トロピカル スマイル

さくら

1-1 旅立ち

 家の影になりあまり日の入らない小屋の中、そこは物置の様に散らかった一室だった。中央に一組の机と椅子があり、壁には様々な種類の武器が並ぶ。

 棚には沢山の書物、そしてその上には古い日記帳やメモ用紙の束がぞんざいに置かれていた。

 パラパラと紙をめくる音だけが室内に響いている。椅子に座っているのは、若草色の髪に青い目をした十二、三歳の少年だ。

 読み終わったのか読んでいたそれを閉じ、何か意志を感じられるような目で呟いた。


「……決めた」


 まだ声変わりも迎えていない少年の声である。


 手にしていたメモ用紙の束を机の端に置くと、ドアの向こうからバタバタとせわしない音がして、勢いよくドアが開く。同時に薄暗かった室内に眩しい日の光が入ってきた。


「りんじゅ、船が来たよ!」


 響いたのはりんじゅと呼ばれた少年に似た声。そしてその声は、茶色の髪をハネさせ特徴的な髪型をし、りんじゅとよく似た、しかし彼より少し柔らかい目の少年から発せられていた。


「おう。今行く、こうや」


 ドアを開けた少年はこうやというらしい。「早く!」と急かすこうやに続いて小屋を出たりんじゅはその後を走り出した。


 全く同じペースで走り、同じタイミングで足を前に出す。

 髪色こそ違うが、二人は双子の兄弟だった。



 この双子が住むハム・サドゥ島は、島民約四十人程の小さい島だ。島民の半数は漁師で、島の半分は山に覆われる。

 島民の数に比例して子供の数は少なく、双子はその貴重な島の子供達の一員だった。


「おう! 二人とも、今日も元気だなあ。はやなはどうした?」

「今の船で帰ってきたはず」

「今から迎えに行くんだよ」


 市場となっている港の入口を抜け、露店の並ぶ通りを走り賑わう船着き場へと急ぐ。双子の手には先ほど果物屋のおばちゃんから投げ渡されたりんごがあった。今日はいつもより多く入ってきたのだと言ってくしゃりと笑ったその人は、買い物をすると必ずおまけをしてくれると港で有名な人だ。


 丁度二人が船着き場に着いた時、船にかかる橋から降りてくる人があった。


「「姉さん!」」


 そう呼ばれた影は双子を見留め、嬉しそうに微笑んで「ただいま」と言った。


 双子の兄弟、りんじゅとこうやには姉がいた。はやなと言い、年は十歳程離れている。肩にかかる薄い茶色の髪に青い目をした女性だった。両親を幼くして亡くした二人にとっては親変わりのような存在だ。

 彼女は服を作ることを仕事としていた。約二週間に一度程の頻度で売上を受け取るためと作ったもの運ぶため、このハム・サドゥ島からほど近いソマリア大陸にあるドーラという港街へ渡っていた。島からドーラへは船で片道半日程かかる。


 はやなの服は動きやすく、しかし質素ではなく、頑丈で、子供服を中心に大陸ではよく売れているらしい。双子の服も大半は彼女が作ったものだった。


「今回はよく売れたみたいでね、少し余裕があるわ。今日は何が食べたい?」

「カレーがいいな!」

「俺、クリームシチュー!」

「まあ、贅沢。じゃ、お昼がカレーで夜はシチューかしら。まだお昼は食べてないんでしょう?」


 仲睦まじく笑いながら仲良く歩く三人は、市場で買い物をしながらゆっくりと家へ帰っていった。





 森を背にして立つ木造住宅。島の中心から少し離れた小高い丘の上にあるその家こそ、双子が暮らす家だった。玄関から伸びた道はまっすぐ海岸へと続き、草花しかない家の周りは広い庭のようなものだ。

 家の横には小さな小屋があり、物干しがあり、そして今は小型犬とこうやがじゃれ合っていた。こうやが投げたボールを追いかけころげまわっている茶色い毛の犬は、この家に飼われてルビーと呼ばれている。


 一人と一匹が走り回っていると、島の中心へと続く道からりんじゅが歩いて来るのが見えた。手にはなにやら麻袋があり、それなりに重量のあるものが入っているようだ。

 それに気づいたこうやに先んじて、ルビーがりんじゅの足元へと駆け寄った。


「なにか買ってきたの?」

「ん? ああ。ナイフをな」


 りんじゅが袋から取り出したのはナイフとベルト。中には同じものがもう一組あった。こうやはその一組が自分用のものなのだろうと察する。しかし双子とはいえ、それを買ってきたりんじゅの意図はわからなかった。

 そんなこうやの様子を見て、りんじゅは目の前の同じ色の瞳を見つめる。


「なあこうや。旅に出たい、って思わないか?」

「旅?」

「そう、旅。父さんの見てきた世界をさ、自分も見たいって思わない?」


 双子の父親は冒険家だった。若い頃は世界を周り、世界中の武器を集め、また改造しては新しいものを作っていた。

 そうして自分で考え確立した武器改造のイロハをまとめて束にしたものが、旅の最中つけた日記帳と世界中で集めたらしい膨大な量の書物と一緒に残されている。それが保存されているのが、生前彼が子供達に「秘密基地」と称していた家の横にある小屋だった。


「お前もさ、行きたいって気持ちはあるんだろ?」

「……うん」

「けど、怖い。何があるかわからないから」

「うん」


 双子は幼い頃、毎晩父親から旅の話しを聞かされ育ってきた。

 特にこうやと違って文字を読むのが苦ではないりんじゅは、そんな父親が残したものを読みながら成長してきたのだ。


「旅ってさ、怖いよ。だってこの島にいれば安全で、一生魔物に襲われる心配なんかしなくていいんだ。この島に魔物はいないからな」


 この島は自然が豊かで人間も少ないが、魔物は住み着いていなかった。山には様々な種類の動物達がのんびりと暮らしている。

 昔からこの島には、山に住んでいた黒天狗が地上に来ていた女神と恋に落ち、二人は精霊となってこの地を守っているのだ、という言い伝えがあった。実際のところは定かではないが、この島が安全だということは確かだ。


「でもさ、こうやはそれでいい? ずっとこの島で生きていく? 俺は嫌だね。だって世界は広いんだ。知らないことばっかりなんだ」

「……うん」

「姉さんは早いって止めるだろうけど、俺は今が絶好のタイミングだと思ってる。今だから……。……それに、大人になってからじゃわからないことだってあるさ」


 遠く空と海の先を見つめていたりんじゅは、その視線を隣へと戻した。表情をなくした顔でこうやが足元を見つめている。


 退屈になったらしいルビーが、ボールをくわえて庭を走り回っている。空を飛ぶ鳥の鳴き声と、波が海岸に打ち寄せる音がその場に響いた。

 たっぷり時間を置いてから、同じ色の目がかち合う。


「俺……、行きたい」

「うん」

「俺も今だって、思う。色々、心配はあるし、怖いけど、でも、チャンスなんだって思うんだ」


 こうやの瞳は揺れていた。彼の不安が手にとるようにわかる。

 しかしこうやからの言葉を聞いて、りんじゅは強く頷く。そして笑った。つられるように、こうやも笑う。


 二人の決意が地を踏みしめた瞬間だった。

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