星降る世界で……

弓咲 岬

第1話 世界が終わるって……?

「ふぁ~、眠い。今日から学校か。……面倒くさい」


 俺はベットから降りて洗面台に向かう。そこで顔を洗って、歯を磨いた後リビングに行き、朝食の準備をする。トースターで食パンを焼き、バターを塗る。……食パンはバターに限る。ジャム派は許せん。

 トースターでパンを焼く間、そんな事を考えながらさくっとハムエッグを作って昨日の段階で用意してあったサラダを冷蔵庫から取り出す。インスタントのコーンスープを作ってそれをテーブルに乗せ、ニュースを見ながら食べる。


「今日からまた騒がしい事になりそうだなぁ」


 報道される内容を見ながらそうひとりごちる。

 食べ終えた後は皿を洗い、自身の部屋に戻る。学校の制服に着替え、鞄の中の確認を済ませその他諸々の事も済ませた俺は玄関に向かう。


 ここまで進めば分かると思うが俺四ヶ谷祐人は一人暮らしだ。高校二年で一年の時に両親は事故に遭って亡くなった。その後、最終的に親戚の中で現在住んでいるマンションを経営している夫妻に後見人になって貰った。そして、一部屋借りているという訳だ。

 家賃も安くして貰っているし、親身になってくれているのでいつも感謝している。いつか恩を返したいものだ。






 学校に着いてこれから起こるであろう事に溜息を吐きつつ、教室に入る。残念ながらホームルームが始まるまではまだ余裕がある。今はまだ安全なのでさっさと寝よう。

 そう思って机に突っ伏そうとした時に目の端にその影を捉えた。見ない振りをし、時間まで寝ようと意識を薄める。近づいて来る足音に聞こえない振りをしながら……。


「おはようっ。四ヶ谷君っ」

「うっ……」


 大きな声で挨拶を耳元で言われ薄れていた意識が一瞬で戻って来る。キーンと耳鳴りがする右耳を抑えながらそちらを見ると案の定の人物が。


「……耳元で大声を出さないで下さいって何度も言ったと思うんですけど」

「ごめんね。でも、四ヶ谷君も見ない振りをしたよね? 私もやめてってお願いしたはずなんだけどなぁ。……で?」

「……おはようございます」

「よろしい」


 耳元で大きな声を出し、現在満面の笑みを浮かべる少女は物部未来。容姿は言うまでもないほど良く、頭も結構いい。それに性格も良いものだから学年問わず人気だ。しかし、噂では何回も告白されているにも関わらず、一回も受けた事は無いらしい。興味はないけど。

 そんな彼女はよく俺に構う。と言ってもクラスカースト上位にいる彼女は大抵、他の人と一緒にいる。本人曰く、時間を見つけては来ているらしい。ちなみに休日もメールなどで挨拶はしてくる。俺は連絡先など一切教えたつもりは無いんだけど……

 テンプレであればここで鋭い視線が振って来るんだろうけど、女子は特に興味は無いらしく一目見て元に戻す。男子は彼女の笑みに心を奪われていてそれどころではない。


「おーい未来!」

「呼ばれてますよ」

「……うん。またね」


 困った顔をした物部は呼ばれた方へと向かった。そんな彼女を呼んだのは俺が在籍している学校では知らない者はいない人物だ。名前は篠宮誠一。学校一モテる男である。

 成績はトップクラス、特定の部活には入っていないが運動神経も抜群で運動部から度々助っ人に呼ばれている。容姿は言うまでもなく、性格まで爽やかで親しみ深く優しい。実際に他校の生徒が告白しに来たくらいだ。

 ……まぁ、こっちも何故か特定の相手はいないそうだ。テンプレだなぁ。何でこの二人が同じ学校にいるのかいつも不思議に思っている。


 そんなカースト上位たちを横目で見ながらホームルームが始まるのを待つ。時々来る視線を無視しながら。……あぁ、早く帰りたい。




 時間は経って昼休み。俺は学校に来る前に寄ったコンビニの袋を持って素早く教室を出て行く。理由は勿論、物部だ。前に一度、半ば強引にカースト上位勢に組み込まれ息苦しさを覚えたものだ。あんな経験は二度とごめんだよ。

 前に使っていた場所はバレてしまったので最近は屋上を利用している。最近はどこの学校も様々な理由で立ち入り禁止となっている場合が多いらしいが、ここは解放されている。校長曰く、「青春を謳歌おうかして欲しい」だそうだ。一体何の青春を謳歌すればいいのか、甚だ疑問である。

 解放されていても教室、中庭、食堂などで満足する生徒が大半で滅多に人は来ない。特に幾つかある屋上の中でも人が来ない所を選んでいるのでしばらくは大丈夫だろう。……そう願いたい。



  ♈♉♊♋♌♍♎♐♏♑♒♓



 ……結局の所、バレてしまった。フラグを立てたつもりは無いんだが。

 物部から膝枕された状態でいろいろ取り付けられ、余計に面倒な事になってしまった。いや、ホント。何で分かったの? ここ利用してからまだ一週間も経ってないよ?


 その後、膝枕をして疲れたと言い出し、胡坐をかく俺の上に座って来る。降ろそうとしても何故か動かない。もう面倒臭くなって抵抗を諦めると前から鼻歌が聞こえて来る。


「……ねぇ、祐人君」

「……何だよ?」

「ふふふっ。何でもないっ」


 特に何か言った訳でも無いのにご機嫌なも……未来。何がそんなに嬉しいんだろうか。

苗字で言おうとしたら太ももをつねられたんだが……彼女は人の心が読めるのだろうか。


『こんな所にイチャイチャカップルを発見』

「……誰ですか?」

『私? 女神様よ』

「神様って……未来はどう思う?」

「……えへへ……カップル。そう見えるんだ……」

「『(だめだコイツ……)』」


 未来を見てみたら頬を赤くしていやんいやんと身体をくねらせつつも表情は完全にだらけている。なのに俺の上から落ちていない。

 その光景を女神は温かい目で見ていたので首を横に振って否定した。第一、そもそもカップルじゃないし。

 気分が落ち着いてきた所で改めて女神とか言う頭(?)のおかしい人物を見る。服自体は真っ白だがデザインは現代風だし、髪も発光してなく、ましてや普通に立っている。俺が知る限り統合してみても当てはまるのはやっぱり「変質者」だ。

 漫画とかの場合は「何っ」とかなりそうだけど普通なら頭が大丈夫か疑うし、神がいる空間とかじゃなくここ、普通に学校の屋上だからね? 信じるって言う方が無理な話だと思う。それとそう言う話は教室でやって。適任がいるから。


『あっ、信じてないなぁ~?』

「いきなりそんな事言われてもあなたの正気を疑いますよ(色んな意味で)」


 何回か問答し、キリがないと思ったのか自称女神は少し考えてポンッと手を叩く。……どこか昭和臭かった。そして、これから悪戯する子供みたいに笑みを深める。ちなみにこの間、未来の方は未だどこか上の空だ。今も「うへへ……祐人君と私が恋人……」と言っている。上の空じゃない、気持ち悪い。


≪これでどう?≫

「っ……!?」


 とつぜん自称女神の声が頭の中に響いて来た。声が響くと同時に唇を見ても動いていない。それにそんな事を可能にさせる道具なんて無いし、準備なんてしてなかった。まだ証拠としては少なくとも現状、一般人ではない事は分かる。普通の人間にこんな芸当は無理だ。


「あ、まだ信じてないな。ならこれは?」


 今度は中に浮かび、火とか水とか色々な物質を作り出している。自称女神は目をキラキラさせて「ね? ね?」と訴えかけるが、俺としては何かしらのトリックがあるとしか思えない。ほら、見えない糸で上空から吊るしているとか、プロジェクションマッピングを使ってるとか。と言うか自称女神、子どもっぽいな。

 その後も色々して貰ったが、どれも信じられず最終的に自称女神は涙目だ。ここで未来が正気に戻った。そして、責められた。何故に?


「もうっ。祐人君もいい加減認めてあげてよ」

「いや、何か仕掛けがあるとしか――」

「ね?」

「………………分かりました」


 何故だ。何故反論できない? 別に威圧されてないし、されてもそこまで怯える感じじゃないし、俺の方が正しいと思うんだが。

 いつの間にか意気投合したらしい二人は色々話してはキャッキャッと姦しい。……本当、いつの間にそうなった。取り敢えず、自称女神にここに来た目的を聞いてみる。完全に話が脱線してるからな。


「……で、ここに来た目的とは?」

『そうそう。近々世界が終わるのよ。でも全滅させるのは惜しいから、ランダムで探して当たった所を違う世界に送ろうってなって、やってみたらここが当たったの。まぁ、君たちは運が良いという事かな』


 自称女神はあっけらかんと言った。

 世界が終わる、ね。にわかには信じられないが……さっきのがトリックじゃなかった場合、信憑性はなくは無いからな。ま、結局の所こういうのは嫌いじゃないし、むしろ面白そうなんだけどさ。


「それで違う世界に送るとしていつ送るんですか?」

『ん? そりゃあ、今すぐにでしょう? お話が終わったら送る――』

「待って!」


 大声で止めて来る未来。次の言葉が出てこないのか口をもごもごさせている。自称女神の方は何か分かったのか凄い温かな笑みで未来の方を見ていた。

 俺からは未来の耳や首が赤い事で何かしら恥ずかしい事を考えているくらいしか分からない。自称女神が俺に向けて顎先を未来の方に向けるので視線をそちらに向ける。すると未来は凄い勢いで反対に顔を向ける。顔を見られるのが恥ずかしいのか?

 次いで自称女神を見ると完全に表情が悪巧みをする人の顔だった。主にお節介な方面で。


『……あぁ~。ねぇ、四ヶ谷祐人君。未来の考えてるのはねぇ――』

「わーっ! 止めて止めて!」

『えぇ~。恥ずかしがらなくてもいいのに~』

「恥ずかしくないし!」

『まぁ、特別に今日が終わるまで待ってあげようじゃないの。頑張ってね、未来?』

「……うん」


 今度は急にしおらしくなって黙り込んだ。自称女神に改めて話を聞くと、俺たちだけは今日の日付が変わるまで待つそうだ。それ以外はこの話が終わり次第、送るらしい。ちなみに送ると言っても世界自体はかなりあるのでどこに行くかもランダムだそう。

 最後に『ちゃんとやるのよ?』と何かを未来に釘を指し、自称女神はすぅっと消えて行った。

 直後、俺と未来はくらっとした感覚と一緒に意識が途切れる。……気が付くと既に夕方で丁度、校門の前に二人して鞄を持ったまま立ち尽くしていた。便利だな、女神。


 少しボーっとしていたが、先程までの事を思い出した。そう言えば、夕方まで時間を進めるとか言ってたっけ。


「祐人君、帰ろ?」

「……ナチュラルに一緒に帰ろうとしてるけど帰る方向反対だよな?」

「……だめ?」


 そんな顔で言われましても……何となく今までの展開から予想が出来る訳で、間違いだと思っても本当の場合を考えると無理な話だと思うのですよ。

 それに健全な一人の男子高生としてこの後の展開を考えない訳ないし、それを踏まえた上で遠回しに遠慮したんですがね?



  ♈♉♊♋♌♍♎♐♏♑♒♓



 拒否したはずが未来は目をキラキラさせて部屋を見渡していた。


 あの後、何を言っても聞き分けて貰えず、付いて来やがった。と言うか、途中から先導していたので俺の家はそもそもバレてしまっていた。それを知った時……ちょっと怖かった。

 帰る最中にスーパーに寄って夕食の材料を買い、今ここに至る。


 まぁ、週の初めは作るのが面倒だから惣菜なんだけども。未来は家では母の手料理なのでこの手の事は珍しいそうだ。若干、興奮気味の未来を宥めつつ(絶対惣菜以外の事に興奮していると思う)、夕食を終え、風呂を沸かす。

 着替えの服は俺のを貸し、下着は途中にあった店で買わせた。二次元なんかでよくありそうなフラグは全力でへし折らせてもらった。


 風呂自体も手早く済ませる。いつもなら適当にだらだらするのだが、何せ今日は精神的に疲れた。早く寝たい。

 それに今日の日付が変わるまでと自称女神が言っていた。この後の展開が予想出来る者としては回避をしたい。ヘタレと言うなかれ。そこら辺はちゃんとしたいのだ。据え膳食わぬは男の恥? 自身を抑制出来る事の方が大事なんだぞ。


 まぁ、誰に言い訳をしているのか(自分自身かもしれない)、さっと布団にくるむ。夕食の時に未来が一緒に寝ると言って聞かないので早めに対策をしなければいけない。

 ようやく眠りに入れそうという時に部屋の扉が開く。


「あーっ! 何で寝ちゃうの!?」


 ぐらぐらと肩を揺らされる。次に仰向けにされ、腰の辺りに誰かが乗っかって来る。途轍もなく柔らかい感触で嫌な予感がした俺はそっと薄目を開ける。

 目の前には懸念通りと言ったらいいのか、最悪な状況だと言ったらいいのか、バスタオル姿の未来。俺は即座に目を閉じた。視界の端にはご丁寧にたたんだ状態で未来の着替えが用意されていた。……下着まで。


「……ねぇ、祐人君。女の子がここまで勇気を出してるんだよ?」

「……」

「……応えて」


 もう一度、今度はゆっくり目を開ける。そこには俺が知る限りで一番真剣な表情の未来があった。

 その表情は真剣に見えるが、歓喜、悲哀、期待、不安……と言った様々な感情が現れている。真剣な表情はその感情を見せない様に隠しているのかもしれない。


「……俺は恋人じゃないとしない」

「何で?」

「遊び感覚は嫌だからな」

「……そっか。優しいんだね、祐人君は」

「別にそんなんじゃない。ヘタレなだけだ」


 さっきは否定したが事実、俺はヘタレだ。そもそも高校に上がって未来に構われるまでは女子とは特に話していないのだ。免疫なんて無いに等しい。そもそも今回限りだなんて俺的には無理だ。やるならやるで責任は取るつもりである。


「祐人君。私は一人の男の子として好きだよ。大好き。それでも……だめ?」

「何でそこまで……」


 俺が精一杯吐き出した声に未来は笑う。その笑みは柔らかく、さっきまでのが嘘のようだが、半分諦めが入っているようにも見える。屋上の時の真剣と言うか切羽詰まっていた感じじゃない、そしてそれが返って本気なんだと確信すると急激に意識してしまった。


「……何だよ」

「ふふっ。何か今の祐人君が可愛くって。私の事意識してくれてるのに必死になって我慢して、それが分かって焦ってるのがすごく可愛い」


 顔が赤くなっているだろう俺を見て未来は倒れ込んで来る。俺の胸の辺りに顔を埋めて凄い嬉しそうだ。何ならハートマークが幻視出来そうなくらい。

 そんな未来が期待一杯でこちらを見つめて来る。……上目遣い付きで。


 ……やめろっ。こちとらバスタオル姿を確認した時から理性が削れているんだよ。これ以上はまずいっ。


 こっちの心の声を聞いたか知らないが蠱惑こわく的な笑みを深めて顔を近づけて来る。逃れようと思えば逃れられるのにそれが出来ない。思った以上に身体に力が入らない。

 未来は両手で俺の顔を掴む。既に必要以上に近い顔にはでかでかと「幸福」と書かれていた。それが段々と近づいて来て――唇が触れ合う。

 ちゅっ、とでも聞こえそうな感覚。視線の先には未来の瞳があり、見ると見つめ返して来る。そこから感覚を逸らすと未来の唇に意識が向く。それは極上の絹の様に柔らかく、そして瑞々しい。

 ……まぁ、恥ずかしさを紛らわす為に解説を入れてるんだが。


「……だからファーストキスもあげちゃう。だから、もう一度言うよ。……応えて」

「……ああ、もうっ。分かった、分かったよ。……ったく、人の気も知らないで」


 今になって力が戻る。それに心の中で呆れ、……両腕を未来の背中に回す。反動をつけて起き上がり、今度は俺からキスを返す。

 頬にあった未来の両手は俺の頭を包む様に抱いて、目からは涙が溢れるほどに流れていた。


  ♈♉♊♋♌♍♎♐♏♑♒♓


 ……そこから先はお察しの通りに進み、現在二人とも裸の状態でベットに横になっている。勿論布団はかけている。夜は意外と冷えるからな。……過ぎた事は気にしても仕方ないだろう。

 定番の腕枕を未来にしている、というかさせられている。させた張本人の未来は「私、幸せです!」と言わんばかりのオーラを出している。


「……ずっと気になってたんだが何で俺の事が好きなんだ?」

「ふふっ。……祐人君は覚えてないと思うけど、小さい頃よく遊んでたんだ。引っ込み思案だった私を祐人君だけはちゃんと接してくれてた。その事が嬉しくて、祐人君に相応しい子になりたいから必死に頑張った。引っ越しちゃった時は凄く悲しかったけど、また転校して来た祐人君を見た時はすっごく嬉しかったなぁ」


 当時の事を思い浮かべながらすこぶる機嫌が良い未来。ふと、時計を見ると今日が終わるまでまだ一時間以上もあった。

 偶然か、はたまた必然か未来も時計を見ていた。そして、時間を確認した未来はこちらを見て瞳に期待を膨らませる。それはもうキラッキラッ、と。


「……分かったよ」


 満面の笑みを零す未来は抱き着いて来た。日付が変わると今まではっきりしていた意識が自然と遠くなっていった。







 ……そして、気付いたら赤ん坊でした。ナニコレ?




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