視点はVRでFPSで共感を呼ぶ幸せの青い鳥
まず断っておきます。(今回は丁寧口調)
今回のエッセイは中級以上および公募している方でないと意味のないものです。
初心者を自認している、私は修行僧ではない、楽しく書いてれば満足、という方には向いておりません。
そしてあくまで私の考えであるという事。
私の様に「即身仏にでもなるのかお前?」という罵詈雑言を投げかけられそうなMな作家さん向けです。
視点を理解したとしても、面白い作品が書けると言う訳ではありません。
面白いと思ってもらうためのテクニックと公募するにあたっての最低ラインとご理解いただければと思います。
覚悟はできましたでしょうか?
さて、【視点】とは何でしょうか?
視点とは、「どこから見ているかという、対象を見るときの立脚点」です。
wikiから拝借しました。
ぶっちゃけて言ってしまうと【視界】です。
最近流行っているヴァーチャルなアダルトとかそうですね。
えぇ、他にもゲームとかありますけど、エロは大正義なんですよ。
ビデオデッキが爆速で広まったのも、ひとえにエロのおかげですから。
あー、脱線しました。
なんというか、題名にもあるFPSな視界です。
ファーストパーソン・シューター(英:First Person shooter、略称FPS)とは、主にシューティングゲームの一種で、主人公の本人(第一者)視点(FPSまたはFPV(en))でゲーム中の世界・空間を任意で移動でき、武器もしくは素手などを用いて戦うアクションゲームのスタイルを指す。
基本的に画面に表示されるのはプレイヤーキャラクターの一部(腕など)と武器・道具のみである。混同されがちだが、プレイヤーキャラクターの姿が見えるゲームはサードパーソン・シューティングゲーム(TPS:第三者視点)として区別される。
wikiより拝借しました。
つまり小説のとある場面で読者が見ている風景となります。
んなこと分ってる?
はい、そうですね。
右を見たければ右を向く。左を見たければ左を向く。後ろは見えない。自分の顔も見えません。
読者が見ている視界の後ろで誰かと誰かが殴り合いをしていても、怒号と音は聞こえますが映像は見えません。
一人称であろうが三人称であろうが、これは絶対です。
さて、ご自分の作品はどうですか?
もしかしたらイメージしていた作中の場面とは違うのではありませんか?
小説において視点は、ほとんどの場合、登場人物と一体化します。憑依と書くと誤解しやすいのでここでは【一体化】と定義します。
何故かと言うと、人物に【一体化】しないとその人物の心の内が書けないからです。
この視点と重なった登場人物を【視点者】と言います。多くの場合、主人公が該当します。
さて、ちょっと視点から外れた話をします。
視点じゃねえじゃねえかよ、ですか?
御尤もですが、まぁ、ちょっとした寄り道として聞いてください。
小説を面白いと判断する根拠は、なんでしょうか?
前提として、ここにいる方々は中級者以上としておりますので、基本的な解釈はすっ飛ばします。
面白いと言うのは【共感】をしたからです。
何に共感したのか?
多くの場合というか、ほぼ主人公なはずです。
大抵の小説、特にエンタメでは、最初と最後では主人公が変化しています。
その変化に共感するわけです。
では読者に共感してもらうには、どうすれば良いのでしょうか?
感情を爆発させるシーンをふんだんに盛り込む?
それでもいいでしょう。
方法は沢山あると思います。
ですが、基本的にその主人公目線を貫かないと共感はしずらいのです。
視点者でない人物の心の内は書けない。これは鉄則です。
読者の共感を得るべく心の吐露を書きたいのであれば、自ずと視点は主人公に固定されるはずです。
でも視点は変わるじゃないか。
変わります。
特に三人称では変わりますし、敢えて変える場合もありますが、そこにも考慮すべき点があります。
視点にも優先順位があります。
一番は当然主人公です。当たり前の事ですね。
では二番目は?
それは作品によって変わるので何とも言えませんが主人公に近い人物の事が多いでしょう。もしかしたらライバルかもしれません。
そうして殆ど登場人物の重要度順に決まっていきます。
ここで注意してほしいのは、優先順位が大事だ、ということです。
主人公がいる場面なのに他の登場人物に視点が移る。
理由は「心の内が書きたいから」でしょう。
その気持ちは良く分ります。
ですが、主人公がいる場面では主人公に固定しましょうよ。
何故だか分りますでしょうか?
それは読者の【没頭感】です。
物語の中の一人の人物を追い続けて行けば自ずと没頭していくものです。
私は書き手でもあり読者でもあります。
読者の私が没頭して読んでいる時に現実に引き戻されたりするのは、急に視点が変わるときや読めない漢字が出てきたりとか、知らない固有名詞が出て来た時です。
ん?と思い、一気に現実に引き戻されます。
上手く視点移動すりゃいいんじゃねえの?
そう言いたいのも分ります。
現実を考えてみると、対面した相手の心の内なんて、分りませんよね?
現実では、他人の心の内など分りません。
仕草や態度で判断するのです。
そこで相手は何を考えたのか、を考える。
小説でも、そうです。
考えるからこそ、没頭するんです。
登場人物と一緒になって、相手はどう捉えたんだろうか、と考える事が共感へと繋がります。
一人称が人気な理由は「共感しやすい」から。
ここにあるんですよね。
それは三人称でも変わりません。
共感させたい主人公には多くの視点を裂く必要があります。
読者に、より多く主人公と同じ体験をして欲しいからです。
さてここまで言えば頻繁な視点移動が良くない理由も分って来たと思います。
当然例外もあります。
私は作品の中であえて台詞の度に視点移動をさせたことがあります。
これはわざとです。
恋愛もので言葉を発せない気まずい雰囲気の中、お互いが違う理由で黙っている主人公ペアの心の内を書きました。
これも計算したからです。
面白かろう、と思ったからです。
主人公が場面にいる以上、視点を外すわけには行きません。
ですが、わざと視点を外すことで得られる何かが没頭感に勝れば、それは良いのだと考えました。
そんなこと言ったって視点移動したいんだ!
それもわかります。
まずは視点を変える事で発生するデメリットとメリットを天秤にかけてください。
視点を移すことで何をしたいのか。
どんな効果があるのか。
それでもメリットが勝ると言うのならば、逆に躊躇せず、視点を変えましょう。
そんな時は読者に違和感なく視点移動させてください。そして最後には必ず元に戻してあげてください。
視点が主人公以外に移ったまま場面が終わると、次の場面でも視点を引きずる可能性が高いです。
視点移動のコツは主語をキチンと書くこと。
誰の視点だ、という事を明確にしないと、読者は混乱します。
んなもん読んでりゃ分かるだろ!
仰りたいことは分りますが、どんなに素晴らしい文章や面白おかしい文章でも、読者が分らなければ、それは「独りよがり」という物ではありませんか?
作品を読んでもらいたいから、わかって欲しいから、書いているのでは、ありませんか?
その他のコツですが、視点移動する際には第三者視点の地の文を挟む、段落を分ける、などするとスムーズに切り替わりやすいです。
シーソーの様にあっちへこっちへと視点が移動するのは、混乱します。
ヘタすると酔います。
それに誰を追ってよいのか分らなくなるんです。
心の内を描かないのであれば、視点は移動するのは止めましょう。
当然、共感度も低くなっていきます。
登場人物の誰に共感してもらいたいのか。
これを常に頭の隅っこに入れておいてください。
公募に当たっては、編集者は必ず視点の乱れを見るといわれています。
読者を意識して書いているか。視点を見れば大体わかるんです。
売れる本、すなわち共感を得やすい作品を選んでいくんです。
だって彼らは本が売れないと生活できない訳ですから。
そして作者の腕前も。
例外もあります。
そんなものを吹き飛ばしてしまう程のパワーのある作品は、別格です。
天才とか
文章はメタメタ、でもアイディアや話の展開は別格。あるいは神。
そんな方々もいるんです。
読みやすいということ。
これは絶対的な正義です。
視点にこだわる事は、非常に地味で些細で大変な事です。
修験者のように辛く孤独な物です。
ですが、ボディーブロウの様に、着実に効いてくるものなのです。
最後に間違いやすい例をあげます。
他人がする動作は「〜する」で良いのですが、他者が視点者に何か動作をする場合は「〜してくる」と書きましょう。
他者が手を差し伸べる場合は「手を差し伸べてくる」なんです。
この言葉だけで頭に浮かぶ景色が変わります。視点者目線に変わる筈です。
ざざざざっと書いたので誤字脱字君はご容赦ください。
正解でもないけど間違っているわけでもない内容だと思っております。
だって正解は沢山あるんだもの。
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