第45話 一矢報いる

 突如、降り注いできた声にラルフは足を止める。

 たった一言だが、聞く者に畏怖を与える響きであった。

 見上げると、金髪の少女が胸壁から身を乗り出していた。

 

 ――まさか、スーリヤ=ストレンジャイト?

 

 あり得ない人物の登場に悪魔が囁く。

 もし、彼女を捕らえることができれば――その思考を妨げるように、リンクが飛んできた。

 断たれた槍の柄を踏み台に跳躍し、全身全霊の一撃を放ってくる。

 

 隙だらけだったが、ラルフは受けるしかなかった。

 

 スーリヤ皇女を引きずり下ろすには、目の前の少年を殺すのではなく、生け捕りにしなければならない。

 

 それを知ってか、リンクの攻め方が変わっていた。地を這うように姿勢を低く、まるで獣の如く襲い掛かってくる。

 独特の戦闘スタイルに攻守逆転。動揺も相まって、ラルフは防戦一方になっていた。

 こんなのは、間違っても騎士の戦い方ではない。

 これは……戦士の戦い方である。

 

 状況が変わったのは、この二人だけではなかった。

 

 偶然ではあるが、ブール学院の生徒たちも一矢を報いていた。

 彼らは朝の早い時間から落とし穴に身を潜めており、シリアナのビューグルによって穴から飛び出したのだが、中には怯懦きょうだに流され、隠れたままの者もいた。

 

 そして、その者たちはまだ弓と矢を充分に有していた。

 

 もし、彼らが潜んでいたのが城内であれば、出てくることはなかっただろう。

 だが、狭い穴の中。

 それも近くから地面を踏み荒らす騎馬の存在と、志を共にした仲間たちの悲鳴が聞こえてくるとなれば、いつまでも隠れてはいられなかった。

 

 奇しくも、絶妙のタイミングで飛び出したのは僅か数人。軍勢ではなく、ならず者と呼ぶべき存在が流れを変える。

 

 彼らは冷静ではなかったので、味方に当たる可能性すら考慮せずに矢を放った。

 

 シャルオレーネ軍からすれば、予期せぬ一撃である。直撃こそ避けたものの、何人かが大きく態勢を崩す。

 

 近くにいたリアルガは、その隙を逃がさなかった。叫び声をあげることで不甲斐ない自分を奮い立たせ、剣を振るう。

 平均的にみれば、男よりも女の兵のほうがよく働く。何故なら、男と違って本人が強く望まない限り、女が兵になることはないからだ。

 たとえ本人が望んだとしても、女であれば家族が止める。

 

 対して、男は違う。

 本人が望まなくとも、兵にさせられてしまう。

 

 それでも、望んでなった者だっていた。

 農民であろうとも、ガキ大将ともてはやされた男の子は戦に憧れるものだ。

 

 地面に転がっていたグノワは剣を杖に立ち上がり、腹から声を出す。

 額から流れる血で、目はほとんど見えなかった。戦う力などもうないのに、彼の矜持は無様に転がっていることを許さなかった。

 

 皮肉にも、それがダンの目に留まってしまった。

 

 満身創痍の相手を徹底的に叩けば、周囲の戦意も挫けるだろうと突撃する。これまでも考えていなかったわけではないが、相応しい敵が見つけられなかった。

 

 こちらの期待に応えるべく、少年は血だらけでありながらも精悍な顔で剣を構える。

 

 迎え撃ってくれるのは有り難かった。兵であれば、相手が子供であっても殺すのに躊躇はない。

 たった一人でも串刺しにしてやれば子供たちの目も醒めるだろうと、ダンは襲歩ギャロップで馬を走らせる。

 

 ――と、間に別の子供が割り込んだ。


 弓に矢を番えたまま、立ち塞がったのはアーサーだった。

 高価な馬は立派な戦利品になるので、敵であれ故意に傷つける兵は少ない。

 だが、それも相手と状況による。

 

 アーサーは迷わずに放った。

 

 しかし読まれていたのか、跳ねるように馬は避け、すれ違いざまにランスが振るわれる。


「ちっ!」

 

 ダンは盛大に舌打ちする。

 たまたまか執念か、弓の軸が槍に引っ掛かっていた。

 それだけならまだしも、持ち主が手を離さないものだから引きずる羽目になる。

 ものの数秒で引きはがすも――標的は勝手に力尽きて倒れていた。

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