邂逅のセフィロト

karmacoma

第1話 再会

その日は見事なまでの満月が輝く、透き通った夜空だった。

季節は春も終わり初夏に差し掛かろうといった気温で、夜風は生温く、エ・ランテル近郊の田畑では間もなく穀物の収穫時期に入ろうとしていた。


「はぁ~、こんな涼しい夜に仕事とはよ」


「そうだな。星を見ながら酒でも食らいたい気分だよな全く」


エ・ランテル南側正門の両脇に立つ二人の門番は、満点の星空を見上げながらボヤいている。 とは言っても彼らは城塞都市エ・ランテル正規の兵士ではない。

おざなりのショートスピアに、軽装のライトアーマーを着込んだ二人の首には、黄銅色に光るカッパープレートがぶら下げられており、

彼らが冒険者組合から派遣された冒険者であることが見て伺えた。



「交代が来たらよぉ、酒場でツマミ買い込んで外で一杯やらねえか?」


「いいねえ、付き合うぜ兄弟」



その時だった。南正門から真っすぐ伸びる、スレイン法国側の街道奥から光が見えた。この時間に?と二人はボヤくのを止めてスピアを身構えた。緩んでいた表情が引き締まり、二人はごくりと喉を鳴らして街道の奥を見つめる。


光が近づくにつれて、音も聴こえてきた。ゴトンゴトンという音を立てながら想像以上の速さで近づいてくる。馬車だ、それも一台。二人はそう気づいて目くばせをし、スレイン法国の襲撃ではないと安堵したが、顏から緊張の色が消える事はなかった。


何せここはエ・ランテルを挟み、大陸西側一帯を有するリ・エスティーゼ王国の領土なのだ。南側のスレイン法国は元より、未だ小競り合いの絶えない東側バハルス帝国に向けた街道にも細心の注意が払われている。有事の際には、このエ・ランテルがリ・エスティーゼ王国の兵站供給を含む要衝となるため、迎撃時の最重要拠点と言っても過言ではない。


そのためエ・ランテルでも南側と東側正門の警備には特に神経を注がれていた。

城塞に駐屯する正規兵だけでなく、冒険者までが警備に駆り出されている理由がそこにあった。


馬車が近づくに連れ、馬の息遣いも聴こえてきた。かなりのスピードで近づいてくる。門番の冒険者二人は正門両脇から中央へと移動し、ショートスピアを高く掲げてクロスさせた。検問を行う為だ。もうこちらの声が届く距離にまで差し掛かった。


「止まれー!!」


二人の門番が馬車に向かい声を揃えて制止すると、手綱を引いていた御者が反応した。影に隠れているが、馬車の天井を優に超える大柄な男が乱暴に手綱を引くと、二頭の馬がいななきを上げて首を震わせ、馬車のスピードがゆるゆると落ちていく。

そして正門前に着くころには馬も歩みを止め、吊るされたランタンの光に照らされて、馬車の全貌が見えた。


それは一見貴族が常用しているかの如く大きくて頑丈そうな馬車だったが、違和感があった。木枠は黒く縁どられ、貴族が使用するような装飾等絢爛さの欠片もない。そして全体がひどく朽ちている。馬車の窓には黒いカーテンが敷かれ、内部からの明かりすら漏れていなかった。


そしてその異様さを決定付けたのが、御者だった。

漆黒のマントを身にまとい、フードに隠れて表情が見えないが、優に2メートルを超えるであろう体躯の大男だ。門番二人が左右に分かれて馬車の横に回り込むのも一切気にせず、正門に向けて視線を外そうとしない。


門番二人は、動じない御者の様子を見て背筋に凍るものを感じた。

(一体中に誰が乗っているんだ?)

(仕事とは言え、こいつはキツいぜ...。厄介ごとにならなきゃいいが)

左右に立つ二人は馬車を挟みアイコンタクトを取りながら、心の中でこう呟いていたが、意を決して御者の左に立つ門番が問いかけた。


「エ・ランテルへようこそ! 身分を証明できる物と内部を謁見....」


そう言いかけた途端、御者が素早く身を乗り出し門番の目の前に何かを突き出した。

その”何か”と御者の顏があまりにも近すぎて動揺し、何を提示されているのか門番は判断できずに慌てた。そして更に異様に感じた。


門に吊るされたランタンの光の下にも関わらず、至近距離の御者の顏が見えないのである。ただ一つだけ、フードの中に赤く光る眼光が門番を鋭く見据えていた。

「ひ、ひいっ!!」

その目に釘付けになった門番は情けない声を上げて後ずさったが、まるで門番へ追い込みをかけるかのように御者が荷台から素早く飛び降りると、後ずさった門番の眼前へ何かを突き出した。 ”見ろ。”とでも言わんばかりのように。


門番の目の前には、黒褐色に光るプレートが提示されていた。

御者は門番を鋭く見据え、一切の口を開こうとしない。ただ自分の首にぶら下げられたプレートを手に取って門番の前で揺さぶり、”これが身分証だ”とアピールしている。


「こ、これは....アダマンタイト!」

「何だと?!」


馬車の右に立っていた門番が驚いた様子で反応し、左側に立っていた門番がへたり込んでいる位置にまで走り寄ってきた。門番の動きに馬が驚いて、いななきを上げている。へたり込んでいる門番の目線に合わせるように腰を屈めた御者の提示するプレートを、走り寄った門番はまじまじと確認した。


「た、確かにこれはアダマンタイトのプレート!貴方は一体....」


門番の言葉を受けて屈めた腰を立ち上げ、御者は自分の首にかけられたプレートから手を離した。チャリンと鈍い音を立てる。 しかしそこから御者は一言も発しようとしない。黙ったまま、立ち尽くして門番達を見据えている。


そこへ唐突に、聴いたことのない別の声が響いてきた。


「ハッハッハ! お前が御者じゃ恐ぇとよ!!」


緊張の糸を断ち切るかの如きその声は馬車の内部から聴こえた。その後馬車の扉がゆっくりと開けられ、内部から明かりが漏れてきた。

その中から、まるで影のような滑らかさでユラッと、物音も立てずに誰かが降りてきた。その後に続いてもう一人、最初の一人とは比べ物にならない程の、正に”影そのもの”といった蜃気楼の如く、存在感の希薄な存在が降り立った。


その様子を見て門番二人は呆気に取られた。最早身動きすらままならない。

御者に比べ、降りてきた二人は小柄で華奢だった。背丈は二人とも170cm程度。強いて言うなら、後から出てきた二人目の方が若干背が高い。共通するのは漆黒のマントを身に纏っており、フードの奥から光る2つの赤い目くらいだが、それだけでも十分異様だ。


そして”影二人”が門番に向かって同時に(トン)と一歩を踏み出した後、あり得ない現象が起きた。たかだか3メートル程の距離だが、二人は低く宙に浮いていた。

宙に浮いたまま、門番の目の前まで音一つ立てずにやってきた。


最初に馬車から降りた一人が、呆気に取られて立っている門番の顏を一瞥すると、地面にへたり込んでいる門番の前でしゃがみ、その顔を覗き込んだ。


「よォ、お前見た事あんな」


そう言うとその”影”は、被さったフードを後ろに下げ、門番の前に顔を露わにした。


「...あっ!!!貴方はもしや!」


「久しぶりだな。元気そうじゃねえか」


忘れもしなかった。このニヤけ顔、目に深くかかった漆黒の髪から覗く赤い目、そして顔に彫り込まれた幾何学的な紋様を呈したタトゥー。

へたり込んだ門番はかつて、この不気味な影に助けられた事があった。



「2年ぶりか?この街に来るのも。...ほぉ、筋肉付いてんじゃん。少しは逞しくなったようだな」


「は、はい!! あなたを心の支えに、この2年冒険者として修業に励んできました」


「そうか。俺もまた会えてうれしいよ」



最初の影はそう言うと、ヘッドギアを装備した門番の頭をクシャッと撫でた。

門番は満面の笑みと共に、感激のあまり溢れる涙を隠そうともしなかった。


2年前エ・ランテルの酒場で、云わば冒険初心者の証であるカッパーのプレートだと馬鹿にされた時、この不気味な黒づくめの影が身を挺してかばってくれた事があった。否、その馬鹿にしたミスリルプレートの男達5人を、たった一人で全員殴り倒し、のしてしまったのだ。そしてこの影は、気絶したミスリルプレートの男5人を無理やり叩き起こした後、門番の男にこう命じた。


「お前が冒険者になった目的を言え。こいつらに聞かせてやれ!」


そこで門番は正直にこう言った。

「この世界の武技・魔法・種族を含む、全ての謎を解き明かすため」と。


それを聞いた影はニヤリと笑い、「わかったか?」とミスリルプレートの5人に念を押すと、この5人に見知らぬ魔法を使用し、再度気絶させてしまった。

最後に影は門番へこう言い残した。(その意思を貫き通せ)と。

そして3人は酒場を立ち去り、その後消息不明だったのだ。


門番の男はそれ以後、肉体の鍛錬と合わせて、魔法と武技の知識・由来を徹底的に調べ上げる事に日々を費やした。冒険者組合での任務よりも、エ・ランテル大図書館で武技・魔法の知識を得る事に没頭していたため、いまだカッパープレートの身分をやつしているに過ぎなかった。そしてあの時謎の強さを持った影が、再度目の前に現れたのだ。


憧れの人と再会できた門番は感無量で言葉も出なかったが、影はこう言った。


「よし、一つ問題を出そう。このアイテムを鑑定してみろ」


そういうと影は、マントの下にあるウエストバッグから指先ほどのクリスタルを取り出した。


鑑定は魔法における初歩だった。云わば攻撃系・防御系の魔法を学んでいけば、その過程で自然に覚える事が出来るものであった。門番の男にとってこれは造作もない事であり、それを見せられる絶好の機会だと内心喜んだ。

クリスタルを受け取ると、門番は体を弛緩させ、薄く目を開けながら静かにこう唱えた。


道具鑑定アプレイザルマジックアイテム付与魔法探知ディテクトエンチャント


門番の体が青く光ると、そのクリスタルの名称・効能がまるでモニターを見ているかの如く頭の中に直接流れ込んできた。


アイテム名:DeathRelease

種別:ネックレス

効能: 毒、氷結、麻痺、石化、スネア、炎DoT(Damage over Time/ 持続性攻撃魔法)、神聖属性DoT、闇属性DoT、重力魔法、死霊魔法、即死判定、その他ありとあらゆる全ての状態異常から装備者を3回まで保護する)


信じられない効能が脳裏に列挙していた。門番はそのあまりにも強大なクリスタルの力を目の当たりにして、身震いしながら固く目を閉じた。 

(やはり...このお方は途轍もない人だったんだ。アダマンタイト級の冒険者は皆、このようなアイテムを持ち歩いているのだろうか?)

そう心の中で考え、呪文詠唱前に姿勢を正し、あぐらを掻いた門番がゆっくりと目を開けると、目の前には吸い込まれそうなほど青白い肌の影が、赤い目を光らせながら何故か嬉しそうにニヤけていた。


「どうだ、鑑定出来たか?」


「は、はい。アイテム名はデス・リリース。その効能はあまりにも強大で...」


「よし。それお前にやる」


「....はい?」



伝説級のアイテムを目の当たりにし、鑑定出来ただけでも幸運と思っていた門番はあまりの急展開に脳がついていかなかった。


「し、しかしこんな貴重な物を」


「いいか、それはゴッズ・アーティファクトと呼ばれる。お前達の世界では云わば神話級のアイテムだ。しかしな....そうだその前に、まだお前の名前を聞いていなかったな」


「い、イグニスです! イグニス・ビオキュオールと言います」


「そうかイグニス、良い名だ。俺はそうだな...ルカとでも名乗っておこうか」


「ルカ...さんですね。ご尊名承りました」


「何がご尊名だ! 堅苦しいのはやめてくれ、俺はそういうのは苦手だ。あといいか、俺の名前は絶対に秘密だ、誰にも喋るな。そこのお前もだ、いいな?」



そう言うと、あまりの急展開についていけずポカーンとして突っ立っているもう一人の門番に顔を向け、ルカは念を押した。



「話の続きだ。そのデス・リリースはゴッズアーティファクトという部類に選別される。だがな、このゴッズの更に上が存在する。それが世界級...ワールドアイテムだ」


「そ、それはつまり、神話級の更に上のアイテムが実在すると?!」


「そうだ。図書館の魔導書には書いてない知識だろ?」



そう言うと、ルカはニンマリとしながらイグニスの目を覗き込んだ。

(何故この人は俺が図書館に通い詰めている事を知っているんだ? まさか...いや、そんなはずは。しかし....)

そう心の中で呟くイグニスの目には畏怖の念と、それ以上に興味の光が強く宿っていた。それを見てルカは話を続けた。


世界級ワールドアイテムとは、その存在自体がこの世界の秩序を崩しかねない程の力を持った武器や防具、アクセサリーの類だ。覚えておけ、この世界にいるアダマンタイト級の冒険者の中には、この世界級ワールドアイテムを所持する者が複数存在する」


「そ、それはつまりアダマンタイト級の冒険者は、その世界級ワールドアイテムを所持しているが故にアダマンタイト級となれた者もいる、という事でしょうか?」


「いや違う。まあ普通はそう考えるよな、だが違う。その個人の能力自体が世界級ワールドアイテムに頼らずとも、それに匹敵する強大な力を手にした者もいる」


「ルカ様の仰る、世界級ワールドアイテムに頼らずそのような強大な力を手にした者はつまり...神なのでは?」


「ルカさんでいい、様はやめろ堅苦しい。そうだな、神と思われても仕方がないかもしれんが、その実は神じゃない。何故かわかるか?」


「いいえ、私ごときでは正直分かりかねます」


「今お前の目の前にいるじゃないか」


「.....?! まさか、ルカ...さん?」

危うく(様)と言いそうになったところを、イグニスは堪えた。


「俺の事を神と思うか?」


イグニスはこう言われて、再度ルカの目を見返した。顏は笑っているが、ルカの目には例えようもない迫力があった。しかしそれを見てイグニスは物怖じせずに返答した。


「いいえ、そうは思いません。俺の目指すべき存在であり、目標です」


「そうだ、それでいい。神とはあくまで概念だと知れ。どんなアダマンタイト級の、神のごとき力を持った冒険者も、最初はカッパープレートからスタートしているんだ。そこから全てが始まる。力を持つか否か、世界級ワールドアイテムを手にするか否かは、その後次第だという事だ」


「あなたが...理由は存じ上げませんが、こんな強大なアイテムを俺に託し、過去に俺を諭してくれたあなたが言うのなら、信じます。信じざるを得ません」


「よろしい。さて、講義は終わりだ。門を通してもらっていいか? 冒険者組合のプルトン・アインザックに用があるんだ」


そう言うとルカは、自分の首にぶら下げられたアダマンタイトプレートを指で弾き、地面に座ったイグニスの手を強引に引っ張って立ち上げた。


「ええ、もちろんです! 俺が御者の方に代わってお連れしますよ」


「いや、やめておけ。その2頭の馬は気性が荒くてな。俺たちじゃないと言う事を聞かないんだよ。案内だけしてくれりゃいいさ。俺も2年ぶりだ、街の作りはすっかり忘れちまってるからな」


「わかりました。では冒険者組合までお供しますので、ついてきてください」


こうして二人の冒険者に護衛された馬車は、アダマンタイトプレートを持つ怪しげな3人の影を乗せて城塞都市エ・ランテル内に(侵入)した。


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