第2章 夏休み編

第19話 2度目の月野家

 7月末のある日のこと。

 自分の部屋で宿題をしていた俺の携帯に、突然瑠樺るかから着信があった。

 普段はほとんどRAIN《レイン》という無料通信アプリのトークで部活の連絡とかをするぐらいで、プライベートでしかも通話なんて滅多にない。

 俺はいきなりで慌てたが、もしかしたら何かあったのかもしれないと思い緊張した手つきで通話ボタンをタッチする。


『も、もしもしっ!』


 するとスピーカーから裏返った声が響いた。

『……もしもし?』

『あ、あの月野瑠花ですが、お兄ちゃんで合ってますか?』

 瑠樺は緊張していて少し声が震えてる。

『お、おう。合ってるぞ』

『よ、良かった…』

 しかし合ってると分かったら急に安心した様子になった。

『あのね、お兄ちゃん今日暇?』

『ん……宿題してただけで特に用事はないけど』

『じゃ、瑠樺ん家に来ない?』

『は!?』

『ちょ、ちょっといきなり大声出さないでよ。びっくりしちゃったよ…』

『そ、そうだな…ごめん。でも何で急に?』

『そ、その~、ママ……お母さんが挨拶したいって…』

 瑠樺が気まずそうに話す。てかママをお母さんと言い直したな、こいつ。可愛い奴め。

『ん……良いけど、何で?』

『この前、お兄ちゃんの命日の時に瑠樺ん家に来たでしょ?その時にお兄ちゃんに救われたってお母さんに言ったら挨拶がしたいから家に来てもらいなさいって…』

 瑠樺は少し早口になって話す。

『そ、そっか…。そういえば母親と2人暮しなんだよな?仲良いのか?』

 俺がそう言うと瑠樺はあかるさまに機嫌を悪くし、

『ううん。でも瑠樺が一方的に嫌ってるだけ』

『なんか嫌な事があるのか?』

 俺が優しく問うと、

『ううん。ただ…過保護過ぎて嫌いっていうか苦手?かな…』

『そ、そっか!なんだよ安心したよ』

『う、うん…』

『…………』

 なんか急に黙っちゃったよ。気まず……。

 あ、そうか。俺の返事待ってるんか。

 瑠樺は今断られたらどうしようって悩んでるんだろうな…。

 仕方ない。ちょっと緊張するけど、ここは瑠樺のためだ。

『いいぞ』

『へ!?』

 瑠樺は間の抜けた声を出す。

『だから、瑠樺ん家に行ってもいいぞって言ったんだよ』

『いいの!?』

『…おう』

『やった~!それでね?え~っと…お兄ちゃんもうお昼食べた?』

 現在は11時30分。昼食にはまだ早い。

『いや、まだだけど』

『じゃ、お母さんがお兄ちゃんの分まで作ってくれるから瑠樺ん家で食べてよ』

『ん~…いいのか?』

『うん。お母さんは是非食べて欲しいって』

『分かった。スグに行くよ。12時前までには着くと思うから』

『うん、待ってる』

 それから、俺は急いで支度して瑠樺ん家に向かった。





 そんなわけで、俺は2度目の月野家へお邪魔する事になったのだが……。

「何でお前まで付いてきた」

 俺は月野家のインターホンを押す前に、敢えて言わなかった疑問を有紗にぶつけた。

「私はいつでも兄さんと一緒じゃなきゃダメなんです。兄さんだってそうでしょう?だから私が勝手に付いてきても否定しなかったんじゃないですか?」

 俺と瑠樺の電話の内容を傍らで聞いていた有紗は平然として俺の後を付いてきた。

「まぁ…そうだが、瑠樺にはお前も来るなんて言ってないしなぁ…」

 俺は少し緊張しながらもインターホンを押した。

『お兄ちゃん!玄関開いてるから入ってきて!』

 インターホンから少し興奮気味の瑠樺の声が聞こえる。

 俺は指示通り玄関を開ける。

「お邪魔しま~す」

 と小声で中に入ると、瑠樺が頬を少し紅潮させ、緊張しながらも笑顔で迎えてくれた。

「お兄ちゃんいらっしゃい!待ってたよ!」

「お、おう…。有紗も連れて来ちゃったが良かったか?」

 俺がチラッと目線を有紗に向けると瑠樺も有紗の方を向く。

「うん、大丈夫。それに姉上は瑠樺のお姉ちゃんでもあるから」

 瑠樺がそう言うと、有紗は荒々しく怒鳴りつける。

「だから私を姉上と呼ばないで下さい!!!」

「あらあら~随分と賑やかね~」

 そこへ優しい声と共に瑠樺のお母さんがやって来た。

 うおぉお!遂に瑠樺の母親と会っちまった!

 てか瑠樺と全然違うな!?

 瑠樺は髪を白に染色してるし、カラコンも入れてるから、違うのは当然だが……。

 母親も髪を染色しているだろうが、こちらは落ち着いた茶色で、少しパーマをかけている。

 目は当然黒だし、服装もいつも黒のゴスロリの瑠樺とは違って白や黄色と、明るく清楚な感じでとても鮮やかだ。

「突然お邪魔してすみません。初めまして、瑠樺さんと同じ部活でお世話になってます花園紅蓮と申します。今日はお招き頂いてありがとうございます」

「あら、とても礼儀正しい子なのね。こちらこそ初めまして、瑠樺の母親の慶子けいこです。突然だったのによく来てくれたわね。ありがとう」

 瑠樺の母親はニッコリと優しく微笑むと俺の手を握って来た。

「あと、こっちが妹の有紗です」

 俺の後ろで身を縮ませている有紗の方を向いて紹介する。

 すると今度は有紗の手を握り優しく語りかける。

「有紗ちゃんも今日は来てくれてありがとう」

「……お邪魔します」

 有紗は小声で頭を少し下げる。

「すみません、こいつ人見知りなものでして。それと、この前は突然家に上がり込んでしまってすみませんでした。その時のお詫びもねて、つまらないものですがどうぞ」

 俺は有紗をフォローしつつ、持ってきた茶菓子を母親に差し出す。

「どうも。花園…紅蓮君で良かったかしら?紅蓮君はとても礼儀正しいのね。この前の事は気にしなくていいわ。でもこれはありがたく頂くわね」

 お母さんはそう言って茶菓子を受け取る。

「さ、玄関で立ち話もなんだし、上がって上がって」

 俺らは母親の後を付いてリビングに入る。

 そこはごく普通の1LDKで、テーブルの上には豪華な食事が並んでいた。

「丁度今出来上がった頃だから、遠慮なく食べて行ってね」

 俺は有紗の隣に座り、対面には瑠樺と母親が座る。

 テーブルの上にはミートソースパスタ、オムライス、グラタンなどが並べてある。

「イタリアンがお好きなんですね?」

「ええ。最近イタリアンにハマってるの。でもこの子肉料理しか食べないから少し困っているのよね」

 瑠樺の母親は瑠樺を一瞥いちべつし、苦笑いを浮かべる。

 瑠樺はそんな事はお構いなしにパスタを頬張る。

「なんだ、肉以外もちゃんと食べれるじゃないか」

 俺がそう言うとお母さんは微笑ましい表情を浮かべ、

「普段は嫌そうな顔をするんだけど、今日は愛しのお兄ちゃんが来てるから痩せ我慢してるのよ」

 瑠樺の頭を優しく撫でた。

「べ、別にそういうんじゃないもん」

 と瑠樺は母親の手を払い、黙々と食べ進める。

 それからは普段の瑠樺の事とか、何気ない会話をしながら楽しい時間を過ごした。

 有紗は時々話しを振られてはぎこちない様子で受け答えていた。

 食事が終わると、瑠樺の母親は思いたったかのように言った。

「あ、そういえばお茶を切らしちゃってたのよね。せっかく紅蓮君が茶菓子を持ってきてくれたのに…。瑠樺、いつもよりちょっと高めのお茶買ってきてくれない?」

「えー」

「そんな事言わないの。お客さんが来てるんだからお茶ぐらい出さないと。そんなんじゃ嫌われちゃうわよ」

 あからさまに嫌がる瑠樺に母親がそう言うと、瑠樺は慌てた様子で

「い、行ってきます!」

 と母親からお金を奪い取るようにして、急いで家を飛び出す。

 母親は瑠樺のそんな様子を見て微笑ましい表情を浮かべたが、いきなり真面目な表情を浮かべた。

「紅蓮君。ちょっとお話があるの。いいかしら?」

 どうやら今日突然お呼ばれされたのはこのためのようだ。

 さて、どうなる事やら…。


 ソファーに向かい合って座ると、早速瑠樺の母親が話し掛けて来た。

「さ、瑠樺が帰って来ちゃう前にきちんとお話しとかなくちゃね。改めて花園紅蓮君、有紗ちゃん。今日はわざわざ来てくれてありがとう」

 瑠樺の母親は落ち着いた様子で語りかけてくる。

「いえいえ、こちらこそご挨拶が遅くなってすみません」

 俺は平然をよそおってはいるが、内心は一刻も早くこの状況を終わらせたいと願っている。

 今まで大人からも差別を受けていた俺に取ってこの状況は地獄のようだ。

「あの日、瑠樺の兄、圭が亡くなった日からあの子は笑わなくなったわ。そしてある日、瑠樺からあなたの事を聞かせれたわ」

 真剣な眼差しで俺の目を真っ直ぐ見てくる瑠樺の母親を前に、俺はただただ黙って話を聞いていた。

「正直、とても不安だったわ。瑠樺から聞いてると思うけど、うちの主人、瑠樺が生まれてスグにここを出ていって行っちゃったのよね。それに重ねて仲の良かった兄が亡くなった事によってあの子は男性恐怖症になってしまったの」

「…………」

「だから突然現れた見ず知らずの男の子の話をしてきたものだから私は耳を疑ったわ」

「……そ、そうですよね…」

「ええ。でもあの子は楽しそうにあなたの話をしてくれたわ。あの子の笑顔を見た久しぶりで思わず涙が出てしまって…。だからまずはあの子の笑顔を取り戻してくれてありがとうってお礼を言わせて欲しいの」

 瑠樺の母親は俺の手を握り、真っ直ぐに俺を見つめる。

「……い、いえ…俺は別に大したことはしてあげれてないし…。それに俺なんかに頭を下げるなんて……」

「そう卑下する事は無いわ。あなたも大変だったと思うけど、今回は本当にありがとう」

 そう言って優しく微笑んでくれた。

 俺はそれだけで少し救われた気がした。

「そう言って頂いて嬉しいです」

「ただ……」

 しかし母親は今までで一番深刻そうな顔をして、

「このままあなたに瑠樺を任せていいものか…少し悩んでいるのよね」

 瑠樺の話によるとこの母親は過保護だと言う。

「そうですよね…。どこの馬の骨かもしれない俺なんかに大事な1人娘を任せるなんて普通は考えられませんよね」

 俺は無意識のうちに自虐の言葉を口にしていた。

「え、ええ…。まぁそういう事なんだけど…。だからもし今後もあの子と関わっていくつもりなら、絶対にあの子を泣かせる様な事はしないと誓ってもらえるかしら」

 この人は本当に瑠樺を大切にしているんだな…。

「瑠樺を助けて頂いてこんな事を言うのはいささか失礼かもしれませんが、でもあの子のことを考えると…」

 瑠樺の母親は今にも泣きそうな顔をしている。そんな人の前で言うことなんて一つしかない。

「お母さんは本当に瑠樺の事を大切に思っているんですね。だったら俺はその期待に応えるために瑠樺を幸せにすると、誓わせて頂きます!」

 俺は真っ直ぐに瑠樺の母親を見据え、堂々と宣言した。

「ぇ……」

 それを横で見ていた有紗は、口に手を当てものすごく驚いた表情を俺は見つめて来た。

「……なんだよ…」

「だって兄さん、それって…」

 そして俺はとんでもないものを視界に捕らえた。

 なんと瑠樺の母親が携帯を手にしているではないか!

「お母さん、まさかそれは……」

「ええ、さっきの言葉、録音させて頂きました」

「えぇええ!!?」

 う、ウソだろ!?

 母親はニッコリと笑みを浮かべると、

「もし…瑠樺を泣かせる様な事があった時は……どうなるか分かっているわよね」

 ととんでもないことを言いやがった。

 マジかよ……(白目)。

 すると玄関からガチャりと音がして瑠樺が帰って来たことを知らせた。

「じゃ、そういうことだから。よろしくね」


 その後、青ざめている俺達2人を見て不思議そうに瑠樺が見てきたが俺達は何でもない、と誤魔化した。

 それから瑠樺が買ってきてくれたお茶と茶菓子を食べながら、瑠樺の部屋で遊んだ。

 といってもひたすらゲームをしたわけだが…。

 夢中でゲームをしていたらいつの間にか夕方になっていた。

「じゃ、そろそろ帰るわ」

「……うん」

 瑠樺は寂しそうな顔をして俯いてしまう。

「また来るから。そん時また遊んでくれよ」

「……ん」

 しゅんとする瑠樺の頭をポンポンと撫でると、俺は階段を降りて母親に挨拶した。

「今日はご馳走でした。お邪魔しました」

「あら、もう帰っちゃうの?」

「ええ、さすがにこれ以上は申し訳ないので」

「そう?もし良かったらまたおいで?」

「はい、そうさせていただきます」

 俺はそう言って靴を履いて玄関を出ようとすると、

「紅蓮君、これからも娘をよろしくね」

「もちろんです。お邪魔しました」

 と母親に頭を下げられ、俺も下げ返して月野家を出た。

「……はぁぁぁ」

 俺は緊張を解き、大きなため息を着いた。

「疲れたな」

「はい…。てか兄さん?どうするんですか?プロポーズ的な話をして…。私達の関係を知られたら……」

「…やめてくれ……。考えたくもない」

「ですよね…」

「「はぁぁ」」

 俺達はお互いにため息を吐きながら、家へと帰宅するのであった。

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