第12話 転生

ルカ達はその後もアインズと共にアゼルリシア山脈でレベルを上げ続けた。その間ルカの指示により、イグニスはスカウト・アサシン・マスターアサシン・忍者を極め、ユーゴはダークナイト・ビーストテイマー・ハイテイマー・ビーストロードを極めていった。



レベルの確認に関しては、レベルアップ時に体が光る回数と習得した魔法やスキルを参照しながら慎重に進められていった。



アインズはバランスの良いルカのキャラメイクを見習い、パーティー全体の回復と火力優先で竜司祭ドラゴンクレリックとワードオブディザスターを選択した。階層守護者達にもアインズは細心の注意を払って新しいクラスを習得させ、チームとしての総合的な火力が一気に引き上げられていった。



そうしてパーティー全体の平均レベルが118を超えた所で、ルカ達はアインズが用意してくれたディナーを食べながら、今後の方針について語り合っていた。




-----------—------ナザリック第九階層 応接間




「順調だね」



「そうだな。お前のサブクラスであるコマンダーの魔法が見事に功を奏している。まさかこの世界に来てまでパワーレベリングを行うことになろうとは思っても見なかったがな」



「フフ。でもレベルを上げておけば、何かと安心でしょ?」



「確かにな。それで、アゼルリシア山脈の霜の竜フロストドラゴンは、もうレベルキャップの限界なのか?」



「そうだね。イグニスとユーゴはまだ経験値が入るけど、アインズ達全体で見ればそろそろ狩場を移動したほうがいいと思ってね」



「次の狩場に当てはあるのか?」



「ああ。遥か南方にある八欲王の空中都市...つまりエリュエンティウから西に少し行ったところの砂漠地帯だ。ここに出没する敵は火竜ファイヤードラゴン。ここでレベル140くらいまでは上げられるはずだ」



「そのような知識をどうやって得たのか謎ではあるが、お前の言うことを信じて今は行くとしよう」




「実際に戦ってみて得た経験だからね。私達はこの200年間、マップを埋めると共にそこに出没するモンスターの傾向も全て調べてある。だから心配はいらないよアインズ」



「...フフ、愚問だったか」



ルカはアインズに笑顔で応じた。



「じゃあ決まりってことでいい?」



「分かった。次の狩場はエリュエンティウ西部という事で決定だな」



「OK、じゃあ今日はここまでだね。私達は黄金の輝き亭に戻るから、何かあったらいつでも連絡して」



「了解した」



転移門ゲート



ルカ・ミキ・ライルはその場で門をくぐり、ルカの寝室へと移動した。



そのまま3人は部屋を出て階段を降り、一階のバーカウンターへと足を運んだ。

椅子に座ると、マスターと女将さんが笑顔で出迎えてくれた。




「よう黒いの!一仕事終えたってツラしてるな」



「おかえりルカちゃん、今日もお疲れ様。さあ、何飲む?何でも持ってくるよ!」



女将さんの両耳に輝く青いイヤリングエビデンス・オブ・ブルーを見て、何故かルカは心を癒された。



「じゃあ私はいつも通りエール酒で」



「女将さん、私もいつも通りワインをボトルで」



「地獄酒、以上!」




「はいよ!すぐ持ってくるからちょいと待ってな!」




そう言うと女将さんは樽のサーバーに向かってグラスを並べた。




「何だい、今日はえらく疲れた顏してるじゃねえか黒いの」



「いやまあ、ここんとこ色々と忙しくてね。でも大丈夫、しょうもない疲れではないから。やりがいもあるしね」



「へへ!そうこなくっちゃあな。やりがいがねえと、何でもつまらねえからな!」



そこへ女将さんがジョッキとグラスにボトルを持ってきた。



「はいお待ち!ガッツリ飲んでいきな!」



「待ってました!!」



ミキがワイングラスに注ぎ終わるのを見て、ルカはジョッキを高く掲げた。



「はい!ミキ、ライル。今日もお疲れ様ー!」



「お疲れ様ですルカ様」



「今日もよく働いた」



3人はルカを中心にガツン!と乾杯した。



それぞれ酒を一気に飲み干し、途轍もなくディープな溜息をついた。



「マスター、おかわりよろしく!」



「おうよ!何だい、今日はメシはいいのか?」



「ああ、うん。今日は外でちょっとご馳走になってきたからね。お腹いっぱいでさ」



「何だ、ウチよりうまかったってか?」



「いやいや、ここの料理の方がほんのちょっとだけ上かな。この店の鶏肉のソテーは最強でしょ」



「ほんのちょっとってお前、ハッハッハ! まあたまには外で食うのも悪くねえわな!」



「ありがとうマスター、いつも最高にうまいメシを出してくれて」



「な、何でえ急にしおらしくなりやがって...何かあったのか?」



「ううん、何もないよ。ただ嬉しいだけだよ、帰ってくる場所があるって事にね」



「おう、いつでも帰ってこい!お前らはウチの店でも最高の上客だ。遠慮はいらねえぜ。何でも飲め、何でも食え、何でも話せ!ほんで好きなだけ寝ていけ!わかったなルカ?」



「ちょっと、そんなに優しくされたらあたし抱き着いちゃうけど、いいのマスター?」



「ばっ...バカ言うない!俺は世帯持ちだ、分かってんだろ?そういうのは違う相手にしな。お前くらいの度量があれば、相手なんざいくらでもいるってもんだ」



「フフ、誉め言葉と受け取っておくよ。ありがとう」



「...さ、さて!!ちょいと厨房の様子でも見てくるかな!お前ら、好きなだけ飲んでけよ!」



そう言うとマスターは誤魔化すようにして、バーカウンターの右奥に走り去っていってしまった。



「ルカ様、ご機嫌ですね」



「いつも以上にはっちゃけてますな」



「そう?何というか、母性本能に目覚めちゃったのかな私」



「女性ならば誰にでもある事。お気になさらず、今は飲みましょう」



「このライル、酒の力を借りた今だからこそ言いますが、正直ルカ様がそのようにお淑やかになってくれて、心より嬉しゅうございますぞ」



「はーいよ、分かったよ。じゃあ今日はミキとライルに思いっきり甘えちゃおうかな!」



「是非そうしてくださいませ」



「異論は一切ございません。さあルカ様、今宵は飲みましょうぞ」



「OK、女将さーん!酒おかわりー!」



----------------------黄金の輝き亭 寝室 午前0:30



風呂で体を洗い流したルカとミキは、二人でベッドに横になっていた。お互いの足を絡ませ、ルカはミキの胸に顔を埋めながら熟睡していたが、唐突に部屋のドアが激しくノックされた。



ルカとミキは目を覚まし急ぎドアを開けると、外にはマスターとプルトンが立ち尽くしていた。



「ちょっ...何?どうしたの?!」



「黒いの、夜遅くに済まねえ!ウチのカミさんが攫われた!!」



「彼が冒険者組合に飛び込んできてな。それでお前がここに滞在中だという事を知って、私も駆けつけた訳だ」



「女将さんが攫われた?!誰に、どこで?!」



「誰だかは分からねえが、宿の裏口で荷物を運んでいた所を狙われたらしい。やつらご丁寧にも、時間と場所を指定して来やがった」



そういうとマスターは、ルカに紙を渡してきた。



「一人で来なければ殺す。金貨600枚を用意しろ、か。マスター、金の用意は出来るか?」



「も、もちろん出来る!というか、すまねえルカ。お前たちは客だというのに、こんな事になっちまって」



「構わない。時は一刻を争う、私が一人で行こう。プルトンは敵に気付かれないよう指定場所の封鎖を手配してくれ。金は私が立て替えておく」



そういうとルカはレザーアーマーと武器を手早く装備した。



「いけませんルカ様!お一人で向かわれるなど」



「ミキ!ライルにも伝えておけ。この件は私一人でかたを付ける。部分空間干渉サブスペースインターフェアレンス!」



ルカはその場で姿をかき消し、窓の外へ飛び出した。



ルカは建物から建物へと飛び移りながら、マスターからもらった地図を確認した。エ・ランテルの北西にある森で待つとの事だった。



どこの誰だか知らないが、まさか女将さんを狙ってくるとは世にも思わなかった。迂闊だったと自分を戒めながら、西門から街の外に出て森林地帯まで一気に疾走した。



部分空間干渉サブスペースインターフェアレンスを解き指定の地点まで辿り着くと、木陰の左右から男性2人と女性2人が姿を現した。男のうち一人が縄で縛られた女将さんを掴み、首元に剣を当てている。女将さんがルカの姿を確認して叫ぶように声を上げた。



「ルカちゃん!あんた、あたしのために....!」



「ちょっと待っててね女将さん。...金は用意した、女将さんを離してもらおう」



そう言うとルカは金貨の詰まった財布を地面に置き、後ろへ下がりながら相手のクラスを確認した。



(男の方は二刀流の戦士に神官クレリック、女の方は魔法詠唱者マジックキャスターにレンジャーか....野盗にしては妙にバランスが取れている)



ここは女将さんの安全を考え、ヘタに動かない方がいいと判断したルカは相手の出方を伺った。右に居る女性...というよりは少女の魔法詠唱者マジックキャスターが走り寄り、財布をひったくってルカと距離を取り、中身の金貨を確認した。



「毎度ありー!リーダー交渉成立だよー」



そう言うとリーダーと呼ばれる二刀使いの男は女将さんの首から剣をどけて、ルカのいる所へドン!と背中を押した。ルカは倒れかかってきた女将さんを受け止めてエーテリアルダークブレードを抜くと、女将さんを縛っていた縄を断ち切った。



「女将さん、無事で良かった」



「ルカちゃん、うちの大事なお客さんにこんな事させちまって...でも、ありがとうよ!このお礼は必ずするからね!」



「いいってことよ。それより女将さん、街まで一人で帰れるかい?」



「一人でって....ルカちゃんあんたはどうするんだい?!」



「ちょっとこいつらに聞きたい事があるからね。私は大丈夫だから、女将さんは先に帰ってて」



女将さんはルカの目を見て悪寒が走った。目が完全に座っている。



「わ、わかったよ...でもちゃんと無事に帰ってくるんだよ!」



「分かってる。これを持って、さあ早く」



ルカは懐から小型の永続光コンティニュアルライトを取り出して手渡し、森の出口へ向かう女将さんを見送った。そして再度、ルカは正面に向き直る。



「...お前達、まだ私に何か用事があるみたいだね」



「....ほう? よく分かったな」



「殺気がだだ漏れだよ」



二刀戦士は剣を肩に乗せてほくそ笑んだ。



「...クク、まあいい。お前、ルカ・ブレイズだな。噂には聞いていたが、まさか本当にここまで来るとはな」



「どういう事だ?」



「お前は俺達裏稼業の世界では有名だからな」



「裏稼業...あー分かった、お前ら請負人ワーカーか」



「その通り。お互いご同業同士、仲良くしようじゃねえか」



「お前らと一緒にしないでもらいたいな」



「よく言うぜ。表向きは冒険者組合を追放された身でありながら、その実は決して表に出ることのないヤバい依頼のみを請け負う伝説のマスターアサシン...。俺達請負人ワーカーと何が違うのか、逆に教えてもらいたいもんだな」



「....言いたいことはそれだけか?」



「フン...実はお前のことを調査しろと言われていてな」



「調査だと? まさか、その為に女将さんを....」



「ご明察。お前があの宿屋を根城にしているのは分かっていたからな。おびき出す為に利用させてもらったまでよ」



「.....それで、どうしろと?」



「俺達と戦ってもらう」



4人はルカの四方を素早く囲み、武器を構えた。



ルカは足跡トラックを確認した。森の出口周辺に複数の人影が待機している。恐らくプルトンが手配した冒険者達だろう。という事は、女将さんも保護されているはずだ。



気に病む事が解決したルカの目がみるみるうちに血走っていく。



「私に用があったなら、何故私を直接呼ばない?」



「知れた事。こちらにもボーナスが必要だからな。黄金の輝き亭と言えば、エ・ランテルいちの高級宿屋だ。金はたんまり持っているだろうからな」



「あっそ......」



ルカは腰に差したエーテリアルダークブレードを納刀したまま、ピクリとも動かなくなった。



「クク、怖気づいたか? アルシェ!!お前の魔眼でこいつの力を確認しろ!」



「オッケー、”看破の魔眼”!」



アルシェと呼ばれる魔法詠唱者マジックキャスターの少女はルカを凝視した。しかしその直後、アルシェは悲鳴を上げ、顔から脂汗を流した。




「ひぃっ!! ばっ....化物.....」



「おいアルシェどうした!そいつの位階はどの程度だ?」



「....だ...だめ....こんな....第十位階を超えて.....そんな.....」



「はぁ?!第十位階を超えただぁ?! そんな訳あるか、もう一度よく見ろ!!」



「お、お....お願い、みんな逃げ..」



それを聞いたルカはアルシェと呼ばれる少女を鋭く睨みつけた。



「....この場から逃げられると、ちょっとでも思ってるんだ。どうやら君は相手の魔法行使力を測れる能力を持ってるんだね。という事はタレント持ちか。それでもまだ.....逃げられるとか思ってるの?」



少女はあまりの恐怖にその場で泣き崩れ、地面にへたり込んだ。



「...ご、ごめんな....さい、ヒグッ....どうか....許して....」




「お前は女将さんを攫った時、彼女に対してそういう情けを少しでもかけたのか?」




「こっ殺すつもりは....なかったんです、本当です!! で、ですからどうか....」




「.....魔法最強化マキシマイズマジック神聖なる呪いホーリーカース!!」



(ビシャア!)という鋭い音と共に、ルカの周囲に青白い光が半球状に広がり、四方を取り囲む請負人ワーカー達は体が麻痺して一切の身動きが取れなくなった。




「この魔法は20秒間、貴様らの体から自由を奪う。....お前達を皆殺しにするには十分すぎる時間だ」




そういうとルカはガタガタと震えるアルシェに向かって殺気をぶつけ、エーテリアルダークブレードを抜いて歩み寄った。



「たっ助けてぇ!!お願いしますどうか殺さないでーー!!」



「....お前達にやる金なんぞ、びた一文もない。私の財布を返せ」



ルカはぐしゃぐしゃに泣き崩れるアルシェの前に屈むと、手にした財布を取り上げて腰に結び付けた。



次にルカはリーダーと呼ばれる二刀戦士の元に向かって歩み寄る。



「く、くっそ体が...!!」



「何かさー、お前がこの中で一番問題みたいだね。会って早々悪いけど、とりあえず死のうか、お前」



ルカは彼の後ろに回り込んで髪を引っ掴み、頭を上げさせて喉元にエーテリアルダークブレードを食い込ませた。二刀戦士の喉元から血がしたたり落ちる。



「まっ...待て!!!分かった降参だ!!もうお前達に手は出さねえ!」



「私達に....だけ?」



「分かった、黄金の輝き亭にも手は出さねえ!!だから勘弁してくれ!!」



「...無い知恵絞ってよく考えろ。間違えたら次の瞬間お前死ぬから。私に言うべきことはそれだけじゃないよね?」



「くっ....!俺たちの依頼主はフールーダだ!!お前達の能力を調べてこいと言われていたんだ」




「フールーダって、バハルス帝国のあの魔導士だよね?」




「そういうこった.....これで全部話した!!頼むから見逃してくれ!」



「.....あのクソジジィ....まあいい分かった。でももし、もう一度私と私の周りにいる人達に何かしたら、何を置いてもお前達を殺しに行くから。わかった?」




「....ああ、俺達がバカだった! もう二度とあんたらの周りに手出しはしねえよ」



ルカは掴んでいた二刀戦士の髪を離し、首元からエーテリアルダークブレードをどかして納刀した。神聖なる呪いホーリーカースの効果が解け、体の自由が戻った請負人ワーカー4人は血眼で、その場から一斉に西へと逃げ出した。



ルカは森の出口である南へと向かうと、永続光コンティニュアルライトの光がこちらを照らしてきた。



「ルカ!!無事だったか」



「ルカ様、ご無事でなによりです」



「何故お一人で....!」




森の出口で待ち構えていたのは、プルトン・ミキ・ライルと5人の冒険者達だった。



「ああ、私は大丈夫。それより女将さんは?」



「冒険者を護衛に付けて、先に黄金の輝き亭へ帰してある」



「そうか、良かった」



「それで、賊は?」



「皆殺しにしてもよかったんだが、ただ殺すよりも恐怖を植え付ける方が効果的だと思ってね。その場で逃がしてやった」



「....そうか。いや、女将とお前が無事だったならそれでいいのだ。今回の報酬を用意してある、冒険者組合まで顔を出してもらえるか」



「いや...報酬はいらない。私の分は、マスター達に還元してやってくれ。そもそもあいつらの狙いは、最初から私だったんだから」



「....本当かそれは?」



「ああ。バハルス帝国にいる例の魔導士・フールーダに雇われていたそうだ。だから....ね? ちゃんとマスターに私の分の報酬は返してあげてね。元はと言えば、私が巻き込んでしまったようなものだから」



「お前がそう言うのなら....分かった。それについては心配するな」



「うん。さあ、街に帰ろうプルトン。目が覚めただろう、久々に黄金の輝き亭で一緒に飲もうよ」



「....フフ、このアル中めが。そうだな、お前と飲むのも久しぶりだな。今日は私のおごりだ、他の冒険者諸君も一緒にどうだ?」



「さっすが組合長、太っ腹!!」



「喜んでご一緒させていただきます!」



「決まりだね。さあ、街に帰ろう!」



ルカ・ミキ・ライルにプルトン、そして他の冒険者5人は街に戻り、黄金の輝き亭で翌朝まで飲み明かした。



---:---------------------------翌日12:30



明け方まで飲み明かしたルカ達は、マスターの計らいで正午過ぎまで眠り、起床後は目を覚ますために風呂に浸かって体を洗い流し、準備を整えてアインズ達に伝言メッセージを送った。



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『アインズ、連絡が遅くなってすまない』



『ルカか、いやこちらも少々立て込んでいたからな。問題ないぞ』



『立て込んでいたって、何かあったの?』



『うむ。ナザリックに侵入者が現れた』



『それほんと?そっちに手伝いに行こうか?』



『いや問題ない。賊4人はすでにこちらの手中に落ちている』



『....4人....ってもしかして、男2人、女2人の請負人ワーカーだったりする?』



『よく分かったな、その通りだ。お前達の知り合いか?』



『いや。というか昨日そいつらが、黄金の輝き亭の女将さんを攫っていきやがったんだよ』



『何だと?! 黄金の輝き亭は私も世話になっている。女将さんは無事なのか?』



『ああ。私が昨日の夜中に女将さんを救い出した後、そいつらを懲らしめてやったから大丈夫』



『そうだったのか。なら良いのだが』



『そいつら何かに使うの?』



『ああ、そのつもりだが。もしお前にとって不都合があるなら手加減してやらんでもないが』



『いや、アインズの好きなようにしちゃっていいよ。私もそいつらは気に食わないし』



『承知した。ならば一切の手加減は無用だな。そういうわけで、今日の狩りは後日に回したいのだが、構わないか?』



『もちろん。私達も今日は休養日にさせてもらうよ。何かあれば連絡ちょうだいね』



『承知した、お前もな』



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ルカは請負人ワーカー達の行いに呆れて物も言えなかった。よりによってこの世界でほぼ最強であるプレイヤーにばかり、しかも2度も連続で挑みかかるとは、愚かにも程がある。昨晩はアルシェという少女の命乞いに耳を貸して見逃したが、きっと彼らはアインズに殺されるだろう。それに対してルカは何も感じなかった。所詮冒険者崩れがナザリックに侵入するなど、殺してくださいと言わんばかりの行いだったからだ。



ルカはその日、ミキとライルを連れてエ・ランテルの武器屋や雑貨屋等を見て回り、のんびりと観光を楽しんだ。



そしてその翌朝、ナザリック第九階層の客室ロビーに集まったルカ達は、フルバフを終えた後に転移門ゲートを開き、エリュエンティウ西部の砂漠地帯へと歩を進めた。



巨大な砂丘がいくつも連なり、地平線まで見渡す限りの砂漠が続いていたが、ルカ達は足跡トラックを使用して敵の位置を探りながら前進した。やがて一つの砂丘を超えた眼下に平坦な盆地があり、そこに火竜ファイヤードラゴン達が6体ほど群れを成していた。



「ここは私が先に敵のタゲを取るから、アインズ達はその後に続いて氷結系の攻撃を当てていってね。コキュートス、アルベド、君たちは私の攻撃が終わった後タンクに徹してくれ。私から外れた敵のタゲ取り、よろしくね」



「承知シマシタ、ルカ殿」



「了解です、ルカ」



「....フフ、呼び捨てとは嬉しいねアルベド。じゃあ行くよ、飛行フライ!」



ルカは砂丘の影から空に舞い上がり、敵の頭上中心で停止した。それを感知した火竜ファイヤードラゴンが一斉にルカへ向かって炎属性のブレスを吐きかけてくるが、上空のルカまでは届かない。



ルカは空中に浮いたまま、左手で右手首を掴み、そのまま右腕を上空に向けた。体の周囲に巨大な青白い魔法陣が幾重にも折り重なり、ルカの右掌に力が凝縮されていく。やがて球形のドライアイスにも似た塊が形成され、そこから気化した冷気がルカの体を覆いつくし、掌に凝縮されたエネルギーは途轍もなく巨大な氷の塊へと変化して一気に膨れ上がった。



「超位魔法・天王星の召喚コーリング・オブ・ジ・ウラヌス!!」



その名の通り、小型の惑星級とも呼べる巨大な青白い球体が気化しながら火竜ファイヤードラゴンに向けて高速で落下していく。逃げる間もなくその小惑星は火竜ファイヤードラゴン達6体に直撃し、砂漠にクレーターを穿つほど氷結属性の巨大な大爆発を引き起こした。



前衛であるコキュートスとアルベドはそのあまりにも強大な力を前に呆気に取られていたが、「行くぞ!!」というアインズの言葉で我に返り、大ダメージを受けた火竜ファイヤードラゴンに向かって突進した。その場にいた全員が持てる火力を総動員して火竜ファイヤードラゴンに叩きつけ、短時間のうちに雌雄は決した。レベルアップを示す淡い光が彼らの体を包む。



ルカは地面に降り立ち、皆の元へ歩み寄った。するとアウラとマーレが早速ルカの両腕に絡みついてきた。



「ルカ様すっごーい!!あんな氷結属性の超位魔法も放てるんですね!あたし感動しちゃった!!」



「ルカ様あのその、えと、僕にも今度強力な超位魔法を教えてはいただけませんでしょうか?」



「フフ、ありがとうアウラ、マーレ。そうだね、アインズのお許しが出たら、マーレにも教えてあげなくもないよ。ただ今からだと、超位魔法を覚えるのはちょっとレベル的にもリスキーだから、アインズと相談しながらにしよ、ね?」



「えと、あの、その、はい、わかりましたルカ様」



これまでマーレの事をずっと女の子だと思っていたルカだが、マーレが男の娘だと知ったのはつい最近だった。それでもパワーレベリングを行った当初からルカに懐いてくれるこの姉弟がかわいい事に変わりはなく、ルカも何かと気にかけていたのだった。特にマーレの秘めたるポテンシャルは非常に高いとルカは判断しており、その育成方針に間違いがないようアインズとじっくり話し合ったという経緯もあり、姉のアウラも含め尚更気にかけていた。



次の火竜出没地点を足跡トラックで確認しながら皆で砂漠を歩いていた時、珍しくアルベドが先頭にいるルカに声をかけてきた。



「....ルカ」



「ん?何アルベド?」



「先程のマーレとの会話が気になったのですが...」



「というと?」



「その....超位魔法に関してなのですが」



「ああ、その話ね。それがどうかした?」



「単刀直入に聞きます。私でもあなたと同じ位の力を持つ超位魔法を放つ事は可能なのでしょうか?」



「いや、アルベド。それはさすがに無理かもしれない。私がさっき使った超位魔法は、イビルエッジという私のクラスでしか使えない魔法だからね」



「では私がイビルエッジになるよう導いてはくださりませんか」



「ちょ、急にどうしたのアルベド?そんなに思いつめた顏しなくたって、君は今十分に強いんだから」



「私もあなたのように、超常的な力を行使してアインズ様をお守りしたいのです!」



「....なるほど、要するに火力になりたいって事だね」



「その通りです、ルカ」



「うーん....」



ルカは考えた。これはタンク職の憂鬱だと。アルベドは元来ディフェンスに特化したクラスを極めている。しかしディフェンスに特化すれば、テンプラーのような一部の例外を除いて火力は低下する。つまりアルベドは、相手を殺し切れる力が欲しいのだとルカは察した。



「...アルベド、よく聞いて。さっき私が先制して放った天王星の召喚コーリング・オブ・ジ・ウラヌスという超位魔法だけど、あれを唱える為には15秒という長いキャスティングタイムが必要なの。例えば私がアルベドと一対一で戦ったとして、何の考えも無くアルベドに対してこの魔法を使用すれば、私は簡単にアルベドに殺されてしまう。特に集団戦闘においては、私の魔法はアルベドやコキュートスのようなタンク職がいるからこそ、何の躊躇もなく放てる魔法なんだよ」



「...いいえ、それは嘘ですルカ。あなたは移動阻害スネア麻痺スタンといった魔法を数多く習得している事は分かっています。あなたが私と本気で戦うならば、それらを使用して私に超位魔法を放ち、私を一撃で葬り去る事も可能なはずです」



それを聞いてルカは絶句した。アルベドの目に涙が滲んでいる。



「どうしたのアルベド? 何がそんなに悲しいの?」



これは尋常ではないと察したルカはアルベドの手を取り足を止めて、アインズ達に大声で伝えた。



「はーいみんな!!ここらでちょっと休憩いれるよー。今のうちに水分補給と体力の回復しておいてね。私はアルベドとちょっと話があるから、みんなそこで待機しててねー!」



そう言うとルカはアルベドの手を引き、砂丘の影に隠れた場所で腰を下ろさせた。ここならチームからも見る事はできない。



「ほらアルベド、元気出して!どうしたの急に」




ルカはアルベドの両肩に手を乗せて揺さぶった。




「...以前あなたには話しましたね、私の創造主の話を」



「ああ。敢えてもう一度言うけどアルベド、私は君達を絶対に裏切らない。約束する」



「....私は、至高の御方々を超える力が欲しい」



「どうして?」



「....どうして?それを私に聞くのですか?」



「........」



「.....アインズ様を見捨てて行った奴らからお守りする為です!それ以外の何があろうというのでしょう?!」



「アルベド....」



「あなたが以前お話してくれた2350年という話を聞いて合点がいきました....つまりこの世界の時系列はアインズ様の元居た世界である2138年と入り混じっている。ならば、アインズ様以外の至高の御方々もこの世界に転移している可能性も捨てきれない...」



ルカはアルベドの言いたい事が痛いほどよく理解できた。しかし、それはあまりにも不毛だという考えを捨てきれなかった。



「つまりアルベド。アインズウールゴウンに所属していた他のプレイヤーが万が一この世界に転移してきていたなら、君は彼らを....殺したいと思っているんだね?」



それを聞いてアルベドの堰が切れた。大粒の涙を流しながら彼女はルカに訴えた。



「そうです。だって当然でしょう?アインズ様と私達を見捨てておいて、何をいまさら?! アインズ様....いいえ、”彼”が味わってきた苦悩と、たった一人でギルドを支えてきた労力があったからこそ、私達は今こうしてこの世界で生き永らえているのです!私は彼に感謝し、そしてそんな彼を私は愛している。彼を蝕むものの存在を、私は絶対に許さない...!」



アルベドはうなだれ、地面に両手を落として涙を流した。



「....じゃあ、私ならいいの? アルベド」



「....え?」



「私なら許されるの?」



「それは....もちろん....だって!!」



アルベドは咄嗟に顔を上げ、ルカを真っすぐに見据えて、絶叫した。



「あなたは....!あなたはプレイヤーなのに、絶対裏切らないと言ってくれたから!!」



ルカはそれを聞いて、アルベドを力いっぱい抱きしめた。号泣するアルベドの涙がルカの肩にボタボタと落ちていく。この子には、支えが必要だ。心無い言葉を浴びせた創造主に代わる、アインズ以外の支えが。ルカは彼女を抱きしめながら、ある決心をした。



「アルベド....アルベドこっち向いて。今日から私が、君の創造主になる」



「それは....つまり?」



「私は君を守る。だから君も、私の事を守って? 私は君のことを愛する。だから君も私の事を愛して。今から君をセフィロトにする事はできない。でも私よりも若干力は劣るが、君を限りなく強くすることはできる。それは、君を始祖オリジンヴァンパイアに転生させる事だ。アルベド、君は小悪魔インプの種族を取っているね。これからレベルが上がる前に今すぐに私の持つダークソウルズを使えば、君は始祖オリジンヴァンパイアの強力なスキルと、超位魔法を習得するためのレベルに間に合う。どうする?君が決めてくれていいよ」



アルベドは涙を流しながら、何かに救いを求めるようにルカを見つめた。



「私が始祖オリジンヴァンパイアに転生すれば、プレイヤーにも勝てると...?」



「誤解のないよう正直に言っておくと、私には勝てない。しかし今のアインズや他の階層守護者達には勝てるほどの力を手にする事になる。そしてアルベド、ここからが肝心だ。私は2350年のユグドラシルβベータからこの世界に転移したから、Lvは150となっている。しかし2138年から来たプレイヤーは、Lv100止まりだ。しかしもし、2138年から来た他のプレイヤーがこの世界において、Lv100を超えてレベルアップ出来る事に気づいていれば、彼らのレベルも上がっているという結果にもなりかねない。もしそうなれば、君が始祖オリジンヴァンパイアに転生して種族レベルを極めたとしても、苦戦を強いられるという事になる。私は、常に先を考えている。自分の事も、君達の事も」



「それでも構いません!私はアインズ様をお守りしたい....その一心なのです!」



ルカはアルベドの涙をマントの裾で拭い、笑顔を向けた。



「分かった。幸いな事に、始祖オリジンヴァンパイアというのはタンク職に向いているんだ。というより、最善策と言っても過言じゃない。何故なら、物理攻撃がほぼ無効になるからだ。そして始祖オリジンヴァンパイアを極めた者にしか使えない、ある特殊な超位魔法も行使できるようになる」




「それは一体?」



「吸血AoE(Area of Effect=範囲魔法)だ。これは使用者のINT知性によって火力が上下するんだが、基本的にユグドラシルの世界では吸血に対する耐性そのものが存在しない。つまり、どのような世界級ワールドアイテムで武装していても、吸血による攻撃は絶対に防げないという事だ。そして吸血すれば、自身のHPは吸い取った分だけ回復する。タンク職に取っては、永久機関を手に入れたも同然の状態になる」



「その魔法の名は....?」



吸血者の接吻ヴァンパイアズ・キスという種族特有の超位魔法だ。でもさっき言った通り、超位魔法を撃つ際はキャスティングタイムに時間がかかる。もし相手が信仰系や神聖系、あるいはコンフェッサーやテンプラーといった炎属性のマジックキャスターが相手だった場合は、弱点耐性である始祖オリジンヴァンパイアは超位魔法を唱えている間に大ダメージを食らう事にもなりかねない。そこだけは注意しないとね」



「...つまりは、物理無効・神聖、炎は弱点、という訳ですね」



「そういう事だ。どうするアルベド?君が決めてくれていいよ」



ルカはアルベドが泣き止んでくれた事にホッとしていた。彼女の中に希望を芽生えさせられたと安心したからだった。




「....お願いします、ルカ」




アルベドの顏に笑顔が戻った。それを受けてルカは大きく頷き、中空に手を伸ばして一本の赤い牙を取り出した。それをアルベドに渡した後、ルカは尋ねた。



「アインズに一言言わなくてもいいの?」



「いいえ、これは私の意思です。アインズ様もきっと理解していただけるでしょう」



アルベドはダークソウルズを握りしめ、希望に満ちた目をルカに向けていた。




「....分かった。じゃあそのダークソウルズを、自分の左胸に当てて」



アルベドは目をつぶり、言われるがままその牙を左胸に押し付けた。



「よし。そのまま心の中で唱えて。”我は始祖オリジンヴァンパイアに転生する事を了承する”と」



その瞬間、アルベドの体に異変が起きた。全身から赤いオーラを立ち昇らせ、喉を掻きむしるように苦しみ始めた。ルカはそれを知っていたかのようにアルベドを抱きしめ、そのまま地面に倒れた。



「アルベド、頑張って! 始祖オリジンヴァンパイアに転生する為には痛みを伴う!私が隣にいる、それを強く意識して!!絶対に離れないから」



アルベドはあまりの激痛に、抱きしめたルカの首筋に爪を立てた。痛みに耐えかねて絶叫が木霊し、それを聞いたアインズ達が慌ててルカ達に駆け寄ってくる。



「ルカ!一体アルベドに何が....」



「少し黙ってて!! アルベド、アルベド?私を見て。もう少しの我慢だよ。痛いのは知ってる、でもこれは避けて通れないの! 私を見て、私は隣にいるよアルベド!!」



ルカはアルベドの目を覗き込み、彼女の顏を自分の胸に押し付けて抱きかかえた。アルベドは凄まじい力でルカを抱き返してくるが、ルカもその痛みに耐えた。その間、ルカはアルベドの頭を撫で続けた。痛みが少しでも和らぐように。



アルベドを包む赤いオーラがより一層巨大に膨れ上がり、アルベドは再度絶叫した。



そして、それは唐突に止んだ。赤いオーラは消え失せ、アルベドはルカの胸元で寝息を立てている。それを見て安心したルカは、アルベドの肩をそっとゆすり、目を覚まさせた。



「アルベド、よく頑張ったね。さあ、起きて」



ルカはアルベドの背中を支え、彼女の上半身を起こして長い髪についた砂を払い落とした。

アルベドは自分の身に起きた変化を確かめるべく体のあちこちを触ったが、別段変化もない様子を見てルカを見やった。



「....転生は終わったよ。君は今日から始祖オリジンヴァンパイアとして生きるんだ」



それを聞いたアルベドの目に涙が滲んだ。



「ルカ....あなたは本当に....」



「言ったでしょ。私は約束を破らないし、君達を裏切らない。今日から私が君の創造主だ」



「...ええ。でも創造主だからといって、呼び方は変えません」



「ああ。そのままの君でいればいいんだよ。私は君の全てを受け入れる」



アルベドはルカを抱きしめ、声を上げて泣き続けた。アルベドは嬉しかった。約束を守ったプレイヤーの存在を。




「い、一体何が起こったのか私にはよくわからんのだが....ルカよ、話し合いは終わったのだな?」



泣き続けるアルベドを抱えながら、ルカはアインズに返答した。



「ああ。終わったよ。....今日から私がアルベドの創造主だから、よろしくねアインズ」



「....は? それはどういう...」



「詳しい事は後で全部話すから。今はそっとしといてあげて。大丈夫、君に不利益な事じゃないから安心して」



「そっそうか!うむ、なら後でじっくり聞かせてもらおう。何というかその、女同士の話し合いっぽいしな」



「フフ、そうだね。アルベドも大変だったんだよ。でももう、この子は大丈夫。私が面倒みるから」



「....うむ。詳しい話は後で聞くとしよう。アルベド、大丈夫か?」



「グスッ...はい、アインズ様!私はもう大丈夫です、ご心配をおかけしました」



「よし、では狩りを続行という事でいいんだな?」



「もちろん。さあアルベド、立って! 次の足跡トラックは南西だ。みんな行こう!」



次の火竜ファイヤードラゴンがいる地帯に向けて、アインズ・ルカの一行は前進を再開した。




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■魔法解説


神聖なる呪いホーリーカース


術者の周囲30ユニットにいる敵に対し自由を奪う麻痺AoE。範囲が短距離な分効果時間は長く、15秒の間敵を麻痺させる。魔法最強化・位階上昇化により麻痺時間・効果範囲が上昇する



超位魔法・天王星の召喚コーリング・オブ・ジ・ウラヌス


異次元より絶対零度の小天体を召喚し、それを叩きつける事により広範囲に渡り相手に大ダメージを負わせる氷結系魔法。その後バッドステータス(氷結)により身動きを封じる効果も併せ持つ



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