世界でもっとも高い温泉

ちびまるフォイ

なによりも心地いい温泉体験を

授業中、数学という名の精神攻撃を受けないよう

教室から窓の外を眺めていると、ひこうき雲が流れていた。


「ん?」


思わず声が出てしまった。

小さなつぶやきだったが、静かな教室には拾うに十分すぎる大きさ。


「どうした? なにか質問か?」


「あ、いえ。今の飛行機になにかくっついたように見えたんです」


「くっついていた? ああ、それ温泉じゃないか?」


「温泉!?」


「飛行機温泉だよ、最近の若い奴はそんなことも知らないのか」


教室で爆笑された次の休み時間にスマホで検索する。

検索結果に出てきたのは、俺が見た飛行機そのものだった。


すっかり興味をひかれたので、お金を貯めて飛行機温泉を予約した。


「アテンションプリーズ。

 みなさま、本日は本航空機へご搭乗ありがとうございます。

 快適な空の温泉をお楽しみください」


客室乗務員の案内が終わると、飛行機の中にある脱衣所で着替える。


「あの、どこにも大浴場への扉がないんですが、どこから入るんですか」


「足元でございます♪」


乗務員が紐を引くと床が抜けた。

飛行機の胴体からタオル一枚だけの全裸男子がパラシュートも持たずに降下する。


「うああああ!!」


ぼちゃん、と体は飛行機の胴体下につるされていた温泉へと着水。

ジェットエンジンの熱もあいまって、なかなかいい湯加減。


「これが飛行機温泉かぁ。最高のロケーションじゃん!」


普通、露天風呂といえば目の前に風景……というのが通例。

飛行機温泉ともなれば360度、すべてが絶景になっている。


雲の上で入る温泉もいいが、夜に入れば街の夜景を見ながら浸かれる。


飛行機が着陸するまで絶景を眺めてのぼせてしまった。



翌日、友達も俺の体験談を聞きたいと机の周りには人だかりができた。


「で、飛行機風呂ってどんなだったんだよ!?」


「本当にもう最高だったよ。眺めもいいし、風が強いから体が冷えるぶん

 いつまでも温泉に浸かっていられるんだ」


「「 すげーー!! 」」


教室ではロッカーと同じくらいの存在感である俺が

いまやクラスメートの関心の中心にいられることが本当にうれしい。

ありがとう、飛行機風呂。アイラブ飛行機風呂。



「それで、お前が入ったのはエコノミークラスなんだよな?」



「……え? そうだけど……」


「ビジネスクラスはどうだった?」


「そんなのあるの!?」


「でも、ネットには書いてるぜ?」


「行ってくる!!!」


完全に満喫した気になっていたが、体験したのがまだ温泉の入り口くらいだったとは。

もっともっと飛行機風呂を味わいたい。

2階の窓ガラスを突き破って空港までノンストップで走っていった。



「アテンションプリーズ。

 みなさま、本日は本航空機へご搭乗ありがとうございます。

 快適な空の温泉をお楽しみください」


シートベルト解除のランプが点灯すると、すぐに服を脱いだ。

普段から夜の公園で服を脱ぐ練習をしていたかいがあった。


「ビジネスクラスの風呂……いったいどんなだろう……」


脱衣所には例によって扉がない。

客室乗務員が紐を引くと、今度は天井が開いた。


床のスプリングが体を宙へふっとばし、機体の上にある温泉に着水した。


「すげええ! こ、これがビジネスクラス!!」


今度の温泉は寝風呂やあぶくがでるようになっている。

何十年も凝り固まった体もここでならこんにゃくのようにほぐされるだろう。


さらに、食事や飲み物も届くようになっていて、快適性はますますアップ。


「ここに住みたい……!」


温泉に体の芯までほだされ尽くした俺はさらなる欲望が生まれたのに気付いた。



(ファーストクラスは、いったいどうなるんだ……!?)



ビジネスクラスでこれだけのクォリティがあるのに、

ファーストクラスとなるとどうなるのか想像もできない。


「あの、ファーストクラスのお風呂を今から予約できませんか!?」


「すみません、ファースト風呂は1機につき1人までとさせていただいてます」


「どうして!?」

「そういうものなので……」


「だったら、どんな内容なのか教えてください!」


「それはお教えできません」


飛行機温泉1つにつき1人。

そんな高倍率を勝ち取る必要があるなんて。

そのうえ内容は言えないくらいだから、相当なものだろう。


「ファーストクラス……! ますます期待が高まるぜ……!!」


すっかり飛行機風呂依存症となってしまった俺は、

ファーストクラスの風呂に入るためだけにお金をためて予約をしまくった。


担任の先生からも心配され


「お前、最近。学校来てないけどいったいどうしたんだ?」


「そこに風呂があるんですよ」


と、電波な返しをしたところ、もう誰もつっこまなくなった。



飛行機風呂の愛湯家たちとの熾烈なチケット競争の果てに、

なんやかんやで俺は親友の死と世界の破滅を犠牲に予約することができた。


「お客様、本日は飛行機風呂へのご登場ありがとうございます。

 お客様が当機で唯一のファースト風呂のお客様でございます」


「ついに……! ついに、ここまで来たぞ……!!」


感動で体がふるえそうだ。

いったいファーストクラスはどれほど豪華なのだろう。


もう待ちきれないので、空港ゲートの時点で服を脱いでおいた。


「それでは、快適な空のお風呂へいってらっしゃいませ」


「行ってきます!!!」


夢にまで見たファーストクラス。

期待に心躍らせながら飛行機温泉へと向かった。


目の前に広がったのは、絢爛豪華なお風呂——



「……あれ?」



でもなかった。普通だった。


「お客様、どうかされましたか?」


「俺の風呂はこれで合っていますか?」

「もちろんです」


「これ、どう見ても普通ですよね……?」

「はい」


「なんならビジネスのほうが豪華ですよね?」

「見方によっては」


さすがに全裸でも黙ってはいられなかった。


「どうなってるんですか!! ファーストクラスの風呂を高い料金払って

 高倍率のチケットを買ってやっと手に入れたっていうのに

 こんなしょぼいお風呂だなんて聞いてないですよ!!」


「お客様、なにか勘違いしていませんか?」


「え?」





「ファーストクラスのお風呂ではなく、ファースト風呂。

 つまり、1番風呂でございます。ごゆっくりどうぞ」

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