第18話 天空の雲の王国
上級マップのダンジョンに行くのにも、スマホなどの端末からアプリを操作すれば行ける。
画面から天空の城『
いわゆるワープ
この光の魔法円の中に入ると、瞬時に目的地へと移動させてくれる。
時間を食う手続きを可能な限り排して作られたこのゲームで、なぜかこうした移動の際の儀式の手間は省けない。
俺、タカシ、シオリ、カノンの四人で光る魔法円の中へ収まると、空に浮かぶ雲の島へとワープできた。
主観的に言うと、我々の前に雲の城がとつぜん現れた。
ワープした時、実は動いてるのは世界のほうである。
横スクロールのゲームなんかは、画面上の人物が移動してるように見えても、動いてるのは周りの風景だ。画面中央の人物は、そこでひたすら足踏みをしてるだけで実は全く移動していない。
自分のいる位置は、まったく変化してない。
ワープの考え方は、自分があっという間に移動したのではなく、脳が見てるセカイを切り替えたとするのが正しい。
テレビのチャンネルを切り換えるように、ネット上でいろんなサイトへ移動してくように、自分と世界のリンクのし方を変えただけのことである。
どこかの星へワープする。そんなSF小説を実現するにはどうするのがいいか?
自分がどこかの星へワープするんじゃない。そんな装置も、すぐには作れない。
自分ではなく、宇宙のほうが動けばいい。そっちのほうが、ラクだ。
これが、今の時代の科学の考え方。とっても、シンプル。
俺たちがワープして、鏡の迷宮のダンジョンに着くと目の前に広がるのは、一面の白いわたあめとレモン色の外壁のお城だった。
何となく、おいしそうな色合いのダンジョンだ。
上空だけあって、空はほぼ快晴。均一に水色の絵の具を落とした水面のように、とにかく青い。
その中に明るく日の光が差し込み、目を痛いほどに刺激する。
高度が高いため少しひんやりして肌寒いが、不純物の無い澄み渡った空気が身体を巡り、浄化してくかのように清々しい。
ここで、マラソンなり昼寝でもすればさぞかし気分が良さそうだ。
一面に敷き詰められたわたあめは、ふわふわ&もこもこしててすごく柔らかそう。
見てると食べたくなってしまうが、空気中の塵とかが降り積もってそうで、拾って口に入れるのはいかがなものか。
地面に落っこちてるお菓子を拾い食いするようなものである。
落ちてるというより、地面そのものがお菓子なわけであるが。
俺が大量のわたあめを見つめながら、そんなことを考えていると。
「何ともおいしそうなわたあめの床じゃないか。ふわふわのもこもこ、みんな大好きな定番のお菓子だ。なに、内側のほうはまだキレイなはずさ。表面の辺りは取り除いて、内部に埋もってるのを掘り出せばべつに問題はないに違いない。きっと、大丈夫さ。うん。だから……、ボクは行くよ。」
横にいたタカシが、決心したようにわたあめの床に手を伸ばしたのだ。
俺を含め、シオリやカノンの表情も一瞬固まった。
カノンが一足先に我に返ると、上ずった声を上げる。
「タカシ君、勇敢と無謀は違います! どうか、考え直してくださいっ。お腹を壊すかもしれないんですよ?」
シオリが少し不安そうに、タカシを見守る。
「さすがに、外にむき出しで放置されてたお菓子は心配よね。健康上、どんな問題があるかわからないわ。もちろん、ヨーグルトや納豆にしたって、常温で置いといて腐った食べ物を安全かどうかも分からないのに最初に食べた人物がいるから、発見された食品なのだけども。まあ、危険を顧みず試してみるチャレンジャーは歴史に必要。革命を起こすのは、そういう自己犠牲をも厭わない者たち。彼らこそ、勇者と呼ばれるにふさわしい。」
カノンはわたあめの床を食べるのに反対のようだが、シオリはどっちかと言うと犠牲になる覚悟があるんなら試してみればいいと考えてるようだ。
俺はこの巨大わたあめの雲をしばらく眺めてたが、実は3分おきくらいに表層の辺りがデータの粒となっては消え、下からさらに盛り上がってきてるのに気づいた。
わたあめが見るからに、ふわふわもこもこなのはそのためか。
時間が経った古い部分は捨て去り、新しい部分と入れ換えてる。人間の肌と同じで、細胞が表層から剥がれ落ちながら新しいものと置き換わるように、わたあめも新陳代謝がなされてる。
つねに、新しい状態を保ってるのだ。
俺がそのことをパーティーに説明すると、今度はタカシだけでなくシオリとカノンも雲を食べると言い出した。
衛生的に問題が無さそうであると分かれば、上空に浮かぶ雲のわたあめはやはり魅力的なものらしい。万人の夢と言っても、いいかもしれない。
俺もみんなに続き、雲の適当なおいしそうなスポットを決めると、そこへダイブし心ゆくまで口に詰め込みつづけた。
天国って、ここのことなんだろうか。
えも言われぬ至福の
もはや、冒険者の気迫とかは見られない。
温泉地にいそうな、ただの良い人になり果ててた。
「いやはや。さすが、異世界のわたあめはスケールが違うよね。高度2000mの上空に浮かぶ真っ白なスイーツ、壮大な景色とおいしい空気もセットで付いてきて、気分も最高だ。2日に一回はここに来ても、ボクは飽きない自信があるよ。」
と笑顔満面のタカシ。
「こういう異世界なら、ずっといたくなるわよね。居心地が、いいもの。もう今日のところはここで、自由に遊んだらどうかしら?
と幸せ満開のシオリ。
「そうですね。戦いは何も生みませんが、わたあめは人を幸せにしてくれます。もう今後はここで好きに遊ぶことにして、戦うことはすみやかに諦めましょう。わたあめがあるのに、なぜ何かと争う必要があるんでしょうか?」
と幸せの余り目がちょっと虚ろなカノン。
みんな、ゲームの主旨を忘れてしまってる。
気持ちはよく分かるが、戦わなければご飯は食えない。
それは
そのわたあめは、摂っても何の栄養にもならない。
物質的に、生きる力にはならない。
そんな思考が脳内をよぎったのは、俺がわたあめの雲の上に横になって、昼寝でもしようかと思った寸前だった。
危ないところで我に返り、俺はメンバーに警鐘をならす。
「待て待て。ゲームを放棄しちゃいかんだろ。ずっとここで遊ぶのはいいけど、戦いもしなければお金は得られない。異世界の食べ物は栄養にはならないから、いくらここが天国のような場所でもずっとここで暮らせば、本当に天国に行ってしまう。ここでは、進む以外にはないんだ。時間が進みつづける限り、俺たちも止まってるわけにはいかない。シオリのライバルのエリカは、今もこの上界で戦ってるぞ。ここでわたあめを食ってたら、ますます差が広がって俺たちは引き離される。それでもいいんなら、この楽園でいつまでも遊んでればいいわけだけど……。」
俺が堕落の道へと進みかけた
「行きましょう。こんなところで、のん気にわたあめ食べてる場合じゃないわ。あの女に負けるのはしゃくだもの、早く追いついて追い越してその上で、『あたしたちお友だちだからお望みならパーティーに戻ってきてくれてもいいのよ?』って言ってあげるのを、当分のあたしの目標にするわ。ゲームでも恋愛でも、あの女とはいつも真剣勝負をしなくちゃ。」
シオリはやはり、エリカにパーティーに戻ってきてほしいんだな。なら、素直にそう言えばいいんじゃないのか。エリカにしても、最初はうちの
仲よくすればいいのに。
といっても、この二人はゲームでも恋愛でも勝ち負けを気にする仇敵の仲だ。それも、難しい話なのかもしれない……。
ところで、恋愛でのライバルとは、誰か特定の相手を取り合ってでもいるのだろうか。そういう話を女子らから直接聞いたことはないが、きっと俺の知らないところでいろいろとあるのだろう。
カノンもまた目の奥にやる気の火がついたようで。
「エリカちゃんが上の世界にいるなら、わたしも行きますよ。2週間だけとはいえ、一緒に異世界でのバイトをした仲ですから。お空で遊んでて引き離されたりしたら、『カノンちゃんお金がないならハンバーガー奢ってあげましょうか?』なんて気を遣われてしまいます。それじゃわたしの
どうも、うちのパーティーの女子はそれなりにプライドを大事にするらしい。
自分より先に行くやつを見て焦ったり悔しがるのは、べつに悪いことじゃない。何のプライドも無くわたあめを食ってれば楽ではあるが、そのままでは自分が変わることはない。
変化してく時代に、同じ場所にとどまることはおそらく得策じゃない。自分を変えてかなければ、時の進行に置きざりにされかねない。
対して、タカシのほうは。
「ねえ、みんな。べつに、負けたっていいんじゃない? 自由に好きなことして生きれるのが、現代って時代だろ? 自分のやりたいようにやれる選択ができるやつが、真に勝ってる者じゃないのかな? 今の世では、遊びが義務なんだ。わたあめの上で気ままに遊ぶライフスタイルは、むしろ立派に義務を果たしてることになるともボクは思うんだ。頑張ることも人として大事かもだけど、そういうのこそ個人の選択であり自由のはずさ。他人がどうこうじゃない。自分がどうしたいのかだろ? 周りに流されない強い意思をもたないと、自分を大切にすることだってできないよ。本当の強者とは、己れの意思を貫く者のことさ。そういう意味で、ボクたちはいたってマジメだとすら思える。己れの義務に忠実に、遊びという
ここまで対極の意見が出てくるとは、意外だった。
こちらは
しかし、何となく納得させられそうな一理ある主張であることも確かだ。俺もタカシの意見に乗り換えて、自分の欲を貫き通し雲の上で遊んでるのも悪くはないかなと思い始めた矢先。
タカシが女性陣に猛反発を食らい、あえなくその魅惑的な主張を引っ込めざるをえなくなった。
先ほどまでののん気な立場は翻し、今度は戦いへ赴く挑戦者となったらしい。
「自分の理想を通すのであれば、あたしがやりたいのは
「わたしも同じです。バイトでもゲームでも、エリカちゃんのお荷物になるのはごめんですね。彼女がわたしのお荷物になった時、その優越感はわたあめよりもずっと甘いでしょう。わたしにとっての自由とは、エリカちゃんを自分の荷物にできる力をもつことなんです。」
シオリとカノンの意思表明にタカシは。
「わ、分かったよ。キミたちの意思の強さは十分に伝わってきた。そこまでキミたちがエリカ君のことを思ってたとは、ボクも同じ仲間としては喜ばしい。きっとエリカ君も、その友情とキミたちの熱い思いを知れば、さぞかし嬉しく思うことだろう。それで、本当にここでのんびり遊ぶことは、放棄してもかまわないのかい?」
わたあめの楽園に少し名残惜しさを抱きつつも、しぶしぶ彼女たちに賛同の意を示した。
俺としても少し残念だが、ここは彼女らの目標であり夢に乗っかることにする。
「確かに、俺もいつまでもエリカのひもでいるのは気が進まないな。勉強でもゲームでも管理されて、養われる家畜のペットじゃないことを示そうと思う。やるからにはトップを獲る。ゲームで上位プレイヤーの地位を確立し、その上で自力で東大くらい行ってやるさ。そのくらい本気で生きたって、後悔することはないはずだからな。」
タカシが最後に一言を付け加える。
「本当に、それでいいんだね? 目の前の楽園で羊みたいに生きる選択に、何の未練もない? 本当に、わたあめを手放しても大丈夫?」
最初にわたあめを食べようとした
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