第15話 ハンバーガー店のアルバイト

 桜の花見の後、シムバーガーの一号店が異世界に開店したというニュースがネットに流れた。

 俺個人としては比較的どうでもいい情報だったのだが、そこでは現実にある食材を用い実際に栄養になるメニューを提供する、運営スタッフのアルバイトも全て本当の人間を雇いサービスを行うということだった。

 シムゲームは、国際連合の指導によりゲームの中に栄養にできる食料などを出すことができない。タダで飲み食いができる異世界があると人間がブタになって現実こっちに戻ってこなくなるから、と国連の職員は説明している。ゲームの開発会社も、この方針には反対している。

 しかし、現在のところどうしようもない。

 開発元の代表が、ゲーム製作の自由のため国連に抗議文を提出したが、受け入れられなかった。

 そこでシムゲームは、異世界の中に現実で営業してるファーストフード店を展開することにした。国連へのささやかな反抗の意味もあるだろう。

 現実と同じ経営がなされるため、プレイヤーは当然ではあるが食べ物にお金かSIMポイントを支払う。好きに飲み食いできるわけではないが、シムゲームは実際に栄養にできる食べ物をゲーム中に存在させた。

 何気に、世界初の試みである。

 一応ゲームの中でお金を稼ぎファーストフードを食べ続ければ、ゲームの世界に行きっぱなしということも可能となった。

 現実のセカイに戻ってこない者も出てくる可能性がある。

 稼ぎ続けることが条件になるが、だれでも異世界の人になれる時代がようやく到来した。

 ちなみに、異世界でも働くことを厭わない稀有な人は異世界人になれる道が広がる。

 シムバーガーの店でアルバイトをすれば、そこそこの稼ぎは得られるからだ。

 ゲーム中のアルカディアという中世風の街に開店する『アルカディア一号店』が告知してるバイト募集に応募すれば、そこで働かせてもらえる。

 プレイヤーだけでなく一般人でも応募が可能なので、誰でも働くことはできるが時給は960円ほどで高くはない。

 ゲームの知識はとくに要らない。中世風のセカイ観に合わせたコスプレや言葉遣いをしなきゃならないということもない。

 ファンタジー・ゲームの世界に、現実の店舗がそのまま運営される。

 ゲームを全くしない・知らない者も、普通にスタッフになれる。

 異世界を創っておいてそのセカイ観をぶち壊すような店舗が始まるわけだが、スタッフがファンタジー世界の雰囲気や楽しさを失わせるような言動は少し厳しく注意される。

 例えば、店のスタッフが営業中に片手でスマホをいじってたり、大声で雑談してたりすると、ゲーム世界のファンタジー感を大きく損なう。その他、やる気のない気だるげな接客や明らかに作り置きしてある感じの商品の提供も、現実の店舗よりも厳しめにマニュアル化される。

 サービスの完成度を落とさないことを重視してるようだ。

 しかし、客を長く待たせることもサービスの質の低下につながるので、ある程度早く仕事ができることも大事らしい。

 全体的には、賃金が安いわりに大変な仕事という印象である。

 割りに合わないバイトである可能性が高い。

 変化の時代に多くのニュースがメディアを飛び交う中、この異世界一号店の開始はそれほど注目を浴びることもなかった。

 それでも、バイト募集にはけっこうな数の応募が集まったようだ。

 100人ほどのスタッフをシフトで交代させながら回してく計画で、結果的に十分な数のオープニング要員を採用できたので営業が始められた。

 俺にはとくに関心のないニュースであるが、ある時ファーストフード系の食品を急に食べたくなることがあるように、何となく気になってシムバーガー・アルカディア店を訪れてみた。

 そこで見た光景は、衝撃的なものだった。



 異世界で始まったファーストフード店。

 地味に世界初の試みだけあって、気合いの入った広い店内。

 ここで24時間休みなくハンバーガー類が作られてる。

 混雑時を避けて来店したつもりだが、テーブル席は今もプレイヤーの客でほぼ埋まっている。

 端っこのほうに一つだけ空いてる席があるのをチェックしつつ、俺は注文カウンターに向かった。

「い、いいい、いらっしゃいませ。」

 緊張ぎみの受付の女の子に、とりあえず注文を告げる。

「はわっ。えぇー…っと、巨大牛バーガーと、特大ハム玉子バーガー、ジャンボポテトに、でか鳥ナゲット、最後に特盛りアイスメロンソーダでよ、よろしいでしゅか?」

 さいご噛んだのは無言で受け流して、俺はただ「いいです」と答える。

 新人のバイトの手際が悪いのに文句を付けても、さらにその新人を焦らせるだけだ。慌てながら作業をしても、操作を間違えたら二度手間である。結局は、客にも時間のムダになる。

「あれっ? これ、どこのボタンを押せばいいんだっけ? うぅんー…と、これかなあ? はわぁっ、間違えて超ビッグパンケーキを押しちゃったあ! ど、どうしよう。取り消すにはどこをどうすれば……。わぁん、忘れちゃったよお。」

「…………。」

 新しく開店した店では、よくあることかもしれない。

 新人の教育が行き届いておらず、実務が分からないままのバイトが現場を回してるという、投げやりな店舗運営。

 場合にもよるが、悪いのはバイトではなくちゃんと指導をしなかった経営側である。

 仕方なしに、しばらく店内やメニュー表を眺めながら待ってると。

 横から見たことのある女が現れて、受付の子に言うのだった。

「カノンちゃん。取り消しボタンは、ここにあるよ。マニュアルの一番最初に書いてあるから、よく覚えといてね。」

「へふぁ? あ、ホントだ。よかったー、これのやり方が分からなくて困ってたんだ。エリカちゃん、ありがとう。」

 どこかで聞いたことのある名前が耳に入ってそちらを向くと、確かにそこにいるのは我がパーティーの魔法使い、エリカ嬢だった。

「おい。こんなところで、何やってるんだ? バイトの制服なんかを着て、アルバイトでもしてるのか?」

「わあ! マヒロ、何でこんなところにっ。わざわざ、シムバーガーに何をしに来たのよ?」

「普通にハンバーガー類を食いに来ただけだ。お前こそ、学校の勉強はいいのか? ゲームをしない日は勉強をしないと追いつけないくらい進み方が速いんだろ?」

 俺を見て驚きあわてるエリカに、逆に質問する。

 赤を基調としたバイトの制服が、何気に似合ってる。

 エリカは焦った面持ちで俺を見据えると。

「アルバイトしてるのよ。といっても、お試し体験会として2週間だけ入ってるんだけどね……。ここのお店、新規オープンに際してスタッフを目標の人数採用できなかったのよ。足りない分を、2週間だけのお試しバイトとして再募集してたから、応募してみたら受かった。頭数合わせで入れたバイトだけど、採用に手間取った分新人の教育がちゃんとできてなくて、マニュアルだけ渡された素人が現場に立たされてるって感じ。短期間だけなら学校の勉強にもそこまで影響しないし、スタッフになると特典として商品を3割引で買えるのよ。私、ここのお店はけっこう利用するから、お金をもらえて食費も浮くならラッキーだなと思って。」

 何とも効率的なやつだ。

 バイト代だけを見ると割りに合わなそうだが、スタッフになる特典までも計算に入れてコスパを判断したのか。

 好きな商品に関する知識も増えて、それなりにお得なのではないか。

「でも、ここの店長に『エリカちゃんは覚えが早くて助かるよ。二週間と言わず、もっと長くこの店で働いてくれないかな?』とか言われてて、正直困ってるよ。学業の方を優先したいのでお断りしますって言ってるんだけど、『キミがいないと、店が回らないんだよ。』なんて言われると、何となく放っとけない気になるし。どっちみちママにはバイトを反対されてるから、長くは続けられないんだけど。うちのママ、私がバイトしてるなんて知ったら、お店に電話をかけて即刻辞めさせてくれなんて言うに決まってるわ。」

 エリカは話しながらため息を吐く。

 案外、仕事はできてるようだな。

 それなら辞めるのはもったいない気もするが、学業が優先なら仕方ないのだろう。

 バイトは、大学に行ってからでもできる。

「店長の言うことは、あまり気にしなくていいぞ。人員を確保できない店は、バイトを辞めさせないために『店が回らなくなる』だの『キミは貴重な戦力』といった常套句をよく用いる。だが、その店に人が集まらないのは時給が低い、長時間の労働をさせる、店長がパワハラ・セクハラしてくるなど待遇の悪さが理由なんだ。何か問題のあるバイト先だったら、むしろ辞めた方が安全ではあるだろうな。」

 俺がそう言うと、エリカは気持ち悪そうな顔をした。

「うへぇ、セクハラされるのは面倒だなぁ。」

 そこに、注文した商品を取り揃えた先ほどのカノンという子が、トレーを俺に差し出しながら。

「でも、わたしもエリカさんには長く続けてほしいですよ。おっちょこちょいなわたしにも、ちゃんとフォローしてくれたりやり方を教えてくれたりと親切ですから。店長にも、エリカちゃんは笑顔と愛想が足りてない以外は仕事ぶりは満点だね、といつも褒められてます。異世界一号店が繁盛すれば、店舗をもっと増やしてく予定なんです。エリカちゃんなら、このバイトを続ければ異世界店の統括責任者マネージャーくらいには出世できるかもしれません。シムバーガーが異世界にも進出し始めた今、ここの店を辞めちゃうのは少しもったいない気もしますよ。出世するラクな道を、みすみす逃してしまうことになりかねません。」

 カノンの異世界情勢を読んだ鋭い指摘に対し、バイトの制服姿のエリカは答える。

「バーガー店かショップはともかく、異世界にお店をもつのは楽しそうね。店の経営で異世界統治もいいけど、あんまり出世しすぎると今度は自分の時間がなくなりそう。私はケーキやお菓子が好きだから、ファンタジー風などこかの町にオシャレっぽいスイーツ店を開けたらいいかな。お店を増やすのは利益が上がるけど、その代わりに忙しい日々を送るならあんまり得じゃないかもね。金を得る代償に時間を失うのは、私頭悪いと思うの。」

 なんとも、エリカらしい合理的な考え方だ。

 がんばりすぎるのが良いとは限らない。のんびり省エネな働き方のほうが、地球にも自分にも優しい。

 時間を大切にすることは、自分を大事にすること。

 カノンはエリカの意思に、賛同したように頷く。

「確かに、そうですよねぇ。時間はお金で買えませんし。異世界でお店を開くのは夢があって楽しそうですが、増やせばいいってものでもないです。その点、バーガー店は基本チェーン展開ですから、そこで偉くなるほど責任と労働時間は長大化してきます。自分で自分の首を絞める結果になりそうです。でも、それでも出世したくてもできない人間も大勢いる中、エリカちゃんは店長にも見込まれて期待されてます。わたしなんて、『カノンちゃんは失敗が多い。これじゃ、ドジっ娘要員ってことにしてうまく客の目をごまかすしかないのかなあ……。』といつも店長を悩ませてるのに。わたしからすると、エリカちゃんが辞めてしまうのはやっぱりもったいない気もしますよ。」

 友だち思いのカノンが、エリカをバイトに引き止めようとする。

 ここで納得させられて、留まってはいけない。

 時間が大切という本質を見失って、それ以外の価値を選んでは負けだ。

 誘惑は、断たねばならない。

「カノンちゃん、そう言ってくれるのは嬉しいけど、私が今やるべき一番のことは学業だから。バイトは東大に受かってからまた考えることにするよ。ゲームもバイトも、変化の時代にある『今』に機会チャンスがあるのは分かるけど、勉強も学生の大事な仕事だからね。本業を疎かにする気は、今のところないんだ。」

 ゲームのほうは、二の次らしい。

 まあそれが正解なのだろうけど、何とも意思の揺るがないやつだ。

 変化してく世の中で、あくまで確かな価値を掴もうとする。

 新しいものが次々と出てくる時代の中で、一見古いものの力を見落とさない。

 冷静な目をもってる、と思う。

 エリカのものの考え方は、いろんな道を試しに進んでみてダメそうなら切り捨てるという感じだ。勉強という道も、人生の保険として最もコスパが高いと思われるうちは、あくまで捨てないでおくのだろう。

 なら、代わりに俺がバイトに入ろうか……と、ちょっと思ったりもしつつ、俺は商品の載ったトレーを持って空いてるテーブル席に向かった。

 ハンバーガー二つ、ポテトにナゲット、飲み物を全て特大サイズで頼んで、1000円はしない。食べきれるか心配なくらいの量があボリュームるのに、値段は安い。食べ盛りの中高生には、好んで利用される。

 だが、ここでバイトをすれば、これだけのコース料理が特典で700円以下に負けてもらえる。これをお得と取るか、そうでもないと思うかは人それぞれだろうけど。

 異世界の一号店ということも加味すれば、このバイトも何か楽しそうな気がしなくもない。ダメっぽかったらすぐに辞めればいいし、金のためにやってみるのも悪くはなさそうだ。

 カウンターにいるエリカのほうを見ると、わりとテキパキとお客から注文を取ったり、商品をトレーに並べたりしつつ、最低限の営業スマイルも振りいてはいる。店長には笑顔と愛想の無さを指摘されるようだが、我がパーティーにてゲームをしてる時に比べれば格段に表情が豊かである。

 作り笑い、できるんだな。あいつ。

 カノンのほうは、なんかわたわたしてて危なっかしい。十分な教育がされてないので仕方ないのもあるが、ゆっくり一コ一コの手順を確認しながらやってる。

 笑顔は緊張ぎみだが、エリカに比べれば数段高いレベルにある。もたもたしてるが、愛想はいい。

 どっちの受付に並びたいか、というどうでもいい選択肢が頭をよぎる。エリカとカノン、対照的な二人。

 俺の中では、甲乙つけ難い。

 二人一緒に接客してくれる受付はないものかとも思うが、それは人件費の問題からしてムリだろう。

 腹がいっぱいになって帰る時に、カノンは「ご来店、ありがとうございましたあ。」とスマイル満開で挨拶し、見送ってくれた。

 エリカは相手が俺だからか、ちらっとこちらを見てすぐに目を逸らした。

……それだけかよ。心の中でツッコミを入れつつ家に帰ると、携帯にメールが来ていた。

 エリカからだ。内容は、一文。

「ご来店、ありがとうございました。」

 なんで、さっき直接言わなかったんだろう? 知り合いだから、儀礼的な挨拶はべつに要らないとも思ったが、後からわざわざメールで送ってくるとは律儀なやつだ。

 相手が誰でも、一応接客はちゃんとこなすんだな。仕事に対して、まじめなんだ。やり方がちょっと変わってるだけで、カノンと同様お客に誠実に応対してるのかもしれない。

 バイトの仕事ぶりを見て、最小限の作り笑いなんかもして器用なやつだとか思ってたが、べつに気持ち的に怠けてたのではなくあれで精いっぱいの笑顔だったのかもしれない。普段スマイルとかしなくて苦手なのに、彼女なりに努力してたのかも。

 俺だって、楽しくもないのに笑うとかは苦手だ。

 見ず知らずのお客相手ならまだ割り切れても、いつも顔を合わせてる俺を相手に営業スマイルなどかなりウソっぽいだろう。面倒だと思う気持ちは、たしかに理解できる。

 そして、こちらは気にしてないのに、メールでお礼を言ってくる辺りが何ともまじめである。器用にウソなど吐けるやつじゃなかったのかも……?

 真実はどうあれ、俺はエリカに返信する。

「バイト、お疲れ様。」

 疲れてないかもしれないが、相手の苦労をねぎらう時にはこんな風に言うものらしい。

 エリカの場合、疲れてもないのに何で疲れたって言うのよ? とか理屈の間違いを突っつかれそうだが、今回はとくにそんなことはなかった。

 たぶん、本当に疲れてたんだろう。

 それだけ、頑張ってたのかもしれない。

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