ロキ 4 ―ロキの才能―
「そもそも
姉ちゃんの話を聞きながら、
中には堅っ苦しい言い回しの文の羅列だったり、見てるだけでチカチカするような複雑な図形がズラッと書かれていた。
「でもよー、そんなに差が出るんだったらなんで皆、
「まあ、そんなの使わなくても魔法は普通に使えるしね。ロキ坊じゃないんだから」
いちいち俺を貶めることを忘れないな……。覚えてろよ。
「大戦の時と違って、大規模魔法なんて使う人なんていないし、せいぜい日常生活の手助けとして使うくらいだからね。ちょうど今日ロキ坊が魚を焼いてきたようにね。じっさい
そうか、いちいちこんな長い言葉喋ったり、こんな複雑な図形書くくらいなら普通に使っちゃったほうが早いもんな。
「それ以前に、このやり方には大きな弱点がある」
弱点? 時間と手間が掛かるってこと以外に何かあるか?
「そもそもね、覚えきれないんだよ。こんな面倒臭いモン」
……は? おぼえきれない?
「初級の詠唱や陣はまだ簡単だけど、大規模魔法とか複合魔法、あと時限式とかになるとその数は何百何千って数になるし、その分複雑にもなる。しかも
「はあーーー!? やり直し効かないのかよー! めんどくせー!」
ただでさえこんな語っ苦しくて言いなれない言葉の使い回しだけで舌噛みそうなのによー。
「うん……? そこ?」
「そこ? なにが?」
「いや、だってこの言葉と図形の量だよ? あたしだって覚えきれないんだから」
「え? 姉ちゃん憶えらんねぇの? こんくれーしっかり目ぇ通せば憶えるだろ?」
「はっ?」
「えっ?」
……話が噛み合わないな。
憶えられないって、やる気があるか無いかとか、単純な見落としとかじゃないのか?
「待ってロキ坊、授業の前に実験をさせておくれ」
謎の沈黙のあと姉ちゃんがやたら真面目な顔でそう言ってきた。
ただ真面目なだけじゃなくて、なんかちょっと深刻そうな顔もしてたりして、茶化したり文句を言ったりできなかった。
姉ちゃんは呆気にとられてる俺の手から魔導書を奪い取ってペラペラとページをめくる。
それで適当なところで止めた。
「今からあたしがいいって言うまでこのページの
そう言われて乱暴に魔導書を投げ返された。
そのページは魔道書の最後の方のページで見開きがほぼ詠唱文だった。
このページは特に言葉遣いが堅っ苦しいし回りくどい。
でもなんかちょっと単語そのものはカッコイイな……。
「はいそこまで! 本はもう見ないように」
え。もう? 十秒くらいしか経ってないけど……。
「じゃあ、ページの頭から暗唱して」
とにかく急だな、心の準備くらいさせてくれよ……。
ええっと……。
「『暗黒の空を統べる断罪者よ。ここに篝火の蜥蜴を喰らい、大波の乙女を犯し、大地の住人を虐げ、天空の守人を殺めし者がいる。この者の身体は誰よりも汚れ、この者の血は誰よりも穢れている。大いなる者よ、其の力を愚かで矮小なる者に示したまえ。其の力で縛り、奪い、苦痛を与え、悠久の虚無へと誘え。そして…………』」
「もういいよ。もうわかった」
今度は急に止めた。
ホントなんだってんだ、まだ半分も暗唱してないぞ?
「ちなみに聞くけどまだ続けられた?」
「当たり前じゃん、憶えろって言ったの姉ちゃんだろ?」
「もう一度頭から言えって言われても出来る?」
「しつけえな、出来るって言ってんだろ! 何なんだよ?」
「はぁ……、なんて奴だ」
ため息をはかれた。
なんて人だ、憶えろって言って憶えたら憶えたで、なんでそんな反応をされなくちゃいけないんだ。
「こんな奴もいるんだねぇ……。ロキ坊、さっきロキ坊の才能はわからないって言ったけど、前言撤回」
「撤回?」
「あんた、才能あるよ。少なくとも、この
*
今まで俺が記憶力がいいっていう自覚はあんま無かった。
そもそも意識的に覚えようってことも特に無かったし。
神父様がしてくれる授業だって簡単な読み書きと、生活に使うような計算程度だった。
それくらいだったら多少物覚えが良いとは思えても、姉ちゃんの言ってた俺の異常性なんてものは比較もしようがなかった。
でも、やっぱ異常って自分で言うのも嫌だな。
あの後、実験だと言って魔法の授業そっちのけで色んなテストをやらされた。
一瞬だけ見せられた大量の豆の数を答えろだとか。
何年後の何月何日は何曜日だとか。
姉ちゃんと昔話したことの内容を一字一句余すことなく書き出せとか。
本一冊丸暗記しろだとか。
一応全部出来たけど、それがなんなんだって感じだ。
でも、姉ちゃんが言うように記憶力が良いってんなら、色んな
その気になったら、帝国軍の魔法使いが使うようなとんでもない魔法も、古代の大魔法とかも使えるってことだよな?
こりゃあ楽しくなってきたぜ!
そういえば、俺が暗唱したあの魔法、対象の人間や生物を異空間に封印するって魔法だったらしい。
途中で止めたとは言え、なんちゅうモンをテストに使ったんだあの人……。
そんな事件があって数日経った。
今までの基礎理論の勉強と並行して呪文・魔法陣の勉強をするようになった。
普通ならどっちか片方づつやらないと頭が混乱するって姉ちゃんは言ってたけど、俺の記憶力が良いのを利用して同時進行をしようってことになった。
十分混乱するわ。
しかもあれから、姉ちゃんは俺に魔法を教えるのに熱が入るようになった。
別に今までがやる気無かったってわけじゃないんだけど、なんていうか真剣な顔をして教えてくれるようになった。
それにしたって同時進行はしんどい。
記憶力が良いからって基礎理論まで楽に理解できると思ったら大間違いだ。
昼間は読み書き計算の勉強をして、その後に
それで理解しないと怒るし……。
でも前よりどんどん楽しくなってきた。
前はただの座学だけだったのに、今は
ただ単に魔法を使うだけなら、中規模魔法使ったら一発でバテてた俺だけど、今は
ちょっと前に姉ちゃんと遠出して、誰もいない草原地帯で『
成功したとき俺も嬉しかったけど、姉ちゃんの方が嬉しそうで俺に抱きついて頭を撫でてくれた。
あの時は恥ずかしくてすぐ離れたけど、姉ちゃんいい匂いがして、すぐ離れたのはちょっと惜しかったなって思ったのは秘密だ。
そんなこんなしてるうちに一ヶ月経った。
俺ももうそこそこの魔法使いだ。
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