5 シオンの魔法



「申し訳ない」



 苦虫を噛み潰した顔をして、シオンは無人になったテーブルの前で言った。

 夫人がクローゼットを確かめるコナンの背中に向かって、何度目かの説明をする。


「陽王が二人きりで話したいと言って、ヴァイオレットを連れてクローゼットに入って扉を閉めたら……二人とも消えていたの」


「……ただのクローゼットですね」

「うん。それはただのクローゼット。おれは扉があれば、別の扉に繋げることができるんだ。それで……」

「やっぱりあなたがヴァイオレットを消したんじゃない! 」

「ぐえっ! 」

 耐えきれず、クラーク夫人はシオンにつかみかかった。



「消したわけじゃないですよ!? いまごろ王城にいるはずなんで! 」

「はず!? はずですって!? 」

「確定で! 大丈夫だから! 夜になったら、おれがまた扉を繋げてヴァイオレット嬢を送り届けることになっていてっ! 」

 首筋に青筋を浮かべ、夫人はシオンの首をギュウッと締め上げ、肩に力を込めるのがわかった。「ぎゅええっ! 」


「かかかかに誓ってかならず送り届けますから! ならわかるでしょ!? そのためにおれはこっちに残ったんで! ゆゆゆゆらさないでででででではななななななしててててウエップッ」

 アルヴィンは存在しないこめかみを揉んだ。シオンの胸倉をつかんで揺さぶる夫人の肩を叩いて止める。


「わかってます! わかってますったら! ヴァイオレットは大丈夫! お城にはアイツがっ、フランクがいますからっ! 」

「なんですって? 辺境伯は王城に隠れているの? 」

「おれが保護しました。ぜんぶ計画のうちですよ! くわしく話したいところですけれど、今はそれよりも――――」


 シオンは、視線だけで窓の外を示した。

「――――追手が外に来ています。アルヴィン殿下、確認してみてください。外からは見えないように。できますね? 」


 アルヴィンは、フードを肩に落してから窓に近づいた。たしかに、いやに身なりのいい男たちが、仰々しくたむろして、夫人の車を取り囲んでいる。


「『陰王派』のやつらです。ライト家の身内である夫人が、辺境伯(フランク)を匿っていると思って探してる。大丈夫。あなた達も、おれが無事に逃がします」


「あなた達って、ほんとうに学生時代から変わらないのね。ひどい秘密主義だわ」

 夫人はじろりとシオンを見た。

 シオンは苦笑して、親しみのある視線を夫人に向けている。


「先輩こそ、お変りのないようで」

「あいかわらず、ずいぶん年下の後輩たちの悪知恵に巻き込まれています」

「計画立案はアイリーンですよ。お好きでしょう? あの人に振り回されるのは」

「ふんっ! そう言えばわたくしが溜飲を下げると思ってるのね」

「下がるでしょ、先輩なら」


 シオンは、部屋にひとつしかない廊下へ続く扉を閉め、また開く。その先には、見覚えのある金色の鹿と暖炉が見えた。


「ほら行った行った! 」


 シオンにせかされ、先陣をきったのは、ほかでもない夫人その人だった。


「おいでなさい。大丈夫です。この通り、危険はありませんわ」


 ステラのペントハウス踏み入れると、最後にシオンも魔法の入口をくぐり、しっかりと扉を閉めた。アルヴィンがすぐに開けてみれば、そこには水晶の床の玄関ホールが戻ってきている。

「こういう魔法なんだ」と、シオンは手品が成功したような顔で言う。

 夫人はふー、と長い長いため息を吐いて、ふらふらと椅子に腰を下ろした。


「あなたって、昔から……こうやって、わたしには、なんにも教えないで、巻き込んで……このぶんじゃ、ステラさんも共謀しているんでしょう。あの子とアイリーンは昔っから仲良しだったものね。知らないのは私だけ……」

 まったく、と吐息とともに恨み言を呟いて、乱れた前髪を撫でつける。


「ちゃんと今から説明しますから、そう怒らないでくださいよ」


 ばつが悪そうに肩をすくめるシオンの中に、いたずらを叱られた子供の姿が見えた。

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