2-9 『力』
時間は
彼は星が見たかった。
語り部を失ったアルヴィンは、兄弟たちとの会議に参加できない。
疲労のない身体には睡眠は必要なく、一度だけ歩いた廊下を逆に歩き、昇降機を見よう見真似で操作して、灰の森へと戻ってきたのは、すでに日の暮れたあとだった。
空は曇っていた。
今にも降り出しそうな、真っ黒な曇天が広がっている。風は少し強かった。上空の雲も、群れをなして行進している。今晩中は、その行進は終わらぬように思えた。
口があれば、アルヴィンは大きな落胆の声を上げていたことだろう。
星の光が届く場所にいることは、すでにアルヴィンの中で幸運のジンクスのようになっていた。
ミケがいた星の海は彼が目指すべき場所であるから、星空が見えれば、気分も晴れる。
(……ような、気がしてたのに)
膝より下の足と、手首より上の両手。胸骨のような銅の骨組みが、心臓の位置に収まる青い魂を守る籠のように存在している。
明かりは必要ない。こういうとややこしいが、彼の視界は眼球で『見て』いるわけではないからだ。
彼自身に灯る魂の青い炎の光が届くかぎり、彼の視界は生きていたころよりずいぶん広い。
その視界の端で、風に揺れる梢に混じって何かが動く。振り向く――――瞬間。
(わうぶっ! )
アルヴィンは派手に転倒した。もうもうと木葉だった灰が砕けて舞い上がり、
「カカカ! どこぞの魔物かと思うたわ! どうやら貴様も
快活な野太い声が言った。灰を踏みしめ、近づいてくる。
「貴様、昼間の立ち回りを見ておったぞ。実に未熟! 動きがなっとらん」
アルヴィンが起き上がるのは簡単だ。両足の裏を地面に置き、胴の骨組みを縦にすればいい。生きていたころのように、筋肉に作用される動きはいらない。
青く照らされたのは、くっきりと大きな緑の瞳。血色の濃い唇の間で尖った円錐形の歯が覗く。それをちろりと赤黒い舌先が舐めるのを見て、アルヴィンの体は大きく跳ね上がった。
梢よりも高く跳んだ。
胸元から炎が溢れる。
骨組みが赤く輝き、膨れ上がって灼銅の鎧が編まれていく。灰の森が再び炎に赤く照らされる。灼銅の鎧は皮のようにアルヴィンの体を生み出していく。
今まさに兜が形を成そうという、そのとき。
目の前に拳が差し出された。ふっ、と、まるで空に置かれるようにして、少女の拳が現れたのだ。
衝撃がやってきたのは、認識から瞬きの半分。
斜め上から地面を削るようにして、アルヴィンの体は撃ち落された。暗闇に黒い雪に似た灰が舞う。
「……ふん。こんなものか」
少女が何かの感情が含まれた息を吐く。
怪物だ。アルヴィンは思った。
少女の形をした怪物。夜闇に紛れてあらわれ、のこのこやってきた獲物を狙う――――そういうもの。
(強い。怖い。やっぱりここは危険な場所なんだ。どうしよう。何ができる? )
それは、死ぬ前に考えていたことと同じ思考。仄暗い決意。
(僕が、ここで――――)
姉の涙が脳裏を焼く。ミケの笑顔を。兄を。父を。その背中と――――冥界で感じた途方もない孤独を。
(いや、)と、アルヴィンはかぶりを振った。
(……違う。逃げて、みんなに教えなきゃ)
アルヴィンは足を開き、こぶしを腰のあたりに構えた。舞う灰が灼銅の体から立ち昇る熱の
怪物は、そんなアルヴィンを見下ろして腕を組んでいた。
足場にしているのは――――(あれはなんだろう? 星みたいに光る……雲? )
彼女は片方の口角を持ち上げ、眉をひそめる。
「構えが甘いの。……やれやれ。面白うなってきたではないか」
軽やかに地面に降り立った怪物もまた、静かに構えた。
「夜は長いからのぅ。暇つぶしじゃ」
怪物は、ニンマリとする。
「――――
✡
翌日のことである。
決意のもと、灰の森に踏み込んだサリヴァンの足元を、炎の矢が穿った。
「うおっ!? 」
青空のもと、森はもはや森と言えない。一角が白い更地の丘となったそこで、激しく拳を交える二人の動きに疲労はなかった。
片方は人ならざるものであるがため。片方は、すでに人としての身を失っているがため。
アルヴィンはすでに気付いていた。この怪物は理性と何かの目的のもと、アルヴィンに戦いのすべを教えている。
それは、この少女でなければ教えられなかっただろう。
魂を燃やす炎。それを撃ち出すアルヴィンの鎧に触れても、この娘は平気のようだった。
アルヴィンが神の炎を纏うなら、彼女が纏うのは、銀河を宿した黒い炎だ。縦横無尽にそれを乗りこなし、時に拳や脚に絡め、弾丸のように撃ち出すこともある。
鉄を砕くアルヴィンの怪力も、彼女は受け止めることはおろか、投げ飛ばしもした。
――――似ている。
炎、怪力、小柄な体躯。
がっちりと、師と弟子としての相性が噛み合っている。
娘は「面白い! 」と繰り返した。
アルヴィンも、奇妙な縁を感じていた。その奇妙さに引きずられ、好奇心のままに拳を交え――――ついに朝を迎えている。疲労を感じない体に、はじめてこんなにも感謝したかもしれない。
(あなたは――――誰! )
銀河色の炎を纏った腕が、アルヴィンの拳を受け止める。
「ふははははははははは! 小僧! この出会いこそ星の導きッ! 良い! 良い! 実に傑作! 今こそ聞けイ! 我が名はクロシュカ・エラバント! 遥かなる星の化身! 龍の末裔! 『星見のクロシュカ』とは我が身のこと! 」
龍は、顔いっぱいにニンマリとした。
「得た
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