押してもダメなら引いてみろ、相手も大喜びだ

ズズ、音を立てて紅茶をすすると、目の前に座っている幼馴染は露骨に嫌な顔をした。


「お前……音立てて飲むなよな」

「熱かったんだもん」


ていうか二人しかいないんだから許してよ。

そう言いながら彼お手製のクッキーに手を伸ばそうとして……酷く焦げていたからやめた。

お菓子作りが趣味だという彼はなんというか、あまり向いてないと思う。


「緑茶もお味噌汁もこうやって飲むじゃん?」

「これは紅茶だ! 味噌汁じゃねぇ! ……っていうか、今てめぇクッキー食べようとしてやめただろ」

「ありゃ、ばれたか」


うまくごまかしたと思ったのに。

分かったって。食べるからそこで拗ねるのをやめてよ。

齧ると、焦げ茶色のクッキーからは苦味苦味苦味、あとほんの少しの甘味。

うーん、今日のはまた……


「お茶受け、には向いてないかもなぁ」

「ぐっ……」

「あー……食べれなくはないから……」


そう言いかけたところで。

ブルリ、身体が震えた。


「ぅっ……寒気⁈」

「なっ⁈ そこまで言うことないだろ‼︎」

「違うって‼︎ クッキーのせいじゃなくてこれは……」


ヤバい、立ち上がろうとした瞬間、バン、激しい音がして扉が開かれた。


「ねえ兄さん、ここに……あー‼︎ 探したよ、ここにいたんだね‼︎」

「遅かった…っ‼︎」


机の下に隠れようとした身体はあえなく見つかり。

駆け寄ってきた寒気の原因を何とか身をひねってかわすと、そのままお菓子作りが下手な彼の後ろに逃げた。


「⁇ どうしたの⁇ 兄さんなんかの背中に、何か面白いものでも付いてる?」

「なんかとはなんだ、なんかとは‼︎ 大体お前、何しに来たんだよ、俺に何の用だ?」

「やだなぁ、兄さんに用なんてないよ。僕はただ、なんとなく彼女がここにいるような気がして。愛の勘かな?」

「ストーカー……マジでストーカーだって……」


ぶつぶつ、彼の後ろで呟いているとぬっと伸びてきた腕。

間一髪でそれをかわすと、かわされた本人は不思議そうな顔で首をかしげていた。

いや、訳が分かんないのはこっちだ‼︎


「何すんの‼︎」

「え? だって、兄さんに捕まって困ってるみたいだから助けてあげようと思って」

「私は別に捕まってる訳じゃないから‼︎ っていうか、どんどん落ち込んでってるからやめたげて‼︎」


愛する弟にけちょんけちょんにやられて、ずーんと、効果音を出しそうなほどに落ち込む兄。

だめだ、彼には悪いが、これはもう盾として機能しそうにない。


「……ーー?」


っと、頭を悩ませている間に何か言われたらしい。


「へっ? あ、ごめん、何?」

「もー、だから! 結婚式はいつやりたいか決まった⁇ あと新婚旅行の行き先も考えないとね」

「……あのさ……」


うん、聞き返す前からなんとなく分かってたけどさ。



『毎回聞くよね、それ』



(で、私毎回言ってるよね。……誰が結婚するなんて言った‼︎)

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