第18話 一学期の終わりと深まる決意
「……で、いつの間にか一学期が終わってしまった訳だけど」
部室にて。
杏あん先生はいつものように頭を抱えるような仕草をしながら言った。
部室にいるのは俺、有紗、恵美梨、花蓮先輩、瑠樺、そして杏先生ーーと、特別相談部一同。
「先生はお疲れのようですね」
今日は7月21日。
明日から夏休みが始まる。
杏先生が言った通り、この数ヶ月あっという間だった。
2年に進級して間もない4月のある日、有紗と共に特別相談部に入った事は昨日の事のように思い出される。
あの頃の俺は有紗以外の誰とも話す機会がなかったが、この部に入ってからは本当にたくさんの他人ひとと関わって来た。
金髪ツインテールにツンデレとまるでギャルゲーのヒロインを思わせる学園一バカの同級生の飛鳥恵美梨。
容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群と完璧過ぎる生徒会長でありながら、彩風財閥の社長令嬢、彩風花蓮。
真っ白な短髪にカラーコンタクトの真紅な瞳、真っ黒なゴスロリが特徴であり、いかにもって感じの邪気眼系中二病患者の後輩、月野瑠樺。
しかも全員美少女であるため、今となっては奇跡と言っても過言ではないくらいの幸福者だと俺は思う。
しかし、そんな俺は重度のシスコンであるためこの中の誰ともそういう関係にはなっていないのだが…。
まぁ、そんな事は置いといて、とにかく夏休み前日である今日の放課後(終業式があるからまだ正午だが)も杏先生によって特別相談部の全員が呼び出されている。
「……はぁ。そんな事はどうでもいいのよ」
杏先生はため息を一つつき、不機嫌そうな顔でいう。
「……知っての通り、この特別相談部の活動目的は『学園の悩み事の解決』それに『友達作り』よ」
先生は俺達を見渡し、
「……それで、この中に友達が出来た人。友達と夏休みを過ごす予定がある人」
シーン。
誰も答えない。
「俺は1人の男子生徒に目をつけられてはいるが」
俺はポツリと言った。
その人物とは、水泳部の部長であり、彼に頼まれ練習試合に参加した事がきっかけで、馴れ馴れしく話しかけてくるのだ。
「わたしは相変わらず、と言ったところかしら。むしろ女生徒からは更に評判悪くなっているけれど」
花蓮先輩はいつものように冷めた態度と声で呟く。
学園内だけでなく、他校の男子生徒にまで言い寄られている花蓮先輩はそれと相反するように女子生徒からは
この数ヶ月で、新1年生をも虜にし始めており更に彩風花蓮ファンが増えたにも関わらず、それらを全て断り俺と一緒にいる事で女子の反感は更に買っているのだろう。
「…ふっふっふ…。我は元より人間と馴れ合うつもりはない…。しかし眷属であるお兄ちゃんだけは特別に遊んでやらん事もない」
「何言ってるんですか、兄さんはこの長期休み中、私と1日中イチャイチャするので妹の私からお断りさせて頂きます」
中二的な含み笑いをしている瑠樺に容赦なくサラリと問題発言を放つ有紗。
「……で、飛鳥さんはいつまで携帯いじってるのかな?」
そこで今まで一切発言をせずにずっと携帯を弄っている恵美梨に杏先生が少し苛立った口調であるが、優しく言った。
「だってつまんないだもん。アタシはアンタらとは違って麗奈れいなとメグと遊ぶ約束してて忙しいんだから」
恵美梨はいつものように顔を逸らしながらツンとした態度をとる。
「……まぁ、仲直り出来た事はいい事だけど宿題もちゃんとやってね?」
杏先生はものすごくニコニコとしながら恵美梨を見つめる。
先生は表情は優しくしているが、内側では相当怒っている。
この人が怒っている時は大体そうだ。
この人の表情が険しい時は競馬で失敗した時か、2日酔いした時、男性にフラれた時だけだ。
そう考えるとホント、ロクデナシだなこの人は。
誰か早くもらってやってくれよ。俺はゴメンだが。
……と俺が脳内で悪口を言うと大体睨にらんでくる先生に対して、俺は本当にエスパーを使えるんじゃないかと疑ってしまう。
もしそれが本当だったら間違いなくもらってやるのにな…。
「そういえば仲直りしたんだな」
気を取り直して俺は恵美梨に問いただす。
「ま、まぁね?何とか…」
恵美梨は恥ずかしそうに目をそらしながら語った。
これは今から一ヶ月前の事。
特別相談部に入り、俺達と一緒にいた事により遊ぶ事が少なくなった恵美梨に対し、痺しびれを切らした恵美梨の友達、鷹鳥とその子分の雲雀は放課後の特別相談部に突如として現れ、喧嘩を売ってきた。
その翌日、個人的に呼び出された俺は、2人に直接悪口を言われてしまった。
それから、恵美梨は部室に顔を出さなくなり友達である鷹鳥と雲雀とも話さなくなってしまった。
2週間がたったある日、2度と来ることはないと思っていた鷹鳥達が部室に顔を出し、恵美梨と仲直りがしたいと頼み込んだ。
しかし2人の態度に痺れを切らした花蓮先輩は俺と恵美梨を
それからあの2人とは関わっていないので知らなかったが、その次の日、2人は朝イチで恵美梨のとこに謝りに行き、その場で恵美梨は場を濁したものの、昼休みにまた謝罪をしたらしく恵美梨は2人と仲直りを決意したらしい。
「まさかあの2人がアタシに頭下げるなんてさ、考えもしなかったわ」
「そうだな。でも良かったじゃないか。俺はてっきりもうダメかと思ったが」
「アンタみたいなヘタレと違ってアタシはしっかりとしてるから平気よ」
「……そうかい」
そんな事言って最近まで弱々しかったくせによ。
まぁ仲直り出来たんならそれに越した事はないが。
余計な心配させやがって。
「……ん、ん!それで、今のとこ遊ぶ予定があるのは飛鳥さんだけって事ね?」
杏先生は仕切り直すようにわざと咳払いをすると再び部員を見渡し、
「あなた達、特に彩風さん。高校生活最後の夏休みだというのに友人と遊ぶ事も無いなんて情けないとは思わないの?」
花蓮先輩を挑発するような口ぶりで話す。
「いえ、思いません」
花蓮先輩がキッパリという。
「でもね、せっかくだから高校生でしか経験出来ない事とかもした方がいいと思うの。ね、青春しましょうよ?」
「……はぁ。そこまで言うなら仕方ないわね」
観念したようにため息をつく花蓮先輩。
「いい返事ね。実はこの夏休み中、特別相談部で合宿をしたいと思いまーす!」
杏先生は右手で拳を作り高く上げて元気に叫ぶ。
無駄にテンション高いな、おい。
「は?何でこんなわけのわからない部活に合宿なんてものがあるの?」
「まぁ、細かい事は気にしないの!でも楽しそうでしょ?」
合宿か……。
「そうですね。みんなで海で遊ぶのとか楽しそうじゃないですか」
「そうね……。せっかくだから今度はわたしのビキニ姿を拝ませてあげても良くてよ、紅蓮君?」
先輩のビキニ姿!?
「マジっすか!?是非、お願いします!」
「ええ、仕方ないわね紅蓮君は」
「ちょっと兄さん!今の自分の顔をよぉく鏡で見た方がいいですよ。ものすごく気持ち悪い顔をしてますから」
「おい、最近お前よく毒を吐くようになったよな!?」
「恥ずかしいけど、お兄ちゃんになら瑠樺の水着姿を見せてあげるよ?」
「おお!瑠樺の水着姿か、是非見てみたいな!」
「ちょっとちょっと、アンタ達!アタシをのけ者にしないでよね!アタシだって行ってあげるんだから感謝しなさいよね!」
「別に飛鳥さんは来なくてもいいわよ。無理は体に悪いもの」
「むき~っ!」
そんな感じで俺達が盛り上がっていると、
「うんうん、いいねいいね!これぞ青春ダネ!先生は別に海だなんて一言も言ってないけど…」
「え、海じゃないんですか?」
「紅蓮君、彩風財閥のプライベートビーチがあるからそこにしましょう」
「え!?いいんですか!」
プライベートビーチがあるなんてさすがお嬢様。
「ええ。そういう事でいいかしら、星野先生?」
勝手に話が進んでいることに若干戸惑いつつも先生は首を縦にふった。
「え、ええ…。彩風さん家がいいのならそれでもいいのだけど」
「もちろん、構いませんわ」
「じゃあ、詳細は彩風さんと相談するから後でメールで連絡するわね」
とまぁ、そんな感じで一学期最後の部活はこれにて終了になった訳だ。
みんなと解散した後の帰り道。
俺は有紗と並んで歩きながら、これまでの事を振り返った。
一番最初にみんなと出逢ってからま3ヵ月しか経ってない。
たったそれだけなのにーー恵美梨や花蓮先輩や瑠樺と出逢い、色々な事をしてこの数ヶ月は本当に濃い時間を過ごして来た。
恵美梨と結城先輩がデートして、先輩が本性を現して恵美梨を襲おうとした所を助けたこと。
花蓮先輩の彼氏役をしてお見合いを断ったこと。
みんなでゲームしたりカラオケに行ったこと。
水泳部の助っ人をして椿に目をつけられ、恵美梨の友達の鷹鳥と雲雀と対決したこと。
全ての出来事が明確に頭に残っている。
今まで学校では有紗以外の
「この数ヶ月、悪くは無かったな」
俺は無意識にそう呟いた。
それを隣で聞いた有紗は一瞬驚きつつもニコッと笑顔になり、
「はい!」
力強く頷いた。
俺は嬉しかった。有紗の笑顔は今までで一番輝いていたからだ。
それと同時に愛おしかった。
そして俺には一つ
それは女性関係だ。
特別相談部に男性が俺しかおらず、そして部員の女子、恵美梨以外からは特別な感情を抱かれている事を俺は気付いている。
だから俺はもっとしっかりとしよう。俺の軽薄な行動で最愛の妹のみならず、やっと手にした特別な居場所を壊さないようにするために。
そして俺は決意を新たにした。
やっぱり俺は妹しか愛せない、ってね。
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