあうの! そうじゃないと、人は大切な人の大切さを忘れちゃうから。誕生日は、素敵な日よ? いい?」
「……わかったよ」
「フフ……よろしい。じゃあ、先に行ってるから、早くくること」
お姉さん美少女は、少しアシュの頭を撫でて、去って行った。
「……」
バキッバキバキバキバキ……
そのイチャイチャに対し、
「そ、そういうわけで、君と無駄な時間を過ごす暇は1秒足りともなくてね。君と違って僕は忙しい立場なので、今度用事がある時は事前に言って欲しいな」
「後悔するぞ」
クリストは、ボソッと、アシュにだけ聞こえるように耳打ちをする。
「……忠告だけしてあげよう。君には無理だ。人には向き不向きがある。大人しく光属性の魔法でもやっていたまえ」
「誰に……誰に向かって口を聞いている! 僕は、ヘーゼン=ハイムを継ぐ男だぞ!?」
激昂した声が、教室内に鳴り響き、数人残っている生徒たちが一斉にこちらを向く。
「……クク」
「なにがおかしい!?」
「ヘーゼン=ハイムを継ぐ? 僕には理解できないな」
「ふっ……闇魔法しか使えない貴様には理解できるはずもないな」
「ククク……」
「だから……その笑いをやめろ!」
バキッバキバキバキバキ……
5目の鉛筆をへし折ったと同時に、掌から血が滴る。
「聖闇魔法を使いたいというだけなら、そう言えばいい。しかし、ヘーゼン=ハイムを継ぐことではない。それがわからないうちは、あの人の影すら踏めないよ。まあ、僕にはどうでもいいことだがね」
そう言い残して、アシュもまた教室を去って行った。
バキッバキバキバキバキ……
「ク……ククククク……ククククク……」
その鉛筆の折れる音と共に、クリストの不気味な笑いが教室中に鳴り響いた。
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