第16話 飛鳥恵美里と2人のギャル《前編》
水泳部と練習試合をした日の夜、俺は夢を見た。
今では全く覚えていない、昔の夢だーー。
ーー母さんが俺を産んで直ぐに家を出ていった事により、俺と父さんは周囲から孤立していた。
そのため友達なんて出来るわけもなく、保育園児にして1人で遊んでいるという悲しい日々を過ごしていた。
しかしそんな俺にも1人だけ、仲の良い友達が出来たことがある。
もう顔も名前もよく思い出せないその少女と出逢ったのは12年ほど前ーー俺が小学校に上がる前の年のことだ。
ある日の夕暮れ、前に住んでた家の近くの公園でいつものように1人で隅っこの方で遊んでいた時。
1人の女の子がいじめられていた。
3人ほどの同年代の少年達がその子を取り囲み、髪や服などを乱暴に引っ張りあっていた。
女の子は必死に抵抗するも、相手が複数の男の子ため力で勝つなんて出来るわけが無かった。
俺は初めて会ったその子の事なんて助けてやる義理も無かったが、その時は何故か体が勝手に動いていた。
その頃からだろう。女の子が困っている時に体が勝手に動いて助けるようになったのはーー。
「やめろっ!」
俺は少女を庇うように立ち、そいつらに向かって叫んだ。
「なんだ、てめぇ?やんのか?」
少年達のリーダー的な存在の奴が子供にしては酷い言葉遣いをしながら俺を睨にらんできた。
しかしその内の1人が俺を見るなり顔を青ざめ、慌てるようにリーダーに訴えた。
「やべぇよ、そいつ花園ってやつだぜ」
するともう1人のやつも、
「うん、そうだよ。ガッちゃん、こいつには近づかない方がいいって親達がみんな言ってたよ」
そう言うと、ガッちゃんと呼ばれたそいつは、
「マ、マジかよっ。逃げるぞ、お前らっ!」
と一目散に逃げていった。
「「待ってよ、ガッちゃん!」」
残りの2人もガッちゃんを追いかけるように逃げていった。
「…ふぅ……」
何事もなくいじめっ子が逃げてくれたので俺はホッとして短いため息をついた。
「あ…ありがとう……」
すると少女は目に涙を浮かべながら今にも消えそうなくらいの小さな声でお礼を言った。
「…おう、大丈夫か?」
俺は彼女を心配してそんな事を言った。
「……うん」
少女はまた小さな声で頷いた。
俺はそんな彼女に少し苛立って、
「…もっと堂々としろよな?そんなんだからいじめられんだよ」
と強めに言ってしまい少し後悔したが、
「……うん!」
少女は今度は小さいながらもハッキリとした声で頷き笑ってくれた。
「……なんだよ、笑えるじゃねぇか…」
俺はそんな彼女の笑顔を見て、少し照れてしまった。
「……おいお前、名前は?」
俺はぶっきらぼうに言ってしまったが、彼女はちゃんと答えてくれた。
「……わたしの名前はーー」
「ーーはっ!」
俺は少女の名前を覚え出せないまま、目が覚めてしまった。
「……なんだっけな…」
その時、俺は意識せずにそんな事を呟いていたーー。
その日の朝、俺は今朝の夢を気にしながら、いつものように有紗と学校に登校した。
教室に入ろうとすると、不意に話しかけられた。
「おはよーっす!」
「ん?……なんだ椿か…」
「なんだよ~つれねぇなぁ。俺達もう友達だろ?」
……は?何言ってんのこいつ…。
「んなわけねぇだろ…」
「そうか?そりゃ残念…」
椿は本当に残念な顔をすると、
「じゃ、また何かあったら頼みに行くからそん時はよろしくな!」
「…来なくていいよ」
椿は話をやめ、自分の席に戻って言った。
……くそっ、面倒な奴に目を付けられちまったな。
この時の俺は、もっと面倒な奴に目を付けられている事をまだ知らなかった。
昼休み、俺は今日も有紗と2人でお弁当を食べていた。実はさっき、椿に『一緒に飯を食おうぜ』と誘われたのだが、断っといた。
これは毎日の事だからこれだけは譲れない。
「……さん」
「兄さんっ!」
「うおっ!?」
突然耳元で声がしたのでびっくりすると、膨れ顔の有紗がこちらを睨んでいた。
「兄さん、また変な事でも考えてたんですか?」
こいつはいつもの調子で俺を冷やかしてくる。
「またってなんだよ!それに変な事なんて考えてねえからな!?俺は、有紗とのこの時間だけは誰にも譲らないぞって心ん中で誓ってただけだ」
「なんだ…そうだったんですか。勝手に早とちりしてごめんなさい」
有紗はシュンっとなって俯いてしまった。
「全くお前は……。もっと俺を信用しろよな」
すると顔を開けて、
「そんなの信用出来るわけないじゃないですかっ!最近色々な女の子と仲良くなって、いやらしい事ばっか考えてるですからっ!」
ものすごい啖呵で俺は罵倒してきた。
「ばっか、俺はいやらしい事なんて考えたことないぞ?」
「いいえ、考えてました!昨日だって水泳部の副部長の胸とか、お尻とかを鼻の下を伸ばして舐めるように見てました!」
「そ、それは……。仕方ないだろ!いつもはお前以外の女の子なんて意識すらしてなかったのに最近は何故か意識するようになっちゃったんだよ!それに思春期なんだから仕方ねぇだろ!」
「そんなのダメです!兄さんは私の事だけを見て下さい!!いやらしい事考えるなら私にだけ考えて下さいね!」
有紗は真っ赤な顔を逸らしながら言ってきた。どうせ恥ずかしいのだろう。
「お、俺はいつもお前でいやらしい事ばっか考えてるぞ?ていうかいつもそういう事をしないように俺が我慢してる事知らないだろ!」
「…そ、そうだったんですか。別に我慢しなくていいのに…」
「ダメなの!俺が捕まっちゃうから」
「血が繋がってないから大丈夫じゃないですか?」
「そういう問題じゃないのっ!血が繋がって無くても妹と一線越えちゃいました、なんて言ったら世間からまた
「そ、そうでした…。すみません、
有紗は頭を下げて謝ってくる。
「いや、分かってくれるならいい。ただ俺は真剣にお前を愛してるって事は理解して欲しい」
「はい、そう言っていただけると嬉しいです」
有紗は少し涙を浮かばせてにっこりと笑った。
その後、有紗はトイレに行くと言って教室を出て行ってしまったので俺は仕方なく机に伏せて有紗と帰ってくるのを待つとしよう。
すると教室の後ろの方から騒がしい声が聞こえてきた。
「エミ~今日の放課後、いつものカフェ行こうよ~」
語尾を伸ばし、甘ったるい声が聞こえてきた。
「ごめん、今日も部活があるんだよね…」
この声、そしてエミと呼ばれていたのでどうせ恵美梨だろう。
どんな奴と話してんだろう、と気になりバレないように後ろに視線を動かすと、見るからにギャルと呼ばれる人種の奴だった。
染色された茶色の巻き髪でスカートは短く、ボタンを2つほど外している。
さらに毛量のありすぎる人工的なまつ毛に濃すぎるメイクな彼女は正真正銘のギャルだった。
「なにそれ。エミ最近付き合い悪くない?」
こちらのやたらと棘があるような冷めた声の持ち主は、金髪にウェーブと呼ばれる髪型、服装は巻き髪の奴と対して変わらないが、こちらはギャルと言うより女王という感じがする。目付きが鋭いし、いつも威張っててこのクラスのリーダー的な存在だし。
まぁ俺は当然こいつらの事は苦手だ。
「そ、そう?でも行かないと先生に怒られちゃうし……」
しどろもどろになりながら答える恵美梨。
あの恵美梨がこんな姿になるなんて驚きだ。
しかしそんな態度を見た金髪ウェーブはカツカツと苛立たしげにつま先で床を叩く。
「あのさぁ、あたし達友達じゃん。友達と部活どっちが大事なん?」
『友達』そう言われれば聞こえはいいが、もはやこれは仲間意識の強要、そうすることによって相手を自分の言いなりに出来ると勘違いしているのだ。
俺はこういうのが大嫌いだ。
友達だから、仲間だから、だから何を言っても、何をしてもいい、なんて事はない。
『それを断るなら仲間ではない、敵である。』と脅迫しているようなものだ。
「も、もちろん、友達だよ?」
恵美梨は笑みを浮かべて言うが、その目は泳いでいて、声は喉から絞り出す様に緊張している。
「それなら今日は部活休んであたし達と遊ぶよね?」
金髪ウェーブ、
「う、うん…」
その気迫に気圧され、仕方ないように頷く恵美梨を見て、満足な笑みを浮かべるギャルA。
そしてくるりと振り返るとつかつかと教室を出る。
もう1人の巻き髪の女、ギャルBは
「じゃあ玄関とこで待ってるからねぇ~」
とヒラヒラと手を振りながらニヤニヤと教室を出ていった。
恵美梨はその2人の背中を、悔しそうに黙って見つめていた。
俺はそんな彼女に声を掛けてあげようか、なんて思ってしまったが行ったところで俺に言える事なんて何もない。そう思って有紗が来るのをじっと待っていた。
放課後。いつもの部室、ではなくいつもと違って緊張が走っていた。
恵美梨は結局、先生が職員会議だったため勝手に帰る訳には行かず、部室に来ていた。
しかし、昼休みの件でソワソワしていた。
俺も、そんな恵美梨をじーっと見ていた。
そんな時唐突に、来訪者が来たことを知らせるドアがガラッと勢いよく開けられた。
一同はびっくりしてドアの方に顔を向けるとそこには、昼休みのギャル2人が立っていた。
そして不機嫌な表情を浮かべているギャルAはつかつかと部室の中を早足で歩き、恵美梨の前に立った。
その立ち方は仁王立ちで、腕を胸のところで組み恵美梨を見下ろす。
「ねぇ、今日はあたし達と遊ぶって言ったよね?」
ギャルAは不機嫌そうに低い声で言う。
「う、うん…でも先生、職員会議だったから……」
「だったらそのまま帰っちゃえばいいじゃん。今さら優等生ぶってんじゃねぇよ」
「ちょっ……」
「なに?」
こっわ……。なにあの目。「ちょっと待てよ」と言おうとしたけど肉食獣のような目で睨まれたから思わず怯んじまったよ…。
「ちょっとなに黙ってんのよ。さっさと帰るよ」
「ノックもせずに勝手に入って来ていい度胸ね」
ギャルAが恵美梨の腕を掴もうとした瞬間、静かに、そして冷たい声がその場の空気を凍らせた。
「2年1組の
「なっ……」
あの恵美梨でさえ頭の上がらないギャルA(鷹鳥麗奈って言うんだ…。花蓮先輩よく知ってたな)を一言で黙らせるなんてやっぱり花蓮先輩はこの学校の支配者だな。
「ちょっと!今あたしとエミで話してんだから黙ってて!」
硬直から解けた鷹鳥は花蓮先輩に怒鳴った。
「話す?わたしにはあなたが彼女にただ威張ってるようにしか見えなかったけど。あと、先輩には敬語を使いなさい。そんな事も分からないの?」
「…っさい!あんたには関係ないでしょ!?」
「いいえ、関係あるわ。仮にも彼女はここの部員だもの」
「あたしだってエミの友達だもん。だからーー」
「友達?」
鷹鳥が話しているのを打ち消すように冷酷に響く。
「あなたが言ってるのは家来や下僕と違くて?自分の言う事を無理矢理押し付けているのは『友達』とは言わないわよ。わたし、友達いないけれど」
……まぁそんなに思った事をズバズバと冷たい声で言う人に友達なんて出来るやけないけど…。
「分かったらさっさとお帰りなさい」
「……ふん、あんた覚えておきなさいよ!次会った時はタダじゃおかないから」
花蓮先輩の冷ややかな態度に分が悪いと思ったのかあっけなく鷹鳥は部室を出ていった。
そんな2人の様子を見て、呆然と立ち尽くしていたもう1人のギャルは、花蓮先輩の視線を感じ慌てて、
「ちょっと待ってよ~、れいちゃ~ん!」
とモブキャラのように部室を出ていった。
「あ、ありがと……」
「あなたらしくないわね、飛鳥さん」
俯いて小さな声で礼を言う恵美梨に対していつもの調子で吐き捨てる花蓮先輩。
「う、うっさいわね!アンタには関係ないでしょ!アタシだって好きでここの部員になった訳じゃないし、余計な事をしないでよね!」
顔を赤くして早口で文句を言う。
「……はぁ。全くあなたって人は…」
「ていうかどうしてくれんのよ!あいつらを敵に回したらアタシ、もうこの学校で生きていけない!」
「…大丈夫よ。何かあったらわたしを頼りにしなさい。ああいう人は嫌いなの、わたしって」
「ふんっ!誰がアンタなんかに頼るもんですか!」
「…あら?泣きついてきても知らないわよ」
「んなわけないでしょ!」
いつものように言い合っている2人であったが、俺達はこの時、まさか本当にあんな事が起こるなんて、思ってもいなかったーー。
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