3-1 ひたむきな想い①
「た……、助けてください!」
柔らかそうなハニーブロンドを二つに編んだ少女。彼女が放った言葉は、その必死な形相とあいまってこうやとりんじゅを混乱させた。気の抜けたような声でそれを伝えると、今度は「イオリアの人じゃありませんよね」と確認するように問いかけてくる。
今ぶつかって尻餅をついたままの少女は、後ろを気にした様子で振り向いてから、近づいてくる足音に慌てて立ち上がり、双子の後ろへと隠れる。何事かと足音のする方へ視線をやると、少女がやって来た方向から黒服をきた数人が走って来て、三人の前で止まった。
黒い眼鏡をかけた者達の中から、彼らよりも少し背の低い、しかし存在感のある男が前に出てくる。年は二十代半ばであろうか、細身の一般的な眼鏡をかけた黒髪の青年だ。
その男を見て、こうやの後ろへ隠れた少女が身を引くのがわかった。
「その子をこちらへ渡してもらおうか」
こちらへ届いたのは少し軽薄な印象を与える男の声だ。後ろに黒いスーツの男達を従えている様子や小綺麗なその身形から、名のある家柄なのだろうと分かる。こちらを威圧的な態度で見ていた。
これまでの状況から、少女が彼らから逃げているのだろうという事は分かった。助けてくれと言ったのは、彼らから守ってほしいという事なのだろう。突然の出来事に困惑しながらも、間に挟まれた双子は男の方へと向いた。「どういう事?」とこうやが呟く。
男は少女に用があり、話があるのだと言った。しかしこの状況で、平和的に話をしようとしているようには思えない。少女はまるで怯えて木陰に隠れる小動物のように、こうやの背へと身を隠しているのだ。
「あんた、こいつ捕まえて何しようと思ってるんだよ」
「こんなに嫌がってるのに、無理強いは良くないと思います」
双子の意見に「君たちには無関係のはずだ」と言って、尚少女の身柄を要求してきた。このまま硬直状態で、なにも話は進まないだろう。
二人の関係性も何もわからない。それでもこの少女は、二人に助けを求めてきたのだ。
りんじゅはこうやをちらりと見て、それから上着のポケットへ右手を忍ばせた。その中にある小さな重みを握りしめ、強気に笑って言う。
「いい年なのにストーカーなんて止めときなよ、おっさん!」
言い放ったのと同時に、りんじゅの右手はなにかを地面に叩きつけた。その瞬間に爆発したような大きな音がして、辺りは一瞬にして煙に包まれる。りんじゅの「走れ!」という声が煙の向こうから届いた。
何かを放たれたと気づいてすぐに、男の後ろへ控えていたスーツの面々は主をかばうかのように動いたが、聞こえてくるのは子供達の離れていく足音だけだった。念のため煙を吸わないよう口も覆ったが、何らかの症状が現れる様子もない。完全に目眩ましだけが目的のものだったのだろう。
やがて煙は晴れていき、その場には男達だけとなっていた。
良い身形をした青年が悔しそうに口角を歪ませる。子供だからと油断していたのだ。
「必ず……、必ずだ、俺の物にしてみせる……!」
吐き出された言葉と共に、地面を蹴る乾いた音が響いた。
少女はフラットと名乗った。男達から逃げおおせた三人は、街の西側へと来ている。この辺りは街中に比べて緑が多く、落ち着いた住宅地が広がっているようだ。民家はそれぞれがゆったりとした敷地を持っている。このイオリアは比較的、裕福な街なのだろうと思えた。
その民家が並ぶ通りを、三人は歩いていた。彼らは人目につくところでは追って来ないのだという。
二人が宿を探していたところだったと聞いたフラットは、お詫びに自分の家へ泊まってくれと言った。夕飯もごちそうしたいと言ってくれたので、二人はその好意に甘えることにして、彼女の後についてその家へ向かっているところだ。
その間に自己紹介と旅に出たばかりなのだという双子の話を聞いたフラットは、羨ましいと言って二人へ向いた。
「いいなあ。旅って、色々な街を回って、たくさんのものを見て、色んな事を経験できるんでしょう? 私も、もっとたくさんの事を学んでみたいわ」
「楽しいことばかりじゃ無いだろうけどな。危険なことだって多いし」
「けれど、それが生きた経験になるんだと思う。経験は未来を豊かにできるのよ」
まるで夢を語るように言うフラットの話を聞きながら歩みを進めていると、双子はだんだん街から遠ざかっていることに気がついた。ポツポツとあった家々もすっかり無くなっている。左側は街を覆う森が生い茂り、右側はなにかの畑が広がっている。このまま進む先に見えるものと言えば、街のどこからでも見ることができたあの大きな屋敷くらいだ。
「まさか」と思いながら二人は目を合わせる。お互いに考えている事は同じようだった。
そしてその「まさか」は現実だった。
「ここが私の家よ。はじめて来た人には中がちょっと分かりづらいかもしれないから、気を付けてね」
フラットに通されたのは、りんじゅとこうやが予感した通りあの大きな屋敷だった。
比較的平らかな街のなかでは珍しく、小高い丘の上にその屋敷はあった。入り口には大きな門があり、そこを抜けると煉瓦の敷かれた緑が多くて広い庭が広がる。その先には白い煉瓦で築かれた屋敷が建っており、それは城と表現する方が正しいように思えた。
その広さと大きさに圧倒されながら庭に敷かれた煉瓦を歩いていると、屋敷の方からこちらへ向かってくる人影が見えた。それはものすごい勢いで走っているようで、カツカツとヒールの音を立てながらあっという間に三人の目の前へとたどり着く。
クラシカルなメイド服を身にまとった、若く見えるその女性は、フラットの前に来ると彼女を「お嬢様」と呼んでその身の安全を上から下まで確認し、高く一本に結い上げた亜麻色の髪を左右に揺らした。
「お嬢様、お嬢様! お怪我はありませんでしたか? またあの者達に追われはしませんでしたか? お嬢様が街の皆との関わりをとても大切になさっていることは重々承知しておりますが、昨日も屋敷へしつこくやって来ましたのに外へ出るなど……。フレアがどれだけ心配していたとお思いですか!」
「勝手に出てきてしまってごめんなさい、フレア。でも大丈夫よ、この二人が助けてくれたの」
フレアと呼ばれたその女性はフラットの言葉を聞いて双子の方へ向く。翡翠色の目が二人をとらえると、「あなた方がお嬢様を……!」と感極まった声でもらし、今度は二人の前へ来て勢いよく頭を下げた。「ありがとうございます、ございます!」と目を輝かせるフレアに、二人はたじろいで「ああ、まあ……」と適当な相づちを打つしかなかった。
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