第7話 強襲 1
エンリに案内され、ルカ達はカルネ村村長の家へと入っていった。部屋の中央には大きなテーブルが置かれ、広いリビングの割には最低限の家具しかなく、質素に暮らしている事が伺い知れた。
「村長、お久しぶりです! お元気そうで何よりです」
「よう村長!相変わらずだな。ちょっくら帰ってきたぜ」
「ん? おお、イグニス!それにユーゴじゃないか。二人共よく帰ってきたな。村を飛び出して以来音沙汰がなかったから、心配しておったぞ」
「申し訳ありません。村の様子はいかがですか?」
「うむ、お前たちがいない間に色々とあったのだが...まあそんなことはいい、二人共よく帰ってきてくれた。仕事の方は順調なのか?」
「ええ。実は今日来たのは、冒険者ギルドの依頼で村を調査しに来たんです」
イグニスは懐から羊皮紙のスクロールを取り出し、村長に手渡した。
「そうか、どれどれ...。はて、盗賊? この村でそういった被害報告は受けていないが」
イグニスとユーゴの後ろで話を聞いていたルカは、(チッ)と舌打ちをして言葉を継いだ。
「ここら一帯のどこかに、盗賊のアジトがあると冒険者組合は目星をつけていましてね」
村長は見かけからして40代半ばといったところだろうか。部屋の奥で洗い物をする女性も、線は細いが髪の毛もパサパサで、外見の年齢よりも一層老けて見えた。
「おお、そうでしたか。ところでイグニス、ユーゴ、こちらの方々は?」
「ええ、ご紹介します。こちらは同じ冒険者──」
イグニスがそう言いかけた所で、ルカが手を上げて遮った。
「私はルカと申します。こちらがミキ、このデカいのはライルと言います。イグニスとユーゴには今回、私達の調査に同行して護衛を任せています。以後よろしく」
「なるほど、そうでしたか。何もない村ですが、どうぞごゆっくりしていってください」
イグニスが唖然として自分を見ているのを察して、ルカは村長に気づかれないよう口元に人差し指を当てた。その後ルカは、冒険者ギルドの依頼が書かれた羊皮紙を握る村長に向かって、最も気になる事を質問した。
「ところで村長、村の入り口にいたゴブリン達についてですが、あれは一体? てっきり村がゴブリンに占拠され、根城にされていたのかと思ってしまいましたが」
「ああ、彼らなら心配要りません。詳しくはそこのエンリに聞くとよろしいでしょう」
それを受けてエンリが言葉を継いだ。
「ええ、実は2ヶ月ほど前、この村が騎士団の襲撃を受けまして。その時助けに来てくれた
(? だからゴブリン共はこの子に付き従っていた...と言う事は、召喚系のアイテムを受け取ったと言うことか)
しかし襲撃という言葉を聞いたイグニスとユーゴの顔が一気に青ざめた。エ・ランテルで仕事をこなしていた間に、そのような情報が一切入って来なかった為だ。
「ルカさん!申し訳ありませんがこの場はお任せしてもよろしいでしょうか?!」
「ちっくしょう、済まねえルカさん!俺も実家がどうなっているか見てくるんで!」
「待てイグニス、ユーゴ!!お前たちの家は無事...」
そう言いかけた村長の言葉もそっちのけで、二人は扉を開け外に飛び出していった。だがルカはそれには気にも止めず、エンリに再度質問した。
「良ければ、そのもらった物とやらを見せてはもらえないだろうか?」
「ええ、もちろん。1つはさっきのゴブリンさん達を呼び出す為に使いましたが、あともう1ついただきましたので」
そう言うとエンリは、首に下げていた紐をルカ達に差し出した。紐の先端を見ると、親指サイズの小さな角笛が括り付けられている。
「エンリ、と呼んでいいかい?差し支えなければ、このアイテムを鑑定しても構わないだろうか?」
「ええ、もちろんです。ひょっとしてあなた方も
「いや、そういう訳ではないのだが。少々興味が湧いてね」
ルカはそう誤魔化すと、左手に乗せられた角笛に右手をかざし、呪文を唱え始めた。
「
手の平に乗った角笛が青く光り始め、ルカの脳裏にアイテムの効能が流れ込んでくる。
アイテム名: ゴブリン将軍の角笛
効果: サモンゴブリントループの魔法が封じ込められた角笛。これにより召喚されたゴブリン軍団は、使用者の命令に絶対服従する。更に、ある特定条件下で使用すると..
アイテムの詳細はここで終わっていた。
ルカはゆっくりと目を開け、手に握ったものを黙ってエンリに返したが、その表情は確信に満ちた、ある種覚悟とも取れる目に変わっていた。
(恐らくは何の変哲もないアクセサリーに、データクリスタルを組み込んだのか。これが出来るとすれば...)
握りしめた拳を口元に当ててあれこれと考え込むルカに、エンリが心配そうに声をかけた。
「あ、あの、何か問題がありましたか?」
「ああ、いや何でもない。その角笛は大事に取っておくといい。きっと君たちの身を守ってくれる」
(ふぅー)と深いため息をついた後、ルカは単刀直入に、確信を突こうと質問した。
「村長、エンリ。良ければ村の危機を救ったという、その
「え、ええ。私の知っている範囲で良ければ」
「もちろん喜んで!私と妹のネムの命を救っていただいたお方です」
村長、エンリ、ルカがテーブルに席を付き、ルカの背後にミキ、ライルが左右に仁王立ちしている中、話しは進んでいった。
鎧に大きくバハルス帝国の紋章を付けた騎士たちが突如襲い、残虐極まりない行為で村人たちの命を奪って行った事。エンリが妹のネムを連れて森に逃げ込んだが、背中を切りつけられ、もう終わりだと諦めていたところに突如暗闇から
「その後でした。何と申したら良いか..全身を鎧と盾で武装し、ボロ切れのマントで身を包んだ巨大な、しかも体中腐り果てているような死体のごとき者が現れ、襲ってきた騎士達をいとも容易く葬っていったのです。村人には一切手を出さずに」
「私達は村外れにあるトブの大森林近くへ向けて、妹を連れて走りに走ったのですが、やがて追いつかれて背中を切りつけられ...もうだめだと思ったとき、あの方が何処となく姿を現したんです」
ルカはそれを聞いて、二人の話すとりとめのない話を脳内で組み立てた。つまり村が襲われた後、エンリ達が逃げようとして追手がかかった後に、
「エンリ、その追手がかかっていた状態で、
「はい。まず何かを言った後、右手を握りつぶすような動作をすると、一人目の騎士が倒れてしまいました。その後に二人目の騎士に向かって指を指すと、バリバリ!!と雷が走って、その騎士は黒焦げになってしまいました」
(
(試したんだ.....)そう心の中で呟いた。
ルカは背後に立つ二人を見上げた。二人共ルカの目線に頷き、返事を返してきた。
「エンリ、背中を切りつけられたと言っていたね。その後は大丈夫だったのかい?」
「ええ、その
「赤いポーションか...その続きを聞かせてくれるかな」
「はい。その後
「その、顔は腐り果てた死体のようでしたが、突如村の外れから突進してきたかと思うと、我々を襲っていた騎士達を次々と薙ぎ払っていったのです」
(デスナイト...中位アンデッド作成か。と言うことは....)
ルカはもう一点気になる事を村長に聞いた。
「騎士たちはバハルス帝国の鎧を着ていたと言っていたが、彼らは本当にバハルス帝国の騎士達だったのでしょうか?」
「いえ、村の襲撃後に駆けつけた王国戦士長と彼のお話によれば、スレイン法国の偽装かもしれないと仰っておりましたが」
「スレイン法国...それに王国戦士長? ガゼフ・ストロノーフもここに来たのか?」
「はい。実は村が襲撃されてしばらくした後、再度謎の軍団が村を包囲してきまして。何でもその軍団の狙いはガゼフ戦士長との事で、その軍団の姿形を見て、お二人がそう話していました。その後ガゼフ戦士長率いる部隊が囮として村を出ていった後に、我々を助けてくれた
「なるほど...」
(二度の襲撃、そして仮にスレイン法国だったとして、その狙いはガゼフ戦士長の命。そして魔法詠唱者の能力...)
しかしここでいくら考えを巡らせても、時間を浪費するだけだ。貴重な情報を得ることが出来たが、先程飛び出していったイグニスとユーゴの行方も気になる。最後にルカは尋ねた。
「村長、エンリ。その
「アインズ・ウール・ゴウン様です! そしてもう一人の全身黒甲冑に包まれた女性の方は、アルベドと呼ばれておりました」
(.... アインズ? アルベド? 聞いたことが無い名だ)
そう思いながらも、ルカはエンリに案内を乞うた。
「分かった。村長、エンリ、ありがとう。それで済まないが、イグニスとユーゴの向かった先に心当たりがあれば、教えてもらえないだろうか?」
左手首ににはめたバンドに目をやる。午後一時過ぎだ。まだ十分活動できるだろうと踏んで、案内してくれるエンリのあとをついていった。村長の家から5分も歩かないうちに、エンリは一つの家屋の前で足を止めた。
「ここがイグニスの実家です」
村長の家ほどではないにしろ、敷地の広い木造の平屋だった。ルカ達はその家の扉をノックし、返答を待たずに扉を開けた。中に入ると、イグニスとその母親らしき女性が抱き合っている光景が目に飛び込んだ。
「あんた!!ここ数年も連絡よこさないで...大変だったんだよ!」
「ごめんな母ちゃん、俺も冒険者ギルドの仕事で忙しくて...無事で良かった。親父は?」
「今は畑仕事に出ているよ。夕方には帰るはずさ」
どうやらイグニスの家は被害を免れたらしい。親子の会話を聞きながら、先程の村長とエンリの会話を照らし合わせて、ルカはあれこれと思考を巡らせていた。
その様子を見た後、一同はユーゴの実家へと足を運んだ。しばらく歩くと、周囲の建物から頭一つ抜け出た、頑丈そうな2階建ての家屋が見えてくる。
「あそこがユーゴお兄ちゃんの家です。この村で一番の宿屋なんですよ」
案内されるがままにその建物へ入ろうとしたが、何やら中が騒がしい。入り口をくぐると、テーブルが4つほど置かれた広いダイニングとバーカウンターが目に入った。
そのダイニング中央で、ユーゴとその両親らしき中年の男女が、ユーゴに向けて怒鳴り散らしている。
「村がこんな大変だって時に、あんたはどうして帰って来ないんだい! 冒険者のくせに、どうせ毎日酒ばかり飲んでたんだろう?」
「い、いやお袋!村が襲われたなんて情報がまるで入って来なかったんだ、悪かったよ。勘弁してくれよ」
「大体お前、仕事の方はうまく行ってるのか?冒険者稼業なんて危ない仕事はとっとと辞めて、いい加減この宿屋を継いだらどうなんだ!」
「お、親父そりゃねえよ。俺とイグニスの夢は知ってるだろう? そのうち出世して王国戦士団に入ったら、親父とお袋にも楽させてやれると思ってよぉ...」
「とてもそうは思えないけどね。それに何だいその薄汚れた格好は!その革鎧も下着も全部脱いで、とっとと風呂に入ってきな!」
何とも威勢のいい両親に説教されているユーゴを見て、ルカは苦笑しながら3人に歩み寄った。それに気づいたユーゴの両親が途端に手の平を返すように声をかけてくる。
「お客様いらっしゃいませ!本日はお泊りで?」
「ウチはカルネ村でも最高の宿屋!部屋も一流、お食事も精一杯のおもてなしをさせていただきますので、是非ウチでお泊りを!」
ユーゴが後ろを振り返ると、黒い影3人とエンリがクスクスと笑いながら立っていた。
「ちょ、ルカさん!来ていたなら声かけてくださいよもう...」
「何だいユーゴ、お前の知り合いかい?」
「ああそうだよ。こちらの方は同じ冒険者のルカさんにミキさん、ライルさんだ」
ユーゴに紹介され、ルカが言葉を継いだ。
「初めまして。私達も同じ冒険者です。このユーゴとイグニスには、今回の任務に当たり私達の護衛を任せています。以後よろしく」
「まあまあ、そうでしたか。ほら見てみなユーゴ!本物の冒険者ってのは、こういう威厳のある格好をした人達の事を言うんだよ!」
ユーゴはそれを聞いて、恥ずかしそうに頭を掻いた。
「彼の実家とあれば断る理由もありません。お言葉に甘えて、今晩はこちらに泊まらせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんですとも。ほらユーゴ!あんたも手伝うんだよ。とりあえずは井戸から水をたっぷり汲んできな!あとカウンターの掃除もだよ!」
「わ、分かったよお袋...じゃあルカさん、準備が出来るまで待ってもらってもいいですか?」
「ああ。じゃあ私達はその間村を一回りしてくるから、ゆっくり準備しててくれ」
「了解ですルカさん!」
ユーゴの実家である宿屋を後にし、エンリに案内されて村を散策した。村内には小さな畑が散在しているが、村の東寄りにはもっと広大な畑があり、更にトブの大森林から薬草を採取して、村全体の収益源としていることを、エンリは説明してくれた。
「ところでエンリ、村全体を囲んでいるこの防壁についてだが...やはり襲撃に備えて構築したのか?」
「はい。先程お見せした角笛を使ってゴブリンさん達を呼び出した後、彼らに村が襲撃されたことを説明しました。すると彼らはまず防壁を建てるべきだと教えてくれたんです。幸いにもこのカルネ村はトブの大森林に隣接していますので、ゴブリンさん達がそこから木を切り出して木材を調達し、村人達に指示を出して全員総出で防壁の建設に当たりました」
「そうか、そういう事だったのか。...エンリ、良ければその襲撃時、君に何が起きたのかを詳しく知りたいのだが」
「...ええ。それでしたら私の家でお話しましょう。少し長くなりますし」
そう促され、エンリは村の脇道に入っていった。
先程見たイグニスの実家と似通った家の前で足を止めた。扉を開けると、中から小さな女の子が出迎えてきた。
「お姉ちゃん、お帰り!」
「ただいまネム、薬草の摩り下ろしは終わった?」
「うん!ゴリゴリに磨り潰しておいたから大丈夫!」
室内に入ると、まるでシソとナナカマドに朝鮮人参をぶち込み、ごちゃまぜにしたような漢方らしき匂いが充満していた。一瞬息が詰まったが、ルカはゆっくりと深呼吸し、鼻孔に馴染ませていく。後ろではミキが、口元を手で覆っていた。
「ごめんなさい、家では薬草を作っているもので、慣れない人にはこの香りはきついですよね」
「いや、大丈夫。私もその昔は薬草やハーブにお世話になっていたからな」
エンリはテーブル上に置かれた薬草を作るための石臼を持ち上げて脇にどかすと、ルカ達三人分の椅子を目の前に運んできた。
「どうぞ、おかけください」
「ありがとう」
「ネム、すりおろした薬草を瓶に詰めておいて」
「うん、わかった!」
そう言われるとネムは、石臼ですりつぶした薬草をヘラですくい上げ、手慣れた手付きでガラスの瓶に詰めていく。
「君達は薬草の精製で暮らしているのか?」
「ええ。トブの大森林もそばにありますし、あそこは貴重な薬草が沢山手に入りますので」
「そうか。ではエンリ、これを見てどう思う?」
ルカはエンリの死角にある膝下からアイテムストレージに手を突っ込み、その中から赤いポーションを取り出して、テーブルの上に置いた。
「そ、それはもしかして、アインズ様がくださったポーションと同じ...」
「やはりそうか」
エンリの顔は動揺を隠せずにいた。その様子を見ながら、ルカは目を細める。その赤いポーションを見ながら、エンリは何かを思い出すかのように語り始めた。
「...あの騎士たちがカルネ村を襲ったとき、私は成す術もありませんでした。私達二人を逃がすためにこの家の出口を飛び出した父が、騎士の一人を抑え込み、このネムを連れて私達二人は北西の森へと必死で走りました。しかし私の父も母も、あの騎士達に殺され...」
そう言うとエンリは固く目を閉じ、嗚咽を堪えるように口元を手で抑え、涙を流していた。
「その後は、さっき教えてもらった通りなんだね?」
ルカは席を立ち、テーブルを回り込んで向かいにいるエンリのそばまで行き、肩を寄せて抱きしめた。
「...つらかっただろう。思い起こさせるような事を聞いてしまい、悪かった」
「い、いいえルカさん。もう過ぎた事です。私達は前を向いて生きねば。それが父と母への恩返しでもあります」
(この子は一切、嘘をついていない。真正面から受け止め、ありのままの事実だけを述べている)
それと同時にルカは、スレイン法国に対する苛立ちが湧いた。やはり前回の調査で潰すべきだったか、という後悔が再燃していた。
「エンリ、話を聞かせてくれたお礼に、この赤いポーションを君にあげよう。効能は、君の言うアインズ様の物と同じだ。いざという時に備えて、大切に持っていてくれ」
「あ、ありがとうございます」
そういうとエンリはテーブルの上に置かれたポーションを手に取り、大事そうに胸元へ引き寄せて握りしめた。
「それともう一つ聞きたいことがある。この村に、
「え、ええ。つい最近移住してきたのですが、私の友人でもあるンフィーレア・バレアレと、彼の祖母であるリィジー・バレアレさんがこの村に住んでいます」
「ンフィーレア・バレアレ?! 冒険者ギルドの話では、彼は未だエ・ランテルに住んでいるとの事だったが...今この村にいるのか?」
「ええ。つい最近ですがカルネ村に移住してきまして。よろしければご案内してさしあげますが」
「分かった。済まないが是非頼みたい」
「もちろんです。あなた達のような立派な冒険者に会えるなら、きっと彼も喜ぶと思いますよ!」
家に残ったネムを後にし、エンリとルカ達一行は斜向かいにある家へと向かった。扉をノックすると、「はぁーい」という甲高い声が響く。
扉が開かれると、中から少年がひょこっと顔を出した。年齢は恐らく15か16才くらいだろうか。きれいな金髪の前髪が目にかかり視線を隠しているが、顔や体の線の細さから、幼さが見て伺えた。
「やあエンリ!よく来てくれたね」
「こんにちはンフィーレア」
「今日はどうしたんだい?薬草でも足りなく...」
ンフィーレアはエンリの背後に立つ、見るからに怪しげな黒づくめの3人を目にし、言葉に詰まってしまった。
「え、えーとエンリ、そちらの方は?」
「この村を調査しに来られた冒険者の方々よ。エ・ランテルでンフィーの噂を聞きつけて、話を伺いたいそうなの」
目を見ないでも分かるほど、少年はルカ達3人を警戒している様子だった。仕方なくルカはエンリの隣に立ち、首にぶら下げられたプレートを提示した。少年の顔に驚愕の表情が浮かびあがる。
「これはもしかして、アダマンタイトのプレートでは?!」
「自己紹介が遅れて申し訳ない。私はルカという冒険者だ。訳あってこのカルネ村を調査しに来た者だ。村長にも話を通してある。後ろの二人は私の仲間たちだ、安心してくれ」
「そ、そうだったんですか。とりあえず立ち話も何ですから、家の中へどうぞ。散らかっていますが...」
「ああ、構わない。ありがとう」
部屋の中へ入ると、先程のエンリの家以上に強烈な薬品臭が鼻をついた。中央に置かれたテーブルの上には液体の入った無数の試験管が並び、その隙間に羊皮紙等が散乱している。部屋の奥には、2、3メートルはあろうかという巨大な蒸留器が湯気を上げていた。
「す、すいません今すぐ片付けますので!」
ンフィーレアは慌てて試験管立てをテーブルの隅へと追いやり、その下に敷かれたスクロールを閉じていく。その後部屋の空気を入れ替えるべく、格子戸を開け放った。
「お待たせしました!どうぞそちらへおかけください」
窓から新鮮な空気が入り、幾分薬品臭が薄らいできた。ルカ達3人とエンリは、横に広く伸びるテーブルの長椅子に腰掛けた。エプロンをしたままのンフィーレアも、その向かいに腰掛ける。すると部屋の奥から、ホワイトブリムを被りメイド風の格好をした女性が紅茶を運んできた。二房の赤い三つ編みと浅黒い肌が特徴的な、美しい女性だ。
「ようこそお客様。どうぞごゆっくりしていってくださいっす」
ルカ達とンフィーレアの前に紅茶を置くと、再び蒸留器の向こうにある部屋へと下がっていった。一介の村人がメイド?とルカは思ったが、
「突然押しかけて済まない。エ・ランテルでも有名な薬師の君がこの村にいると聞いて、是非一度話したいと思ってね」
そう言うとルカはフードを下げ、顔を露わにした。それに合わせるようにミキとライルもフードを下げる。ルカは努めて笑顔を作った。相手を警戒させないように。
それを見て少し安心したのか、ンフィーレアは口を開いた。
「いいえ、とんでもありません!アダマンタイトの冒険者に会えるなんて、滅多にないことですから」
「そう言ってもらえると助かるよ。早速なんだが、君は希少なタレントを持っているそうだね?」
「......」
何故かンフィーレアは口を閉ざしてしまった。ルカの脳裏で、
「誤解しないでほしい。私達は君のタレントには一切興味がない。確認の意味を込めて聞いただけだ。それよりも一番聞きたいのは、君が2ヶ月ほど前冒険者ギルドに依頼した内容についてなんだ」
「...どのような事でしょうか?」
「トブの大森林での薬草採取を目的とした護衛の依頼を申請したね?」
「ええ。それが何か?」
「悪いが調べさせてもらった。その時君は、あるカッパープレートの冒険者を名指しで指名している。私達が知りたいのは、その冒険者...モモンの事なんだ」
「.....その事に関しては、別段お教え出来ることは何もありません。無事に薬草採取も終わりましたし」
前髪に隠れたンフィーレアの目が一瞬覗いた。頑なに心を閉ざしている事が伺えたが、それ以上にエンリの方をチラチラと見ながら、気にしている様子だった。
「エンリごめんね、ンフィーレア君と二人きりで話したい事があるんだ。済まないが外で待っていてもらえるかな」
「え、ええ。私は構いませんが」
「ありがとう。ミキ、ライル、その間エンリを護衛しろ」
「「了解」」
エンリが席を立つと同時に、黒づくめの二人はフードを目深に被り直し、その後を着いて扉を開け、外に出た。ンフィーレアが心配そうにエンリの後ろ姿を見送る。扉が閉じると、ルカは再度質問を切り出した。
「ンフィーレア。私達は決して君たちに危害を加えない。その証として、このアイテムを君に見せよう」
ルカはマントの下に手を入れる振りをしつつ、アイテムボックスから小さな何かを取り出し、テーブルを挟んでンフィーレアの前に置いた。それは、血で真紅に染まった牙のような、エナメル質の塊だった。
「これは一体?」
「口で言うより、鑑定したほうが早い。見てごらん」
「で、では失礼して...
見たこともないアイテムを目の前にして、ンフィーレアの知識欲は躊躇しなかった。手をかざした牙が鈍く光り、その効能が頭の中に流れ込んでくる。が、ンフィーレアは咄嗟に牙から手を離した。
「ル、ルカさん...とおっしゃいましたね。何故このような汚れた...いや、呪われたアイテムを!?」
「君に信じてもらうためだよ。このアイテムは、さっきも居た私の部下達以外に見せたことは一度もない。この世界では、君が恐らく初めて目にしたはずだよ」
「し、しかしこれは...こんな...。可能なのですか?このような事が?」
「ああ、可能だ。何より君自身、この世にあるすべてのマジックアイテムを使いこなせるという希少なタレントがあるなら尚更だ。君にも使用できるはずだよ」
そう言うとルカは手を伸ばし、ンフィーレアの手元に置いてある赤い牙を取り去り、懐に収めた。
「少しは価値を理解してもらえたかな?」
「か、価値、ですって? そんなものに価値があるとは、とても思えません!」
「ならもっと禍々しいアイテムを見せようか?君が見たこともなく、更に目を背けたくなるような物を」
「っ....!」
そう言われて頭の中では拒絶したが、ンフィーレアは知りたかった。だがそれ以上に、このアダマンタイトプレートを持つ女性が何者なのかを知りたかった。
「一体僕にどうしろというのですか!」
「別にどうもしないさ。聞きたいのはこれの事だ」
そういうとルカは、トンとテーブルの上に小瓶を置いた。中には血のように揺らめく液体が詰められた、真紅のポーションだった。
「それは...」
「やはりこれを見たことがあるのか。エンリが言っていた。この村を虐殺から救ったというアインズ・ウール・ゴウンという人物からもらったとな」
「....!」
「勘違いしないでほしいが、何も君を責めているつもりはない。私は真実を知りたいだけなんだ」
「....これ以上あなたにお話することはありません。どうぞお引き取りください」
「........そうか、分かった。そのポーションは置いていく。だがいずれまた会おう、ンフィーレア・バレアレ」
これ以上引き出すのは無理と判断したルカは静かに席を立ち、ンフィーレアの家を出た。外にはエンリを中心として、ミキとライルが周囲を見張っていた。
「ルカさん!ンフィーとの話はどうでした?」
「ああ。ありがとうエンリ。おかげで貴重な情報が手に入ったよ」
「それはなによりです!」
「じゃあ私達は一旦宿屋に引き上げるから、エンリも家に帰るといい。村の案内、感謝する」
「いいえ、また何かお手伝いできることがあれば、何なりとお申し付けください」
「分かった、そうさせてもらうよ」
そう言うと、二者は別々の方向へ歩いていった。
ルカ達が宿屋へ戻ると、ユーゴが走り寄ってきた。
「ルカさん、部屋の準備はバッチリでさぁ!メシの用意も夕方には出来るんで、それまで部屋でゆっくり休んでてくだせぇ」
「OK、ありがとうユーゴ。そうさせてもらうよ」
「承知しました!」
ンフィーレアとの陰鬱な会話が吹き飛ぶようなユーゴの威勢の良い声に、ルカは少なからずホッとしていた。二階に上がり、四人部屋に案内された。入り口の左右には木製のクローゼットがあり、中を開けるとハンガーが吊るしてある。
一通り部屋の中を確認してから、ルカ達はそれぞれベッドに腰を下ろした。
「ルカ様、いかがでしたか?」
「ああ。
ライルが野太い声で訪ねてくる。
「では、あのタレント持ちの少年は?」
「頑なに心を閉ざしていたから判別し難かったが、恐らくこのカルネ村を救ったというアインズウールゴウンと、冒険者モモンとは何か繋がりがあるように思えた」
「確証は?」
「
「その反応からすれば、不確定ではありますが可能性は高いと言えるでしょうな」
「ルカ様、次は如何様に動きましょうか」
「そうだな...残っているのは、召喚されたゴブリン達からも話を聞きたいところだが、北東のエンプティーフィールドも気になる。どっちから先に攻めるかだが...」
ルカは左腕のリストバンドに目をやると、午後3時を回っていた。まだ時間はある。
「よし...まず北東の草原を調べよう。
「あの地帯までは推定10kmほどかと存じます」
「日が落ちるまでには戻ってこれそうですね」
「よし、では行こうか」
3人は同時にベッドから立ち上がり部屋を出る。宿屋の階段を下り出口を抜けて、建物左側にある厩舎へと向かった。
「おおーよしよしテキス腹減ってたんだな、たんまり食っとけよ。こらメキシウム、お前水ばかり飲んでると腹壊すぞ! ほーれこの村の飼葉は特製だ、うまいぞ~?」
今にも踏みつぶされそうな重馬種2頭の前にしゃがみこみ、平然とニコニコしながら馬の世話をしているユーゴが目に入った。2頭の馬はすっかりユーゴに懐いてしまっている様子だ。ルカ達3人はすぐには近寄らず、微笑ましい様子でユーゴと馬2頭をしばらく眺めていた。しかしユーゴの背後に立つ主人達の存在に気付いた2頭の馬は頭を上げ、首を震わせると(ドッドッ)と前足を地面に叩きつけた。
「こらこら!急に動くんじゃねえ.....って、ルカさん?!」
「ユーゴ、ご苦労様。二人を世話してくれてありがとう」
「いや何、俺ぁ昔っから動物が大好きでしてね。好かれやすい質なんでさぁ」
「.....その子たちは本来なら、私達が与える餌しか食べないんですよ」
ミキが嬉しそうに微笑み、ユーゴに応える。
「お前、ユーゴと言ったな。その2頭を手懐けるのに、我らがどれほど苦労した事か。しかしほんの数時間の間にお前と、そしてあのイグニスはその二人と心を通わせた。我らからしてみれば、信じられない光景だ」
ミキの言葉を引き継ぐように、ライルもニヤリと笑いながら答えた。
「え、ええ?! いやライルの旦那、そんなに大した事じゃないですって! 腹割って話しゃあ、こいつら別に何にも恐いことなんかありゃしませんぜ」
「そうか、愚問だったな、ハッハッハ!」
ここへ来て、ライルは初めて豪快に笑った。体が揺すられる毎に、マントの下に隠れた武装が重なり合い、音を立てる。
「ユーゴ、私達は少し村の周辺を探ってくる。馬車を出したいんだが、構わないか?」
「ええ、もちろんでさぁ! 今連結器を繋ぎますんで、少々お待ちを」
そういうとユーゴは、メキシウムの左側から入って連結器を持ち上げた。
「それと私たちが外に出ている間、村の警護を任せるぞ。何かあればエンリと、あのゴブリン達に協力してやってくれ。2時間程で帰る。イグニスにもそう伝えておいて」
「了解しました!」
そう答えながらユーゴは、2頭の馬左右の連結器を(ガチン!ガチン!)とロックすると、厩舎からゆっくりと手綱を引いて馬車を路面に誘導する。
「....それにしても本当に大人しいわね」
「ああ、もはや警戒心の欠片もない」
2頭の重馬種を繋ぐ手綱を引くユーゴを見て、ミキとライルが驚嘆の声を上げていたが、
馬車が道路沿いに出たところで、ミキが影二人に声をかけた。
「それでは御者交代ですね。ルカ様、ライル、馬車に乗ってください。ユーゴさん、私達が居ない間、村を頼みますよ」
(トン)と地面を蹴り、フワリと御者台に乗り込んだミキがユーゴに微笑を返す。
「ミキさん、ドーンとお任せくだせぇ!」
何故かユーゴの顏が紅潮している。
「ハッ!」
ミキが手綱を軽く叩くと、村の南にある唯一の出口に向かって馬車は疾走した。
──────────────そして馬車の車内
「...ルカ様」
「ん?」
「僭越ながら、
「ああ、うん。その事か...」
「あなた様が抱えていた苦しみ、出来る事ならこの私めが肩代わりして差し上げたかった」
「...ごめんねライル、心配かけちゃって」
ルカはそう言うと、向かいに座るライルの膝に手を乗せた。
「いいえ!そのような事は。しかしルカ様は私達の創造主。正直申し上げましてその、気に病む所もあり....」
「そうか.....フフ、昨日ね」
「は.....」
「バカみたいに泣いちゃった」
「.....ルカ様」
「何年ぶりだろう、あんなに辛くて泣いたのなんて」
ルカは目を下に落とし、思い出すかのように微笑した。
「....以前あなた様は、ミキにも、そしてこの私にまでも事の所在を詳細にお伝えくださいました。ですがこの私には、心の支えとはなれども、全ての傷を癒すことは叶いませぬ故」
「分かってるよライル。言っておくけど、何にも隠してないからね?」
そう言うとルカは席を立ち、向かいにいるライルの頭を両手で包み込み、優しく抱きしめた。激しく揺れる馬車の中で、一時の静寂が訪れた。
「ル、ルカ様」
「ライル....ライル。泣かないで。もう認めたの。私はもう、抵抗するのに...疲れちゃった」
ライルを抱きしめたルカの左肩に、ボタボタと大粒の涙が零れ落ち、嗚咽を出すまいと全身を震わせながら耐えていた。
ルカはライルの頭から手を離すと、マントの袖でライルの涙を拭いた。
全身筋骨隆々、そしてまさに(鬼神)と呼ぶに相応しいライルのゴツゴツとした険しい顏が、ルカの顏を正面に見据えて身を打ち震わせている。
「わ、わたしは!!」
ライルは泣くまいと天井を見上げ、大声を出した。
「何十年、何百年経とうとも、ルカ様はルカ様でございます。わが主、ルカ様。どうかそれをお忘れなきよう....」
「....ありがとう。ライル、こっち向いて」
ルカはライルの頬を掴み、正面へ向けさせた。
「頼りにしてるよ、ライル」
「はっ!! お任せくださいませ!」
ライルの目頭に溜まった涙を再度親指で拭い去ると、ルカは自分の席に腰を下ろした。
数分の沈黙が流れる。
「ルカ様、もう一つお伝えしたいことが」
「...ユーゴの事?」
「はい、あの男は特殊な才能を持つ者かと進言いたします」
「それはつまり....
「左様でございます。いまだ自ずと気づいていない様子でしたが」
「それにあの生まれ持った
「ユーゴはともかく、ルカ様はあのイグニスに対してどのような可能性をお考えで?」
「それは....まだ分からない。漠然とした思いというだけだよ」
「育む....という事でしょうか?」
「そうだ。言わばテストをしてみるまでという事さ」
「....かしこまりました」
その時だった。馬車が急停車し、御者台のミキを含め3者全員の脳裏にレッドアラートが点滅した。3人に緊張が走る。ルカは御者台に通じる窓を開け、ミキに呼び掛けた。
「ミキ、いい位置だ。馬車を下りて確認するぞ」
「了解しました」
ミキは御者台を飛び降り、ルカとライルが馬車内から飛び出すと、目的地とは逆にある南側の草陰へ身を潜めた。ルカが二人へ指示を飛ばす。
「
「おおよそ50体」
「距離は?」
「草原まで約2km」
「OK、まだ気づかれてないな。このまま東へ移動する」
南側の草陰に沿って、3人はひと固まりとなり東へと移動を開始した。
そうして3人が500mほど東へ移動して草陰に身を潜め、全員が北に目を凝らし動きを止めた。
「ルカ様、これは....!」
「おいおい当たりも当たり、大当たりじゃねえか」
「いかが致しましょうか?」
「待て。
魔法を唱え、強化されたルカの視界がズームインする。約1.5km先、目の前に開けた草原の最奥部に、4つの小高い丘が視認できた。範囲が広すぎる為、周辺にいる敵の総数までは確認できなかった。
「あんな丘があるという情報は、カルネ村でも得られなかった。遺跡の類か?」
「いやそれよりこの敵の数...尋常じゃありません」
「突入するのであれば、西側にあるトブの大森林沿いに攻めるのが得策かと思われますが」
「いや...まだ明るすぎる。それにこの区域の大体の状況は掴めた、やはり何かありそうだ。一度村に戻り、明日の夜明けに再度ここへ来よう」
「了解しました、ルカ様」
「ライル。馬車まで撤退後、即座にカルネ村まで帰投。御者はお前に任せる、いいな」
「かしこまりました、ルカ様」
そういうと草影に潜んだ三人の影は、脱兎の如く後方500mにある馬車まで疾走した。
--------------------カルネ村 午後18:21
ユーゴの宿、(蒼銀のカルネ亭)へ戻ったルカ達は、馬車と馬をユーゴに預け、宿一階にあるバーカウンターで一息着いていた。
ユーゴから知らせを受けたのか、3人が酒を飲んでいるところへイグニスが割って入ってきた。
「ルカさん!守備はどうでした?」
「ん? イグニスか、村に異常はなかったかい?」
「はい、至って静かなものでした」
「なら良かった、まあ座れよ」
ルカがそう言うと、右に座っていたライルが一つ隣の席に座り直し、イグニスの席を空けた。
「い、いえライルさん!そんな...」
「ほら、いいから座る!」
右隣に空いたカウンターチェアに(ポンポン)と手を乗せると、ルカは隣に座れとイグニスに促した。
慌ててイグニスが席に腰掛ける。
「オッケ、何飲みたい? エール酒かワインか、それとも地獄酒?」
それを聞いたライルが、ニヤリと笑う。
「いっいえ、自分はエール酒で結構です...!」
「そっか。マスター!あたしとこいつに、キンッキンに冷えたエール酒2つお願いね」
「あいよ!」
マスターが冷えた大ジョッキにエール酒を流し込み、ドン!と二人の前にジョッキを威勢よく叩きつけた。
「そんじゃ、ユーゴには馬の世話任してるから後になるけど、先にやっちゃおうか。カンパーイ!!」
ルカが中央でジョッキを高く掲げると、左にいるミキが身を寄せて、なみなみと入った赤ワインのグラスを掲げ、ライルは左にいるイグニスを跨ぐように巨大な地獄酒のジョッキを掲げ、イグニスはその勢いを見てあたふたしながらルカの掲げたジョッキに合わせるように、割れんばかりの勢いで4人の中央で(ガツン!)とジョッキをぶつかり合わせた。
ルカが今までの緊張と喉の乾きを一気に潤すべく、大ジョッキを飲み干していく。ライルもそれに合わせるかのようにグイグイと地獄酒を一気に煽る。
ミキは大口のグラス半分程を飲み干し、一息ついている様子だ。それに負けじと、イグニスもエール酒ワンパイントを一気に飲み干した。
そこにいた4人全員が、とてつもなくディープなため息を付く。全員目がうっとりしている。
「ミキはボトルあるからいいよね。マスター、エール酒二杯と地獄酒一杯おかわりね! てかユーゴ遅いな。呼び出すか。
酒を飲んで勢いづいたルカが、ユーゴに
『ユーゴ。ユーゴ! 今どこにいるの?』
『へ?』
『へ?じゃなくて。魔法だよ!馬の水と餌の用意はもう終わった?』
『ちょ、ルカさんですかい?!』
『そうだよ、終わったんなら早く宿のバーに来て。みんな待ってるよ』
『な、何かよくわからねえですが、今すぐ行きますんで!』
『ダッシュね』
『わかりやした!!』
そこでブツン!と
間もなくして、宿の入り口から本当にダッシュしてきたユーゴが飛び込んできた。
「遅いよー、何してたの?」
「いやすんません!テキスとメキシウムがあんまり懐いてくるんでその、俺もつい構っちまって」
ルカにそう言われたユーゴの顔は、とても満足げであり、嬉しそうだった。その様子を見て、ルカは彼に促した。
「わかった。いいからほら、ミキの隣に座って。何飲みたい?」
「好きなの頼んでいいすか?」
「もちろん」
「ありがてぇ、親父!爆弾割りジョッキで頼む!!」
「爆弾割りってお前...この人たちの護衛任務なんじゃ」
「ああ、いいんですよマスター。もうすぐ夜も更けますし、何かあったら私達がカバーしますから」
「ほんとにいいんですかい? お客さんがそういうなら、出しちまいますが」
爆弾割りとは、エール酒4、地獄酒6の割合で割った一種のハイボールの事である。ヘタにミックスされてる分、酒の回りも恐ろしく早く、早く酔いたいという本物の飲ん兵衛しか頼まないような代物だ。
「はい、じゃあもいっかい、カンパーイ!」
5人でカウンターに並びガツンとグラスをぶつけ、再度煽るように飲み干して、マスターにおかわりをした。ミキの隣に座ったユーゴは、何故かとても幸せそうだった。
それぞれがアルコールの力もあり、体の力もほぐれ、解き放たれている。そんな中、ルカはイグニスに質問した。
「イグニス、北東に行ったことは?」
「北東? 草原ですよね。あそこには特に食料となるモンスターもいませんし、それだったらトブの大森林手前で食料狩りをしたことでしたら、何度もありましたよ」
「だよなー。普通そうなるよな」
酒に強いルカは、アルコールで体が弛緩し、体の疲れが取れていくことを感じながら、そう答えた。
「あ!!ルカ姉!それだったら俺もちょいとした噂を聞きましたぜ!」
馴れ馴れしく呼んだのは、爆弾割りで一気にテンションが上がってしまったユーゴだった。しかしルカに取って彼が呼ぶその言葉は自然であり、一切抵抗を感じなかった。
「何?噂って」
「いや何でも村人と、この村を護衛しているゴブリンに聞いた話なんですが、村の入り口や内部で時折、影のような何かを見るというんですよ」
「影?死霊系のモンスターか?」
「いやそれがどうも違うらしくて、地面を這っているという点で証言が一致しておりやす」
「地面を這う...シャドウデーモンか」
ルカはそれを聞いて顎に手を当てた。たかだかLv25〜30の悪魔系モンスターだが、偵察という観点では非常に秀でている。ただ彼らが出ているということであれば、そこに当然不可視属性のモンスターも混じっていて当然と考えるのがごく自然だ。
「イグニス、ユーゴ。お前達にこれを渡しておく」
そう言うとルカは、口径約9mm、長さ15センチ程の、銀色の金属で包まれたライフル弾のような物を2つ渡した。
「いいかイグニス、ユーゴ。私達は夜明け前にこの村を離れて、再度北東に向かう。もし明日、万が一村に何かあったら、この筒を地面へ向かって思い切り叩きつけろ。これは狼煙だ。周囲を劈く強烈な音と共に、上空へ合図を送るための警告となる。わかるな」
「え、ええ。ルカさん達へ知らせる為の狼煙ですね?」
「そうだ。これを使うことに躊躇するな。少しでもヤバいと思ったら使え。即座に私達は戻ってくる」
「わかりました」
「ユーゴ!いいね、君もだよ?」
「りょーかいです...ルカ姉!」
「うん、お願いね」
ビシッ!と敬礼のような構えをするユーゴの目をルカは見たが、その目には泥酔ではない、確固たる意志が見て取れた。それを見て、ルカは安心した。
「明日が本番だ、イグニス、ユーゴ。もし万が一村が襲撃にあったなら、何があってもさっき渡した狼煙を叩きつけろ。それが明日の君たちの任務だ、いいな?!」
「わかりました、ルカさん!」
「もう愛して...ゴホン!何が何でもやり通しますぜ、ルカ姉!」
「よろしい! では本日はここで解散! 皆明日に備えて寝るように。いいね!」
時間は既に午後10:00を回っている。一日中張り詰め、酒を飲んでリラックスしたにしてはいい時間だ。
イグニスは実家に帰り就寝。ユーゴはそのまま実家にある自室で就寝。ルカ、ミキ、ライルはそれぞれ、2階の4人部屋へと上がって行った。
三人はそれぞれ、同じ部屋で武装を解除していく。
マントを脱ぎ、レザーアーマーを脱ぎ、シャツ一丁の姿になる。そして思い合わせたようにルカとミキはバスルームに向かった。そしてライルは、吊り下げられたルカとミキの武器を手に取ると、中空から鍛治用のレザー装備を取り出し、それを身に着けていく。
そして静かに階下へ降りていくと、宿の外へと出た。入り口左にある厨舎の側へ寄ると中空の暗闇へ両手を伸ばし、その中からとてつもなく大きな窯を取り出した。大きな鞴の付いた窯だった。
それをドスン!と地面に起き、ライルは火をおこした。(シュゴー、シュゴー)と大きな火を起こしていき、それはいやでも人の目につくほど目立っていった。
真っ赤に燃え盛る窯の中に、ライルは一本ずつ刀を差し込んでゆく。そして手にしたハンマーを用いて、丁寧に、しかし力強く刀を錬成していく。
「ライルさん、お疲れ様です」
分厚い革エプロンに身を包むライルに話しかけたのはイグニスとユーゴだった。
「何だお前達、寝たんじゃなかったのか?」
「今日は色々ありましたし、俺らどうもなかなか寝付けなくて。ところで、そんなスキルもお持ちなんですか?」
「これはスキルではない、サブクラスだ」
「てぇことは、俺達でも習得は可能なんですかい?」
「ああ、もちろん可能だユーゴ」
「それは...ルカさんの武器ですよね」
「そうだ。ミキの武器でもある」
「もし良ければ...見せてもらってもよろしいでしょうか?」
「ルカ様からは許しをもらっている。構わない。ただこれは絶対条件だ。もしお前たちがこれを口外すれば、俺は躊躇なくお前たちを殺す」
「ライルさん、ご安心ください。誰にも言いません」
「ええと、俺も。ライルさん!」
「よかろう、ではこれを手に取れ」
そう言うとライルは、窯の中に入った真っ赤に燃え盛る一対のロングダガーを引っ張り出し、イグニスに手渡した。
「これが彼女らの武器だ。遠慮は要らない、鑑定してみろ」
「では失礼して。
そう唱えた途端、イグニスの脳内にとんでもない情報量が流れ込んできた。総じて、血の香りがする程の禍々しい効果が列挙していた。悪寒がイグニスの中に芽生える。それを他所に、ライルは自分の背中に吊るしてある剣を抜いて、窯の中にそれを突っ込んだ。恐ろしく巨大な、剣と言うにはあまりにも強大な鉄塊の如く肉厚の剣。ライルが鞴を前後させると一気に窯の炎の勢いが増し、みるみるうちに大剣が赤く熱されていく。
イグニスはゴクリと固唾を飲み、黙ってライルに赤く熱されたロングダガーを差し出した。
「どうだ、興味深いだろう?」
そう言いながらライルはロングダガーを受け取り、金床の上に乗せた。地面に並べられた鍛冶道具からハンマーを取り出し、ロングダガーへ振り下ろすと赤い火花が散った。
「ラ、ライルさん...あなたたちは、このような武器を一体どこで手に入れたのですか?」
「どこでだと思う?」
ライルはニヤリと笑いながら、金床に向かってハンマーを振り下ろし続けた。
「いえ、その...全く想像が出来ません。こんな強力な...いや、恐ろしい武器など、見たことも聞いたこともありません。まるで...まるで、殺意の塊のような、この武器は...」
「フフ...イグニス、ユーゴ。お前たちはガル・ガンチュアという言葉を聞いた事があるか?」
そう聞かれた二人は顔を見合わせて、目を瞬かせた。
「いや、聞いたこともありやせんぜ、ライルの旦那」
「俺も同じです、ライルさん」
「そうか...」
ライルは短くそう答えると、修理の終わった漆黒のロングダガーを手に取り、天高く掲げて月明かりに照らし、刃渡りの状態を確認した。そして静かにロングダガーを金属製の鞘に収め、そっと金床の上に置き、再び夜空を見上げた。
「私達は...その先にある場所を目指して、長い...本当に長い旅を続けてきた。ガル・ガンチュアというのは、ここより遥か南方にある山岳地帯の更に奥、とある一地点...いや、特異点を指す。そこにあると思われる、カオスゲートを目指してな」
ライルは遠い目を空に向けながら、窯の中で真っ赤に熱されている自らの武器、大剣を取り出して金床の上にゴトンと乗せた。
「...ライルの旦那。つまりその強力な武器は、旦那の言うカオスゲートってとこで手に入れたということですかい?」
「そうとも言えるし、そうとも言えない。要するに、簡単に手に入るような代物ではないと言うことだ。私の手も大分入っているしな」
「ライルさん、これは、この武器もライルさんのその大剣も...もしかして、以前にルカさんが言っていた、
ライルは無言で再度ニヤリと笑いながら、自らの大剣に向かってハンマーを叩きつけた。
「その時が来たら、お前達には全てを話してやろう。だから今日はもう寝ろ。明日は忙しくなるぞ」
「分かりました。では明日にまた」
「ライルの旦那、話の続き楽しみにしてやすぜ!」
そう言うとイグニスは実家へ、ライルは宿屋の中へ戻っていった。
-------------------------蒼銀のカルネ亭 午前3:30
左手に巻かれたバンドが振動し、それに気付いてルカは目を覚ました。ベッドから起き上がると同時に、ルカの気配に気付いたミキとライルもベッドから身を起こし、三人は下着姿のまま部屋の中央で円陣を組むように立ち並んだ。
ルカは大きく背伸びをして目を掻き、ミキは立ったまま上半身を折りたたんでストレッチするように体を伸ばし、ライルは左手首を右手で強く握り、ゴキリと腕の骨を鳴らした。
そして3人は円陣の中央で(ゴツン)と拳をぶつけると、それぞれがクローゼットに向かって散っていき、装備品を身に着け始めた。
ルカ、ミキと同様に、ライルも漆黒の禍々しいレザーアーマーを着込んでいく。唯一異なるのは、軽々と片手で持ち上げ、背中に吊り下げて装備した肉厚の大剣だった。その剣は漆黒だが、刃の部分のみが青く、暗く、怪しく光っている。
装備を終えた3人は再度部屋の中央へ立ち、お互いを確認した。装備に不備のないことを確認すると、ルカは二人へ静かに告げた。
「行くぞ」
そう言うとルカは踵を返し、部屋のドアを開けた。三人は床の軋み一つ立てずに階下へと降り、宿屋脇の厩舎へと向かった。テキスとメキシウムが気配に気づき、座っていた体を立ち上げて首をブルンと震わせた。
ミキとライルが左右に回り込み、馬車との連結器を持ち上げて手際よく連結器をロックした。二人が二頭の手綱を引いて舗装された道へと馬車を誘導する。
「今日は私が御者の番ですな。ルカ様、ミキ、馬車に乗ってくれ」
「昨日の地点は覚えているな?あそこで馬車を待機させよう」
「了解しました、ルカ様」
ルカとミキが馬車に素早く乗り込むと、ライルは手綱を強めに叩き、村の出口に向けて馬車を発進させた。
北東の街道に出ると、ライルは更に力強く手綱を叩いた。グン!とスピードが急激に上がり、暗闇の中を恐ろしく早いスピードで疾走していく。ライルはここで魔法を唱えた。
「
視界が緑色に変わり、星の光で強化された周囲の光景が、まるで昼間のようにライルの目に映し出された。
道の両脇にある湿地帯に馬車がはまらないよう、手綱を左右に静かに振りながら、スピードを一切緩めずに突き進んでいく。
5キロ程進んだところで、空の色が暗闇からダークブルーの明け方へと徐々に変わってきた。
「...間に合いそうだな」
「ええ、この調子で進めば十分かと」
馬車内から窓の外を見たルカとミキが、お互いの顔を見合わせる。ルカは御者側の窓を開けてライルに声をかけた。
「ライル、手筈通りにいくぞ」
「かしこまりましてございます、ルカ様」
しばらくして、ライルは馬車を急停止させた。先日ミキが停止させた位置とほぼ同位置だ。3人の脳裏には既にレッドアラートが点灯している。
ライルは御者台を飛び降り、茂みに身を潜めた。ルカとミキも馬車内から飛び出し、ライルのいる南側の茂みに身を寄せた。
「
「はい。いかが致しましょうかルカ様」
「待て。
ルカは向かう先の道を確認した。ここから見る限り、周辺も
敵には気付かれず、こちらは敵の位置を把握出来る...PvP(Player vs Player)、及びGvG(Group vs Group)、更には戦争レベルのギルドvsギルド戦においても、必須と言って良いスキルだとルカは確信していた。だからこそルカは、ミキ・ライルを創造する際にこの能力を与えた。
そして彼女の友、プルトン・アインザックにも。
三人は音を殺しながら茂みの中を500メートル程東へと移動し、しゃがんだままお互いを見合って頷くと、3人同時に、同じ呪文を詠唱した。
「
そう唱えると、アイテムストレージを開く時のような黒い空間が三人の体の横に開き、その穴が三人の体に覆い被さり、包み込んでいく。そしてその穴がピタリと閉じると、三人の影も形も、息遣いすらも掻き消えてしまった。
この魔法は、通常の不可視化魔法とは異なる。光の屈折等による不可視ではなく、亜空間に入り込む事で存在そのものを三次元から掻き消す。
よって通常の
しかし逆に言えば、
但し、その代償として
ルカは二人に向けて
『各員応答せよ』
『こちらミキ、イネーブル』
『ライル、イネーブル』
『これより周辺の索敵及び強行偵察を開始する。ミキは向かって左側第一目標、ライルは第二目標を当たれ。俺は第三・第四目標を当たる。尚本作戦は
『ミキ了解』
『ライル了解』
『これよりスクロールのオートマッピング共有化を行う。...3、2、1、共有。各員装備品チェック』
『こちらミキ、対即死及びINTブースト、完了(INT=知性)』
『こちらライル、対物理及びSTRブースト、完了(STR=腕力)』
『こちらルカ、対魔法及びCONブースト、完了(CON=体力)。これより状況を開始する。索敵終了後は各自RVポイントで待機。いいな?』
『ミキ了解、
『ライル了解、
『.....状況開始!』
三人はそれぞれの目標に向けて弾けるように駆け出した。現空間の裏側に居るため、草原を駆け抜けても草木は三人の体を通り抜け、音一つすら立てずに疾走していく。
『こちらルカ、目標まで約1キロ。東側第三目標付近でシャドウデーモン30体程を視認』
『こちらミキ、同じくシャドウデーモン20体程と
『こちらライル、シャドウデーモン約70体と、
『『70体?!』』
ルカとミキがあまりの数の多さに思わず声を上げた。
『あからさまに怪しいな...』
『いかが致しましょう、ライルのいる第二目標を重点的に調べましょうか?』
『...いや、地形が変わっている以上、とりあえずはこのエンプティーフィールドのマップを埋めたい。各自目標周辺の偵察を続行』
『『了解』』
ルカはシャドウデーモンを踏まないよう注意しながら、第三目標である小高い丘の西側を疾走していた。そのまま丘を通り越し、丘の裏の北側に開ける草原を大回りに右へ回ると、第三の丘と第四の丘の間目がけて突進する。2つの丘を8の字状に周り、一気にマップを埋めようという考えからだった。
『こちらルカ、第三目標北側を周回完了、シャドウデーモン20体を視認。これより第四目標に向かう』
『こちらミキ、第一北側を周回完了。ソウルイーター10、シャドウデーモン3体を確認』
『こちらライル、第二目標北側の丘沿いにデスナイト5体、シャドウデーモン30体を視認。間もなく第二北側の周回を完了』
『...第二だけやけに守りが固いな。それにデスナイトか』
『そうですね、私の第一目標周辺はトブの大森林と隣接していますが、比較的草原西側の守りは薄いかと思われます』
『いかがいたしましょうルカ様、このまま偵察を続行しても?』
『ライル、現在のロケーションは?』
『
『OK、次の指示を出す。RVポイントをライルの現在地に変更。各自持ち場の偵察が完了次第、ライルはRVポイントまで戻り待機、ミキはRVポイントでライルと合流し、俺が第四目標の偵察を終えるまで二人共そこで待て、いいな?』
『『了解』』
ルカの疾走するスピードが跳ね上がる。恐らく本命は第二だ。しかし念には念を込めて迅速に第四目標周辺を偵察し、自分も二人と合流する。じれったいが、万が一異常が起きた際の脱出経路を確保しておく為にも、マップの全てを埋めてから行動するほうが賢明だと、ルカは脳裏で自らの考えをまとめていた。
『こちらルカ、第四目標の偵察を完了。ソウルイーター20、シャドウデーモン約15体を確認。現在RVポイントへ向けて移動中』
『こちらミキ、了解。RVポイント周辺で待機中』
『こちらライル、了解。X1124、Y1529で待機中』
ルカは
『こちらルカ。X1130、Y1529に到着』
『お疲れ様です、ルカ様』
『これで4つの丘以外は全てマップが埋まりましたな』
『ああ。んでこれが問題の第二の丘か...』
ルカは緩やかな小高い丘の頂上を見上げながら、目を細めた。左手首に巻かれた金属製のバンドを確認する。午前4:45、明け方の空に薄っすらと光が差してきていた。
『はい。モンスターの総数が他と比較して多すぎる上に、街道から目立たぬ丘の裏手に中位アンデッドを配置する等、過剰とも思える警備かと』
『いかがいたしましょうかルカ様』
『そうだな...モンスターを避けつつ、まずは丘を登ってみよう。何かあるかも知れない。ライルを中心に、俺はX1144、ミキはX1104、各自左右20ユニットの距離を保ちながら徒歩で前進』
『『了解』』
地面をゆっくりと這うシャドウデーモンを躱しながら、三人は横一列に並び丘へと歩き始めた。前方50メートル先には、少し崩れた方陣形を取るデスナイト5体の姿が確認出来る。
やがてデスナイトの目前まで来た。右手に巨大な剣と左手にはタワーシールドを装備し、首を左右に振り外敵を警戒している様子だったが、ルカ達は気にも止めず、5体のデスナイトの間を擦り抜けるようにして通り過ぎ、緩やかな丘の斜面へと足をかけた。
不思議と、丘の斜面上にはシャドウデーモンやソウルイーターの姿はない。三人はそのまま、頂上へ向けて前進していく。そして丘の中腹に差し掛かった時だった。ルカの靴底に(カツン)と硬い地面の感触が当たった。しかもよく見ると、足首までが丘の斜面の中にめり込んでいる。ルカは咄嗟に屈み、警戒体制に入った。
『各員、その場で止まれ!!』
鬼気迫るルカの声に、ミキとライルは即座に腰を落とし、無意識に武器へと手を回していた。身を屈めたまま、斜面にめり込んだ左足で再度地面を蹴り確認すると、(カツカツ)とコンクリートのように硬い感触と共に、その地面が斜面ではなく平坦なものだと気が付いた。
『...なるほどね。
そう唱えた途端、ルカの眼前には丘の中腹より頂上にかけての上半分が消え去り、自分が今、広大な面積を持つ円形の遺跡上壁に立っているのだと理解した。
目視で直径約200メートル、壁の高さは約6メートル程と分かった。そして
『各員へ。状況、幻術によるカモフラージュ。全員
指示通りにしたミキとライルが遺跡上壁まで上り、周囲を見渡した。ルカもそれに合わせて、屈んだまま円形に囲まれた遺跡の内部を事細かに観察する。
『ルカ様、これは...一体?』
『見たところ遺跡...というよりは墓地に見えますな』
『そうだな、確かに。差し詰め古墳...というよりは、陵墓と言ったところか』
『しかしルカ様、この様な場所は....』
『ああ。ユグドラシルで見たことも聞いたことも無い。似たような場所は点在していたが、ここまで大きな陵墓というのは初めてだ。というより....大収穫だぞ、これは』
『来た甲斐がありましたね』
ルカの声が弾んでいるのを聞いて、ミキも嬉しそうに言葉を返した。
『しかしルカ様、仮にユグドラシルという観点で見た場合、ここも城や町と同様に....』
『そうだ。何かしらのギルド拠点となっている可能性がある』
『つまり、この奥にプレイヤーが居ると?』
『そこまでは分からない。だが、今となってはそれを確認する為にここへ来たといっても過言じゃない』
『お調べになりたいのですね』
『ルカ様、もしそうだとした場合、敵対するプレイヤーが潜んでいる危険性もございます。ここは一つ慎重に事を進めてはいかがかと具申致しますが』
『...俺達さぁ、今まで話の通じない敵と出会ったらどうしてきた?』
『皆殺しにしてきました』
躊躇なく答えたミキの声に殺意が宿る。
『全ては、ルカ様をお守りする為』
ズンと重い声で、ライルも言葉を継ぎ足す。
『うん、今回も基本的にはそれで行こう。ただこれもいつもの事だが、出来る事なら話し合い、友好関係を築きたい。その相手がプレイヤーなら尚更だ』
『では、偵察は続行という事でよろしいのですね?』
『ああ。恐らくあの中央にある霊廟が入口だろう。それに今は午前5:00。もう日も上ってきたが、こんなチャンスは二度と来ないかも知れない。但し、中に入れば戦闘となる可能性が高いと思う。ミキ、周辺の
『最短距離にいる敵は、約80ユニット。後方のデスナイトです』
『OK、それだけ離れてればこちらを感知出来ないな。各自偵察用から戦闘用のアクセサリー及びリングに装備変更。その後にフルバフ開始(バフ=ステータス上昇魔法)』
『『了解!』』
ルカ、ミキ、ライルはそれぞれ中空に手を伸ばし、アイテムストレージからそれぞれに適した最強装備を取り出し、指輪及びイヤリング、ネックレスを装備していく。
『こちらミキ、対即死及びINT、CONブースト完了』
『こちらライル、対魔法及びSTR、CONブースト完了』
『こちらルカ、対魔法及びINT、CONブースト完了。
そう言うとルカは両手を左右に広げ、天を仰いで呪文を一気に詠唱し始めた。同時にルカにかかっていた
「
次にミキが両掌を上に向け、前方に差し出して呪文を詠唱し始めた。ミキの姿も露わになる。
「
最後に警戒に当たっていたライルも自らにバフをかけはじめる。
「
バフをかけ終わった3人の姿が陵墓の壁上に露わになると、ルカは内部に目を凝らした。
「えーと、スケルトンメイジにデスナイトに....お、エルダーリッチも混ざってるな」
「このまま下に降りて殲滅いたしましょうか?」
「いや、見たところ全部アンデッドだし、バフ余剰分の体力も回復しないといけないからね。まとめて殺っちまうか」
「かしこまりました」
ルカはスゥッと息を吸い込む。
「
ルカの体を中心に青白い光の球体が広がり、ゆっくりと宙に浮いていく。その光はミキとライルを包みこみ、バフで強化した分の体力を一気にフル回復させた。それと同時に(キィン!)という鋭い音を立てて、青白い光が弾けるように広範囲へと広がっていく。
その光は背後にいるデスナイトはおろか、前方にある円形状の陵墓を包んで余りある範囲まで拡大し、陵墓内にいるアンデッド達全てを瞬時に包み込んだ。ウォー・クレリックの聖なる光を浴びたアンデッド軍団は声を上げる暇もなく灰と化し、光が急激に収束して宙に浮いたルカが地面に降り立つ。ミキとライルは
「さて、奴らがリポップ(再出現)しないうちにとっとと行くか!」
「はい、ルカ様」
「承知しました」
3人は同時に壁から飛び降り、陵墓内の中心にある霊廟へと侵入した。
----------------------------------------------------------------------------------
■魔法解説
相手の心の声を聞き取る事が出来るが、雑念まで入り混じってくるため、その深層心理までは聞き取れず不確定要素が多い。あくまで参考程度に使用する魔法
周囲2キロ程度のモンスター・プレイヤーの所在位置を把握できるMP消費無しのレーダー型魔法。また現在地がX軸とY軸による数値で表示される為、敵の正確な位置の把握及び味方との連携・合流に有効活用できる。主にPvP、GvGでの使用に最適な魔法でもある
亜空間に入り込む事で存在そのものを3次元から消す不可視化魔法。
高レベルの
幻術や魔法で作られた物質を看破できる魔法。但し看破できるのは術者のみで、幻術や魔法そのものを解呪できるわけではない
物理攻撃と魔法系攻撃を+50%まで上昇させる魔法。Procにも有効な為、総じて火力を大幅にアップさせる事が出来る
パーティー全体の腕力(STR)を600上昇させる魔法
パーティー全体の体力(CON)を600上昇させる魔法
パーティー全体の器用さ(DEX)を600上昇させる魔法
装備している武器に最高位の神聖属性Procを付与する魔法
敵から受ける物理攻撃ダメージを30分間15%まで下げるヴァンパイアの特殊魔法
HP、MPを含む魔法やスキルのパワーコストを50%まで下げる魔法
闇耐性を60%上昇させる魔法
敵の麻痺に関わる魔法や攻撃を完全に無効化する魔法。60分間有効
防御力と氷結耐性を大幅に上昇させる魔法
物理攻撃・魔法攻撃の命中率を150%上昇させる魔法。60分間有効
術者のINT (知性)を+500までアップさせる魔法
星幽系魔法に対する回避率を上昇させる魔法
術者の精神力(SPI=MP)を+500まで上げる魔法
パーティー全体の防御力を+300上げる魔法
物理攻撃と魔法系攻撃を+50%まで上昇させる魔法。Procにも有効な為、総じて火力を大幅にアップさせる事が出来る
敵がかける
戦闘中のHP自然回復速度を150%まで引き上げる魔法
周囲600ユニットまでの味方HP総量を85%まで回復させるAoEパーセントヒール。魔法最強化・位階上昇化により回復量・効果範囲が上昇するが、MP消費が非常に激しい。尚アンデッド系統のモンスターやプレイヤーには逆に攻撃手段にもなる
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