7-3.心の中は不安定でした。
一時間ほどの顔合わせのあと、三天使は一度自分たちの本部へ戻った。
三人は天使の中でも高い地位にいるらしく、その人たちが揃って長い間いないとなれば問題が起こるのは、火を見るよりも明らかだ。
来たとき同様、俺とグレシルは三人を街の出口まで送り届ける小任務に就く。
「ではお二人とも、また後日」
「はい。そのときもここに迎えに来ます」
「力を付けとけよ。すぐやられるようなら許さねぇぞ」
「あなたに言われなくても分かってる」
「ああ?」
「とにかく。あなたたちも頑張りなさい」
ときどき軽い冗談を言いつつ、ゲートをあとにする三人。その背中が見えなくなるまで、俺とグレシルはじっと見送り続けた。
「さて、いよいよ本格的に作戦が開始される。みんな覚悟はいいか」
大広間の壇上でベルさんが声を上げると、返事をするまでもなく全員に緊張が走り、張り詰めた空気がピリピリと肌を刺激する。
「次の作戦会議は明日の昼だ。それまでは各自、作戦に向けて準備をしてくれ」
と言っても、大まかなものは拠点設置のときにすでに終わっている。今の場合の準備とは、体調管理や戦闘力向上のことだ。
天国課の計らいなのか、この臨時拠点には闘技場のような部屋や、トレーニングルームが併設されていた。そこで自分の技を磨くことができるようになっている。
俺とグレシルはその中で、大広間に残るよう指示が出された。
「お前たちはその目で、実際に敵とその本拠地を見ている。今回の作戦はお前たちにかかっている、と言っても過言ではない」
そうして集まった顔なじみ、聡明寮のメンバーは、作戦の細かい部分を詰めるために大広間に集まった。
真ん中の大きな机を囲み、まずは天使抜きでできる議論をしていく。
「敵の本拠地の詳細は、次回の作戦会議でサンダルフォンに聞くことにする。問題はミカエルの強さだが、二人の話によればグレシルは手も足も出なかった、と」
「それは能力を使えないようにされていたから」
「その件に関しては、グレシルさんに非はないでしょう」
「ユキナガは隣で見ててもミカエルの動きが見えなかったんですよね?」
「全然見えなかった。本当に一瞬だよ。瞬きしたときにはグレシルは壁に叩きつけられてた」
「ミカエルは戦争の生き残りだ。ダメージもラファエルの次に少なかったらしい。相当な手練れだろうよ」
そんなやつが相手では、グレシルの未来予知があっても対抗できないのではないか、という不安が頭をよぎる。
「幸長、大丈夫か?」
「あ、はい。大丈夫です」
顔に出てしまっていたのか、ベルさんに声をかけられ、隣にいたグレシルには手を握られる。
能力のない俺が弱気になっていてはいけない。能力がないならないなりに、誰よりも積極的に動かなければならない。
「よし、話を戻すぞ。どちらにせよ、ミカエルとの戦闘においては少なくとも互角以上の戦いは不可能だ。しかし向こうが単体の強さであれば、我々は集団の強さでそれに打ち勝つ。要はチームワークだ。この作戦はメンバー同士の連携が鍵となる」
「まぁ、その点に関しては能力の相性だけだろう」
フォローを入れたのはリンさんだ。
UDの構成員を普段見ていても、馬の合わない組み合わせはない。となれば、あとはリンさんの言う通り、それぞれの能力の相性になる。
簡単に言えば前衛と後衛だ。遠隔攻撃だけでは近接戦に弱くなるし、逆に近接だけでも遠隔攻撃に弱くなる。考えればすぐに分かることだ。
だからここは近接と遠隔の相性を考え、それに合わせて作戦も立てていかなければならない。
「スウは私と組んで幸長とグレシルの護衛だ。リンと明日太は別動隊として侵入してほしい。森定は渡とカーリーと三人で、私たちのサポートを頼む」
「了解」
「よし。では明日の作戦会議まで、各組で能力の確認と調整を行ってくれ」
一度会議を終わらせ、残りの時間を訓練で費やす。
ペアは難なく決まったようにも見えるが、ペアを改めて確認してみるとベルさんも考えているということが分かる。
存在抹消で気配をなくすベルさんは、魔獣使役の派手なスウと相性が良く、相手の好きをつくことができる。
明日太の幻影展開とリンさんの五行支配も、幻影による嘘と五行の現実が区別できなくなるため、相手にとっては厄介なことこの上ない。
俺とグレシルは護衛される側だが、当然グレシルの未来予知も積極的に使っていくことになるだろう。
対して俺は能力がない。だからこそ、作戦開始までの時間を有意義なものにしなければならない。
「ユキナガのことは私が守るから、安心して」
闘技場へ移動する途中、グレシルから声をかけられた。ここ数日、もっと言えば作戦が始まってから、俺とみんなでは圧倒的に戦力に差があることを、何回も考えては不安に感じている。
その度に弱気になってはいけないとそのネガティブな感情を振り払うが、拭いきれない自分がいる。
そして結局、グレシルや他のみんなに心配されるのだ。
「ああ、ありがとな」
そんな葛藤を胸の内にしまい込んで見せないようにしつつグレシルに返事を返し、闘技場へ向かった。
グレシルは、かつて軍隊の暗殺部隊で隊長を務めていた戦闘のプロだ。
「腰が引けてる。それだと敵に突かれておしまい」
「肘が曲がってる。体重を乗せて打ち込まないとダメージがない」
「相手の目を見ていれば、未来予知がなくても躱せることもある。見た方向に攻撃を繰り出す可能性が高いから」
グレシルから対人の基本を教わるが、当然その指導は厳しいものだった。
グレシルを敵役として手と足だけで一発入れるわけだが、相手の攻撃も躱しつつ未来予知をする相手に当てるのは、至難の業だ。
「ちなみに、未来予知は一切使ってない」
その発言はつまり、未来予知をせずに会話をしながらでも躱せるほど、俺の攻撃は甘いということだ。
いや、未来予知で避けられている、という俺の考えがそもそも甘かったのだ。
また一人心の中で葛藤しながら訓練を続けるが、その後の訓練には全く身が入らずに終わった。
夕飯と風呂を済ませて自分の部屋に戻ると、ベルさんが腕を組んで部屋の前で待っていた。
「ベルさん、どうしました」
「幸長、少しいいか」
そしてそのまま庭に出る。
ドームで覆われたこの街もドームの機能として夜があるらしく、街灯のない庭は、拠点から漏れ出る明かりが照らしているだけで、少し薄暗い。
明かりの漏れない拠点の裏側までつれていかれ、ベルさんはそこで足を止めた。
「えっと、何の用でしょうか」
「グレシルから聞いた。私ももちろん感じているし、スウやリンだって感づいている」
グレシルという名前が出て肩が跳ねる。ベルさんの話とは、おそらく俺のこと。
「ここ最近、お前は心ここにあらず、という感じだ。悩みがあるなら言ってくれ。作戦に支障が出てしまって困るのは当然だが、それ以上に心配なのだ」
その厚意はありがたいし、無下にはできない。しかしここで本当のことを話せば、それこそ余計に心配をかけてしまう。だから俺は、真実を再び自分の中に隠した。
「いえ、何でもないです。作戦が始まって少し疲れただけです」
「そう、なのか。それならいいのだが」
「すいません、心配かけてしまって」
「もし私にも言いづらいのなら、せめてグレシルにだけでも相談しろ。幸長を一番気にしているのは、紛れもなくあいつだ」
「はい、そのときは相談してみます」
ひたすらに本音を出さず、建前と嘘で塞ぎこむ。
「明日は作戦会議がある。またお前とグレシルに迎えを頼む。今日はゆっくり休んで疲れをとれ」
そう言いながらベルさんは俺の肩を叩き、後ろへと消えていった。
「はあー……」
壁にもたれながら大きなため息を一つ。そしてずるずると壁をずり落ち、座り込む。
「グレシルにも言えねぇよなぁ、これ」
行き場のない感情からか、頭をくしゃくしゃと掻きむしり、そのまま頭を抱える。
「誰にも心配かけたくないし、足引っ張りたくないし。俺の心が弱いだけでそもそもは俺の問題だし。んー……」
何回考えても、俺の悩みは堂々巡りのまま。
今は目の前のことに集中するのが、俺にできる唯一のことなのだろう。
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