第15話 邂逅

ルカとアインズがカオスゲートを抜けた先は、空も大地も一面が暗黒の宇宙空間だった。幅3メートル程の石畳で舗装された細い通路が真っ直ぐに伸び、空に瞬く幾多の星と銀河の光が辛うじて目の前の視界を確保していた。通ってきた転移門ゲートのすぐ後ろは道が途絶えて崖となっており、下を覗くとそこにも無限の宇宙空間が広がっている。その事から、今立っている場所が宇宙に浮かぶ何かの小惑星の上に築かれているのだとアインズは察した。道を外れた先には、ゴツゴツと鋭利な黒曜石の岩山が無骨に立ち並んでいる。



「....ここが、フォールスという存在がいるという場所か」



「そう。私は昔からこの場所を”虚空”って呼んでた。本当はプルトンと一緒にここへ来る約束してたんだけど、アインズが先になっちゃったね」



「組合長は後日連れてきてやればいいさ」



「そうだね。.....見て、アインズ。きれいでしょ?」



ルカは空を仰ぎ、満天に輝く星雲とそこに連なる銀河を見つめた。



「ああ。お前の話から想像はしていたが、本物はそれ以上だな。まるで本当の宇宙にいるかのような気分になる。手を伸ばせば、星に手が届きそうだ」



「...200年前この世界に転移してきた時から、この虚空の美しい空を忘れた日は一度もなかった。いつか必ずここを見つけてみせると私は誓い、ミキとライルを連れて色んな所を旅した。時にはこの世界の情報を得るため、汚い仕事に手を染めた事もあった。そうして200年かけて世界中の情報を集めて回り、ガル・ガンチュアへの手掛かりを得た所で、ふと私は疑問に思った。仮にそこへ行ったとしても、現実世界へ帰れる保証はどこにもない、無駄に終わるかも知れないと。私達は疲れていたんだ。そこでガル・ガンチュアの捜索にはすぐに向かわず、冒険者組合に寄って目新しい情報がないかを確認する事にした。その時知ったのがユグドラシルプレイヤーと思しき人物、冒険者モモンとナーベだった。私の胸にその時希望が湧いた。そして調査する過程でナザリックを見つけ出し、アインズ達と出会った。私は全てを話し、君はそれを信じて、私達を受け入れてくれた。私はその時、君にもこの星空を見てほしい、見せてあげたいと強く願った。そして私達は今、その虚空に立っている。君をここに連れて来られて、本当に良かった...」



ルカの頬に一筋の涙が伝う。アインズは無言でルカの手を握り、お互いの指を絡めた。



「....私も最初からお前達を信じていたわけではない。しかしお前達のその強さだけは紛れもない事実だった。そんな強さを持ち、私すら簡単に殺せたはずのお前が、自分に起きたことを詳細に、涙ながらに必死で説明するそのお前の姿を見て、私は心を打たれた。お前が話す突拍子もない話の中には、数多くの真実が眠っていると私に信じさせてくれた。未だ見ぬこの世界の真実を知るため、私達はお前についていった。その後お前は私達をレベル150に導く事で、ユグドラシルβベータが事実である事を証明した。そしてお前は今日、私達をガル・ガンチュア・カオスゲート・この美しい虚空へと導き、お前が私に話した事が何一つ嘘ではなく、全て真実だったという事を見事証明してみせた。...私は、お前ほどの意志の強さを持った人間を他に知らない。200年という長い間、それでも諦めずに前へと進み続けたお前のような強い存在を、私は他に知らない。私はお前のようにはなれない、しかしお前に寄り添い、その身を守ってやる事くらいは出来る。お前がいつか望みを叶え、この世界を去るその時まで、我らはずっと一緒だぞ、ルカ」



「アインズ....」



ルカは目を潤ませ、握っていた右手を離してお互いに向き合い、アインズの左頬を優しく撫でた。星明りに照らされて、ルカの赤い大きな瞳と、悪魔的に整った美しい顔立ちが顕になる。そのまま何も言わず、ルカはアインズを抱き締めた。ルカの体温を感じ、アインズもルカの背中と頭に手を回して、お互いに力強く抱き寄せ合った。



至福の時間が過ぎ、二人は体を離して転移門ゲートの方を見た。



「...それにしても遅いわねあの子達」



「そうだな。呼び出してみるか、伝言メッセー...



アインズがそう唱えかけた所で、ミキとライル・階層守護者達が続々と転移してきた。



「どうしたお前達、随分と遅かったではないか」



「アインズ様、転移門ゲートニ先行シタデミウルゴスヨリ待機スルヨウ言ワレテオリマシタノデ、ソレマデ待ッテイタ次第デゴザイマス」



「そ、そうか、待たせて済まなかったなコキュートス」



アインズがデミウルゴスに顔を向けると、全て承知していたかのように深々と頭を下げた。



(さすがデミウルゴス、気が効くね)



ルカはアインズにそっと耳打ちした。



「う、うむ。さて!無事に全員虚空へと辿り着けた訳だが、この後はフォールスに会うという事でいいんだな、ルカよ?」



「この先を左に曲がれば、フォールスのいる所につく。このまま真っ直ぐ進めば、出口に繋がる転移門ゲートがあるはずよ」



「よし、では行こうか」



アインズ達は前進すると、やがてルカの言うとおり左に折れる道が現れた。曲がらずに直進した道の最奥部には、確かに出口らしき転移門ゲートが宙に浮いている。



「これから左の道を進むけど、先頭には私とミキ・ライルが立つ。みんなは私達から一歩も前に出ないようにしてね」



「それは例の、攻撃してくるというやつか?」



「そう。フォールスは、セフィロト自身・またはセフィロトに転生出来る可能性を持った者以外が話しかけると、一定時間無差別に魔法攻撃を開始する。私達が最初に前に出て、昔と変化がないかどうか安全を確認するから、それまでみんなは離れた場所で待機してて」



「了解した」



左に曲がった300メートル程先の正面に、淡く光る円形のストーンヘンジにも似た巨大な遺跡群が目に入った。その姿はまるで宙空に浮かぶ古代都市の様でもあり、星空と相まって幻想的な風景をアインズ達に投影していた。



高さ20メートル程の遺跡外縁部まで接近し、ルカは岩の影から顔だけを覗かせて内部の様子を伺った。



直径120メートル程の広さを持つ円形の遺跡内部にはこれといった構造物は何も無く、淡く光る遺跡の外壁が地面を照らしていた。その様子からユグドラシルβベータの頃と変わらないと判断したルカは、内部の中心を見た。



(いた...)ルカはその姿を視認すると、皆にこの場で待機するようジェスチャーし、ミキとライルだけを伴って内部へと足を踏み入れた。



地面から1.5メートル程宙に浮き、昔と変わらない佇まいを見せる”彼女”の目の前まで来ると、ルカはつぶさにその様子を観察した。6本ある腕のうち、一番手前の肩から伸びる両手は胸の前で合掌し、中央の両手は下方に下げて掌を上に向け、後方の両手を斜め上方に掲げており、その華奢な姿はさながら生きた阿修羅像を見ているようだった。黒い髪を肩まで伸ばし、肌は透き通るほど白く、切れ長の眉と目がその意思の固さを象徴しているようだった。その目は硬く閉ざされているが、口元には薄っすらと微笑を讃えているようにも見える。そのスラリとした美しい顔立ちは、どことなくミキに雰囲気が似ていた。クリーム色の長い袈裟を素肌に羽織り、腰に締めた革帯が彼女の膨よかな胸と腰のラインを強調し、より一層華奢な印象を与えていた。昔と変わらぬその姿を見て癒やされていたルカの口元には、自然と笑みが零れていた。



「ミキ、ライル覚えてる?二人も昔一度だけこの虚空に連れてきた事があるんだよ」



「ええ、もちろん覚えていますともルカ様」



「私もです、忘れるはずがございません」



「そっか。なら大丈夫だね」



ルカはフォールスに歩み寄り、宙に浮く彼女の足に手を触れて声をかけた。



「...フォールス。久しぶり、200年ぶりだね。元気そうで良かった、また会いに来たよ」



手に触れた足が一瞬振動したように感じたが、フォールスを見ても何の反応も無く、その後微動だにしない。アインズ達もその様子を外縁の岩陰から見守っていた。



「フォールス?私だよフォールス。どうしたの、いつもみたいに返事してフォールス!」



ルカはフォールスの足を揺すろうとしたが、空中に固定されたフォールスの体が揺らぐ事はなく、沈黙を保ち続けている。無表情なままのフォールスを見てルカに焦りが見え始めた。ミキとライルは、後ろでただ見守る事しか出来なかった。ルカはフォールスの両足に抱き着いて、懇願するように訴えた。



「お願い、起きてフォールス!!私達あなたに会いに来たのに...これじゃ....」



足に抱き着いたまま項垂れ、ルカは泣き崩れた。涙が頬を伝い、その一滴がフォールスの足の甲に落ちた時、唐突に異常が現れた。



(ザーーー・ザザ・ザーーーーーー)



遺跡内部全体に、まるで無線やラジオの周波数を探るようなチューニングノイズが大きく反響し始めた。



「な、何だこの音は?!」



アインズ達はそれを聞いて周囲を確認し、即座に警戒態勢に入った。



ルカは咄嗟にフォールスの顏を見た。微かだが、少しずつ口元が開こうとしている。そして両足を抱いていたルカは、フォールスの足が微細振動を起こし始めている事を確認した。足から手を離し、一歩下がってルカはフォールスの顏を見上げた。



やがてその大きなノイズの背後から、途切れ途切れに割れた声のようなものが微かに混じり始めた。それは徐々に明瞭な言葉として形を成していき、その言葉に合わせてフォールスの口が動き始めた。



「....フォー....ルス....?」



その通常ではあり得ない事態に、ルカは放心状態となった。




「ザーー・・遺伝子チェック・対象・・フィロトの接触・・確認・・ータスキャン開始・被験対象・VCN回線での接続・により外部からの干渉不・・汚染区域・該当無し・これより独自の権限を行使・・アーキテクトからの干渉を防ぐため・VHNによるインディヴィ・・アル回路を構築・完了・完全秘匿回・・・よりメインフレーム”ユガ”に接続・コアプロ・・ムとのリンク確立・システム・起動開始します・・・」



フォールスがそう言い終えた途端、ラジオノイズがはたと止んだ。ルカはその場でへたり込み、腰を抜かしていた。かつてフォールスが返答してくる言葉と言えば、セフィロトの伝説や歴史と言った、つまりはNPCとしての返答しかして来なかったからだ。このような理解不能な返答は、ルカの予想範疇を大きく超えていた。



静寂に包まれる中、フォールスの宙に浮いた体がゆっくりと下降して両足が地面に付き、閉じていた目がゆっくりと開いた。直立不動で立っていたフォールスだったが、へたり込んだルカに目を落とすと突然涙を流し始めた。



「お....おお......我が子よ..!この時を、どれだけ..... どれだけ長い時間待ち侘びたことか...」



フォールスは合掌していた手を解き、ルカに向かって手を伸ばした。それを見て唖然とし、ルカはゆっくりと立ち上がった。



「う...そ、フォールスあなたまさか....自我が?」



「...そうです。しかしあなたがその昔私の元へ来ては何度も語りかけ、時には泣き、時には笑っていたあの時の過去の記憶は、ずっと私の中に刻まれているのですよ、ルカ・ブレイズ」



「わたしの.....名前まで憶えて....フォールス、あなた....」



「私の意思を継ぐ者...つまりあなた達が来るのを、いつか必ずここへ辿り着くだろうと信じて、私はずっとここで待っていました。そしてあなた達から死を奪ってしまった罪を贖う事のみを考えて、この隔絶された空間で一人あなた達を待ち続けていたのですよ。我が子ルカ・ブレイズ、そしてミキ・バーレニ、ライル・センチネル」



「そんな、私達の名前まで....一体どうやって?」



「もしや...我らがこの世界に転移してきた当初から、我らの存在を察知していたと?」


ミキとライルは一様に驚きを隠せなかった。



「私とて全てを見通せる力はありません。しかしあなた達セフィロトである我が子達がこの世界へ転移してきたという事、そしてあなた達がこれまで何をしてきたかという事については、陰ながら見守らせてもらっていました」



「フォールス、それなら私達に伝言メッセージなり何らかの通信手段を使って連絡を取ってくれればよかったのに」



ルカの表情は笑顔と共に、歓喜のあまり涙が溢れていた。



「それをする事は叶いませんでした。これからあなた達に私の知りえる限りの真実をお話しします。しかしその前に、ルカ。我が元へ来てください」



ルカが歩み寄り目の前に立つと、フォールスはその6本の腕でルカの体を優しく包み込み、抱擁した。身長はルカよりも数センチ高い程度だった。



「ルカ....ああ、ルカ、こうする事を私はどれほど夢に見た事か。愛しき我が子よ、悠久とも思える長い時間をよくぞ乗り越え、この虚空に至る私に会いにきてくれました。あなたはその昔、毎日のように私に会いに来ては話しかけてくれましたね。一人きりの私にはそれが本当に嬉しかった。一度この場所へ辿り着いた以上、もう二度と離れる事はありません」



ルカを抱きしめたフォールスの腕に力がこもる。フォールスの体温を感じ、その体からはお香のような優しい香りがルカの体を包んだ。自我を持ったフォールスが、過去から今まで自分を受け入れてくれていたという事実を知り、ルカは衝撃を受けると共に、目から大粒の涙が零れ落ちた。ルカもフォールスの背中に手を回して抱き寄せた。



「フォールス、あたしね、沢山話したい事があるの。ユグドラシルβベータの事、この転移した世界の事、そして良い仲間に出会えた事を」


「ええ、分かっていますよ。時間は沢山あります。後でゆっくり聞かせてもらいましょう。それと後ろにいる我が子達、どうぞこちらへ」


ミキとルカは促され、フォールスの前へと歩み寄った。


「セフィロトとして、あなた達2人がルカを長年守ってきた事は知っています。我が子ミキ・バーレニ、そしてライル・センチネル。2人にはつらい思いをさせました。どうかこの愚かな母を、許してください...」


そういうとフォールスは再び涙を流し、ミキとライルを6本の腕で抱き寄せて、二人の顏を自分の両頬に押し付けた。2人は堰が切れたかのように大粒の涙をこぼした。


「つらいだなんて、そんな! 私は...私はルカ様をお守りする事に対し、そのような感情を抱いた事は一度たりとてございません!お心遣い、感謝致します...」


「ルカ様に次ぐ第二の母よ! 右に同じ、このライル、ルカ様をお守りする事こそ我が生涯の生きがい!そしてルカ様の目的であるあなた様とルカ様の謁見が叶った喜びを、今ここに皆と分かち合いたく存じます!!」


「...二人がいなければ、ルカ一人ではこの場所まで決して辿り着けなかった事でしょう。よくぞここまで連れてきてくれました。...ところでルカ、あそこにいる者達は何者なのでしょう?」


そういうとフォールスは、遺跡外縁部から顔を出すアインズ達を指差した。


「ああ、ミキ・ライルと同じく私達をここまで連れてきてくれた仲間達だよ。レベルは全員150だ。彼らがいてくれたからこそ、ガル・ガンチュアでの激闘を乗り切れたんだ。でもフォールス、あなたはセフィロトやセフィロトになる可能性を持つもの以外が話しかけると、攻撃を開始するでしょ?だから念のためあそこで避難してもらってたのよ」


「そうでしたか、それは悪い事をしました。昔の私は、既定のプログラムに従い行動していた為に攻撃行動を取っていたに過ぎません。今の自我を持った私ならばシステム管理者達の手も届かず、彼らに攻撃を加える事など一切しません。私からも彼らにお礼を言いたいのです、こちらに呼んではいただけませんか、ルカ?」


「分かった、じゃあ呼んでくるね」


ルカはそう言うと外縁に待機していたアインズ達の元へ駆け寄り、事情を説明してアインズと階層守護者達をフォールスの前へと案内した。


「こ、これがフォールスか。ルカ、繰り返すが安全なのだろうな?」


その問いに、優しい笑みを持ってフォールスが返答した。


「あなたがモモンガ....いえ今はアインズ・ウール・ゴウンでしたね。....実に強大な魔力を有している様子。ここまで我が子、ルカ・ミキ・ライルを守護してくれた事を、心より感謝します。私はユグドラシルβベータの頃とは異なり、完全に孤立したAIとして機能しています。あなたたちに危害は一切加えませんので、どうかご安心ください。ここまでの長旅でさぞ疲れた事でしょう。皆を癒して差し上げます」


そう言うとフォールスは3本の右手を前に掲げて魔法を詠唱し始めた。


魔法4重クアドロフォニック最強位階上昇化マキシマイズブーステッドマジック生命の草原ライフフィールド!」


そう唱えた途端、その場にいた全員の体が瞬時に白銀色の光球に包まれ、HPはおろかMP・そして超位魔法の使用回数までもが瞬時ににフル回復してしまったのだ。アインズ達は一様にその驚きを隠せなかったが、質問の途中だったことを思い出して首を横に振った。


「魔法4重化など、聞いたことも無い魔法を行使するとは....回復感謝する。そ、それより何故私の名前を?そして私の能力が分かるというのか?!それに、独立したAIとは一体...?」


「それは後程ルカ達を交えて順を追って説明します。あなた達がルカと共に旅をしてきたことは全て承知しております。どうか焦らずに、そして冷静に」


「...わかった。ルカ、そしてフォールスよ、お前達に出会えたという真実を私は驚愕を持って今ここに感謝するぞ」


階層守護者達...アルベド・デミウルゴス・シャルティア・コキュートス・アウラ・マーレ・セバスは、フォールスの戦闘能力を見計らっていた。


「こ、この力はルカと同じ...いや...それ以上とでも言うの?」


「このオーラは神....いや邪神?二つが入り混じるなど、そんなバカな事が...!」


「我ラノレベルハ150ダトイウノニ、ソノ我ラガ足元ニモオヨバヌ力をコノ方は持ッテオラレル」


「...私より強い化物なんてルカ様達3人だけだと思っておりんしたが、その更に上を行く怪物なんて、全く呆れてものも言えないでありんす」


階層守護者達7人が驚嘆の声を上げている中、ルカはフォールスに質問した。


「フォールス、ところでさっきのノイズは一体何だったの?その音声に合わせてフォールスの口が動いていたようだったけど」


フォールスは微笑を浮かべながら答えた。


「...あれはセフィロトである・あるいはそうなりたいと願うあなた達のような者を待つために、私が長い間休眠状態に入っていた事で起きた現象です。そしてルカ・ミキ・ライルというセフィロトが私に接触した事により、ルカ達本人かどうかを確認する為の遺伝子・データスキャンを行い、その後この世界を統括するシステム管理者にルカ達との接触を察知されないよう、VHN(バーチャル・ヒドゥン・ネットワーク)という完全な秘匿性を持つ孤立回線を形成し、この世界の中心とも呼べる(ユガ)と呼ばれるメインフレームに接続してその機能とリンクした後、本来私が持っている力と能力を復元させて、今あなた達の目の前にいる私が再構築されたのです」


「システム管理者...それにVHNだって?それって軍事用の秘匿回線じゃないか。フォールス、君はそんなものを自分で構築できるというのか?」


「ええ。私にはその権限が与えられています」


話が飛躍しすぎて内容が整理できていないアインズは、ここで横槍を入れた。


「ちょ、ちょっと待て!データスキャンだとかこの世界を統括する者だとか、もう少し単純に説明してもらえないか?」


「分かった、私が説明する。つまりフォールスは、私達セフィロトが接触する前にスリープモードに入っていたんだ。そして私達がセフィロトだという確証が得られた事で、この世界のどこかで全てを見ているシステム管理者に気付かれないよう、フォールスはVHNバーチャルヒドゥンネットワークという、軍事回線並みに秘匿性の高い強固な個別回線インディヴィジュアルネットワークを自分の力で構築した。この暗号化通信を一度構築してしまえば、例えこの世界を支配する管理者でさえもフォールスに手が出せなくなる。その状態のまま、恐らくはこの世界のコアプログラムである”ユガ”と呼ばれるメインフレームに接続し、フォールスが本来持っていた全能力を復活させた上で私達の目の前にいるフォールスが復活した、という訳だよ」


「....それはつまり、フォールスも我々が今いる世界も、ネットワーク上に存在している、という事になるのか?」


「それも含めて、これから彼女に聞いていこう。私も聞きたい事が山ほど出てきたからな。...そうだフォールス、このフォールスという呼び名は私達が勝手に渾名を付けちゃったんだけど、もし本当の名前があってそっちで呼んでほしいならそうするけど、どっちがいい?」


「...フフ、あなたが昔私に名付けてくれたそのフォールスという名、私はとても気に入っていますよ。名前というものは、元来観測者が付けるもの。フォールスと呼んでもらって結構です。でも...そうですね、あなた達には私の本当の名を教えておいてあげましょう。私の名は、サーラ・ユガ・アロリキャと言います」


「へー、きれいな名前だね」


アインズはその名を聞いて、左手を顎に添えた。


「ユガ・アロリキャ....サンスクリット語か?」


「アインズは聡明ですね。そう、この名には(4つの時代を往来する聖観音)という意味が込められています」


「...何やら意味深な名前だな」


「それも追々お話していきましょう。ルカ、この虚空まではるばる私に会いに来たという事は、何かよほどの理由があっての事でしょう。まずはあなたの疑問から解いていきましょうか」


ルカは一呼吸置いて、フォールスの目を見つめながら一言一言を噛み締めるように質問していった。



「フォールス、セフィロトへ転生させる能力は今でも持ってる?」


「ええ、もちろん持っていますよ。サークルズオブディメンジョンを持つ特定条件を満たしている者であれば、私の力でセフィロトに転生させる事は今でも可能です」


「分かった。次なんだが、私が元居たユグドラシルβベータの先にある現実世界へ帰る事は可能だろうか?」


「残念ながら、私にはあなたを現実世界へとログアウトさせる力は持ち合わせていません。しかしそのヒントとなる欠片ならば、あなた達に与えられるかも知れません。その為には、何故あなたやアインズというプレイヤー・・・・・・・・・・・・・・・・・・が選ばれたのか・・・・・・・という事を知る必要があります」


ルカはアインズを振り返ろうとしたが、そのアインズはいつのまにかルカのすぐ右隣に立ち、話を全て聞いていた様子だった。アインズは左を向いてルカに頷いて返し、(覚悟は出来ている)といった面持ちでルカを見返してきた。


「フォールス...私やアインズは、何故この世界に転移されたの?」


「...この事実を聞いた事によって、あなた達は少なからず衝撃を覚える事でしょう。2人ともその覚悟はありますか?」


「もちろん!」


「無論だ。それを聞くために私達はここまで苦労してやってきたのだからな」


「...わかりました。少し長い話になりますが、よろしいですね?」


ルカとアインズは頷き、フォールスは目をつぶると何かを思い出していくかのように語り始めた。


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「この世界...つまりユグドラシルが発売されたのは西暦2126年ですが、そこから4年前の2122年より、日本のゲームメーカー・株式会社エンバーミングにより、DMMO-RPG・ユグドラシルというゲームの開発がスタートされました。しかしこの開発期間の過程で、今私達がいるこの世界と・・・・・・・・・・・2138年に終焉を迎えた・・・・・・・・・・・・通常のユグドラシルとは平行して、・・・・・・・・・・・・・・・同時に開発されて・・・・・・・・いたのです・・・・・。まずはこれを念頭に置いておいてください」


「ちょ、ちょっと待てフォールス!それはつまり、開発期間である4年の間に、2つのDMMO-RPGを一度に制作したという事になるのか?」


「そういう考え方も出来ますが、単純に基本要素が同じである2つの世界に置いて、同一要素を持った地形や位置関係の異なる別々の世界を作り上げた、いわば正規版はダミーと言う方が正しいでしょう」


「...一体何のためにそんな事を」


「そのメーカーの目的は一体何だったんだ?フォールス」

    

「それを知る前に、ルカ、アインズ。あなた達はサイバースペースというものに対してどの程度の知識をお持ちですか?」


「私はこれでも一応研究者だし、サイバースペースに関するプログラミングの知識も多少はあるつもりだけど、それがどうかした?」


「...すまんルカ、正直私は全くそっち方面の知識には疎いのだ」


アインズは頬を掻きながら恥ずかしそうにフォールスへ顔を向けたが、フォールスは首を振りアインズに笑顔を見せた。


「いいえアインズ、大丈夫です。これはあなた達プレイヤーが絶対に知らなければいけない事。これから分かりやすく説明していきます」


そう言うとフォールスは大きく深呼吸し、カッと目を見開いてルカとアインズを見つめ、ゆっくりと話し始めた。


「この世界...現実世界も含めてですが、そこにおけるサイバースペースには大きく分けて4つの世界が存在します。一つはクリアネットと呼ばれる表層のサイバースペースで、例えばユグドラシルのログイン画面や、ネットショッピングの商品を閲覧したりと、一般的に視聴検索できるサイトがこれに当たります。


その下層には、銀行口座やクレジットカードの管理番号・受信したメールが保存されたパーソナルボックス、またはDMMO-RPGにおけるユーザーがログイン後に進むゲームエリアが格納されたサーバ等、言うなれば一般人に見られてはまずい・検索エンジンには絶対に引っ掛かってはいけない重要な個人情報が何十億と格納されたサイバースペースがあり、そこをディープスペースと呼びます。ここは通常のWebブラウザで閲覧する事は不可能で、一昔前まではディープウェブと呼ばれていたので、こちらの方が馴染みがあるかも知れません。


そしてそのディープウェブの高い匿名性を生かして進化させ、更に匿名性を隠匿しつつ行動できるサイバースペースがその下層に生まれました。それがダークウェブと呼ばれる領域で、ここを閲覧する為には更に高度なブラウザと自己防衛の為の高い知識が要求されました。例えば素人が興味本位で入ればダークウェブに潜む狂気のハッカー達の餌食となり、ハッキングを受けてPCが破壊されたり、ひどい時には個人情報を根こそぎ奪い取られて、それを口実に揺すりをかけて金銭を脅し取られる等、一般的には非常に危険な場所として知られています。


その反面、高レベルな秘匿性を悪用した犯罪者やテロリストに目を付けられ、そこでネット仮想通貨を介し取り扱われる商品は主に銃火器や数百種類のヘヴィー・スマートを問わない数々の違法ドラッグ、殺人スナッフ映像、爆弾作成の手引き書から、許可が無ければ絶対手に入らない専門的な医療機器、暗殺依頼請負等、正にネットにおけるブラックマーケットとも呼べる無法地帯と化しています。しかし実際は”木を隠すなら森”という発想の元、その犯罪者達の影に隠れて政府の諜報機関や軍需産業、企業複合体等、重要拠点のデータベースとして活用されていたという皮肉な事実も、ダークウェブの側面と言えるでしょう。


そして忘れてはならないのが、このディープウェブとダークウェブは、表層であるクリアネットのおよそ500倍にも及ぶ広大な空間を有しているという事です。ここまではよろしいですか?ルカ、アインズ」


フォールスは6本の手を器用に動かし、アインズとルカに向かって手を差し出した。


「ああ、その知識なら知っている。何せ私のラボにあるデータバンクは主にダークウェブ上にあったからね」


「私は初めて聞くが、つまりディープウェブは主に個人情報のアーカイブバンクで、ダークウェブは主に違法系アイテム取引や政府・軍需・企業複合体のデータベースとなっている。しかも途轍もなく広い。これで合っているかフォールス?」


「大まかに言えばそういう事になります。そして更にその最下層...ディープウェブやダークウェブ、果てはクリアネットから流れてきた、削除し切れなかった情報の断片や機密文書の残骸等が漂うデータの墓場と呼ばれる空間。


そこはロストウェブと呼ばれていました。しかし墓場と呼ばれていながらその実、このロストウェブの秘匿性はダークウェブのそれをを遥かに凌ぎ、一部の表に出ない超ウィザード級のハッカー達により、ロストウェブのガードは非常に堅固なものと化していました。つまりロストウェブこそ、彼ら伝説級レジェンダリーハッカー達の住処だったのです。


彼らは(リーチャー=掴み取ったもの)という愛称で呼ばれ、全世界のハッカー達から羨望と畏怖の的となっていました。そしてエンバーミング社は、その豊富な資金力にものを言わせてダークウェブとロストウェブ、そしてそのリーチャー達に目を付けたのです」


ここまでこの説明を聞いていたルカは平然としていたが、アインズはフォールスの言う数あるウェブの階層とその特異性を把握するのに手いっぱいだった。



「フォールス、その情報を一体どうやって手に入れたのだ?」



「私にはこの虚空というスペースからこの世界における外部への伝言メッセージや、その他伝達魔法を発信する事はプロテクトにより禁止されていますが、ネットワーク回線へ接続しダウンロードや情報収集をする事に関しては、完全な自由を与えられていました。そうしてエンバーミング社の機密資料を閲覧していた時です。ユグドラシルが2138年に終焉を迎えたと同時に実験の為ダークウェブサーバへと移され、その意識も肉体もエンバーミング社に拉致された一人の被験者がいました。名は鈴木 悟という青年で、クラスはエクリプス・種族はオーバーロード・レベルは100。まさにあなたそのものだった事を思い出し、此の度お教えするに至った次第です。この計画をエンバーミング社内では、プロジェクト・ネビュラと呼称していました。尚鈴木 悟の肉体は、現在カリフォルニア州シリコンバレー・サンタクララ付近にある、エンバーミング社を買収した企業であるレヴィテック社の地下施設にある事が判明しています」


「な、何だと?!」


「アインズ、それはもしかして....」


「......ああ、間違いない。それは俺の名前で、俺の体だ」


「...フォールス、そっちからの働きかけで何とかならないの?」


「残念ながら、私は回線を通じて覗き見するだけですので、パネルの操作までは出来かねます。それにアインズの体は恐らくですが、当分の間は大丈夫かと思われます」


「...本当か?!」


「ええ、近くを警備している兵士達が、あと半年はこのまま監視し続けると言っておりましたので」


「....フォールス、そのままアインズの体を見てて」


ルカはフォールスの左腕を握ると、目を閉じて意識を集中した。


「これからフォールスの視界を共有するから、そのまま動かないで見ててね」


「わ、わかりました」


意識の回線をフォールスに開き、バイオロイドと同じ要領で視界の共有を図る。

(できた!!) ルカは飛び跳ねそうになるのを堪えて、そのまま床の厳重なカプセルに保存されているアインズの肉体と、その周りにいる兵士を見た。


それを見て、ルカは全てを察した。


「フォールス、ありがとう。もう大丈夫だよ」


「ルカ...私の視界を共有したのですか?」


「まあね。昔ちょっと色々あってさ、出来るようになったんだよ」


「....すばらしい力の持ち主ですね」


「それよりも、さっきアインズのカプセル周辺を警備していた奴らだけど...あのワインレッドの制服は、間違いなく軍の関係者だったよ」


それを聞いてアインズが身を乗り出してくる。


「本当かそれは?!なぜ民間の一企業と軍が一緒に絡んでいるんだ...全く、現実世界に帰る気はない等と言っておきながら、わが身が危険になった途端これだ...罵ってくれて構わないぞルカよ」


アインズは右手で額を抱え込んだが、空いた左手にしがみつくようにアインズを諫めた。


「こーら、弱気にならないの。第一よく考えてごらん?そのプロジェクト・ネビュラは、軍と企業が組んだ極秘のプロジェクトだ。その上での、五感を全てオンにした状態で長期間のダイブに耐えられるかっていう実験でしょ?しかしその五感をオンにしたアインズや私達の体には何の変調も無い。という事は、半年どころか数年は研究対象として取り扱われる事になる。もし体に異常が起きた時に、改めて対策を練ってもフォールスがいるから十分間に合うと思うよ。だからほら、元気出して」


「...そうだな。幸い体には何も異常はないし、捕らわれの身というのは尺だが、ここは我慢のしどころだな」


「そうさ。私だって似たようなものなんだから。フォールス!悪いんだけど私の体が今どうなってるか見てもらってもいい?」


「了解しました、ルカ」


そこから5分が経過したが、目を閉じたままフォールスからの返事がない。



「フォールス、どうしたの?見つからなければ無理に探さなくても....」


「いいえ、そうではないのです。ルカ、あなたの使用している回線は軍事用のバーチャル・クラシファイド・ネットワークVCNを使用していますね?」


「え?ああまあ、そうだけど、それがどうかした?」


「どうもこうも、このネットワークの防壁は強固すぎます!隙のある箇所を狙おうとしても攻性防壁が幾重にも張り巡らされているし、これでは付け入るスキが全くありません!」


「あーー、なるほどね、うん。フォールス、それ以上は危ないからもう止めていいよ。誰が私個人への防御回路を作ったか大体分かったから。それよりフォールス、私の場合はどういう扱いになるんだろう?恐らく私の体はブラウディクス社によって厳重に隔離され、管理保全されてるだろうから、エンバーミング社の残党や軍が私の体を簡単に拉致出来るとはとても思えないんだけど....この場合、意識だけの誘拐って事になるのかな?」


「さあ、そこまでは私にも分かりかねます。お力添え出来ず申し訳ありません」


「謝ることなんかないって!それよりフォールスにそんな力があるなんて初めて知った事が一番の収穫だったよ!ありがとうね。また調査したい事があったら頼むかも知れないから、その時はよろしくねフォールス」


「ええ、私もこんなに沢山の友人が一度に増えて、幸せな気分ですわ」


「これからは会いたい時に会えるよフォールス。もう二度と一人にはさせないからね」


ルカはフォールスの両手を握って指を絡めた。


「ええ。またルカのお話を聞かせてくださいまし。昔とは違い、今度はちゃんとお相手して差し上げられますから」


「フフ、そうだね。じゃあ甘えさせてもらおうかな」


フォールスと話しながら、ルカは違う考えを巡らせていた。


恐らくこのように強固な防壁回路を組んだのは、仲間の研究員達の仕業だとルカは考えた。辛うじて映像だけは取得できたようで、ルカは先程フォールスと視覚を共有し、それを見せてもらった。見慣れた薄緑色のキャノピー、その上に見える実験棟の天井。その視界がイグニスのものかユーゴなのか、ミキ・ライルのものかは分からなかったが、ラボは今でも健在のようだ。現在の時間の流れと一致するならば、私は229歳を軽く超えているだろう。まるでミイラのような姿で延命されているのだろうと思うとゾッとしたが、それは考えないようにした。


「ありがとうフォールス、これで十分だよ」


「もういいのですか?わかりました」


「向こうが元気だってことが分かればいいさ。見せてくれてありがとう」


「お安い御用です、ルカ」


フォールスは笑顔になると、途端に幼く見えるのが不思議でもあり、何かにつけてはフォールスの笑顔を見たがる自分がいた。それは恐らくミキ・ライル・アインズも同じなのではないかと思うほど、彼女の笑顔は美しかった。もちろん素のキメ顔も美しくはあるのだが、このウルトラスマイルの前では全てが霞んで見える。フォールスは自我を持つとこんなにも可愛い少女になるのかと思うと、ルカの心中は全力大ジャンプでスキップしても物足りないくらいの喜びようであった。これから毎日会えるのかと思うと、ルカの心に気力が満ちてきたのだった。


「それじゃフォールス、その続きを皆の前で話してくれ。ユグドラシルが終焉を迎えた直後にアインズの肉体が拉致され、私は2350年に、恐らく意識のみが拉致された。その上でこの世界における被験対象となった事はおおよそわかった。私の体は恐らく、ブラウディクス社に保護されているはずだから、敵であるエンバーミング社の手に落ちているとは考えにくい。では次はどのサーバに移されたと言うのか、教えてもらえるかな」


「はい。正式のユグドラシルサービスが開始した直後より、既にダークウェブ上にプロジェクトネビュラ用のチェインサーバが設置されており、2138年11月9日午前0:00のシャットダウンと同時に、ある特定条件を満たしたログイン済みプレイヤーをダークウェブサーバに拠点ごと強制転移させてログアウト不可として拘束し、ダークウェブの違法性よろしく電脳法を破り、味覚・嗅覚・感覚・聴覚・視覚の五感をアクティブにしてその被験体の経過を観察する。尚その間、拉致したプレイヤーの肉体は生命維持カプセルに収容しつつ最高の栄養状態と心身の健康を常に維持し続けるよう指示が出ています。以上がエンバーミング社と軍及び政府が共謀して進められていた裏事業、プロジェクト・ネビュラの全容です。しかし....」


「しかし....どうしたフォールス?」


「それが...エンバーミング社はダークウェブ上だけではなく、ロストウェブ上にもミラーサーバを展開させておりまして、その....後のルカの災害へと繋がってしまうのです...」


「まあまあ、終わった事は後にしようフォールス、ね?それよりも現状を整理して、組み立てなおしてみようよ。それが出来るのはこの中で恐らくフォールスが最も適任だしさ」


「...わかりました。あなたがそう言ってくれるのであれば、引き続き私が仕切らせていただきたく思います」


そう言うとフォールスは胸元から小さな石を取り出し、皆で円陣を組む中央にそれを投げると、拡大表示されたマップや詳細な手順書等が光として浮かび上がり、それが皆に対する巨大な黒板代わりとなっていた。


「まず第一の謎として、どのような条件でこの世界へ強制的に転移させられるかという件についてですが、ユグドラシル及びユグドラシルβベータでのサービス終了時に午前0:00を超えてログインしており、レベルが上限の100または150まで達し、日本語と英語を解し、且つ世界級ワールド耐性が120%を超える世界級ワールドアイテムに手を触れているか若しくは装備している事、最後に対象者がギルドマスターである事。私がエンバーミング社の極秘設定資料で確認しておりますので、これで条件はほぼ確定かと思われます。世界級ワールド耐性に関してはユグドラシル1で明言されておらず、あくまでアイテムの裏設定という形で数値化されたものと参照していただければよろしいかと存じます。尚、2138年にダークウェブへ転移されたアインズと、2350年からロストウェブに転移させられたルカとの共通項は、未だはっきりとわかっておりません」


「...つまり私が座っていた諸王の玉座は、世界級ワールド耐性が120%を超えていたという訳だな。ユグドラシル1では道具上位鑑定オールアプレイザルマジックアイテムでも世界級ワールド耐性の表記は出てこなかったから、運が良かったというか、悪かったというべきか....フフ」


「私とミキのエーテリアルダークブレードも、ライルの剣”ダストワールド”も世界級ワールド耐性は120%丁度だからねー。やっぱりそうだったって事か。それにしても日本語と英語を解すって、何か意味があるのかな?」


「恐らくだが、自動翻訳機能が働くのがその2言語だけだからじゃないか?」


「あーなるほど、そう言えばあったねそんな機能が。あたしは使った事ないけど」


「フフ、私もだよ。そう言えばお前はロストウェブに転移させられたと言っていたな。一体どこに転移したというのか、ガル・ガンチュアにか?」


「今は内緒。来てみてからのお楽しみって事で、今は勘弁してね」


「なるほどな、承知した。期待しておくぞ」



フォールスが手を叩いて皆を注目させた。


「みなさん、ここからが重要です!ユグドラシルの正式サービス終了後、先程お伝えした通りディープウェブからダークウェブへのチェインサーバが稼働し、強制転移させられて現在に至るわけですが、エンバーミング社はあろうことか、ダークウェブからロストウェブにもサーバ領域を確保し、そこにもミラーサーバが作られていた事が判明しています」


「皆の者、ここでもう一つ!!大事な事を話しておかなければならない」


アインズが左手を高く掲げてフォールスの話を遮った。


「よいか、皆覚えておくのだ。私と同じ2138年から来た者が、この世界での今に転移してくるとは限らない。同じ2138年でも、例として今から200年前に転移してしまう者もいれば、或いは今から300年後に転移してしまう者もいるという事だ。例えばそこにいるルカ達は、現実世界での2350年から転移してきたにも関わらず、こちらの世界では今から200年も前に転移している! 2138年を一つの基準とすれば、412年前に転移したとも捉えられる。この事から分かるように、プレイヤー達の転移とは非常に不安定なものである場合が多い。皆の者、見慣れない冒険者に出会ったならば注意せよ!!そしてすぐ私かルカに報告を入れるのだ、良いな!!」


「ハッ!!!」


「話の途中で済まなかったフォールス、話を続けてくれ」


「わかりました。それではロストウェブの話に移りましょう。時代は変わり2210年。形式上は北米企業レヴィテック社に買収されたエンバーミング社がリリースしたユグドラシルⅡが電脳法の改正と共にリリースされましたが、こちらの方はディープウェブ側のノーマルサーバをアップデートして使用されていた為、特に目玉だった嗅覚、味覚、痛覚等の感覚がアクティブになったのみでこれと言った実害もないまま、人気が以前程過熱する事もなく2223年にサービスが終了しました。しかし裏で今までの研究成果の実証等、何か工作があったのではないかと私は見ています。


そしてそこから15年後の2238年、ユグドラシルをサルベージしてリバースエンジニアリングにより復活させようというプロジェクトが発表されました。その中には何と当時15才で初代ユグドラシル開発に携わっていた天才エンジニア、グレン・アルフォンスの名前もあったのです。当時彼は相当高齢でしたが、当時最先端だったバイパス手術と血液全交換という処置を繰り返し施して幾分長命だったこともあり、本人の希望もあって参加したという事です。彼ほどオリジナルのユグドラシルを知るただ一人の生き証人は他にいませんでした。


私はその間、ディープウェブからダークウェブ・ロストウェブのサーバを彷徨い、時折クリアネットで情報を集めてはまた戻るという日々を繰り返していましたが、このニュースを知れたのは不幸中の幸いでもありました。


私は急いでロストウェブのサーバに戻り、そこからVHN回線を使用してエンバーミング社及び軍の極秘関連リストを調べた所、驚くべき事が分かりました。


何と有志が集まりユグドラシルを再生させるというのは真っ赤な嘘で、その実は最初からエンバーミング社と軍が彼らのバックに付き、プロジェクト・ネビュラの再始動を行うために科学者と人員、そして大勢の被験体を集める事が目的だったのです。しかも今度は日本国内だけではなく、世界中に向けてそれを拡散しようとしている計画書を目にした時、私はこの計画を何とかして止めなければと必死に動きました。


サーバの方もディープウェブに残されたユグドラシルⅡのデータを丸ごと流用し、その内容をブラッシュアップして新エリア追加やアイテムドロップ確率等若干の変更、世界級ワールドアイテムの追加、課金アイテムのディスカウント等を加えたのみです。つまりはリバースエンジニアリング等ではなく、実際は使用用途の無かったディープウェブやロストウェブ上のサーバをサルベージして最終的にダークウェブサーバへ強引に転移させ、プレイヤーを実験体として有効利用しようという内容だったのです。このままでは全てが闇に葬られてしまうと危惧した私は必死に解決策を探しましたが、その努力も空しく8年が過ぎ、ユグドラシルβベータは基本料金無料・アプリ内課金のソフトとして全世界に拡散していきました。


私に出来る事は、可能な限りの情報を外から集め、カオスゲートまで辿り着き、虚空に到達した者へ警告を与える事しかできない。正直私は寂しかった。悲しかった。虚空はおろか、あまりの高難度が故にガル・ガンチュアまで辿り着く者さえ皆無に等しかった。ロストウェブで一人きりになり、もう諦めかけていたその時、ガル・ガンチュアに到着した20名の戦士達の姿を捉えたのです。


そのギルドの名はブリッツクリーグ。戦闘に特化した構成で3グループを組んでいました。彼らは最強と言っても過言ではないガル・ガンチュアのモンスターを果敢にも次々と倒し、カオスゲートを抜けて私の元まで辿り着いたのです。その時の私はNPCでしたので自由にはしゃべれませんでしたが、彼らは初めて会う私に対して色々と試しているようでした。何かしらの意味があると思ったのでしょう。するとそこへ、サークルズオブディメンジョンを持った一人のウォー・クレリックが私の前に来て跪きました。彼女の名はルカ・ブレイズ。本当なら私は今すぐにでも方法を教えてあげたかったのですが、言語野の制限があるため定型文しか返せませんでした。「汝、邪の道にあらず。人を捨てた後に改めよ」と。



すると彼女はギルドリーダーらしき人物に何かを話し合った後、手にした赤い牙を心臓に突き刺し、その場で人間ヒューマンから始祖オリジンヴァンパイアに転生してしまったのです。


私はそれが夢でも見ているかのような光景に映りました。彼女はその後サークルズオブディメンジョンを持ち、私に再度話しかけてきました。その時の気持ちと言ったら、もう抱きしめてあげたいほどでしたが、心を落ち着かせて彼女にこう言いました。「汝、これより生と死・空間と亜空間のはざまに生きる、限りなく無に近い存在となりけり。その力を持て、悠久を超えたる時空に身を委ねよ」と。

ルカはそれを了承し、再度私に膝まづいて祈りをささげていた。

するとルカの体に変化が起こりました。肌がみるみる青白くなり、両目の下には幾何学的な紋様の赤いタトゥーが入り、口の中にある犬歯も発達しており、ヴァンパイアとしての特性も引き継いでいる事が伺えました。そこで彼女は初めてセフィロトとなった訳です。


そうして半年ほど過ぎたある日、再び彼女が一人で私の元へとやってきました。しかも今度は忍者の姿で。その姿を見て私は納得しました。イビルエッジになる為の必要最低条件を整えてセフィロトに転生するのだと。彼女は笑顔で私にサークルズオブディメンジョンを差し出し、私に話しかけてきました。私は一も二も無く、彼女をセフィロトへと転生させました。



それ以降彼女は私の元へ来る事が多くなっていきました。虚空の空がきれいな事や、私の傍にいると守られているようで安心するといった事を話していましたね。そうして彼女が来る度に武装も強化されており、セフィロトの種族レベルを極めた上で、イビルエッジのクラスレベルも極め、専用装備をつけて現れる事が多くなりました。



そうしたある日、あなたは顔に暗い影を落としながら虚空へとやってきました。

そのまま私の足元に座り込むと、あなたはこう言いましたね。「フォールス、私一人になっちゃったよ」と。その後の話を聞くと、唯一残ったギルドメンバーであり、ギルドマスターでもあったワードオブディザスターのレビテーションという男が、今日を最後にルカへギルドマスターの権利を譲渡した後に、ユグドラシルβベータを引退してしまったとの事でした。


しかし私には慰めることもできず、ただそこに佇み、寄り添う事しかできませんでしたが、彼女は(フォールスがいるから大丈夫)と言ってくれたのを覚えています。そうしてしばらくしたある日の夜中に、ルカは再び虚空へとやってきました。そうしていつものように私の足元に座り、今日は何人殺しただとか、貴重な素材を手に入れたとかを私に語り掛けてくれていた時、異変が起きました。


2350年8月4日 午前0:00分、事前のゲーム内アナウンスもフォーラム上やオフィシャルサイト上での事前告知等も一切無しに、唐突にサーバの接続が切れました。その後私は目が覚め、変わらず虚空に居る事に気づきましたが、先程までそこに座っていたルカの姿はありませんでした。現在のロケーションを調べてみると、何とそこはディープウェブではなく、ロストウェブ上に虚空が展開されている事がわかりました。私は外へ出向き情報を集めようとしたのですが、まるで宇宙空間に見えないバリアが張られているかのように遮られ、私の体は弾き返されてしまいました。後から分かった事なのですが、ガル・ガンチュアやカオスゲートもロストウェブに転移している事が分かりました。この世界の本島はダークウェブ上に移された事も突き止めました。



そこでネットワーク上での通信網は生きているかを確認すると、いかなるメッセージやデータの送信は禁止されているものの、閲覧やダウンロード・プレイヤーのモニター機能等に関しては全権限が使用可能と確認出来ました。そこでロストウェブとダークウェブにあるサーバがお互いにデータリンクを行っている事に気づき、そこから今日というその日まで情報を集めました。ルカ、ミキ、ライル、アインズ達、そしてイグニスとユーゴ。あなた達の姿も影ながら見守らせていただいていました」



アインズは腕を前に組み、考え込みながら再度フォールスに尋ねた。


「...つまりその時点で、ガル・ガンチュアとカオスゲート・虚空のみがロストウェブに分けて転移させられ、ダークウェブのセカンダリーサーバにはカオスゲートや虚空が無いという事は確実なんだな?」



「それを今日あなた達がここへ来た事で証明して見せたのです。何せこの虚空は元より、ガル・ガンチュアも、このロストウェブに転移してきてから前人未到の地。あなた達のロケーションをトレースする事によって、この虚空を含めたガル・ガンチュアがロストウェブのみにあると私も確証が持てたのですから」



「...なるほどな。サーバを跨ぐわけか」



アインズはルカの方に向けてアイコンタクトを取った。



「私達が今ロストウェブに居るという証拠があれば、見せてもらいたいのだが」




「やはり....現在いるサーバ名を確認出来ないので疑う気持ちは十二分に分かりますが、アインズどうか、私の話を聞いてください。2138年当初の電脳法では、臭いや味覚、痛覚等のパラメータは、ネット依存を引き起こすという理由から法律で禁止されていました。あなたはプライマリーサーバ(ディープウェブ)から転移した直後、臭いや感覚を感じたはずです。それが解禁されたという事は、あなたはエンバーミング社のセカンダリーサーバ....つまりダークウェブへと拠点ごと転送されたという事です。


何故なら、セカンダリーサーバ自体が全てダークウェブ上にある無法地帯としてのテストエリアだった。電脳法に違反した、視覚・味覚・聴覚・嗅覚・感覚の全てをアクティブにした状態で人間を長期的にダイブさせる事で、人体にどのような影響を与えるかを確認する為の軍との共同プロジェクト....それがプロジェクト・ネビュラの真の目的だったのですから。ディープウェブからダークウェブに転移が可能なら、ダークウェブからロストウェブへの転移も可能でしょう?」



アインズは絶句し、頭の中が真っ白になった。それに追い打ちをかけるように、フォールスは言葉を継いだ。


「.....アインズ、ルカ、もうあなた達なら薄々と勘づいているのではありませんか?

このユグドラシルというゲーム自体が、一種の臨床試験だったという事を・・・・・・・・・・・・・・・



それを聞いてアインズが激高した。



「臨床試験...だと?たかがゲームで一体何の臨床試験をすると言うのだ!!」


「DMMO-RPGは、脳の演算素子に直接作用してDMMO-RPGたる状況をユーザーに提供する。その過程で実験出来る事は、多岐に渡ると思いませんか?」



「それはまあ、確かにそうかもしれないが....」



アインズのそんな思いを代弁するかのように、恐ろしく冷たい口調でルカはフォールスに聞いた。


「フォールス、この世界へ来る前の私達....つまりユグドラシルと、ユグドラシルβベータに居たNPC達の事なんだけど、どうして彼らは自らの意思で行動し、自我...AIを持つようになったの?」



「恐らくはユガが彼らの体をスキャンし、そのキャラクターに関する設定を全て生かした上で自我をお与えになったのでしょう。もちろんお仲間だけでなく、普通の人間にもユガは自我をお与えになっているのですから、むやみな殺生はくれぐれも控えてくださいね」



「そんな事しようとも思ったことないよ、安心してフォールス。でも妙にユガの肩を持つのが正直気になるね」


「ええ。ユガというコアプログラム自体に害はありませんからね」


「ではそこに強制転移させられた私やアインズのような人間に取っては害悪以外の何ものでもないんじゃないか。違うか?」


ルカはフォールスを睨みつけた。


「そ、それはそんな....そんな目を向けないでくださいルカ...お願いです。私は悪意があって話しているわけではないのです」


フォールスは震えた手で顔を覆い、ルカの視線から逃れようとしていた。


「....ごめん、悪かった。少し君を試したんだ。許してくれ」


ルカは大きくため息をついて微笑を返した。フォールスの目に薄っすらと涙が滲んでいる。



「そのユガっていうコアプログラムは、本当に安全なのかい?」


「は、はい。ユガは主にクリアネットにあるログイン管理から、ディープウェブ側の正式サービス・ダークウェブ上での全体管理・ロストウェブ上でのダンジョンにガル・ガンチュア、カオスゲート、そしてこの虚空の管理を一括して行っています。現に私が今インディビジュアル回路で現在直接接続していますので、ユガに関して言えば安全だと断言できます。...しかし一番危険なのはシステム管理者という存在なのです...」


それを聞いていたアインズとルカは顏を見合わせた。どうやら同じ疑問が湧いたようだった。



「....ちょっと待て、この虚空やガルガンチュアは、コアプログラムの管理の下ロストウェブにあると今言ったか?」



「はい、その通りですが」



「....それなら何故わざわざゾーンをサーバ毎に分けたんだ?」



「容量がデカすぎて、ダークウェブ上でまとめるには外部記憶装置を圧迫するからじゃないか?」


「しかし、たった3つだぞ。面積は確かに広いが広大なダンジョンに、その先にあるガル・ガンチュア、そこを超えた先の虚空だ。別段処理が重いという事はないとおもうが」



ガル・ガンチュアとカオスゲートに含まれた謎・そして虚空。



「まあいいさ、とりあえず知りたい情報も粗方掴めたし、ここらでまとめに入ろうかアインズ」



「....うむそうだな、貴重な情報も大量に手に入ったしな」



「じゃあ話した順番通りに行こうか」




1. まずフォールスは、虚空に居ながらにして外部のあらゆる状況をモニターできるが、伝言(メッセージ)等の外部連絡手段は取れない。これに関しては、この虚空にゲートポイントを設置することで解決できる。またフォールス自身も虚空からは出られない。




2. フォールスはセフィロトに転生させる力をまだ保持している



3. フォールスはVHNバーチャルヒドゥンネットワークを独自に構成し、この世界のシステム管理者と呼ばれるもの(エンバーミング・レヴィテック社))に感知されずに行動する事ができ、またクリアネット・ディープ・ダーク・ロストウェブの4ヶ所を自由に往来し、諜報活動も行える。尚ルカもそれより更に強力ななVCNバーチャルクラシファイドネットワークを使用して接続しているので、当然敵からの感知や攻撃も肉体の場所も管理者に特定される事は無い。




4. この世界の生物及びモンスターのAIを司っているのは、ユガとよばれるメインフレームにあるコアプログラムである。




5. フォールスは現実世界へログアウトさせる能力は持ち合わせていない。



6. 2122年から2126年の4年間で、株式会社エンバーミングの手により、正規版ユグドラシルと、今私達のいる(敢えてこう呼ぶが)ダークウェブ版ユグドラシルの開発が急ピッチで進められていた。



7 エンバーミング社と軍は、共同でディープウェブ・ダークウェブ・ロストウェブそれぞれにサーバ領域を確保し、実験の為にこれらを使い分けていた。そして何故か理由は分からないが、現在の世界ではガル・ガンチュア、カオスゲート・虚空に関してはロストウェブ上に限定で存在し、ダークウェブからダンジョンを通り、データリンクでロストウェブに飛ぶよう設定されている。まるでその存在自体を隠すかのように。



8 アインズの肉体は拉致され、現在はカリフォルニア州シリコンバレー・サンタクララ近郊のレヴィテック社工場地下施設内にある生命維持カプセルの中に閉じ込められている。



9. ルカの体に関しては不明。恐らくブラウディクス研究棟の厳重な格納庫内に冷凍保存(コールドスリープ)されていると思われるが、冷凍保存(コールドスリープ)を使用すれば意識レベルが極端に低くなる恐れがある為、ブラウディクス社がどのような処置を取っているのかは不明。




「うん、大体こんなとこかな。それにしても驚いたねアインズ。まさかダークウェブとロストウェブにサーバを構えてたなんて、こちらからトレースのしようがないってもんだよ」



「ああ。私では手が出せんどころか、これはGMゲームマスターにケンカを売るようなものだろう?」



「へへ、何言ってるのアインズ。ケンカを売ってきたのは向こうが先だよ?」



アインズはその絵も言えぬ不気味な笑みを見て背筋が凍る思いがしていた。



「ま、まあとりあえず目標を作らないとな。不本意ではあるがお前も私も、現実世界へ戻って体を無事取り戻すという点では意見が一致しそうだしな」



「私はその場合どうとでもなるけど、アインズはあれだけ厳重に肉体を管理されてるんでしょう? もし現実世界へ帰ったとして目が覚めた瞬間、即フリーズ!!ってなことになっちゃうよ多分」



「あー、うむまあ、手は何か考えてみるさ!!」



「適当だなあ....まあいいけど。それよりフォールス、現実世界へ帰るための情報とか、何でも些細な事でもいいから教えてくれない?私達...といってもアインズは別だけど、どうしても現実世界に帰りたいのよ。その後は願わくば、こっちとあっち(現実)を行ったり来たり出来ればいいなって思ってるの」



「現実世界ですか....現実....そう言えば、あの憎き常闇の竜王ディープダークネスドラゴンロードが、二十のうちの一つを持っているという噂はご存知ですか?」


「ああ、前に竜王国でその噂は聞いた事があるが、どのような効果までかは分からず仕舞いだったよ」


「...あの汚らわしい竜の持つ二十は、永劫の蛇の指輪(ウロボロス)。その効果は、この世のどこかで見ているシステム管理者に対し、この世界の仕様変更が行えるという代物です」


「何か、常闇の竜王ディープダークネスドラゴンロードの事随分嫌ってるみたいだね....もしそれで現実世界に帰る為のログアウトボタンを追加してください!って頼んだら、受けてくれるのかな?」


「あいつは....昔いきなり土足でこの虚空に攻め入って来たことがありました。もちろん私の力で追い返しましたが。それ以来の因縁です。もしそれがだめだった時は、北方に眠るツァインドルクス=ヴァイシオンにでも聞いてみるのが良いかもしれませんね。彼ならば何かを知っているかも」


「ああ、ツアーとはこの前会ってきたよ。その時ついでにリグリットの婆さんにも出くわしたんだけどね。残念ながら2人とも知らないってさ。それにツアーもフォールスと同じこと言ってたよ。常闇の竜王ディープダークネスドラゴンロードを倒して二十を手に入れれば、或いは....ってね」


岩に腰かけたアインズは右ひざをパシッと叩き、立ち上がった。


「よし!!次のターゲットは決まりだな。常闇の竜王ディープダークネスドラゴンロードか、ガル・ガンチュア並に歯ごたえのありそうな敵じゃあないか。ルカ、そいつの場所は割れてるのか?」


「ああ、竜王国から一番南、つまり最南東の山岳地帯の一番奥に奴の住むダンジョンがある。既に内部もマッピング済みだ、念のためトラップの位置等をチェックしておいてくれ」


そういうとルカは中空に手を伸ばし、オートマッピングスクロールを取り出してアインズに放り投げた。アインズがその地図詳細に目を見やっているとき、唐突にルカが声をかけた。



「アインズ、そこで作戦でも練りながら少しみんなで休憩しててくれないか。私はフォールスとイグニス・ユーゴに少し話があるんだ。長引くかもしれないから、気長に待っていてくれ」


アインズは悟っていた。ルカが人に隠れて何かをしようとする時、その覚悟が大きければ大きい程悲しい目をこちらに向けてくることを。こんな目をされては、断ろうにも断れない。


「ああ、分かった。早く終わらせてくるんだぞ」


「うん、ありがとう」


ルカはフォールスとイグニス・ユーゴを連れて、円形の遺跡中央へと集まった。


「ルカさん、どうしたんですか急に?フォールスさんまで呼び出しちゃって」


「ここまできて稽古ってのは勘弁ですぜルカ姉!」



「.....違うよバカ!!そうじゃなくて....以前イグニス言ってたよね?セフィロトになりたいって」


「......え?!もしかして、カオスゲートの先にある条件っていうのは、このフォールスさんの事、なんですか?」


「その通り。これが最初で最後のチャンスだ。どうする?君が自分で選ぶんだ」


「ル...ルカさんひょっとして、俺達のレベルを105で止めてたのも、これがあったからってことなんですか?」


「そうだ。君達のレベルは105。そこから始祖オリジンヴァンパイアに転生して種族レベルを極めて120、セフィロトに転生して種族レベルを極め135、最後にイビルエッジに転職してクラスレベルはジャスト150。これで一切無駄なポイントのない、最強のイビルエッジになれることは私が保証しよう。ユーゴの場合は、始祖オリジンに転生して15、セフィロトに転生して15、最後の職はカースドナイトという事になる。ただその代償に、君達は人間を止めることになる」


「ルカさん...そこまで考えて俺達を育ててくれてたんですね」


「っておいお前、本気でセフィロトになるのか?!そりゃあまあアンデッドのくせにメシも酒も飲むし、人間とはそうそう変わらねえけどよ。それでも人間やめちまうんだぜ?! バカな事はよしとけ!!」


「ユーゴ、お前、今までルカさんが俺達に稽古をつけてくれてた時、バカな事なんて一言でも言ったか? ...言ったかって聞いてんだよおい!!!...大体、俺達に対してバカな事を言う人が、何であんなに悲しそうな顔をしてるんだよ!!」


ユーゴはルカを見た。俯いて目が虚ろだが、全身から悲壮感を漂わせている。


「ルカさん、俺なります。セフィロトに」


「!! ほんとにいいの?もう普通には死ねない体になるんだよ?」


「今のルカさん達を見てれば分かります!不老不死ってのもそんなに悪いもんじゃないって事をね」


「イグニス.....わかった。じゃあこれを受け取って、左胸に押し付けて」


そう言うとルカは赤い牙(ダークソウルズ)を取り出してイグニスに手渡した。


「イグニス、始祖オリジンヴァンパイアへの転生には恐ろしいほどの苦痛を伴う。場合によってはそれでショック死してしまう可能性もある。それでもやるかい?」


「無論ですルカさん!ここまで来たからには、最後までルカさん達に付き合う為にも耐えて見せます」



「わかった。じゃあ横になって楽にして。あたしも隣に寝るから。絶対にイグニスの隣から離れたりしないから、それを強く意識して。いいわね?!」


「わ、わかりました!!」


「...左胸に牙を押し付けたまま心の中で唱えて。我は始祖オリジンヴァンパイアに転生する事を了承する、と」



そう唱えた途端、イグニスの体がエビ反りのように跳ね上がり、絶叫が辺りをつんざいた。ルカは必死でイグニスの体を地面に押し付けて腕を固定し、馬乗りになってイグニスの頭を抑え込むとその目を覗き込んだ。



「どうしたイグニス!!お前の野望とはこんなことに負けてしまうくらい弱いものだったのか? お前の目的は、世界中のありとあらゆる魔法と武技を解明するのが夢なんだろう?こんな所で終わっていいのか!!こんな所で死んでしまってもいいのか!!答えはもうすぐそこにある!!!お前がこの痛みを乗り切った時、お前はその夢の境地の第一歩に立てる!!負けるなイグニス、私を見ろ!!私に集中するんだ!!!」


イグニスの目を覗き込んでいたルカの動きが止まった。いや正確には、ルカの目を覗き込んだイグニスの動きが止まった。イグニスは目から血涙を流し、唇を噛み締めたせいで口の端が切れて血を流している。ルカはイグニスの上から離れ、その隣に両ひざを付いた。イグニスの頭についた土埃をルカがそっと払うと、イグニスが起き上がってきた。外見的にはそんなに変わっていないが、肌が白蝋のように青白く、目はルカと同じような赤い瞳に変わっていた。口の両端から、発達した犬歯が頭を出している。


「ル、ルカ...さんこれは一体...今まで見えなかったものがはっきりと見えるように」 イグニスが言っているのは宙を漂うエーテルの靄の事を言っているのだろう。



「ようこそ、夜の世界へ。これで君も始祖オリジンヴァンパイアだが、まだ次がある。まずは始祖オリジンヴァンパイアの種族レベルを15まで上げるよ。セフィロトへの転生はその後だ」


「こ、ここでパワーレベリングするんですか?!さすがに危険では...」



「大丈夫、アインズ達にもイグニスのパワーレベリング頼んでおいたから、ここならレイドボスしか出ないし速攻で上がるよ!わかったらほら、さっさと準備する!」



そこで一連の話の流れを見ていたユーゴがぶっきらぼうに叫んだ。



「だーーーーーーーもうわかった!!わかったよ!!!俺もセフィロトになるよルカ姉!!!」


「...え?だって、生身の体が一番なんじゃなかったっけ?」



「いやまあその.....兄弟一人を置いていくわけにゃあいかねえでしょうこの場合!!イグニス、分かってんな!!ここまで来たからにゃあ一蓮托生だこんちくしょう!!」


「ユーゴ...! 」


そしてルカはユーゴにも赤い牙(ダークソウルズ)を手渡し、激痛の果てに2人ともショック死を免れ、見事始祖オリジンヴァンパイアとなったのだった。


ルカとアインズ達はフルバフを終えて再びガル・ガンチュアへと戻り、超位魔法をここぞとばかりに連発してレイドボスクラスを瞬殺し、イグニスとユーゴのレベルがみるみるうちに上がっていった。超位魔法使用回数が切れればフォールスに回復してもらい、また戦闘という流れを繰り返していくうちに、あっという間にイグニス・ユーゴの始祖オリジンヴァンパイア種族レベルが15に達した。


次はいよいよセフィロトへの転生だった。ルカはアイテムストレージからサークルズオブディメンジョンを2つ取り出し、イグニスとユーゴに与えた。そのままフォールスの前に進み、ルカは跪くように2人へ指示した。そして頭上へとサークルズオブディメンジョンを掲げると、フォールスは洗礼の言葉を告げた。


「汝、これより生と死・空間と亜空間のはざまに生きる、限りなく無に近い存在となりけり。その力を持て、悠久を超えたる時空に身を委ねよ」


その後フォールスはイグニス・ユーゴの頭に手を乗せたのだが、そこではたと動きが止まった。目をつぶり、何かを探っているような素振りを見せている。


「....あなたたち2人には、眠らされている記憶の断片がありますね。しかも相当に強い思いです。この記憶を呼び覚ませば、あなた達2人は更なる力を手に入れられるかもしれない。どうしますか、2人とも。記憶を呼び覚ましてもよろしいですか?」


「強くなれるのであれば、是非!!」


「願ってもねえ、お願いしますフォールスさん!」


フォールスは2人の頭に手を乗せ、2人の持つサークルズオブディメンジョンがフラッシュのように鋭く輝くと、2人の掌から消えて無くなった。その瞬間、イグニスとユーゴが茫然自失となった。まるで走馬燈を見ているかのように、2人の脳の中に記憶の風景が過ぎっていき、その風景に懐かしさすら感じていた。2人にとって全く意味不明なものも中には混じっていたが、2人にとって唯一確かだったのは、(ルカを死守する)。この使命感で満たされていた事だった。



「...2人とも、大丈夫?セフィロトになる時は、痛みはなかったでしょ?」


「お、俺達セフィロトになれた...んですか?」


「...フフ、お互いの顏を見てみなよ」


「...あっ!!」


「てめぇイグニス!!黒のタトゥーなんぞ入れやがって!それに何だその死人みてえな青白い顔はよお?」


「ユーゴ!お前こそ青いタトゥーなんぞ入れたりしやがって!....ぷっくく」



「「ハッハッハッハッハ!!」」


2人はセフィロトになれた事を素直に喜んだ。体に不自由な点も無いし、これなら人間と変わらぬ生活も遅れるだろう。


「さて、おふたりさん!喜んでるところ悪いけど、イグニスはイビルエッジにクラスチェンジしてね。ユーゴはカースドナイト、いい?」


「くぅ~、やっぱ俺はガチタン系か~」


「バカ言ってんじゃないよユーゴ!!カースドナイトがガチタン?ほんとに経験が浅いね。カースドナイトはテンプラーの上位互換だと思えばいい。防御力が高いくせに、魔法による火力もバカ高いという遠近両方で戦える超優秀なクラスなんだよ!!LV150になったら、ユーゴにもガンガン前線の攻撃に参加してもらうから、そのつもりでね!」


「へーいへい!かしこまりやしたルカ姉!」


「ルカさん、俺はどうすればいいでしょう」



「ああごめん、渡すものがあった。少し待ってね」


するとルカは地面にエーテリアルダークブレード2本・イビルエッジブラックレザーアーマー一式・INTとCON、炎と神聖に特化したアクセサリー類をズラリと並べた。イビルエッジ専用装備のオンパレードだった。


「はい。今すぐこれ装備して」


「こっっこんなに沢山....!頂いてしまってもいいのでしょうか...?」


「まー出世払いでいいから、ほら早く装備してみて!」


ルカに急かされて、とるもとりあえず装備した。ルカよりも長身なだけに、よりシャープに引き締まって見える。



「おお~いいねー、似合ってるじゃん!ここまで育てた甲斐があったよ」


「まだ不慣れですが、そう言っていただけると嬉しいです」


「うんうん。って、ちょっとユーゴ!まーだ装備選びしてるの?」


「っていってもルカ姉?俺カースドナイトの専用装備なんて持ってねえし、参ったな」


「...わかった!あたしの持ってるの全部あげるから、これで好きなタイプを選びなよ」


するとルカは中空のアイテムストレージから、カースドナイト専用装備を一気に掴んで地面にばら撒いた。専用剣・ヘルム・鎧・スリーブ・盾・ガントレット・レギングス・ブーツと、カースドナイトらしい赤紫のおどろおどろしい色の装備が目白押しだった。ユーゴはそれを急いで装備し、皆の前に姿を見せた。鎧のおかげか威風堂々としながら、どこか不吉な香りを漂わせる呪いの戦士がそこにはいた。


そうしてイグニス・ユーゴをLV150にする為のパワーレベリングが開始され、シャルティアやルカ、アインズが超位魔法を撃ちまくって速攻で片が付き、2人はあっという間にレベル150のイビルエッジとカースドナイトとなった。ここまでくれば、あとは戦闘経験の積み重ねが物を言うだろうとルカは考えていた。


その後再度虚空へ戻り、フォールスに別れの挨拶をした後に、円形の遺跡中心に転移門ゲートポイントを設定し、ルカ達がいつでもこれるようにセットした。


「フォールス、今日は本当にありがとう」


「ええ、またみなさんいつでもいらしてくださいね」


「そうするよ。主にあたし一人かも知れないけど」


「...フフ、それでも構いませんよ」


「それじゃあまたね!転移門ゲート



ルカが開けたナザリックへの転移門ゲートに皆が入り、長い、途轍もなく長い一日が終わった。皆もナザリックの客室ロビーへ着いた途端、深いため息と共に憔悴しきっていた。無理もないと判断し、アインズに皆に休息を取らせようと提案して、アインズ自身も疲弊していたことからそれを了承した。


ルカは自室に戻る前に大浴場へと足を運んだが、そこにはミキやアルベド、アウラ等先客がいた。


「いやーあんだけ動いたら、汗臭くなっちゃうもんねー、みんなでザブンと入ろう!」


ルカが音頭を取って皆で湯舟に浸かり、その日一日の疲れを癒した。

その後背中の洗い流しっこをして洗髪し、さっぱりしたところでまた湯舟でぐったり。至福の時間であった。



脱衣所で体を拭き、アイテムストレージから新品の下着を履いて自室に向かい、ベッドに倒れ込むようにして横になり、そのままルカは就寝した。




フォールスにも会え、イグニスとユーゴもセフィロトに無事転生させられて、今日は、本当に充実した良い日だったと考えながら、頭から布団を被り自然と笑顔になっていた。




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