第21話 黒い思惑
猫神さまの世界 第21話
「いい加減に放しなさい!」
その手に平手を食らった男が、自分の手を引っ込める。
シャロンは、自分のおしりを触ってきた男を冷たい目で見下げると、そのまま受付へと離れていく。
痛い手を振りながら、愛想笑いでシャロンを見送り、側にいた仲間の声に自分を取り戻した。
「オーバンス様、大丈夫ですか?」
「……またフラれてしまったか」
「どうします? あの女、攫いますか?」
物騒なことを話している仲間に、先ほどシャロンに向けたのとは違う笑みを向けてその提案を止める。
「ダメダメ、ああいう女は強気でいっても落ちはしないよ」
オーバンス・ハロルド。
ハロルド辺境伯の三男で、ミスリル級の冒険者をしておりジライアス商会という商会を運営している。
ただ、商会運営は最近、グリフィン商会に押されて赤字続き。
さらに、冒険者活動も仲間が優秀でなれたミスリル級だったため貴族の子供によくある自分では何もできない残念な貴族の三男となってしまった。
……今年で三十、今だ独身であった。
未練があるのか受付に並ぶシャロンを見ていると、見慣れない獣人がシャロンに近づいて親しげに挨拶をしている。
「なあ、あの獣人は誰だ?」
声をかけられた仲間たちが、受付でシャロンと話をしている獣人を目にする。
「誰でしょうね……」
「あ、俺知ってますよ。
確かコテツっていう猫獣人で、シャロンさんやシェーラさんとよくパーティーを組んでこの運搬ギルドで仕事していますね」
「ほぉ~、でもう長いのか?」
「いえ、確かギルド登録して二週間ってところだと思います」
「………あいつ邪魔だな……」
その言葉に、周りの仲間たちは笑みを浮かべる。
美人を独占する奴は、どんな奴であろうと恨まれるのだ。
「一度、痛い目に合わせて近づくなって忠告ですか?」
「う~ん、それだと女たちが心配してますますくっつかないか?」
「では、どうします?」
オーバンスは、コテツを見ながら考えているとあるアイディアがひらめく。
「そうだ、あの獣人を奴隷にしてリーマ様に送るのはどうだ?」
オーバンスのアイディアを聞いた周りの仲間が、全員焦りだす。
「オ、オーバンス様、それはいくら何でもやりすぎじゃないですか?」
「そうですよ、たかだか美人と親しいだけでそれは……」
「冷静に、ね? オーバンス様、冷静になりましょう」
「何を焦っているんだ? リーマ様に問題でもあるのか?」
リーマ様。
本名、リーマ・ルベリデール。ルベリデール侯爵の長女である。
年齢がオーバンスと同じ三十という歳でありながら、未だに独身。
容姿や作法など、完ぺきにこなす一方、彼女には黒い噂があった。
そのことが結婚にも影響を及ぼし、今だ独身となっているのだ。
それは、異常なまでの獣人へのこだわりである。
元来、貴族たちは獣人を蔑んでいる。
それは教育でというより親の獣人への接し方を見て育ったためである。
自分たちの親が獣人を蔑み、人たちより下に見て接しているためいつの間にか貴族の子供たちも獣人を下に見るようになるのだ。
ところが、リーマ・ルベリデールは違ったのだ。
異常なほど獣人を可愛がるという。
特に可愛い獣人ほど可愛がり最後には殺してしまうのだとか。
そんな噂がまことしやかに知られていた。
何故かわいがって殺してしまうのか分からないが、そんな噂が流れるほど貴族としてはおかしかったのだろう。
「噂は噂にすぎん。リーマ様は王都に滞在され侯爵の長女として王族方にも顔が利く。
うまく取り入れば、お前たちの立場も上がるぞ?」
「……いいかもしれませんね」
「俺たちの幸せのために、あの獣人には犠牲になってもらうんですね?」
「そういうことだ」
「でも、どうやってあの獣人を奴隷に落とすんですか?」
「三日前、新しいダンジョンがこの辺りに発見されただろう?」
「ええ、今冒険者ギルドで噂になってるダンジョンですよね?」
「あの獣人を一緒に、そのダンジョンに連れていく」
「奴は運搬ギルドの………なるほど、荷物持ちですか」
「そうだ、運搬ギルドで何人か雇う内の一人として連れていくんだ」
オーバンスは、嫌らしい笑みをしていた。
▽ ▽
町の近くで新しいダンジョンが発見された。
このダンジョン攻略のため、冒険者たちはこぞって挑戦している。
さらに、ダンジョンで出た魔物の素材などを外に持ち出すために、ここ運搬ギルドでも荷物持ちの依頼として数多く出ていた。
特に高ランク冒険者のパーティーは自前の魔法鞄では限界があるため、運搬ギルドを利用して人を雇っていたのだ。
そして今回、指名依頼としてコテツに依頼が来た。
「コテツ君、どうします?
断ることもできますけど、結構報酬もいいですし、依頼してきたパーティーも信頼のおけるパーティーだと冒険者ギルドでも保障されています」
運搬ギルドの受付嬢さんが薦めてくれる。
僕は、隣にいるシャロンさんとシェーラさんに相談してみる。
「僕に指名依頼って初めてですけど、大丈夫ですか?」
「そうねぇ、私はいい経験になると思うけど?」
「私も、賛成するよ。
いっしょに行く運搬ギルドのメンバーも信頼のおける人たちだしね」
僕は少し迷ったが、これも経験だと割り切って受けることにした。
それに、初めてのダンジョンも秘かに楽しみにしていた。
「がんばってね、コテツ君」
「わからないことは、先輩に聞くこと。いいね?」
「はい、分かりました」
こうして、僕は初めてのダンジョンに出発した。
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