魔法実践


 『実践魔法』の時間。レッサーナ魔法学校の校庭は広大な土地を有しており、湖、森だけじゃなく砂漠までもある。どんな状況でも対応できるようにと、名誉顧問であるヘーゼンの寄付によって作られたそれは、たびたびアシュへのシゴキの舞台に使われる。普段は当然必要ないので、その手前の運動場で実践が行われる。


「よし、みんな。2人1組になって、属性魔法を使い分けてみろ」


 担任教師ジャスパーの掛け声で、生徒たちはそれぞれ魔法を放つ。火、水、土、木、金。自然界に存在する5つの属性を使用する魔法を、一般的に属性魔法と呼ぶ。


 そして、相手の放つ属性魔法を、相反する属性魔法で相殺するのが、今回の授業内容である。


 リアナとのペア競争率は異常に高い。ほぼ確定的にぼっちになるアシュと、なんとかペアになろうとする彼女だったが、ほとんどの生徒が彼女を囲んで争いを始めるので、一度としてそれは実現しない状況である。他は、仲良し同士で2人1組になるが、もう1人、ペアを組めずにオロオロしている生徒がいた。


 名をジル=セルガーと言った。ライトグリーンのミディアムヘアで、おでこを全部出した前髪が印象的な美少女である。身長は低く、可愛らしく柔和な顔立ちで、18歳が多いこの特別クラスでは抜群に幼く見られる。その魔法知識の深さを見込まれて選抜されたが、実践はからっきし。いわゆる頭でっかち型の優等生だった。


「あ、あの……もし、いないんだったらペアを組んでもらえない?」


 アシュに話しかけたのはジルの方だった。実践魔法が上手くできないのは百歩譲って仕方がないにしても、担任ジャスパーから『やる気なし』と見なされるのは、特別クラスからの追放に繋がる。普段は同じ実践魔法が苦手な子と組んでいるが、今日は運が悪く欠席。嫌でも、なんとかペアを組んで、頑張ったアピールをしなければいけない。


「ふっ……仕方ないな」


「……」


 激しくこっちのセリフよ、とは勤勉美少女が抱いた感想である。


<<火の存在を 敵に 示せ>>ーー炎の矢ファイア・エンブレム


 ジルが詠唱し、シールを描くと塊大の炎がアシュに向かう。


<<絶氷よ 勇猛なる聖女を 護れ>>ーー氷の護りアイス・タリスマン|


 アシュもまた、大きな氷柱を発生させ、炎をかき消す。


「……はあ、炎はできるんだけどな」


 勤勉美少女は悔しそうにつぶやく。


<<水の存在を 敵に 示せ>>ーー氷の矢アイス・エンブレム


 同じように詠唱し、シールを描くがなにも発生しない。かざした手が青色に光るのみである。


「ああ、やっぱり……ごめんなさい」


 悔しそうに、ジルは唇を噛む。


「……君は炎に適性があるようだね。しかし、そこまで偏ってはいないようだけど」


 彼女の様子をしばらく観察していたアシュが隣に行って、地面に五芒星を描き始める。


           *


 属性魔法の関係性を五芒星ペンタクルであらわすことが多い。そして、悪魔召喚などに五芒星を多用することから属性魔法は性質として光魔法でなく闇魔法に近いと提唱する研究者もいる(現時点では光と分類されるのが主流)


 配置、相関としては下記のようになっている。


 配置

     木

  

 水       火

   

   金   土   


 相克

 木⇒土⇒水⇒火⇒金

 相生

 木⇒火⇒土⇒金⇒水  


 また、例えば火、水のように相克関係にある属性を変換した際に、莫大な力を発揮ことが知られている。しかし、その難易度は通常の属性変換を行うより難易度、魔力が高いとされ、コストパフォーマンスに合わないとされるのが一般的な見解である。


           *


「それは、もちろんわかってるわよ!」


 すでに、理解している内容を説明されて、ジルは少し腹をたてた。理論は全て頭に入っている。しかし、その実践が追いついていない状態なのだ。


「いや、そうじゃなくて。僕が言っているのは、まずは『木』の属性を練習したらどうかなってことだよ」


「木? それは、できてるわよ」


 森羅万象を司るその属性は、木々植物を操作、促進させる属性である。


「だろう? 一気にやろうとするんじゃなくて、まずは比較的近い属性を練習して、結果的に水の位置を近くしたほうがいい」


「……なるほど」


 いちいち最もな理屈に、ジルも納得せざるを得ない。同時に、その最悪な印象も少しづつ解けていって行くのを心の何処かに感じた。


「……後は、シールの精度かな」


シール……ちゃんと描いてると思うけど」


           *


 通常、魔法を外部に放つには、詠唱チャントシール、最低限2つの手順が必要である。魔力野から生じた魔力を体内に構築し、魔法の理を言語化する作業を詠唱チャント象徴シンボルを描くことによって、魔法の理を外部に放つ作業をシールというが、詠唱チャントは、一般的に詠唱は自由度が高いとされている。なぜならそれは自己暗示的な要素が強く、本人のイメージを魔法の理で介在し、言語化しているに過ぎないからである。そのため、いくら高位の魔法を詠唱したところで魔力野から生じる魔力の属性、量が伴わなければ全く意味がない。


 一方、シールの形は定型で決められたものが多く、同じ形になるが、その象徴の描き方によって威力は大きく異なる。より、緻密に、精密に印を描くことにより魔法の効果をより相乗して放つことができる。


           *


「ふっ……この中だと、やはり一番綺麗に描けるのは僕となってしまうかな。仕方ない、僕のを参考にするといい……では、いくよ」


 得意げに、鼻のつく言い方で、少し上がった印象を瞬時に大きく下げるナルシスト魔法使いだが、


<<水の存在を 敵に 示せ>>ーー氷の矢アイス・エンブレム


「綺麗……」


 瞬間、ジルは自然と言葉を漏らしていた。


 その余りの精緻さに。


 その異常なまでの精巧さに。


 放たれた氷の量は、このクラスの生徒たちの誰よりも多かった。


「木属性を1時間、そしてシールを30分練習しよう。この2点さえクリアすれば、恐らく水属性の魔法も放てるはずだよ」


「……はい」


 気がつけば、敬意と尊敬の念を持って、勤勉美少女は素直に返事をしていた。



  

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